第46話 安堵
御門 刀花によって謎の男の襲撃から救われた浬達は、救われたと理解すると同時に、安堵で地面にへたり込んだ。
「はぁ・・・た、助かったー・・・」
浬が疲れた様にため息を吐いた。魔力の消費は誰よりも少ないが、精神的な緊張度合いとしては、他の誰とも変わりはない。精神的に疲れていたのである。そんな浬に、刀花が苦笑交じりに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「あ、はい。私はちょっと疲れたかな、って程度です」
浬は差し出された手を掴むと、それを支えに立ち上がる。そうして、刀花はそれに頷いて、他の面々にも声を掛けた。
「煌士くん、詩乃くん。君達は大丈夫か? 魔力の消耗は?」
「ああ、はい。自分もなんとか、と言う程度です」
「私は少々休息をいただければ・・・」
どうやら煌士と詩乃では詩乃の方が魔力の保有量は少ないらしい。少しだけ疲れた様な顔をしていた。そんな詩乃の顔を見て、刀花は巫女装束の懐から奇妙な瓶詰めの液体を取り出す。瓶の大きさは大体人差し指程度で、二口ぐらいで飲み切れるサイズだった。
「これを飲みたまえ。回復薬という物で、魔力を補給出来る」
「あ、ありがとうございます」
「恩に着ます」
詩乃に差し出された回復薬なる液体に、主である煌士も礼を述べる。ここら、きちんと実家の教育が行き届いていた。
「ああ、構わない。これはもともと傷薬でね・・・空也くん。君は近接を挑んだ様子だが、怪我は無いか? 回復薬ならまだあるぞ?」
「ええ・・・怪我はありません」
「どうした? 何か不具合があるか?」
刀花は返事をした空也が苦々しい顔をしていたことに気付いて、少し心配気味に問いかける。だがどうやら、体調面や精神面での不調ではないらしい。彼はそれに、首を振った。
「いえ、そういうことでは無いです。ただ・・・初めて刀を振るったのですが、ここまで違うのだ、と・・・」
「ん? どういうことだ?」
実は少し意外かもしれないが、刀花は竹刀に触れた事が無かった。それ故、空也の得た疑問というか違和感を、彼女は抱けなかったらしい。
「精神を鍛えるための剣道と戦うための剣術の差を、改めて把握させられた、と言う所です」
「ああ、そういえばカイト殿も言っていたか・・・精神を鍛えるための剣道では、相手を殺しに来る剣術には勝てない、と・・・」
「重んずる所が違う、という事でしょうか・・・」
「多分、だがな」
空也の推測を、刀花が認める。剣道とはそのまま、『剣』の『道』だ。試合があったとしても、それはスポーツであり、ルール有りきの競技だ。その精神は『剣心一如』というように、正しい心を得る事を第一としている。それ故、剣道は心を鍛える事が主であって、戦う事が主では無いのだ。
それに対して、剣術とは『剣』を扱う『術』なのだ。剣とは人を殺すための道具である以上、剣を扱う術の用途は、どれだけ綺麗事で取り繕おうとも、人を殺す事、だ。
その差は歴然だ。卑怯であろうとも敵を殺す事が主眼の剣術に対して、己の心を正しくする事が主眼の剣道。戦いで勝てないのは至極当然の事、だった。と、そんな刀花に対して、奥に引っ込んでいた海瑠が顔を出して、問いかける。
「えっと・・・あの・・・刀花、さん?」
「なんだ、海瑠くん? 君は無事・・・みたいだな」
「あ、はい。えっと、それで・・・それ、お兄ちゃんが言っていたんですか?」
「ああ。私が彼に剣道部でも入れば良い、と言ったんだが、その時に、ね」
当時を思い出しながら、刀花が何処か懐かしげに海瑠の疑問に答える。ちなみに、その時の状況としては刀花が訓練をしている時に偶然にカイトが来て模擬戦をする事になり、刀花がボロ負けして放った一言、だった。
「自分は剣道には向いていない、とね。まあ、それに彼の場合、上泉信綱殿の弟子でもあるからな。剣道部に入ったりして、下手に別の教えを受けるわけにもいかなかったんだろうさ」
「・・・え?」
「・・・む!?」
刀花から出された名前に、海瑠では無く空也と煌士が反応する。とは言え、その反応は別々だ。空也がそんな雲の上の偉人の名前が出てくるなんて、という驚きに対して、煌士は中二病魂的な何かが引っかかったらしい。
「か、上泉信綱だと!? そ、それは真か! 我輩、ぜひとも会ってみたい!」
「で、できれば私も、ぜひ・・・」
何時もならば興奮する煌士を抑える空也だが、流石に上泉信綱という名前には少し興奮を隠せなかったらしい。少し興奮気味に刀花に願い出る。が、二人は興奮で少し勘違いしていたようだ。なので、刀花がそれを指摘する。
「私が弟子じゃない。彼が、信綱公の弟子だ。そして私と彼は師弟関係には無いよ」
「むぅ・・・それは残念」
「あ・・・申し訳ありません・・・」
心底残念そうな煌士に対して、恥ずかしげに空也は謝罪する。それで、この話題は終わりだ。
「さて・・・では、全員怪我は無さそうだな」
「はい・・・えっと、それで、どうやって出るおつもりですか? 後それと、この場に私達を閉じ込めた男については・・・」
刀花の問いかけに答えた詩乃はまだ残念そうな主とその幼馴染に変わり、問うべき事を問いかける。それに、刀花が頬を掻いた。何処まで語ったものか、と判断しかねたのだ。
「彼なら帰られた。ここから出るのにもう邪魔はされないだろう」
「・・・敬語を使う様な方、なのですか?」
「あー・・・まあ、そうだな。それなりに高貴な方ではあらせられる。が・・・いや、すまない。あまり詳しくは聞かないでくれ。あまり答えにくい質問でな」
刀花は申し訳無さそうに、敬語を使っていた事に気付いてそれを指摘した詩乃に申し出る。それに、詩乃も魔術に関わり、更には皇とは袂を分かった以上、語れない事があるのだろう、と深くは問わない事にした。
「それで、出るのは簡単だ。が、まあ、もう少しすれば」
「刀花。皆は無事ですか?」
もう少しすればアテネ殿が来る。そう言おうとした矢先に、アテネが店を覗き込んだ。それに、アテネの存在を知らない煌士達がきょとん、と目を丸くした。
「ああ、アテネ殿。支援、感謝する。この通り、彼女らは無事だ」
「そうですか。良かったですね。貴方達も、不運でしたね。何分日本には天衣無縫な方々が山程いらっしゃる。民草が巻き込まれない様に注意を、と常々・・・」
生真面目だからかなんなのか、その当人も居ないのにアテネは少し説教臭い事を言い始める。それに浬達はどうすべきか判断に困るが、慣れた刀花は苦笑気味に断りを入れた。
「アテネ殿。申し訳ないが、先に彼らをここから出してやりたいのだが・・・」
「え? ああ、そうですね。ごめんなさい。では、少々・・・はぁ!」
刀花の申し出を聞いて恥ずかしげに頬を染めたアテネだが、すぐに槍を構えると、気合一閃、それで中空をなぎ払う。そして、その次の瞬間。浬達の周囲の景色が、ガラスの砕ける様な音と共に、一斉に砕け散った。
「きゃ!」
「うぉ!?」
いきなりの事態に、浬達が悲鳴を上げる。そうしてその次の瞬間、砕け散った景色がまるで時計の針を戻す様に戻っていき、元通りになった。
「うぉ?」
「うきゃあ!」
元通りになると同時に、そこには人ごみが戻ってきていた。というわけで、いきなり目の前にあった人影に、浬が悲鳴を上げる。そうして、目の前に居た彼はそんな浬を見て、首を傾げる。まあ、いきなり目の前に女の子が現れれば、びっくりもするだろう。
「・・・あれ? わっりー。どうにもよそ見してた・・・って、あれ? お前、この間の・・・」
「え?」
「あ、クロスさん」
目の前でびっくりしていたのはなんと、数週間前に出会ったクロスだった。どうやら偶然ショッピング・モールで買い物をしていたようだ。彼はどうやらよそ見をしていて、偶然気付かなかったのだ、と思ってくれたらしい。
「ん? なんだよ、皆で買い物か?」
「え、あ、はい。そんな所です」
相変わらずの人懐っこい笑みで問いかけられた海瑠は、咄嗟に彼の出した言葉を認める。まあ、あながち嘘でも無い。ただ単に最後に騒動に巻き込まれただけだ。
「あ、なんだ。そういやそっちのこの間一緒にいてたのか・・・もしかして、お前の彼女とか?」
「ち、違いますよ! えっと、お姉ちゃんです!」
何処か茶化す様に告げられたクロスの言葉に、海瑠が大慌てで修正を入れる。それに、浬も大慌てで続けた。
「うんうん! あ、そういえば自己紹介まだだっけ・・・えっと、姉の浬です」
「なんだ、つまんねー。あ、四葉 黒須だ。クロスで呼んでくれ・・・まあ、買い物、ってんなら俺も出来りゃ一緒に行きたかったけど・・・実は今彼女待たせてるんだ。じゃな」
「あ、はい。じゃあ、また」
手を振って歩き去ったクロスに対して、海瑠と浬はそれを手を振って送り出す。どうやら彼は唐突に現れた海瑠達にはさほど興味を持っていなかったらしい。まあ、彼女とデートだ、という風な口ぶりだったのだから、当然といえば当然なのだろう。
「彼女、居たんだ」
「まあ、あれだけかっこ良ければねー」
ごきげんなクロスの背中を見ながら呟いた海瑠の一言に、浬が苦笑する。彼は間違いなく、天神市でも有数の美男子だ。アイドルだ、と言われても信じる。見た目だけなら超一流の煌士にだって負けていない。
と言うか人懐っこい笑みや奇妙な魅力を含めれば、遥かに勝ってもいた。彼女の一人や二人居た所で誰もなんにも疑問に思わなかった。
そうして、クロスが去って行った後、結界の脱出と共に洋服に着替えていたアテネが少し苦笑気味に、二人に感謝を述べた。
「すいません、ありがとうございます」
「? どうしたんですか? 急に・・・」
アテネからお礼を言われた理由が理解できず、浬が訝しむ。それに、アテネが事情を説明してくれた。
「いえ、実は本来は結界から脱出する際にちょっと離れた所からならばバレない様にする・・・そうですね、一種の認識阻害の魔術が展開されるのですが・・・まあ、その唯一の弱点が、彼の様に偶然、その出現ポイントのど真ん中に居た場合には、どうしても無効化されてしまう、という所なのです。その万が一には何時も記憶に処置しているのですが、今回は二人のおかげで、何もせずに済みました。何もしないで済むのなら、それに越したことはない、ですからね」
当たり前だが、外と内を隔てていた結界から脱出するのだ。となると、どうやっても外側から見れば、いきなり人が現れた事になってしまう。それは騒動の元だ。対処をしておくのは、当然の事だった。
ということで一同がいきなり現れた事に気付かれたのは、偶然その除外されるポイントに立っていたクロスだけだった。
他のショッピング・モールの買い物客については、ここで集まっている面々にさほど興味を持たず、歩き去っていくだけだ。と、そこで、空也のスマホに、着信が入った。
「ん? あ」
画面に表示された宛名を見て、空也の顔が少しだけ、青ざめる。そこに表示されていた名前は、雷蔵の物だったのだ。そうして、空也は大慌てで雷蔵の電話に出た。
「あ、雷蔵さん」
『ぼっちゃん。申し訳ありません。少々手違いが有りました。駐車場を2階だと思っていたのですが・・・どうにも3階だったようです。申し訳ありません。まだこちらに向かわれている段階とは思いますが、階層を一階だけ、移動していただけますか?』
「え・・・?」
雷蔵から出された言葉に、空也が驚いて、首を傾げる。あの中ではそれなりに長い間籠城を行っていたのだ。なので彼はあまりに遅いから心配したのだろう、と思ったのであるが、電話の先の雷蔵の声には心配は一切無く、逆に申し訳無さしか無かった。
そうして、混乱した空也は、何も返さないのは変だろう、と思って、こちらの異変を伝える前に、頷いてしまった。
『ぼっちゃん?』
「え、あ、はい。わかりました」
『申し訳ありません』
謝罪の言葉を最後に電話が切れて、結局空也は何も言えぬまま、電話をポケットにしまう事になる。
「どうなっているんだ・・・?」
「む? どうした?」
「いや、それが・・・」
煌士の問いかけに、空也は一同に疑問を伝えていく。そうしてそれを聞き終えると、アテネが答えてくれた。
「ああ、おそらく内外の時間が狂っていたのでしょう。結界の中は体感時間が長く感じられる様な仕掛けを施されていたのだと思います。私は結界の展開後すぐに来たのですが、そちらは少し時間にラグがあった様子ですね」
「ああ、それでか・・・」
救援が妙に遅かった事に実は内心で不安を抱いていた煌士がアテネの説明でようやく納得する。その可能性はやはり彼らにとっては盲点だったようだ。
スマホの時計をこまめに確認できれば良かったのだが、確認したのは空也が休憩中に一度だけ、だ。他はそんな余裕も無かった。気付かなかったのも致し方がないだろう。そうして、納得した所で、煌士が申し出た。
「あ・・・そういえば、アテネ殿。できれば一緒に来ていただけますか? ぜひとも、当家からお礼をさせて頂きたい」
「あ、いえ・・・それには及びません。ですがもし対価、というのでしたら、私がここに来た事を貴方達のご実家に内緒にしていただければ」
「いえ、ですが・・・」
流石に救われた以上なんのお礼も無し、では天道としても天城としても名折れだろう。そう思って翻意を迫ったのだが、どういうわけか、アテネは告げるだけ告げて、少し急ぎ足で荷物を持って何処かに走り去ってしまった。
そんなアテネに一同は困惑を浮かべるが、では次に刀花は、とそちらを窺い見ると、彼女はいきなりこちらに呪符を人数分投げつけた。
「は・・・?」
「いや、すまないな。実は浬ちゃん達の事が天道にバレると厄介この上無くてね。たった今、カイトからこの一件は全部闇に葬り去れ、と命ぜられてね。記憶に措置を施させてもらった」
呪符を投げつけると同時に苦笑気味に謝罪した刀花に、一同がどうすべきか対処に困る。が、ここで口を開いたのは、ようやく天道という強力かつ満足な保護を得られるかも、と密かに安堵していた浬だ。
「えーっと、ちょっと待ってください。お兄ちゃんは一体何を考えてるの?」
「ん・・・まあ、そう思うのも無理は無い、な。ああ・・・ああ・・・分かった。ではあっちに案内しよう。空也くん。悪いが、運転手の方に申し出て、私の指示する場所に移動してもらいたい」
「あ、はい」
刀花の申し出を受けて、空也は再び一同に先導して、歩き始める。そうして、一同は結局、雷蔵にも覇王にも何も言えないまま、刀花の指示に従って、移動する事になるのだった。
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