第41話 天才の所業
煌士と空也の会話から、開けて翌日の夕方。この日、煌士は覇王とテレビ電話で会談を持っていた。とは言え、彼と覇王だけではなく、空也の父である現内閣総理大臣の星矢やその他数人が一緒だった。
『で、煌士。研究の進捗はどうだ?』
「はい。とりあえず、試作品については、出来ています」
覇王の問いかけに、煌士が頷いて、画面を操作する。そうして現れたのは、彼が主導して数ヶ月掛かりで作り上げていたとある装置、だった。近くにはそれを整備しているらしい白衣の研究者達が映っていた。最後の微調整をしていたのである。
ちなみに、煌士が丁寧な言葉づかいなのには、理由がある。流石に煌士とて父だけでなく会社の要職の面々や国のお偉いさん達が並んだ会議でまであのアッパーかつハイテンションな応対は避けたのである。常識的な対応も普通に出来ていた。そうして、煌士がウェアラブルデバイスを操作する。
「試験を開始します」
煌士の声に合わせて、画面内の研究者達が移動する。実際にテストを行って見せるため、安全に配慮して、安全な所にまで移動させたのだ。
「出力上昇開始・・・30%で推移させてください」
『はい』
研究室に居る研究者の一人が、煌士の指示を受けて装置の操作を行う。彼の実力を知る者からすれば至極当然の事ではあったのだが、煌士はなんと、この研究チームの主任で、プロジェクトリーダーだった。
『出力安定・・・いけます』
「では、サンプルを固定から外してください」
煌士の指示を受けて、画面内に映っていたサンプル――わかりやすくりんごを使った――を固定していたベルトがゆっくりと外れて、りんごが乗っていた台座が下に移動する。
『おぉ・・・』
『すげーな』
感嘆の声が零れて、覇王の少し楽しげな声が響く。画面の中では、りんごが宙に浮いていたのである。何かに乗っているのではない。正真正銘、空中に浮かんでいたのだ。
「出力の安定は?」
『出力30%を推移。異常無し』
「わかりました。では、10分推移を見守ってください。何か問題があれば、即座に報告を」
『はい』
研究者が、煌士の指示を了承する。とりあえずこれで実験は成功、と言えたが、10分ほど経過を見るつもり、だった。そうして、煌士が居並んだ者達に、見たままを報告する。
「現状、実験は成功です」
『らしいな。で、最大出力だと、どの程度の範囲が可能だ?』
「おおよそ、5メートルです」
『ふーん・・・』
煌士からの返答に、覇王が顎に手を当てて考える。さて、煌士が何の実験をしていたのか、というと、それはかつて御門やフェルから指摘されていた様に、重力場に関する研究、だった。
十年ほど前の重力場の発見から進み、彼はそれをブレイクスルーさせて、ついに実用化への道筋を立てたのである。
とは言え、今はまだ、反重力装置、なぞというSFの産物には届いていない。なんとか実験室の中で、無重力を創り出すのが精一杯だった。まあ、まだ数年だ。ここまで進めているのも、十分に見事だろう。
『わかった。サイズを大きくすれば、範囲は大きくなるのか?』
「そうですね。原理的には、出力を大きくできれば、範囲は大きくなるはずです。まあ、それと共に大きくしていけば再度の設計変更等は必要でしょうが」
『ただ単に設計図を拡大して終わり、じゃないわな』
煌士の言葉を、覇王も認める。設計図を書き換えたりすれば、また時間は掛かるだろう。とは言え、必要とあれば、やってもらう必要があった。そうして、暫くの間、覇王や星矢の間で、会談が持たれる。
『十分経過。問題無し。冷却装置は正常に反応しています』
「わかりました。ではそのまま、24時間の耐久試験に入ってください」
『わかりました』
どうやら会談の間に、十分の時間は経過してしまっていたらしい。そこで問題は起きなかった様子なので、煌士は更に引き続き24時間の耐久試験を行わせる事にする。
まだこれは試作品の試作品だ。長時間の使用でどのような変化が出るか、というのを見るだけに過ぎず、これで終わり、というわけでも無いし、一度だけ、というわけもない。数十回は繰り返す予定だった。実用化はどれだけ早くても、5年は先、だろう。そして、それを見ていた覇王が、星矢に問いかける。
『で、どうする?』
『わかった。実用化に見切りは着けられそうだ。理研にはこちらから言っておこう。防衛省の技術研究本部の航空技術本部の航空機装備研究部についても協力させよう。JAXAについては、そちらで要請してくれ』
「ありがとうございます」
星矢からの許可を得て、煌士が頭を下げる。何があったのか、というと、プロジェクトを国家規模にするために、星矢が許可を下ろしたのだ。理研は理化学研究所の略称だ。残りの二つは重力場を用いた航空機の研究や航空宇宙産業の研究開発を行っている所、だった。
『研究所は天道重工のが中心で良いか?』
『それ以外にあるのか?』
『ねーな』
星矢の問いかけに、覇王が笑う。天道重工とは、天道財閥系の系列企業の事だ。防衛省などと共に、航空機の研究開発を行っている所でもあった。煌士が天道の所属である事を考えれば、ここを中心として、重力場を用いた航空機の研究をしよう、というのは至極自然な流れだった。
『良し。じゃあ、これで終わりだ。煌士、頑張ったな』
「ありがとうございます」
覇王は最後に、父として、煌士を称賛する。それに、煌士も嬉しそうに、頭を下げた。それで会議は終わりだったのだが、その前に、煌士が覇王に申し出た。
「あ、父さん。少し良いですか?」
『ん? 俺だけか?』
「はい」
『ああ』
多忙な身の覇王であるが、それを知る煌士がわざわざ願い出たのだ。よほどの理由があるのだろう、とすぐに察して立ち上がろうとしていた腰を下ろして、再び着席する。
「実は・・・」
着席した覇王に対して、煌士が数日前に空也の身に起きていた事件の対応についてを問いかける。
『ああ、それか・・・悪いな。実はこの間言っていた組織がまあ、ちょっと半壊状態で、な・・・手が回らなかった事は、申し訳なく思う』
「そう・・・なんですか?」
はじめて聞かされる情報に、煌士が目を見開いて驚きを露わにする。そうして思い出してみれば、儀式の責任者だ、という事で一度だけ会った鏡也は、足に怪我をしていた様に思えた。聞きそびれていたのだが、それと考えれば、確かに分かる気がした。
『ああ・・・まあ、どうにもこうにも暴れ者達がこれ幸いと喧嘩売ったらしくてな。まあ、そもそもで行き違いがあったらしいんだが・・・どちらにせよ、血の気の多い奴らでな。ほぼ、半殺し状態だ。気に食わない奴らは結構ボロボロにされたらしい。今もベッドの上、というのは多いな』
「はぁ・・・ですが、何故そんな事に?」
『・・・それが、な?』
煌士の質問は、もっともだ。そもそもで戦いが起きる予兆は無かったのに、行き違いとは言え、戦いが起きたのであれば、何らかの原因があって然るべきだ。それに、覇王が少しだけ、苦々しい顔になる。
『はぁ・・・まあ、かなり厄介な奴の封印を解いた、ようだ』
「は?」
『奴らが、じゃない。俺達が、だ。強引に解いた所為で、厄介な奴が逃げ出したらしい。それを追っている最中、そいつらと鉢合わせたらしくてな・・・』
何故わざわざ封じた奴を目覚めさせたのか、と困惑した煌士に対して、覇王がかなり苦々しげに語る。と言うか、彼もここには嘆かわしい所、としか言いようが無い。
魔術的な遺物を集めている際に、その封印を解除してしまったのだ。これには流石にそれを管理していた陰陽師達から多大な抗議が為されたし、覇王もただただ頭を下げるしか無かった。
事を起こした本人も、流石にまさかここまで大事になるとは、と後悔している様子だった。家族のため、と見境を無くしていたのが、いけなかった。周りが見えていないが故に引き起こされたミスだった。
『まあ、かなり大急ぎで人数を集めた所為で、情報の伝達が不完全でな。誤って彼らが敵と勘違いした奴が攻撃を仕掛けて、彼らが乗ってきたらしい。何分抑えられるのが<<深蒼の覇王>>ってな正体不明の奴だけ、ってオチが付く大妖怪達だ。そのまま乱戦で、壊滅、だそうだ。遊ぶ程度だったらしいから、死者は居なかったし、経緯が経緯だったから即座に天道系列の病院に搬入したんだが・・・おかげで、その逃げた奴は行方不明、だそうだ』
やれやれ、と覇王が頭を振る。更に突っ込んで聞いてみれば、どうにもその戦いになった相手方というのは、一応復活したみたいだから様子見るために来てみるか、程度だったらしい。
が、その場所が悪かった。その逃げた奴の起こした事件現場で、周囲には人間を含めた様々な生き物の死体が散乱していたのである。誤解を生む状況だった。
だが、そう言われても、同時にひとつの問題も出てくる。それは簡単に言って、陰陽師達がそんな簡単に攻撃を仕掛ける様な相手なのか、という事だ。
「相手は?」
『はぁ・・・まあ、お前も聞いたことぐらいはあるだろ。酒天童子伝説の茨木童子や九尾の狐の一体である玉藻の前、讃岐に幽閉されて祟り神になったという崇徳院・・・そういう、厄介な奴ら、だったんだよ、相手方・・・』
「そ、それは何と言えば良いか・・・」
普通ならば大興奮したい所だった煌士だが、状況が状況だし、行き違いが起きた理由は非常に簡単に理解出来たため、興奮よりも先に頬を引き攣らせる。
なにせ覇王が出した名前は茨木童子を除けば、全てが大妖怪として子供でも知ってるだろう名前だからだ。もしそんな事件現場に彼らが居れば、自分だって彼らがやったのだ、と思うだろう事は簡単に想像が出来たのである。
ちなみに、念のために言及しておくが、玉藻も名前を入れられていたが、彼女は我関せずに引きこもっていたのでただ単に名前が上げられたというだけだ。
「それで、逃げた奴、とは?」
『それがなぁ・・・教えてくれないんだわ、これが。もう向こうカンカンでな・・・』
煌士の問いかけに、覇王がため息を吐いた。自分のケツは自分たちで、ということで協力を申し出たわけなのだが、どうやら向こうの怒りはまだ冷めやらぬ状況らしく、教えてもらえなかったのだ。
そんな相手方の様子を教えられて、煌士が目を見開く。少し前に協力してくれた鏡也は、彼らの一員であるのだ。よく力を貸してくれたものだ、と思うのは当然の流れだった。
「よく水鏡の儀式に協力が得られたものですね」
『ああ、それか。いや、実はむちゃくちゃ偶然なんだが・・・ほら、彩斗居るだろ?』
「ええ・・・彼が?」
『実はあいつの息子とあの鏡也ってのが幼馴染らしい。裏関係なく、だ。偶然同じ幼稚園と小学校に通ってたらしい。今でも親しくしている、って話だ。で、俺達が水鏡を行う、とどこからか聞いたらしくてな。向こうから協力を申し込んできてくれた。まさか俺達も三童子の一人が協力を、とびっくりした』
「三童子?」
覇王から飛び出した聞き慣れない単語に、煌士が首を傾げる。おそらく魔術的に有名な者の呼称なのだろう、とは思うが、詳しくはわからなかった。
『ああ。いや、実はあの鏡也、ってのと同年代にかなり有能な子供が三人居てな? 数年前に色々とあってブルー・・・<<深蒼の覇王>>の奴に引き取られた皇家の皇花に、先の鏡也の従兄弟筋にあたる御子神家次期当主の御子神 秋夜。で、先の鏡也を合わせて、三童子、と言ってるらしい』
煌士の疑問を受けて、覇王が裏事情を語る。当たり前ではあるが、裏で幼少期から陰陽師として活動していたとしても、表でも仕事や学業を抱えているのが普通だ。
となれば、陰陽師としての仕事に関わらず知己を持つ者が居て当然だった。今回はその一人が偶然、カイトと鏡也であった、と言うだけであった。
ちなみに、<<深蒼の覇王>>を英語圏では<<深蒼の覇王>>と呼ぶのが通例で、その関係で略称やコードネームを『ブルー』と呼ぶ事がある。覇王がカイトの事を知らないため、ブルーと略したのはそのため、だった。
『・・・っと、そういやお前の話で思い出した。本題に戻すぞ』
覇王の言葉に、煌士も脱線していた事を思い出す。そうして、再び街や彼らの身辺警護について、話が始まった。
『実はその三童子の一人の『皇 皇花』というのが、今は『御門 刀花』と名乗っててな。名前を変えた理由については色々あった、らしい。まあ、依頼を受けて書き換えたの俺達だけどな。まあ、それは良いさ。でだ。その彼女らが実は今、天神市に居る。元々俺達のお膝元だからな。それなりに怪異は抱えていたから、彼女らを巡る怪異が起きても隠蔽がし易いだろう、という判断だ』
煌士としても、天道財閥の来歴等を把握すれば、それが正しい判断なのだろう、と理解出来た。なので彼はそれに頷くだけだ。そんな彼の理解を見て、覇王が続ける。
『それで・・・実はその彼女ら・・・ああ、その時に一緒に10人ばかり女の子を引き取ってて、な。その少女達が、集団で今天神市で生活している。その彼女らが・・・まあ、なんというか、天神市で起きる揉め事を見てられなくなったらしくて、な。御門一門という組織を立ち上げて、治安維持に力を貸してくれている。それを頼れ。アポイントはこっちで取っていおいてやる。近いうちに会いに行け』
「ありがとうございます」
覇王の言葉を聞いて、煌士が頷く。そして少し待っていると、その御門刀花なる人物の顔写真とプロフィールが送られてきた。経歴が数年前から虫食い状態だが、聞けばその時から陰陽師の一派――皇というらしい――から抜けたから、という事だった。
『悪いな、連絡が遅れて』
「いえ・・・」
覇王の謝罪に、煌士が頭を振るう。父の多忙さは息子である彼が何よりも把握している。であれば、少々遅れるのは致し方がない、と思えた。そうして、煌士はこの事をとりあえず空也と詩乃に連絡する事にして、刀花と連絡を取る事にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回は来週土曜日21時です。




