第40話 剣士の感覚
水鏡の儀式から数日。この日も空也は竹刀を振るい、研鑽に努めていた。
「ふっ、はっ!」
この日。空也は他の部員とは別に顧問に断りを入れて道衣を身に纏った状態で防具は付けず、竹刀の感覚を身につける事のみに集中していた。塚原卜伝の助言を受けて竹刀を道具として見たお陰でなんとか再現度は高まったものの、やはりまだ竹刀と呼べる領域には達していなかった。
それ故、まずは第一に身体に得物を染みこませようと竹刀だけに集中して基礎中の基礎である素振りを重点的に行っているのである。防具を身に着けないのは、余計な物を身に付けて、そちらに意識が行ってしまう事を厭ったのだった。
「・・・ダメですね・・・何か身体に染み込まない・・・いや、一体感が足りない」
空也が素振りをやめて、呟いた。確かにこれによって重さについてはミリグラム単位でも違いが分かるだけの感覚は養われた。だが、竹刀そのものをイメージしきれるかというと、また別の問題だった。
出来たのは見れている外側だけ。内側については全くイメージ出来なかった。見たことが殆ど無いのだから、当然だろう。
「・・・いや、少し待て・・・そういえば、素振りに魔力を使ってはやってないな・・・」
行き詰った空也だったが、そこでふと、魔力を使っていない、と思ったらしい。その魔力を竹刀の内側にまで染み込ませれないのか、と思ったのだ。
今まで彼は竹刀の表面に魔力を展開して纏わせているだけだったのだが、そもそもで魔力は本来は実体の無い力だ。それ故に、竹刀の内側にまで染み込ませる事が出来るのでは無いか、と思ったのである。
「やってみるか・・・」
空也はそう呟くと、バレない程度に薄く魔力を竹刀に纏わせる。そうして、まずは試しに魔力の操作を応用して竹刀の内側にまで魔力を染み込ませるイメージを行う。すると、竹刀の周囲に漂っていた魔力は吸い込まれるように竹刀の中に吸い込まれていった。そして、試しに一振り何時も通りに素振りを行ってみる。
「・・・な」
試しに魔力を染み込ませた状態の竹刀で素振りをしてみると、すぐに驚きが出た。単なる素振りが難しかったのである。移動に合わせて魔力が溢れてしまい、満足に染み込ませておく事が出来なかったのだ。
しかも纏わせておくのに対して全体に満遍なく染み込ませたことで魔力の消費量が段違いに上がってしまっていた。当然といえば当然であるが、表面積を覆い尽くせば良いのと体積全部をカバーするのでは、魔力の消費量が違っていたのである。
更におまけにただ単に大雑把に全体を纏わせるだけで良いのに対して、完全に染み込ませるには内部構造までしっかり把握する必要がある。全てを含めて、難易度は段違いだった。
「しかし・・・こういうこと、ですか」
空也の顔に笑みが浮かぶ。確かに、今のままでは素振りさえ満足にできていなかった。だがそれでも、一つ利点があった。空也由来の魔力は言うなれば空也の身体の延長だ。それ故に、彼の魔力が染み込んだ竹刀の全体まで、自分の身体と一体化した様な印象があったのである。
「流石に普通に素振りは無理、か・・・」
一度目の素振りで確認出来たのはそこだ。どう足掻いても普通の素振りは不可能。今の空也では技量的に難しすぎるのだ。おそらく、満足に魔力の流れを合わせる事が出来ず、振り下ろしが終わった時には全ての魔力が出てしまうだろう。
なので、空也は素振りを諦める。まずは、完全に竹刀の感覚を自分の物にする事に決めたのだ。やることはただ一つ。正眼に構えた竹刀に魔力を染み込ませて、感覚を養うだけだ。
「っと・・・危うく教えを忘れる所だった」
そうして意識を集中し始めて、空也は危うく卜伝の教えを忘れそうになる。意識を集中して自分に集中するのではなく、世界と自分を繋げる感覚だ。それを、空也は意識して竹刀の感覚に集中する。感覚を閉ざすのでは無く、感覚を開く。それが、魔力を扱うのに置いて最も重要な事だった。
「ふっ!」
自分の周囲の物の気配に意識を凝らすと、空也自身でさえ驚く事が出来た。なんと、全く見ることもなく忍び寄っていた教員に気付いて、身体が勝手にその攻撃にカウンターをしてしまったのだ。僅かな衣擦れの音が彼の耳に捉えられて、僅かに溢れる殺気に似た気配を感じ取ったのである。
「・・・は?」
突きつけられた竹刀に気付いて暫くして、教師の驚きが空也の耳に聞こえてきた。彼は動かなくなった空也に説教をするつもりで軽く竹刀で小突こうとしたのだが、竹刀を振りかぶろうとした瞬間、空也が何の気配も無くいきなりカウンターを返したのである。
「・・・あ、すいません。何かを感じたので、思わず・・・」
「・・・あ、ああ、そうか。集中していたなら、すまなかった」
自らで動いたはずなのに驚きを浮かべていた空也の謝罪に、教師も謝罪を返す。彼はてっきり呆けていたと思っていたのだが、集中していただけなら問題はないか、と判断したのだ。
まあ、それ以上に空也の行動があまりに惚れ惚れとするような流れだったので、注意することも出来なかったのである。そうして、離れた教師は再び他の部員たちの指導に戻り、空也は再び集中に入る。
「明鏡止水、ってやつっすかね・・・」
「多分な」
部員の一人の言葉に、教師が頷いた。おそらく、今もう一度やった所で同じ結果になるだろうことは彼にも理解出来た。それほどまでに、今の空也の集中力は凄まじかった。
集中するだけで物凄い精神力を消耗し、動いていないのに汗を掻いていたぐらいである。そうして、空也が集中を開始してから1分。空也が汗塗れになりながら膝を屈した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
肩で息をしながら空也は今の感覚を忘れないように、しっかりと心に刻みこむ。まるで手に持った竹刀そのものが彼の身体の一部である様な感覚だった。それは今までに無い程の一体感だった。
「見えた・・・これが、一体感・・・」
歓喜に近い感情を滲ませて、空也がつぶやく。今まででは決して得られなかった感覚だ。正真正銘、竹刀と自らが一体化して、内部の隅々まで、理解出来た気がしたのだ。いや、気がしたのではない。真実、理解したのである。そうして、空也は内心でほくそ笑みながら、教師に願い出る。
「すいません。少し、顔を洗ってきます」
「ああ、行って来い。凄い汗だぞ。ついでに水分補給もしてこい」
汗を流してくる、と暗に告げた空也に、苦笑気味に、顧問の教師が許可を下ろす。単なる集中だけだというのに、彼の顔は汗だくで、道着はかなりの汗を吸って濡れていたのだ。
汗を流したい、と言われるまでもなく、汗を流してこい、と命じるつもりだった。そうして、空也はその場を後にして、一人になれるシャワー室へと入っていく。
「・・・すぅ・・・」
見えた物は、もう一つあった。世界の中に魔力も魔力が満ち溢れ、それを利用する事だ。世界に自らを開放して呼び水にすることで、更に莫大かつ効率よく、魔術的な行動を取るのである。
「はっ!」
シャワー室で一人になった空也は、一つ深呼吸をして更に一つ気合を入れて、魔力を練り始める。作る形は当然、竹刀だ。竹刀の感覚を忘れない内に、竹刀を作ろう、と考えたのである。
「・・・出来た・・・」
空也は集中に集中を重ねて、ようやく、竹刀の形に魔力を練り上げる。重さも無ければ強度も無い単なる魔力の塊だが、それでも確かに、竹刀の形をしていた。とは言え、それも一瞬だけだ。僅かに気を抜いた一瞬、像がぶれて、雲散霧消する。
「っ・・・」
精神力と魔力を消費しすぎて、空也がおもわずよろめいた。今の彼では、これが限界だった。たったの一瞬。それでも出来た事は素晴らしい事だが、同時に、今の彼では肉体面が整っていない。至極当然の結果だった。
「先輩? 大丈夫ですか?」
「あ・・・ええ。少しふらついただけです」
「頑張りすぎ、ですよ・・・はい、これ」
「ああ、すいません・・・」
ふらついた際に剣道場の壁に思い切り手をついて、その際の音で偶然壁際に居たマネージャーが可怪しい、と思ってこちらに来たらしい。
そんな彼女から苦笑気味に差し出された冷えたスポーツドリンクをもらうと、空也はそれを口にする。よく冷えたスポーツドリンクが、火照った身体に気持ちよかった。
「あと、はい、これ」
「ああ、ありがとうございます」
そうして更に差し出されたタオルを受け取り、彼は汗を拭う。まあ、汗を流すと言って更に汗を掻いていれば、元も子もない。そうして、空也は再び苦笑気味に立ち上がり、顔を洗って、再び部活に戻るのだった。
それから、暫く。部活の終わった頃に、空也は煌士と電話をしていた。
「と、言うわけなんだよ」
『相変わらずといえば相変わらずだな!』
電話先の煌士が、大笑いしながらそんな幼馴染の失敗を笑う。別にこれを語りたいから話したのではなく、表向きは数日ぶりに暇なので電話をした、というだけだ。そうして、そんな煌士だが、空也から出された名前に、少しの羨ましさを滲ませる。
『にしても、塚原卜伝か! 羨ましい・・・』
「物凄い御方だった。そこにいるのに、まったく見えない。居る事がわかっても、居る事に確証が持てない。そんな自然と一体化した様な感覚の御方だった・・・敢えて言うなら、仙人とか、隠者というのが相応しい・・・あ、剣の達人、というのはもちろんだけどね」
当時を思い出したのか、少し興奮気味に、空也が語る。それは剣士の頂点に立つ者と偶然の会合を果たしたが故の隠しきれぬ興奮だった。
『・・・吾輩もぜひともお会いしたかった・・・』
「あはは・・・まあ、それはともかく・・・おじさん達はなんて?」
『うむ。一応、父に連絡を入れたが・・・驚いておられたな。演技では無いだろう。完全に偶然だ』
「じゃあ、やっぱり・・・」
『うむ。あの一件は予想以上に多くの者達が見ていた、のだろう』
空也の推測を、煌士が認める。まあ、それも当然に思えた。なにせ欧州でも有名な神の一人であるゼウスがヘラクレスとアテネを引き連れて、わざわざ日本にまでやって来て、試練を行ったのだ。興味を抱かない方が可怪しい。
『さて・・・どうなることやら』
「おじさん達はどうするつもりかな?」
『ふむ・・・聞いておく必要はありそう、か』
確実に、注目された。それは二人も確実だと理解した。二人の父達がそれに気付いていないはずが無いだろうが、対処については、数日が経過した今も何も教えられていない。既に向こうから接触があった以上、対応を聞いておく必要がありそうだ、と思うのは当然だろう。
「じゃあ、頼んでも良いかな?」
『うむ。承ろう』
覇王は煌士の父で、彼は彼の職務の関係で、数日に一度、父と連絡を取り合っていた。その時に聞けば良いだろう、という考えだった。そうして、この日はこのまま、他の様々な雑談を行って、終わる事になるのだった。
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