第2話 遭遇 ――兄の知人達――
浬と海瑠の二人が通う学校へと登校中、二人組に出会った。二人は和服を着た老人と綺麗な女性の二人組だ。ちなみに、当たり前だが通う中学校は二人の兄のカイトと同じ、天神市立第8中学校である。
「蘇芳さん。ここの近くで合っていた筈ですよね?」
「むぅ・・・そうじゃった筈なんじゃが・・・菫、なんぞ聞いてはおらんのか?」
二人はスマホ片手に、何かを調べながら周囲を観察していた。そうして問いかけられた菫なる女性は、腕時計で時間を確認して、蘇芳という老人に応えた。
「もう二人共登校しているんじゃないですか?」
「そういえば、妹さんはバスケ部とか言っておったのう・・・朝練に出てるかもしれんな」
また別日に出直すか、と相談しあう二人を見て、浬と海瑠の二人は朝から珍しい物を見たと横を通りすぎようとした。
「あれ?」
そうして、二人が通りすぎようとした時、菫と呼ばれた女性が浬に気付いて、スマホと見比べる。そうして、探していた人物と見て取ると、声をかけた。
「あの・・・すいません。天音 浬さんと天音海瑠くん、ですか?」
声を掛けられた姉弟は、警戒しながら振り向く。まさか、いきなり見知らぬ女性から声を掛けれれるとは思っていなかったのだ。
「ん? おお、確かに面影があるのう」
老人の方も背後に立つ二人に気付いたらしく、二人の顔を見て何かを納得していた。が、当たり前だが、いきなり見知らぬ二人組から声を掛けられたのだ。当然、姉弟の顔には警戒が滲んでいた。
「あ、いえ。そんなに警戒しないでください。私達は貴方のお兄さん・・・カイトの知り合いです。えっと・・・此方を。」
警戒された事に気付いた菫が、大慌てで証拠と言うようにスマホの写真を見せる。
「あ、お兄ちゃん」
海瑠が写真に映る人物を見て、呟いた。そこには、目の前の女性と二人で写る、カイトの姿があった。それを見た二人は、少しだけ警戒を解いた。
まあ、彼らが察した通り、二人は兄の知り合い、なのであった。彼らの兄は色々な事をやっていた為、歳の離れた知り合いが居ても可怪しくなかったのである。
「えっと、お兄ちゃんとどういう関係ですか?」
少しは警戒を解いたものの、海瑠をかばうように少しだけ前に出て浬が問いかける。それに、蘇芳翁が苦笑しながら告げる。
「む? まあ、儂はあ奴に大恩のある者じゃなぁ。今までようとしてしれなかった家族の報せを届けてくれた、のう」
「私は命を救っていただきました。彼がいなければ、今私はここにいなかったでしょう」
「は、はぁ・・・」
真実を言っているしか思えない表情で語られた内容に、浬と海瑠の二人がぽかん、となる。色々と少しおかしいな兄だが、見知らぬ場所で人助けをしているとは露にも思わなかったのだ。
「貴方達のお兄さんが消えた、と聞いてお困りかと思います。何か出来るかわかりませんが、お力に慣れれば、と思い声を掛けさせて頂いたんですよ。」
「うむ。まあ、これでも二人共それなりには名が知られておるからのう。少しは助けになれるはずじゃ」
「これを・・・何かあった場合、その番号に連絡していただければ、電話に出られると思います」
そう言って菫が二枚の名刺を取り出して、手渡した。1枚は自分の、もう1枚は蘇芳翁の顔が入っていた。そうして、浬が二枚の名刺を受け取ったのを見て、蘇芳翁がふと思い付いた様に告げる。
「菫、あれも書いておけ。もしやすればおせっかいな方々が力を貸してくれるやもしれん。特に、カイトの弟妹となれば、喜んで力を貸す者は多かろう」
「そんな事したら、これ幸いと各地から家族への点数稼ぎがわんさかきますよ・・・特にヒルデや三姉妹は常にチャンスを狙っているのですから。まだ、あの方が抑えになるだろう、と思っているから良いだけで」
菫は苦笑しつつも、蘇芳翁の言に従い、浬から一度自分の名刺を返してもらって、その後ろ側に何らかの記述を始める。それはインターネットのアドレスの様に見えた。そうして、自らの名刺の裏にそのアドレスを書き終えると、再び浬にそれを手渡す。
「此方はカイトの管理しているキズナ・サーバーのアカウントと、それに入るための紹介パスです」
裏をしげしげと見ている姉弟に対して、菫がアドレスの概要を教える。キズナとは、天道財閥等の日本を中心とした企業連合体が行っている掲示板サービスだ。
始まりは日本の企業が作った物だが、世界初の3Dアバターを使用したボイスチャットを含むチャット機能や、世界10カ国の言語の即時翻訳機能、その他オンラインゲーム等の遊戯機能を兼ね備えた総合ネット空間であった事から利用者が拡大し、現在では世界各地に利用者が居る上、利用者の増大に伴い対応する言語も増えていたのであった。現に浬や海瑠も趣味で使っていたし、兄も利用者の一人だった。
使い方としては、登録した利用者が自身のアバターを作り、それを操って世界各国の掲示板を利用したり、世界各地の利用者達とゲームを楽しむのである。
キズナ・サーバーとは、そのキズナの中に作る一種のコミュニティである。共通の話題や趣向を持ち合わす者達が集まる為のものであった
「お兄ちゃんが?」
菫の言葉を聞いていた浬だが、ふと違和感を覚えて問いかける。キズナ・サーバーは大抵は個人や企業等の公式アカウントで作るが、それを兄がやるとは思えなかったのだ。
ならば、今現在姉弟の家に居候――と言っても消失事件に巻き込まれて居ないが――である少女の方だろう、と思ったのであった。と、そんなカイトを知るならば至極真っ当な言葉に、菫が笑って頷いた。
「ええ。まあ、実質的な管理はティナさんですよ。カイトにそんな知識があるわけないですからね」
そう言って笑う菫に、姉弟も笑って同意する。名前を出していない居候の事を知っているのなら、確かに兄か居候の知り合いで、安心しても良さそうだと思ったのだ。
ちなみに、ティナというのが、その居候の少女の名前だった。正式にはユスティーナ・ミストルティンだ。金髪碧眼で非常に可愛らしい少女であった。と、そんな警戒を解いてくれた姉弟に対して、更に菫が注意事項を告げる。
「そちらの紹介パスと紹介者用のアドレスは明日までで、一度しか使えません。登録している方が方なので、厳重には厳重を期しています。もし、何らかの理由で登録出来なければ、私か蘇芳さんに電話してください。新しいパスとアドレスを発行しますから」
キズナサーバーには秘密にしておきたい場合にはパスワードを掛けることができ、誰か紹介者がいなければ検索しても出てこない様に出来るのである。どうやら、このサーバーも同じらしかったのだが、その中でもかなり厳重なロックが掛けられている様だった。
「はぁ・・・そんなに厳重なんですか?」
名刺の裏に書かれたアドレスを見ながら、海瑠が眉の根を寄せる。兄を普通の一般市民と信じている二人にとって、いくらなんでも厳重すぎる様に思えたのだ。
「見ればわかりますが、世界各国の著名な方が登録されているんですよ。知られれば何処ぞのストーカーが出入りしかねませんからね。それに、知られては困る情報もそれなりに飛び交っています。この程度、仕方が無いのですよ」
二人は、知られてはならない情報を個人情報と受け取ったのだが、実際には違う。しかし、これの真実を知るのは、今からまだ数週間後のことだった。それ故に、二人にとってあまりよろしくない単語を見付けて、首を傾げる。
「ストーカー?」
「はい。これでも・・・」
菫が自己紹介を忘れていた事を思い出して、改めて名乗ろうとした所で、どこからかチャイムの音が聞こえてきた。それに気付いた海瑠と浬の二人は名刺からガバッと顔を上げた。
「あ! 遅刻!」
「え?・・・ごめんなさい。何でしたら、同行して事情を説明しま」
そこまで言った所で、一同に更に声が掛かった。どうやら声からすると、女性の様だった。
「菫ちゃん! 貴方こんな所で何やってるの!」
「あ、矢田さん」
どうやら菫の知り合いだった様だ。そんな彼女に対して、矢田というらしい女性が少し大きめの声で説教を始めた。
「稽古からいきなり居なくなって! 皆探してるわよ!」
「申し訳ありません。少々用事が・・・一応、言っては居たんですが・・・」
菫は平謝りだが、そこでふと、矢田が隣に居た老人が蘇芳翁である事に気付いた。
「用事って・・・蘇芳さん!」
「ほれ、二人はもう行くといい。学校には後で電話しておこう」
矢田から気付かれた蘇芳翁は、まずは浬と海瑠の二人を送り出す。既に遅刻は確定しているが、それでも長居させることは出来なかった。
それに、もし何か必要な事があるならば、後々キズナ・サーバーででも遣り取り出来るのだ。長居させる必要も無かった。そんな蘇芳翁に対して、二人は大慌てに三人に背を向けた。
「すいません! お願いします!」
信じては貰えないだろうが、と思いつつも、二人は急いで走り始めた。貰った名刺は処分に困り、取り敢えず父に見せるかと浬は財布にしまい込む。そうして、そんな二人を見送り、蘇芳が矢田に謝罪した。
「すまんのう。少々儂の用事に付きあわせてしまった」
「い、いえいえ! そんな事でしたら、私にも一声おかけ頂ければよろしかったのですが・・・」
矢田の中で即座にそろばんが弾かれ、稽古場での長時間の退出よりも蘇芳との交流を行った事を評価する事にした。
監督や共演者からの評判は多少悪くなるだろうが、それにしてもきちんと言われていた事からフォロー出来ない程度では無いし、それを差し引いても大御所と呼ばれる蘇芳翁のご機嫌取りを選んだのである。そうして、少しおずおずという風はあったが、矢田が切り出した。
「えっと、ご用事とは? 差し支えなければ、で構わないのですが・・・稽古場の皆さんにも説明しなければなりませんし・・・」
「おお、そうじゃったな。すまんな。ふと外の空気が吸いたくなっての。ふと近くに居た菫ちゃんを誘って外に出たんじゃ。丁度親子役じゃしな。他愛無い世間話であっても、そこから掴める役所もある。そうして話してみると、菫ちゃんは古美術品に興味がある、と言ってくれての。見識も深かったし、ついつい色々と話し込んでしまったんじゃ。それで私的なアドレス等を交換しておると、ついこんな時間になってしまったんじゃな」
蘇芳翁の言葉を聞いて、矢田は思わず内心でガッツポーズを取って、菫に喝采を送った。気さくな性格に似合わず、滅多に私的なアドレスを渡さないこの老人のアドレスを手に入れることは、同じ事務所の後輩である菫にとって値千金に匹敵したのである。
というのも、いくら大手芸能事務所に属し、それなりに名が知られ始めているとは言え、菫は新人の域を出ない。まだ侮られ、露骨に少し眉をひそめる様な営業を強請る監督等は少なくなかった。
だが、少なくとも、彼に気に入られたということは、そんな彼らに対しては絶大な効果があるだろう。彼に睨まれてこの業界で生きていける人物など、片手の指で事足りるほどの影響力を持っていたのだ。それ故、矢田は先程までの怒り顔は何処へやら、柔和な顔で頷いた。
「そうでしたか。仕事のお話を・・・流石は、蘇芳先生です」
「うむ。若い娘が古美術品に興味を持ってくれるとは、嬉しくてのう。つい、長話になってしまった様じゃ。儂も一緒に謝ろう」
蘇芳翁の古美術品に対する造詣の深さは、彼女の属する芸能界では有名なことであった。矢田はまさか自分の担当する女優がそんな古美術品に興味があった事に意外感を覚えつつも、ほくそ笑む。この分だと、この短い間にかなり気に入られた様子であったのだ。
まあ、この矢田の様子を見れば当然であるのだが、彼女は菫と蘇芳翁が今回の共演以前からの知り合いであったことなぞ知らない。そのため、矢田はこんな反応になっていたのである。まあ、蘇芳翁も菫もそれを狙ったのだが。
「ありがとうございます。では、もう戻りましょう。流石に皆さん心配されていますよ」
「おお、そうじゃな。おっと・・・少し待ってくれるか? 先ほどの少女達には少し迷惑を掛けてしまっての。一言学校に詫びを入れておいてやりたいんじゃ」
「あ、はい。そういうことでしたら、どうぞ」
矢田から許可をもらい、蘇芳翁はスマホを取り出した。そうして、蘇芳が電話を終えて、三人は稽古場へ向けて、歩いて行くのであった。
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