第37話 バレる
空也が塚原卜伝という剣聖から助言を受けた数時間後。空也の通う中学校でも浬達の通う天神市第8中学校でも放課後になり、煌士はようやく1階に降りてきた。今日は体育も無く今まではずっと用事が無くて、1階に降りてこなかったのだ。
「・・・む?」
「どうされました、煌士様」
「詩乃よ・・・あれは見えるか?」
登る時には別の側から階段を登った為気付かなかった煌士だが、降りる時は生徒会室から自分の教室に寄った関係でその場の異変に気付いた。廊下の端っこに、奇妙な空間があったのだ。それは今まで数年間在籍してきて全く気付かなかった事を考えれば、普通に魔術が関連しているように思えた。
「あれは・・・はい。ですが、先日確認した時にはなんら異常は・・・」
数日前にはゼウスの試練を行うとあって、校内には何ら異常が無い事は念入りに確認されている。だというのに、その空間は平然とそこに存在していた。
さらに言えば、この学校に異変が無い事は他ならぬアテネやクレスも太鼓判を押している。まあ、まさかその二人がこの空間がある事を知っている為に隠蔽に協力しているとは思いもよらないだろうが。
「・・・む?」
「・・・あ」
暫く中を覗いていた二人だったが、ふと、通路の先の教室らしい部屋から出てきた海瑠と目があった。海瑠は部活が休みの時には兄の話が聞きたいが為にここによく来ていたのだ。そして折り悪く飲み物を買いに行こうとして、二人に出くわしてしまったのである。
「・・・悪い、詩乃よ。一度我輩の頬を思い切り抓ってもらえるか?」
「・・・承りました」
二人共、見た物が信じられずとりあえず狐に化かされている事を疑う。そもそも彼らの認識では海瑠は魔術について一切知らないのだ。なのに、明らかに魔術の関連した場所の先に海瑠が平然と立っている。信じられないのは当たり前だった。
「ひでで! ひ、ひの! もうひょひぞ!」
「畏まりました」
主命ということもあって、半ば最近のストレス解消を含めて詩乃は遠慮なく煌士の頬を抓る。抓られた煌士としてはまさかここまで本気で抓られるとは思っていなかったので、かなり涙目になりながら大慌てで詩乃を止める。
ちなみに、二人の行動は生徒達に奇妙がられているかと思うが、煌士の行動が可怪しいのはいつものことなので、それでお仕置きされているとしか誰にも思われなかった。
「海瑠、そんなとこで何やってんの?」
そこに更に海瑠の後ろから、浬が現れる。飲み物を買いに行くと言ってずっと停滞してしまっている弟を訝しんだのだ。
ちなみに、此方はフェルが居るし密かに物を隠すには丁度良い空間なので、鳴海、侑子と学校に持ってこれない私物――漫画や雑誌類――の一時保管庫としてよく来ているのだった。
それを受けて何時もは静かな部屋が賑やかになり、静寂が奪われた事を嘆けば良いのか暇つぶしが来た事を喜べば良いのか、と玉藻は少し複雑な気持ちだったりする。
「・・・む?」
「あ」
「げ」
目を丸くする煌士と詩乃の二人に対して、浬が非常に嫌そうな感じで顔を顰める。部屋から出ると海瑠が固まっていて、その視線の先を見て、浬も浬で煌士と詩乃の二人と目があったのだ。普通は気づかれないと思うはずなのだが、明らかに目があっていた。これで気付かれていないと思うほうが不自然だった。
そして、海瑠も居た事でこの空間は実在するのだ、と煌士がようやく把握し、顔に喜色を浮かべよて大声をあげようとした所で、先んじて海瑠が行動に出た。
「うぉ!」
「きゃあ!」
このままではここが生徒達にバレる。そう思った海瑠は大慌てで空間の境界面まで移動すると、大慌てで二人を空間の内側に引っ張りこんだ。
入ろうとする者に違和感を感じられない様な結界が展開されているので、その行動が生徒達に不審がられる事が無い事は海瑠も知っている。数日前に兄から聞いたのだ。それ故の行動だった。
「あ、危なかったー・・・」
「ちょ、ちょっと! あんた何やってんの!」
大慌ての行動だった為海瑠は冷や汗を拭うが、その行動に大慌てなのは浬だ。思い切り秘密の空間にまで連れ込んだのである。
「だってしょうがないじゃん! あのまま大騒ぎにされたほうが大問題だよ!」
「だからって・・・うーん・・・」
確かに、大騒ぎされた方が問題なのは問題だ。浬もそれを理解して、かなり悩む。そんな所に、玉藻が出てきた。
『こここ、なんじゃ。面白い事をしておるな』
「き、狐・・・?」
「おぉ! 九尾の狐とは! なんと面妖な!」
詩乃が教室の様な部屋から出てきた玉藻に目を丸くするのに対して、煌士はその狐が九尾の尾を持つ事に気付いて興奮の声を上げる。今まで彼女らが見てきた異族は人型の神様だけだ。なのでこんないかにも妖怪です、という存在には出会ったことも聞いたこともなかったのである。
「九尾の狐・・・よもや玉藻の前か!」
『こここ・・・天道の小倅は知っておるか。いや、善き哉。最近の若造は知らぬと嘆いていた所。いや善き哉善き哉』
「なんと! 我輩、よもや玉藻の前にまで知られているとは思っていなかった! 詩乃よ! 我輩も捨てたものでは無いな!」
「はぁ・・・良うございました」
「何でこいつこんな平然としていられるの・・・?」
浬も玉藻を知らされてからは図書室等で調べて、玉藻の前の逸話については深く調べていた。調べる前から玉藻の性格を知っているので逸話を知っても平然と付き合えるが、そうでない煌士が平然と語り合える事に呆れ返るしかなかった。現に詩乃も何と言って良いのかわからずにただただ喜ぶ主に困惑の表情で同意するだけだ。
「あの・・・それで、ですね。浬様、此方は・・・」
「えっと、その・・・」
どうしたものか、と浬は頭を悩ませる。咄嗟に何か当り障りのないことを言えるのなら問題無いのだろうが、残念ながらそんな技量は浬にも海瑠にも存在していない。だが、そこで銀光が奔った。
「ん?」
「これでいい」
「フェルちゃん!?」
イキナリ浬達の後ろから銀光をぶっ放したフェルに対して、後ろを振り向いて浬が大いに慌てる。だが、再度前を向いた煌士達に何も変化はなかった。
「安心しろ。この場の事を実家に報せない様に魔術を仕掛けただけだ」
「フェル様、それは一体どういうことでしょうか?」
明らかに魔術、とはっきり言ったフェルに対して、詩乃が少しだけ警戒を見せて問いかける。詩乃はいざという時には密かに携えている軍用ナイフを取り出せる様に半身をずらしている。
それは何千何万と訓練を積んだ動きで、軍人が見ても良しと言うレベルだ。だが、そんな防御の姿勢も、フェルにとってみれば単なる赤子がゆっくりと動いただけに過ぎなかった。
「遅いな」
「つっ!」
警戒している所に後ろから声を掛けられ、詩乃は軍用ナイフをスカートの内側から取り出して振りぬいた。だが、そんな行動は一切の意味が為さなかった。なにせ、フェルはその高速で振り抜かれたナイフを平然と右手の親指と人差し指で掴んでみせたのだ。
「諦めろ。貴様らではどう足掻いた所で私には勝てん」
「な・・・」
フェルは摘んだまま指に力を込めると、肉厚の軍用ナイフの刃が砕け散った。まさか自分の得物をあっさりと破壊されたのを見て、詩乃は思わず絶句する。
今の振りぬきは身体が勝手に反応したものである為、ただでさえ硬い軍用ナイフには魔力がまとっていた。それを、しかも身体強化で加速した速度での振りぬきをゆうゆうと対処されたのだ。おそらく、今の天道財閥の誰も対応できる攻撃ではなかった。それをいとも簡単に対処されれば、絶句もするだろう。
「・・・ふむ。フェル殿。貴殿はここの存在を知っていると見たが・・・如何に?」
「ああ、知っている。ついてこい。こんな所で立ち話もなんだ。部屋に入るぞ。海瑠、私にも飲み物を頼む。金は後で兄から払わせる」
「あはは・・・はーい」
歩き始めたフェルに連れられ、海瑠を除いた三人は再び部屋に戻り、簡単にこの場所の説明が行われる。そうして告げられた事実の数々に、思わず詩乃が頭を痛めて待ったを掛けた。
「・・・いえ、少し待ってください。この場所に・・・『深蒼の覇王』が居た?」
「くくく・・・ああ、他ならぬ貴様らのお膝元に、だ。学校に奴が居る、なぞ誰も思わん。それをめくらましにした。学校とは存外、誰も目をつけないからな」
フェルが非常に楽しげに詩乃の問いかけを認める。既に天道家にバレない様な手は打ったのだ。なので何ら遠慮なく、事実を語っていた。そうして初めて聞いた単語に、購買部から飲み物を買い終えて戻ってきていた海瑠が問いかける。
「『深蒼の覇王』?」
「奴の裏世界での名前だ。奴は決して、名乗ることがなかったからな」
『こここ・・・おまけにあの姿よ。誰も正体に気付くことも無し、表の政治家達を相手にするときには常に隠蔽を施しておったからのう。とある女が名付けた『覇王』という呼び名に、奴の深い蒼色の髪を以って、そう名づけられたのよ』
「???」
海瑠だけでなく他の面々も頭に幾つもの疑問符を浮かべる。彼らの知り合いには蒼色の髪の人物なぞ存在していなかったのだ。
それに、フェルが呆れたため息を吐いて玉藻は笑い声を上げた。一応煌士達の手前明言はしなかったが、浬達の兄のカイトこそが、その『深蒼の覇王』だった。というわけで、気付かぬ浬達に笑った玉藻が、更に続ける。
『こここ・・・まあ、何があったのか。それが誰なのか、はまあ、横においておく事にしよう』
「はぁ・・・」
今はそんな事を語るべき時ではない。なので玉藻が浬達の疑問を横に置いて、話を別に移す事にする。と、そこに御門が仕事を終えて入ってきた。
「・・・御門先生?」
「おーう・・・って、何があったんだ?」
ふと入ってみれば普通に居た堪れない様子で居た居るはずのない生徒二人に御門を思わず目を丸くする。そうして、再び彼に向けて、説明が行われる。
「なるほどね。まあ、きちんと対処しているなら、記憶を消す必要は無いだろう」
「あの・・・一つ良いですか?」
「ほい、天道君」
「我々に仕掛けた仕掛け、とは・・・?」
御門の指名を受けて、挙手していた煌士が問いかける。ずっと、煌士にはここが疑問だった。平然と自分達の前で秘密を暴露しているのだから何らかの魔術を仕掛けられたとは分かるのだが、それが何なのか全くわからなかったのである。ちなみに、流石に煌士とて教師に対して妙な口調で問いかける事はしない。
「なんだ。何も言ってなかったのか?」
『こここ、そういえば話がずれて説明しそこねた様じゃなぁ』
「貴様が悪い・・・いや、浬達か」
玉藻とフェルが苦笑して、御門の問いかけに事の発端を思い出す。ここで流石にフェルも自分のやった事なのに何も語らないのもな、と思ったらしい。更に続けた。
「それで、貴様らにだが・・・簡単に言えば外では誰にもここの事を言えない様にした。安心しろ。紙に書いて持ちだそうにも、その紙そのものが燃える仕組みだ。天道・・・いや、彼らの真の母体である<<秘史神>>でさえ、制限に気付かんよ」
「なっ・・・そんなことは」
『こここ・・・現にここの事も気づいていなかったであろ』
そんなことはありえない。自分達の実力についてを把握している煌士がそれを否定しようとして、玉藻が嘲笑を含んでそれを否定する。
数年前からずっと、それこそ煌士が入学してからもこの空間は普通に存在していたのだ。なのに、今の今まで、いや、それどころか彼らのお膝元に彼らが必死で探す相手の親玉が居る事にさえ、誰も気づいていなかった。それで自分達に気付かれぬ事などありえない、と言った所で単なる冗談としか聞こえなかった。
「まあ、それ以外にも色々な手段で何も言えない様にしている・・・まあ、そもそもで貴様の父より遥か上の奴らにも見破れん。諦めろ」
「覇王様より・・・上?」
詩乃が最早聞いた言葉が理解できず、歳相応の素の表情で困惑を浮かべる。詩乃も煌士も覇王はこの日本にある集団の一つである<<秘史神>>という組織のトップだと伺っているし、ゼウスの試練に挑む上で一度だけ見た実力では、それだけの実力があった。
そして<<秘史神>>の幹部と言われた神宮寺の当主や星矢にしても、それ相応の実力を有していた。それに加えて現に天道財閥を含めれば、世界最大級の組織だと言えると自負している。
「ふん・・・何も聞かせていない、か」
「まあ、そうだろうよ」
フェルと御門は困惑しまくりの二人を見て、苦笑する。そうして、彼らは彼らが知る情報の一端を開陳するのだった。
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