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勇者の弟妹 ~~Tales of the new Legends~~  作者: ヒマジン
第3章 騒動の開始編

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第35話 戻り始めた日常

 水鏡の儀式が終わって翌日。結局空也も煌士も詩乃も元の生活に戻っていた。水鏡に一区切り付いて次の調査段階になったため、三人はお役御免になったのだ。

 空也はそもそもで調査の様な仕事には向いていないし、煌士には重力場技術を実用段階に持っていくという、日本政府にとって極秘かつ重要な仕事もある。元の生活に戻すのは当たり前だった。そうして、元の生活に戻れば、当然三人は再び学校に戻る事になるのだった。


「ふむ・・・今日も今日とて良い天気だ! 皆、おはよう!」


 その日。朝から煌士は生徒会室に直行すると、生徒会役員を引き連れて朝の挨拶活動に励んでいた。そうして朝から挨拶活動に励んでいると鳴海が登校して来た生徒の中に、馴染みの顔を見つけた。


「あ、浬、おはよー」

「あ、鳴海もおはよー」

「あれ? どうしたの、新しい服じゃん」

「えへへ、この間のバイト代で買っちゃった」

「羨ましいぞ、この!」


 真新しい服を着てきた浬に対して、鳴海が少し羨ましそうに告げる。まあ、少しで済んでいるのはこのバイトの裏を知っているからで、自分はやらなくてよかった、と心の底から思っていたからだ。

 結果色付きで1万円の収入になったが、その労は計り知れない。たった1万でそんなバイトを受ける気にはならなかったのだ。一方、そんな姉に対して、海瑠の方は今日も今日とて煌士に絡まれていた。


「おぉ! <<魔眼(イビル・アイ)>>海瑠ではないか! この間のテストは助かったぞ! 父上もよろしく言っておられた!」

「おはようございます、海瑠様」

「お、おはようございます、天道先輩、詩乃先輩・・・<<魔眼(デビル・アイ)>>じゃないんだ・・・」


 しっかり海瑠は煌士の変化した名前に気付いて、苦笑しながら頷いた。既にどちらも普通の日常に、完全に戻っていた。

 姉弟にはある安心があった。確かに自分達の命の期限はあるがそれも数年先の話で、フェル達の言葉にしっかり従っていれば既に早ければ半年――長くても一年――で完治する事も把握しているのだ。既に気負いなく、日常生活を送れるようになっていたのである。


「む・・・そういえば、海瑠。確かメガネはしていなかったのではなかったか?」

「あ、はい。ちょっといろいろあって、最近掛けるようになったんです」

「良いではないか! まさに魔眼! それでこそ、<<魔眼(イビル・アイ)>>に相応しい!」


 メガネを掛けた理由はまさに魔眼を封じるためなのだが、勝手に決めつけた煌士が高笑いで頷く。まあ、彼としてもまさか本当に魔眼を封じる為にメガネをしているとは思っても居ないので、冗談で言っているだけなのだが。


「さて、では海瑠! 今日も今日とて、勉強に励めよ!」

「はい」


 一頻り海瑠と話して満足したのか、煌士は海瑠を送り出す。彼にしても自分の趣味よりも朝の生徒会活動が優先だし、海瑠一人に掛り切りになるわけにもいかない。なので、海瑠は一人教室へと向かう。


「おはよー」

「おーす」


 そうして、教室に入った海瑠は友人達に挨拶を行う。流石に昼休みにいきなりメガネを掛けて帰ってきた時には大いに驚かれ茶化されたが、既に2週間ともなると飽きたらしく誰も反応しない。


「そいうや、海瑠。お前進路どうするよ」

「進路・・・? あぁー!」

「あ、こいつ忘れやがった」


 海瑠の絶叫に、友人の一人が笑いながら元凶を言い当てる。休み前に進路相談の紙を貰ってきたのだが、それをすっかり忘れていたのだ。

 まあ、幸いにして今回は志望先の一次調査なので対して重要ではないのだが、問題はもう一つの欄だ。そちらには実は三者面談の希望時間についての調査票が添付されていたのである。


「やっちゃったー・・・」

「あはは!」


 落ち込む海瑠に対して、友人たちが笑いながら朝一の挨拶を交わし合う。その後も朝礼が始まるまで、暫くの間何人もの生徒達が入れ替わり立ち替わりに挨拶を交わし合う。


「おーい、全員着席しろ。プリント忘れてないだろうなー」


 海瑠が思い出してから十数分後。担任の最上が入ってきて、一同に問いかける。その後すぐに、友人の一人が楽しげな笑みと共に海瑠を密かに指差した。それで、最上は十分に事情を理解する。


「おーし。天音は忘れたらしいが、他に忘れた奴はー?」


 海瑠は少し顔を赤くするが、更に悪いことに忘れていたのは海瑠だけらしい。誰も挙手する事は無く、プリントの回収が始まって、すぐに終わる。


「さて・・・じゃあ、天音にはバツとして、俺の仕事を手伝ってもらうかな。天音は俺の授業の前に職員室な」

「はい・・・」


 真っ赤になりながら、海瑠は処罰を受け入れる。そもそも今日が最後の提出期限と言われていたのに、それを忘れた海瑠が悪いのだ。反論できなかった。


「さて・・・ということで、朝礼を始める。まずは朝の連絡だが・・・」


 最上は御門と違って、いい加減な性格はしていない。まあ、それはまだ若い教師であるが故に、なのかもしれないがそれでも、御門に比べれば圧倒的に真面目に朝礼で伝えるべき事を冗談少なめに伝えていく。


「ということだ。まあ、今年は幸い何もなかったから、何時も通りに授業は行われるからな」


 最上が少しだけ苦笑しながら、最後にそう告げる。彼が初担任となった3年前から去年まではなぜか毎年の様に天神市とその周辺都市では事件に事故、観測史上最大最悪の台風という天災の襲来が起き、その御蔭でほぼ毎年の様に一学期の期末試験の日程が狂うハメになったのだ。それを受けての言葉だった。


「じゃあ、来週からはテスト期間に入って部活が停止するから、全員勉強しっかりしろよ」


 最後に最上はそう言い含めると、教卓を離れて教室を後にする。一限目の授業は彼――現代社会担当――では無く、国語の授業だった。そうして、ようやく普通の一日が始まるのだった。




 昼休みが終わる少し前。海瑠は言われた通りに職員室へと来ていた。そうして最上の荷物持ちを手伝おうとしたが、最上の方の用意がまだだった。

 どうやら他の教師がコピー機を使っている途中にコピー用紙が切れて替えを備品倉庫にまで取りに行っているらしい。かと言って最上に何かできる事は無いらしく、最上はちょうどいいか、と海瑠に進路について問いかける事にした。


「天音。お前は進路はどうするつもりなんだ?」

「あ・・・えーっと、本当なら天桜学園を志望しようかな、って思ってたんですけど・・・」


 実は何も海瑠とて何も考えていないから書き忘れた、というわけでもなかった。志望先が消えてしまった為、急遽予定を変更しなければならなくなったのだ。

 それを考えていたまでは良いのだが、その後にゼウスの試練が入ってすっかり意識から消失してしまったのだった。そうして、海瑠の言葉を聞いて、最上も少しだけ、残念そうな顔をする。


「ああ、兄貴のとこか・・・残念だ。あいつは結構俺の仕事を手伝ってくれたりしてくれて、助かってたよ」

「あはは」


 最上の言葉に、海瑠は少しかわいた笑いを浮かべる。最上はカイトやその友人達がこの学校に在籍していた当時の担任教諭だった。最上はまだ新入りの教師で慣れもなかった頃、様々な事件に苦労させられていた事を思い出したのか、その顔には少しだけ、懐かしさの混じった苦笑が浮かんでいた。


「早く見つかると良いんだけどな・・・」

「はい・・・そうですね」


 複雑な表情で、海瑠が最上の言葉に同意する。よもやその兄――と言っても使い魔だが――は今も呑気に中学校の上空を飛んでいるなぞ最上は露とも思っていないだろう。

 更にその本体はといえば、呑気に異世界を満喫しているらしいのだ。それを知る海瑠としては、どんな表情をすれば良いのかわからなかった。


「っと、それで、何処の高校を志望するんだ?」

「そうですね・・・今はとりあえず、天桜系列の学校を目指そう、って考えています。そうすれば、天桜の大学に推薦もらえますし。まあ、ここからはちょっと遠いですけど、通えない範囲じゃないですから」

「なら、天嶺か天鳳か・・・まあ、お前は兄譲りで勉強は出来るからな。あの二人は人並み外れた成績だった。まあ、お前も今のままやってれば、大丈夫だろう」


 海瑠の言葉に、最上が幾つかの予測を付ける。実は姉の浬も同じような選択肢を選んでいた。姉弟が多い身としては、兄や姉と同じ学校の方が良いだろう、という判断だったし、学力的にもここらでもそれなりに高レベルの学校だ。選択肢としては、十分にありだった。


「お前に後は運動能力があればな。まあ、兄貴の方にはやる気がなかったが」

「あはは。そうですね」


 兄のやる気の無さが実はその性能の高さ故だと知らない二人は、笑いながらカイトに足りていないものを頷き合う。そうして暫く喋っていると、コピー機を使っていた別の教師がその場をどいた。


「ああ。じゃ、ちょっとまってくれ」

「はい」


 それから5分程待っていると、最上が一束のプリントを持って帰って来る。今日の授業で使うプリントの束だった。それを教室まで持っていく荷物運びが、彼の処分の一つだった。ちなみに、他にも転校生があればその準備や世話役等を言いつけられる事もある。


「じゃあ、これを頼むな」

「はい」


 最上からプリントの束を手渡された海瑠は、最上と一緒に教室まで戻っていく。そうして、この後は普通に授業だ。


「さて・・・じゃあ、そろそろお前らも覚えているだろう範囲だな。まずは2年前。在韓・在日米軍の再々編だ。これは朝鮮半島の緊張緩和に伴い、軍事力の必要性が低下したから、だな・・・っと、こんな事はどうでもいい。記憶の端っこにでも留めておけ。お前らも覚えているだろうが、去年の冬、正式に南北で休戦協定が締結し、近隣諸国の安定が得られた、と日本も株価が上昇して・・・」


 最上が歴史を交えながら、現代社会についてを語っていく。現代社会の授業といっても、昔の様に出来事を暗記させる物から、どのような事があったのか、という歴史の授業に近い役割になっていた。

 過去の歴史に時間を多く割く事が多く近代の歴史の授業に割く時間が少ない、と言う学者達からの提言を受けて、現代社会でも歴史に近い内容を教える様になったのである。


「さて・・・ここらで一つ質問しておくぞ。眠そうな天音」

「ふぇ?」


 海瑠は外を眺めながらぼけー、としていたのだが、それをどうやら見咎められたらしい。


「今の総理大臣は天城 星矢首相だが・・・前は?」

「え・・・あ、えっと内藤 忠首相だったはずです」


 ここで流石に最上は意地悪してくるわけでは無く、授業範囲の中から出題する。まあ、そこで安心させて更に意地悪するのが、最上だが。


「良し。では、坂上。今のアメリカの大統領は?」

「ふぇ!?」


 最上から指名された坂上という男子生徒が、思い切り驚いて周囲を見回す。海瑠はブラフだった。敢えて一度目的の人物を当てる前にワンクッション置いて対象を油断させ、油断しきった所に指名するのだ。


「え、何? 何の話?」

「よーし、しっかり聞いてろ。坂上、お前後で授業の用意の後片付けな」

「んぎゃっ!」


 問題さえも把握していなかった坂上は周囲を見渡して助けを乞うが、助けを乞うている時点でアウトだった。なので最上はきちんと、処分を言い渡す。


「さて、これら政策を取っているのは、<<太陽の男(ダブル・サン)>>の渾名で知られる現アメリカ大統領ジャクソン・アンダーソンだ。彼は保守派で有名な政治家で、元は軍人だそうだ。まあ、そうは言っても今年末には任期切れで、今選挙をしていることは、お前達も知ってるだろう。それで、一番のダークホースは現職の軍人でもあるジャック・マクレーンって奴だな。まさか彼が3月のスーパー・チューズデーを勝つとは俺も思わなかった。ここらは、覚えておいて損は無いかもな」


 最上は日本だけでなく、地球全体を俯瞰視した現在を語っていく。だが、これは多くが嘘に塗れた物だ。最上が悪いわけでは無く、最上でさえも知らないからだ。

 教科書にこう書かれている。そして、教えるべき事もこうなっているだけだ。だが、事態は水面下でこそ、進行している。それを、遠くない未来に、海瑠は知る事になるのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。次回は来週土曜日21時です。

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