第29話 ガニメデスの試練 ――神獣戦――
ゼウスの神獣の攻撃からなんとか辛くも逃れ、校舎内に入った浬達5人。そうして校舎内に入って即座に、彩斗が号令を掛けた。
「全員、散開! あないな速度で来られたら一網打尽や!」
巨体もそうだが、速度もある。あれでもし、一塊になっている所に襲撃を仕掛けられれば、確実に一気に全滅だろう。それでは勝負にならない。まあ、そもそもで勝負にはなっていないが。
「煌士くん! そっちはきちんと把握出来とるやろな!」
「うむ! 我輩はなんとかそちらにまで逃げてみるぞ!」
彩斗の言葉に頷いて、煌士は詩乃を連れて移動を始める。所定の場所に幾つかの魔法陣を展開させるつもりであった。
「こっちは別れてなんとか逃げる! 空也くん、浬! あんま海瑠の見えるとこから離れんなよ!」
「はい!」
「うん!」
煌士を送り出し、一同は三手に別れて行動する事にする。同階だといっぺんに捕縛される可能性があるので、別々の階層だ。そうして、三者三様に移動し始めた所で、カイトが一人になった浬に告げる。
『浬・・・わかってると思うが、流石に玉藻の部屋に移動しても入れないからな』
「ちょ! なんで!」
どうやら早々に玉藻の部屋に逃げ込もうと思っていたらしい。思わず足を止める。
『ちょ、お姉ちゃん! 足、止まってる! 右から来るよ!』
「きゃあ!」
海瑠の言葉に気付いて、浬が前に向けてジャンプする。すると、ジャンプで飛びのいた一瞬後、先ほどまで浬が居た場所を全幅1メートル程にまで小型化した鷲が通り過ぎた。
『浬、座高を低く、窓に寄り添う様に移動しろ。如何にあれとて見えていない相手を補足する事は出来ん。後は無闇に魔力を放出し、音を出さなければ見つからない』
「うぅ・・・なんでこんな事に・・・」
『乗せられたお前が悪い。今のうちに空いた教室に移動しろ』
「うぅ・・・」
落ち込む浬をなだめ、カイトは浬を目の前の教室へと移動させるのだった。
一方、場面は変わって空也と彩斗だが、彼らは隠れる事をせず、敢えて身を晒してゼウスの鷲を引きつけるつもりであった。これは煌士の時間稼ぎの為だった。
「空也くん! 俺は3階行く! 2階は頼むで!」
「はい、彩斗さん!」
3階へと続く階段にて、彩斗と空也は予め決めた通りに分かれる事を決める。そして彩斗は3階へと上がると、即座に魔力を全開放する。
「おら、こっちやぞ!」
彩斗は鷲に向けて、大声で呼びかける。自分より身体能力の高い空也はなるべく後に残しておきたい。予め決めた事だった。もとより浬には期待していない。
『お父さん!右から来るよ!』
「っつ! マジか!」
海瑠の言葉の一瞬後に、言葉通りに鷲が顕現する。色々頭が痛くはなるが、海瑠を連れてきたのは正解だった。彩斗はそれをこの時はっきりと認識する。顕現の瞬間を彩斗はなんとか見極めようとしたが、彼の力ではその兆候さえ、見切れなかったのである。
「こりゃ、あかん! 海瑠、悪いけど、俺は流石に見ながらは逃げられん! 全部任せるわ!」
『うん、わかった』
「あはは! ちょっと最近運動不足やったからな! こりゃあかんわ!」
『あはは! そうした方がいいよ! 最近お父さん休みの日はずっとリビングでパソコン見てるだけだもんね!』
彩斗のおちゃらけた言葉に、海瑠が笑い声を上げる。一応、浬と海瑠には今回の設定は中学生用の速度にしている、と既に説明している。その為、彩斗は運動不足が祟ったと言い訳しておいたのだった。そうして、息子の笑い声を確認した後、自分を標的にしたらしい鷲を見る。
「こりゃ、奇襲やらは出来んな・・・」
本来ならば、時間稼ぎとして閃光弾に似た攻撃などを織り交ぜるはずだった。だが、この調子だと魔力の全てを身体強化に回さなければ如何ともし難い状況だった。
とは言え、この状況も想定の範囲内ではあった。なので、きちんと対策を取ってもいる。彼は鷲の突進を避けながら、懐から数枚の札を取り出す。単発限りではあるが魔術と同じ効果を出せるいわゆる、呪符と呼ばれる品物だった。鏡夜が所属する陰陽師達から天道財閥が譲り受けた物の中で、最も最高性能の物を今回彩斗達には付与されていた。
「よっしゃ! 一枚目や!」
彩斗は魔力を込めた呪符を投じて、鷲に向けて魔力で編まれた縄を展開する。これを受けて、彩斗目掛けて一直線に飛翔していた鷲は一度距離を取って縄から逃れる様にジグザグに飛翔する。
如何に呪符と言えど、魔力を込めなければ単なる複雑な紋様が描かれただけの紙切れだ。彩斗は呪符に魔力を貯めていく。これが何年もの月日を越えた魔術師や陰陽師達ならば一瞬で終わる動作だが、今の彼らでは即座に、など不可能だ。なので、一枚につきおよそ10秒程必要だった。
「この間に、なんとか他のにチャージせんとな・・・」
先ほどの呪符で捕まえられるとは、彩斗も露とも思っていない。これはただ単に次の一手を打つ為の布石に過ぎない。聞く所によると、呪符の効果時間は10秒。本来は一瞬で魔力を込め終えるはずである事を考えれば、かなり費用対効率が悪い事になる。だが、これが、今の天道財閥の限界だった。
「おら! つぎや!」
縄が消失すると同時に、彩斗は次の呪符を投げつける。それは先と同じ、縄の呪符だった。これで、時間を稼ぐつもりだった。だが、相手は神の獣だ。同じ手は、二度とは通じない。
『お父さん! 突破されるよ!』
「なっ!」
後に海瑠から聞いた話だが、少しだけ彩斗に対して距離を取った鷲はそのまま魔力をまとうと、一気に突進する事を選択したらしい。ここで時間を食うよりも、強引に突破して敵を仕留める事を選択したのである。そうして、鷲の鳴き声が響いた。
「まずっ!」
鷲に膨大な魔力が蓄えられていくのは、縄越しでも見えた。そして、次の瞬間。失格を知らせるアラートが鳴り響いた。アラートを鳴らしたのは、鷲が身体を通り過ぎるとアラートが鳴る様に設定された魔道具と呼ばれる魔術を応用した道具だ。ゼウスから今回の試練に挑むに当って貸し出された物だった。
「・・・は?」
何が起きたのかわからない。彩斗が呆然と、目を瞬かせる。ただ、一瞬。それで、勝敗が決していた。海瑠が見ても転移の兆候が無かったことを見ると、おそらく転移はしていない。だが、その一瞬で、ゼウスの鷲は彩斗の後ろに移動していた。そうして、鷲は何も気にせずに一つ下の階へと移動する。
「こりゃ、あかんわ」
それを見て、彩斗は苦笑して呟いたのだった。
彩斗が失格した情報は、すぐに他の一同へと海瑠を通して伝えられる。それは当たり前だが、空也も同じだった。
「約1分、ですか・・・」
空也は時計を見ながら、彩斗が捕まるまでの時間を考える。残り時間は、後7分。開始早々に校舎に逃げ込んで、その後はすぐに彩斗の下に飛んでいったのだった。
「さて・・・なんとか、見れたのは良かったですね」
空也が彩斗の犠牲によって得た情報を頭のなかに展開して、動きをシミュレーションする。後は自分がどれだけその想像通りに動けるか、だ。
「来ましたね」
天井を突き抜けて2階に降り立った鷲を見て、空也が呟いた。時間稼ぎの為、自分も見つかる様にしていたのだ。そして、それを受けて、空也が竹刀を構えた。彼は持てる手札の全てを自分の術技を強化する事にしたのである。
「天道流剣術・三段、天城 空也。ゼウス神が神獣の相手を仕ります」
空也は名乗りを行うと小さく息を吐く。今見た映像では、最後の突進を除けば鷲の速度はなんとか目で追えない程度では無かった。なので、後は転移に注意するだけだ。まあ、そのために、海瑠からも見れる窓際に移動しているのだが。
「っつ!」
鷲は空也を見つけると、一直線に直進してくる。だが、先に彩斗相手に行った程の速度では無く、一番始めの突進速度程度だった。
「しまったな・・・逃げ込んだのは間違いだった」
なんとか竹刀で突進を防いだものの、逆に竹刀というリーチのある得物であるが故に、廊下という閉所空間は相性が悪かったのだ。おまけに、この中学校は空也が通う天桜学園の中等部では無い。一応見取り図は見ているし案内も受けているが、それでもやはり感覚が異なる。
それに、ガラスが割れた所で天道財閥が明日にでも修繕するので問題は無いが、窓枠に引っかかるのは有り難くなかった。
『空也さん! 後ろ!』
「つっ!」
海瑠の言葉を受けて、空也は目の前に見えている鷲では無く、即座に転身して後ろを振り向く。すると、それと同時に海瑠の言葉通りに、鷲が急に現れた。
「助かりました!」
『ううん。これが僕の役割だからね』
空也は鷲に向けて竹刀を振るい、海瑠に礼を言う。もし注意が聞けずに前を向いていたら、確実に後ろから急襲されていた。
「・・・これは、やりにくい」
そうして、約1分。海瑠の支援を受けてなんとか防戦を行っていた空也だったが、やはり、やりにくさが拭えない。さらに言えば、魔力の消耗は想定以上だ。一撃毎にほぼ全力を注ぎ込んでいたお陰で、普通ならばまだまだ持つスタミナも殆ど無くなりかけていた。
「・・・後耐えられて数発・・・」
汗だくになり、空也が呟いた。ここまで苦戦したのは、はっきり言って彼の生涯2度目だ。だが、前の一閃と違ってこれは同時に負けられない戦いだ。なので空也はこのまま安々と負けるのではなく、賭けに出る事を選択した。
「海瑠くん。後ろは任せます」
『どうするつもりですか?』
「屋上に逃げて、なんとか浬さんと煌士の分を稼いでみせます」
屋上ならば、まだ今よりもずっと自由に動ける。本当ならばグラウンドが最も良いのだが、そこは1階が近い。更にここからは見えない位置に、今煌士が幾つもの策略を施している所なのだ。それを悟られぬ様に逃げるのならば、屋上しか無かった。
それに、幸いにして屋上がどうなっているのかは、他ならぬ空也の兄自身からよく聞かされていた。なので校舎内よりもよく把握している。それ故の判断だった。
「行きます!」
空也はそう大声を上げて一気に全身から魔力を放出して、一瞬だけ、鷲の行動を鈍らせる。魔力的なスタミナとして見ればなけなしの数発分をかなり消費した事になるが、それでも、それで稼げる時間は有用だ。そうして、鷲が怯んだ隙に空也は一気に後ろを向いて、階段目掛けて走りだした。
『後ろから来ます!』
「くっ!」
斜め前にジャンプして、空也は後ろから迫り来る鷲の突進を躱す。そうして突進を躱された鷲は、そのまま大きく直進して、階段の先へと飛んでいった。それを見て、空也はずっと待機させていた切り札を一枚切った。
「<<光の守り>>!」
空也は口決と共に、呪符を階段を通り過ぎた鷲へと投げつける。彩斗よりも、煌士と空也の方が才能が高い。なので、空也に与えられた呪符も、それ相応に性能の高い物だった。
投げつけられた呪符は一気に光り輝くと、その場で光の膜を創り出す。本来は自らの周囲に展開する事で敵の攻撃から身を守る呪符だったのだが、空也は咄嗟の判断で鷲に投げつけて閉じ込める事にしたのだ。
「つっ・・・残りの呪符は・・・」
少しだけ息切れを起こしながら、空也は残りの呪符を確認する。今回、空也に与えられた呪符は今の一枚に彩斗と同じ光の縄を創り出す<<光の束縛>>という二種類の特注品に加えて、閃光を生み出す<<閃光符>>と言う陰陽師達の基本的な武装が数枚だけだ。
とは言え、先の攻防もある。次の階層で<<光の束縛>>を使う事も考えれば、<<閃光符>>は使えて2枚が限度だろう。
「つっ! 5秒も持ちませんか!」
そうして空也が階段を駆け上がっていると、ガラスの砕け散る様な澄んだ音が鳴り響いた。明らかに、光の膜が砕け散った音だった。だが、それでも空也は足を止めることなく、階段を駆け上る。
『空也さん! 後ろ!』
「つっ!」
空也は海瑠の注意を受けて、身体能力の強化を最大限に行って階段を右斜め上に飛んで、一気に飛び越える。すると、空也が飛び越えると同時。先ほど空也が居た場所を、一瞬にして鷲が通り過ぎた。
「助かった!」
そうして通り過ぎた鷲は、空也を超えて一気に階段を超えて3階にまで登り切る。それを見て、空也は切り札では無く、<<閃光符>>を取り出した。
「<<閃光符>>!」
通り過ぎ、鷲が方向転換をすると同時に、空也は呪符を投げつける。すると、呪符からは物凄い光量の光が生まれて、一瞬、鷲の視界を完全に塞ぎ切る。
『うわぁ!?』
「すいません!」
どうやら、あまりの光量は海瑠の目にも影響を与えたらしい。ヘッドセットから海瑠の驚く声が聞こえて来て、足を止めることなく空也は謝罪した。
「まだいけますか!?」
『あ、はい!』
まだ、屋上まではあと一つの階段があるのだ。それまでは、援護が欲しい。空也の問いかけに対して、海瑠は少し慌てて返事をする。それを受けて、空也は迷いなく、再び階段に飛び込んだ。
「良し! 出れた!」
どうやら閃光でのめくらましは想定以上に聞いたらしく、鷲の速度が少しだけ落ちていた。そのおかげで、空也はなんとか、屋上まで登る事に成功する。屋上は見通しが良いが、同時に海瑠からは死角も存在している。それを考えて、空也はグラウンド側のフェンスまで移動をし始める。だが、それと同時に、地面を突き抜けて鷲がイキナリ下から襲いかかってきた。
「つっ!」
鼻先を掠めて行った鷲に、空也は思わず足を止める。場所的に、海瑠からは死角でどう足掻いても見きれる位置では無い。なのでイキナリの出現に空也は目を見開いて驚いたが、向こう側も見えていなかったのでなんとか捕らえられる事はなかった。
だが、そのまま一気に転身されれば確実に捕らえられる距離だ。なので、空也はもう一枚、<<閃光符>>を投げつける。
「<<閃光符>>!」
そうして、再び閃光が生まれ、一瞬、鷲が動きを止める。
「なんとか・・・ですか」
目的の場所まで到着した空也は、息を整える。もう逃げ場は無いのだ。後は、やれるだけやる、だけだった。
「まあ、もう数発も持ちそうには無いんですけどね・・・」
構えて、鷲の行動を待つ空也だが、最早苦笑が浮かぶ程に疲労が蓄積していた。ここに来るまでに<<閃光符>>を二枚。それに、身体強化の魔術を全開だ。もともと殆ど残っていなかった魔力は、もう殆ど底を突いていた。だが、それでも鷲は躊躇う事は無い。
「つぅ!」
一直線に向かってきた鷲に対して、空也はなけなしの魔力を全開にして、竹刀を振るう。竹刀はなんとかギリギリ鷲を捉える事に成功したが、反動だけで、竹刀を取り落としそうになった。
「冗談だと思いたいですね・・・」
どうやら鷲はかなり本気らしく、一撃で残っていた魔力の大半を持っていかれる。これが、今の空也の限界だった。それを見越したのか、鷲はしっかりと空也を見定める様に、狙いを定める。そして、彩斗と同じく一瞬にして通り抜けようとして消え去る瞬間。空也が最後の悪あがきを行う。
「ふっ!」
消えた瞬間を見定めて、自らを中心として<<光の束縛>>を発動させる。どうやらなんとか発動はギリギリ間に合ったらしく、鷲は動きを縫い止められていた。が、きちんと、その足だけは空也の身体を捉えていた。
「負け・・・ですね」
それを知らせる如く、アラームが鳴り響いていた。だが、なんとか、時間稼ぎには成功したので、空也の顔に薄く笑みが浮かぶ。そうして、戦いは後半戦へと移るのだった。
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