第28話 ガニメデスの試練 ――見当違い――
煌士達がテントの中で打ち合わせを重ねている最中。相も変わらず御門もゼウスも近くのビルの屋上を勝手に間借りして酒盛りを行っていた。
「あー・・・美味い。やっぱ酒はソーマに限るな」
「このワインもなかなかにイケるぞ」
「お、マジか」
スサノオの言葉を受けて、御門はそこら辺に転がっていたグラスを手繰り寄せて酒瓶を受け取ってワインを試飲する。そうして一口試飲して、芳醇な香りに気付いた。
「・・・お、これ、もしかして15年前の当たり年のやつじゃないか? 結構これ高かったんじゃねえか?」
「15年前の物を送ってくれた人居るんだよ。何の意味もなくただぶらりと欧州を旅した時、ちょっとボルドーの偏屈親父に出会ってな? ちょっと悩み事解決した時からの知り合い」
「ほう・・・自由に出歩ける人の子ならではの出会いじゃな」
カイトの言葉に、御門とゼウスが少しだけ羨ましげに頷く。彼らは一見自由に見えて、そこまで自由に動き回れるわけでは無いのだ。神様はどうしても、影響力が大きい。それ故、仕方がない事だった。なので真実勝手気ままに出歩けるカイトは少しだけ、羨ましかったのである。
「っと、そういや・・・こいつも飲むか?」
「む?」
「シャンパーニュの方で買った酒」
「シャンパンか。貰おう」
ワインを嗜んだ御門だったが、カイトの言葉を受けて別のグラスを手繰り寄せてシャンパンを貰う。正真正銘シャンパーニュ地方のシャンパンだった。
そうして、試練に望むべくあくせくする一同を横目に酒盛りを行っているとゼウスを呼びにアテネがやってきて、見た光景に目くじらを立てた。
「これは・・・」
「げっ・・・」
当たり前だが、こんな所で酒盛りをわいわいやっているのは全員アテネと相性の悪いやんちゃ者達ばかりだ。それ故、現れたアテネを見て、全員顔を顰める。
「皆が試練に向けて努力をしている時に・・・あなた方は何をやっておいでですか・・・?」
「はーい、ストップ」
ごごごごご、と大気を揺るがしながら問いかけたアテネだったが、怒鳴る直前にカイトが止めに入る。そうして、顎である一人の人物を示した。そこはこの喧騒にあって、その周囲だけは、一切の静寂が保たれていた場所だ。
それに気付いて、アテネが生唾を飲んだ。今の今までずっとそこにいながら、彼女でさえ、気付かなかったのだ。実はカイト達は無遠慮に飲めや歌えやの宴会をやっている様に見えて、その一箇所だけは、避けていたのである。
「っ・・・」
「・・・貴殿か」
アテネに気付いたその人物は彼女に一瞬視線を送るが、それだけだった。彼はそのまま鞘に収められた刀の如く静かに、盃を傾ける。
彼はまるで刀の様な人物だった。スラリと伸びた手足に、刀の波紋の如くの白銀の髪。刀の如く切れ長の目に、名工が打った刀の如く整った鼻梁。一目で、一角の人物と分かる人物だった。
「剣聖殿も来られておいででしたか・・・」
「招きがあったのでな」
彼女も、曲りなりにも戦神だ。それ故に、彼の前では礼儀を正す。いや、曲りなりにも剣を修めた人物なら、誰もが彼の前では立ち振舞を正す。それは、カイトとて、変わらなかった。彼は正座をして、頭を下げる。
「信綱公。まさかのご来訪、ありがたく存じます」
「・・・我が弟子よ。酒盛りは良いが、貴様も然りゼウス神も然り、この後に試練もある。程々にしておけ」
「お言葉、心に刻ませて頂きます」
今の今までふざけあっていたはずのカイトは、一切の素面で信綱の言葉に頭を垂れた。いや、それどころか、ゼウスや御門にさえ気後れしないカイトにさえ、緊張が滲んでいた。
男の名は、気まぐれに人の世に出た時の名では、上泉信綱。日本において塚原卜伝と並び、最強の剣豪の一人、と言われる男だった。
だが、彼は塚原卜伝とは違い、人間では無い。神々の御世においては、ただただ剣聖、もしくは剣神と呼ばれる男だった。彼は八百万に神が居る日本という特殊な土壌において、更に特異な剣士という職業の概念が生んだ、まさに剣の神だった。
槍や拳、そういった神は居ない。まさに、特殊な日本において、更に特殊な神だった。カイトはその剣神の弟子として名乗ることを許された数少ない一人だった。
「・・・師よ。此度はご来訪頂き、ありがとうございます」
「気まぐれよ・・・たまさか世界を覗けば、酒盛りが見えた・・・月夜も美しい。酒を飲むには、悪くは無い・・・」
信綱が盃を傾けて、中の日本酒を呷る。数メートル先なのに、ゼウス達の喧騒が、遠くに聞こえる。それほどまでに、彼の周囲は静謐に保たれていた。これは他ならぬ彼の気配そのものが、そう感じさせているのだった。
「・・・我が弟子にして、異世界に渡ったかの二人の弟子よ。聞くには、あれが貴様の弟妹だな?」
「はっ・・・私の妹の浬と、弟の海瑠です。そして、あちらに居並ぶのが、父の彩斗です」
「ふむ・・・我が弟子ならば、弟妹の前で醜態を晒すな」
「御意のままに」
「ならば、もう征け」
「御意」
その会話を最後に、カイトは立ち上がり、その場を後にする。それに併せて、アテネも静寂の空間を後にする。そうして、思わず一つため息を吐いた。
「はぁ・・・あれで平時ですか・・・っと、父よ! そんな場合では無く、そろそろお時間です!」
「ちっ・・・そのまま忘れれば良い物を・・・よっこらせっと」
「頑張れよー」
「んじゃ、オレも行くわ」
「おーう」
ゼウスが立ち上がったのに併せて、カイトも小鳥に変わる。そして、それを受けて、残る面子がゼウスとカイトに手を振る。そうして、二人はビルの屋上から中学校の元へと移動するのだった。
カイト達が動き始めた頃。ようやく試験を開始するという話が出て、6人は外に出た。
「うわぁ・・・なに、これ」
外に出た浬が見たものは、数多の機械を待機させている大勢の研究者達だった。それは一応二人には機材のチェックを行う研究者達だ、という風に言っているが、実際には今回の試練を観察し、次に繋げる為の人員だった。
誰もがこの一回で成功してくれれば、とも思うが、今回の試練はあまりに急だったのだ。準備は殆ど整っておらず、無理でも不思議は無かった。それ故に、可能な限りの人員を動員して、次への対策を立てるべく動いていたのである。
「すごいであろう! これが、天道家の何時ものテスト風景よ!」
「すごいっていうか・・・これ、ホントに私達で良かったの?」
あまりに物々しい雰囲気と真剣な雰囲気に、密かに事情を知る浬が少しだけ気後れする。ちなみに、既に海瑠は観察用として与えられた席に移動しており、そこで機材のチェック、という名の隠蔽工作を受けていた。
「あはは、まあ、気にしなくていいよ。私も前に見たけど、大学生ぐらいの方は結構気楽に受けてたみたいだしね」
「そう・・・?」
嘘であるのは、浬とて百も承知だ。それ故に、そんな事では少しもマシにはならないが、それでもここまで来ればもう一緒、と腹をくくるだけだ。と、そこに一羽の小鳥が舞い降りる。言うまでもなく、兄だ。
「あ・・・おに」
『おっと、喋るなよ』
浬が何かを口に出す寸前に、その頭の中に兄の声が響く。それに浬は目を見開いた。ちなみに、叫び声を出されては拙いので、カイトは実は喋れない様に浬の身体のコントロールを奪っているので、実際に喋れるという事は無い。
『・・・良し、これで頭の中で会話出来る。試しに、何か呟いてみろ』
『え・・・えーっと・・・』
『良し』
何か言おうと悩んだ浬に対して、その呟きにカイトが反応する。そうして、良しが出てまず問いかけるのは、この自分の現状だった。
『ねえ、これ、ホントに誰にも気付かれてないの?』
『見てみろ』
兄の言葉を受けて、浬が周囲を見回す。すると、そこには自分を注目する何人かが発見出来た。だが、それは決して、小鳥が肩に乗るが故の注目では無く、自分が試練に挑むから、という期待の視線だった。
『やれやれ・・・使い魔如きの隠蔽魔術も見抜けないとはな』
『えぇー・・・』
兄の言葉は事実だった。周囲を何度もキョロキョロと見回してみても、誰も肩の上の小鳥に興味を見出さない。
「む! どうした!」
「浬さん、ご準備は宜しいでしょうか?」
そうして周囲を見渡していた浬に気付いて、煌士と詩乃が問いかける。そこで浬は試しに二人に加え、横に居た父と空也に問いかけてみる事にした。
「えーっと・・・私の格好って、何か変?」
「む?」
「・・・いえ、どこも可怪しい所は無いと思いますが・・・」
一同は顔を見合わせて、浬の質問の意図を図りかねて首を傾げる。
「えっと、特に肩の部分に変なの乗ってない?」
「うん?・・・いや、何も?」
「ええ、何も無いと思いますが・・・」
更に具体的に小鳥の腰掛ける右肩を指差して見ても、一同の誰もが首を傾げるだけだ。
「あ、そっか・・・ごめん。ゴミが乗ってたから、取れたかな、って」
「さよか」
浬の言葉を少し訝しんだが、彩斗は少し首を傾げるだけで納得する。そして、それを受けて一同はその一件をそれで流す事にした。実際に彼らは魔力を見れる様になっているので、その目を持ってしても見れなかったのだ。それ故に、真実ゴミがついていただけ、だと思ったのである。
『ふん、これで理解したか? 貴様の兄はもともとずば抜けている。そこの俗物達では決して、理解できんよ』
『うきゃあ! フェルちゃん! 何処に居るの!』
イキナリ頭に響いたフェルの声に、浬が飛び上がって驚く。
『こっちだ』
『え・・・?』
そうして、目の前を見た浬は唖然となる。そこにはさも平然と校庭を闊歩するフェルの姿があった。それも、これだけ人数が居るのに、誰にも気付かれる事も無く、である。
「丁度鳴海と侑子の二人を玉藻の所に送り届けた所だ。まあ、後は好きにしろ」
「えぇー・・・」
参加させたのは彼女の癖に、完全に放り投げたフェル。後は背中に黒白の翼を出すと、翼を一つ、羽ばたかせた。
「まあ、何も起きないであろうことは確実だ。せいぜい、私達を楽しませろ」
「私達?」
私、では無く私達、と言った事に浬が首を傾げる。それを受けて、フェルが少し離れたビルの屋上を指さす。
「インドラ達も来ている。まあ、単なる酒盛りだ。他にも色々と来ているが、気にする必要は無い」
「えぇ・・・」
「残念だな、貴様らは所詮見世物だ。存分に、楽しませろ」
何か言いたげな浬に対して、フェルは楽しげで、傲慢な笑みを浮かべてそう命ずる。たかだか十数年しか生きていない小娘の考える事なぞ彼女にはお見通し、だったのである。
「ではな、カイト。貴様は自分の消息があるし、剣聖にも言われたのだろう。サボるなよ」
『おーう』
パタパタと器用に右の翼を振って、浬の肩の上からフェルを見送る。それを受けて、フェルは翼を羽ばたかせて近くのビルの屋上へと飛び去るのであった。それを見て、クレスが口を開いた。彼は一応、試験内容を説明する、という役割だった。
「さて・・・では、試練の内容を説明します。試練の内容は、飛び立った鷲に全員が確保されること。一度確保された人員は一切行動は許されません。即座に、その場を退いてもらいます。そちらの観察員として、一名。試練の参加者で、鷲の標的から除外されるのは海瑠さんで間違いありませんね?」
「はい。それで間違いありません」
説明を受けて、覇王が頷く。ゼウスもクレスもアテネも来るのだ。流石に彼も彼の父・武も参加していた。まあ、実はこの面々を肴に更に神様達が沢山来ているのは、彼らのあずかり知らない所だったが。
「では、父よ」
「よかろう」
クレスの言葉を受けて、ゼウスが雷を天に放つ。すると、漆黒の雨雲が月夜に生まれ、それが渦巻くように、落下してくる。いや、この表現は正確では無い。正確には、何かが急速に降下してきたのに引っ張られて、渦巻いているのだ。
「これが、余の鷲だ」
急速に落下してきたそれはゼウスの前に来ると、豪風と共にその身の周囲に漂っていた雲を吹き飛ばす。そうして現れたのは、雷を身に纏う大鷲だった。
「なっ・・・これは・・・」
予想とは全く違う。覇王の顔が、それを物語っていた。鷲というものだから、てっきり普通の大きさの鷲を想像していたのだ。だが、現れたのは、全幅5メートルはありそうな大鷲だ。人一人ぐらいならば、余裕で跨って飛ぶ事が出来そうな大きさだった。
「全てのデータを取れるだけ取れ」
「・・・は、はいっ」
とは言え、幾ら驚いたとて、覇王も一角の人物だ。それ故に、即座に気を取り直すと、呆然となる全員を叱咤する。
得られる情報は、全て得なければならない。今回でクリアするつもりだが、それでも万全を敷くのは当然だ。そうして、覇王の叱咤を受けて、呆然となった天道財閥の一同も動き始める。
「時間は十分・・・それまでの間、見事逃げ切ってみせれば、そなたらに我々の宝具を貸してやろう。では、試練を始めるが、良いか?」
「少々、お待ちを」
覇王はそう言うと、呆けた者が居ないか最後の確認を行わせていく。得られる情報は全て得て、出来る支援は全て行う。その為に、準備しているのだ。たかだか相手の登場ぐらいでその手がおろそかになぞなってはいけなかった。
「社長、全員、オッケーです」
「良し・・・ゼウス殿、お待たせ致しました。此方は準備出来ました」
「そうか・・・では、征け」
ゼウスの言葉に応じて、試練が開始される。だが、その次の瞬間、ゼウス達以外の誰もが予想外の出来事が起きた。
「なっ!?」
イキナリ、大鷲が消えたのだ。そうして次に現れたのは。
『お父さん! 後ろ!』
試練に臨む一同に注目していたお陰で、海瑠が最も早く異変に気付く。消えた大鷲が現れたのは、彩斗の後ろだったのだ。
「つぅ!」
後ろに転移された事に彩斗は気付かなかったが、息子の声でなんとか横っ飛びに移動する。
「こりゃ、アカン! 全員校舎内へ移動や!」
彩斗が横っ飛びに飛び退いた瞬間、一瞬で大鷲が通り過ぎる。あとコンマ数秒反応が遅れていれば、大鷲に捕らえられていただろう速度だった。それは巨体にしてもそうだが、あまりに速かった。ある種当然とも言える性能だが、彩斗達にとっては想定以上だった。
「全員、大急ぎで逃げろ!」
見通しの良い場所はただ単に自由に動かれるだけだし、建物の中に逃げ込めば問題は無いかもしれない。そう思った彩斗が号令を掛けて、一同は校舎の中に逃げ込む。そうして、本格的にゼウスの試練が開始したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2016年6月24日 追記
・誤字修正
『勝手に』が『買ってに』になっていた部分を修正




