第289話 サバイバル ――乱戦――
浬らとゴブリンの亜種の群れとの戦いの最中に計画されたモルガン・ヴィヴィアンの二人による横槍。それは戦いがどちらも本格化した所で起きる事となる。
「何!?」
唐突に迸った矢の一撃で吹き飛ばされたゴブリンを見て、空也が思わず目を見開いた。この面子の中で矢を放てる者は一人としていない。が、そううかうかしていられる状況でも無くなるのに、そう時間が掛からなかった。
『さて……ここで追加で敵だ。どちらも狙いに行くので、気をつける様に』
「!?」
脳内に響いたフェルの言葉と同時。空也目掛けて矢が放たれる。幸い見切れない程の速度ではなかったので一歩後ろに下がるだけで回避出来たものの、おかげでこちらの陣形もズタズタだった。
「ちょ、ちょっとフェルちゃん!?」
『残念ながらこれをやっているのは私ではない。ま、頑張れ』
浬の抗議の声にフェルは事もなげに切って捨てる。まぁ、流石に半年ほども付き合いがあるのだ。浬にもフェルが容赦をしてくれない性格だとわかっていた為、即座に思考を切り替えた。そんな彼女がまずした事は、状況の確認だ。
「海瑠! 敵は!?」
『そこらじゅうに居るよ! 多分、完全に包囲されてる!』
当然といえば当然の話であったのだろうが、フェルらは浬らの行動を逐一監視していた。となれば必然として、開けた場所を包囲する事は難しい事ではなかった。
と、そんな返答を念話に乗せて返しそうとした海瑠であるが、スコープを覗いて乱入者となる西洋風の鎧兜の存在を狙撃しようとして唐突にぐらり、と地面が揺らいだ。
「うわっ!? 何!?」
ゆっくりとだが確実に傾く木を受けて、海瑠は慌てて下を確認する。すると、下では斧を持った騎士鎧が彼の隠れていた木を倒している所だった。
「海瑠、それより木の上!」
「へ? うわぁ!?」
やはり話をしていた所だったからだろう。自身の異変に気付いた浬の声掛けにより、海瑠は傾く木を上ってくる騎士鎧に気が付いた。
「カード!」
「ごめん! っ!」
迸った雷撃により木から落下した騎士鎧を受けて、海瑠は姉に感謝を述べながら傾く木を蹴って脱出する。が、やはり足場が不確かだったからだろう。
せいぜい移動の邪魔にならない様にライフル型の魔銃をしっかりと確保するのが精一杯だった。別の木に飛び移る事は出来ず、しかも着地もかなり失敗して地面を滑っていた。と、そんな彼の周囲には既に騎士鎧が迫ってきていた。
「うわ!」
「大丈夫ですか!?」
流石にこの距離だ。どうする事も出来なかった海瑠であったが、そこへ即座に空也が割って入る。身体に風を纏わせている所を見ると、おそらく風の加護を使ったのだろう。そんな彼は振り下ろされそうになっていた大剣に三日月宗近を割り込ませて、海瑠が逃げられるだけの隙を作ってくれていた。
「ありがとうございます!」
「一端引いてください!」
「はい!」
とりあえずなんとか立ち上がった海瑠は空也の指示に従って、ひとまずジャンプでその場を離脱して近場の木々の上へと移動する。が、流石にこの光景は騎士鎧達にも見られていたわけで、即座に追撃が掛かる事になった。が、その追撃の間に侑子からの魔弾の連射が入り、なんとか立て直しに成功した。
「っ! ありがとうございます!」
「いいよ!」
海瑠の感謝に侑子が手短に返事をする。この間に、海瑠は一度ライフル型の魔銃を服に装着されている留め具にしっかりと固定すると、双銃を抜いた。流石にこの乱戦状況だ。ライフル型で逐一狙う事は無理だというのは彼にも理解出来た。と、それと同時だ。再び彼の乗った木が傾き始めた。
「ちょっ!?」
もう来るの。海瑠は思わず顔に焦りを浮かべる。が、流石に今回はきちんと準備出来ているし、先程の様な突発感もさほど無い。それ故、彼は即座に幹を蹴って別の木に移動する事にする。
「……ふぅ……」
海瑠は空中で振り向くと、即座に動体視力と反射神経、認識を高速化して戦闘に備える。そうして振り向いた先には案の定、騎士鎧が三体程跳んでいた。
(……中には誰も居ない……のかな)
高速化した意識の中。海瑠は敵の動きを見極めんが為に一度だけしっかりと騎士鎧の様子を観察する。今の彼で意識を加速出来るのは、最大で一秒あたり数十倍が精一杯だ。
なので彼の意識からすれば一秒がおよそ一分半程度となっていると考えれば良い。その高速化した意識の中で、海瑠は騎士鎧の内部が空洞になっている事を理解する。
(とりあえず……頭かな)
中身が空っぽの騎士鎧であるが、それ故にどうやれば倒せるかはわからない。なので海瑠はとりあえず順当な所として頭部を狙ってみる事にしたようだ。よしんば倒せなくても、バランスを崩す事ぐらいは出来るかもしれない。そんな考えだった。
(良し)
やはりこれはあくまでも訓練という所があるからだろう。騎士鎧の力は海瑠達でなんとか出来ない領域ではなかった。そうして放たれた魔弾は一直線に飛んでいき、三体の騎士鎧の頭部に命中すると真っ逆さまに墜落していった。
「ふぅ……」
追撃してきた三体の騎士鎧を撃墜した事を確認した海瑠は再び背を向けると、少しバランスを崩しながらも木の上に着地する事に成功する。そうしてそこで一息ついたと同時、彼の顔の真横に矢が突き刺さった。
「ふぇ!?」
慌てて海瑠が矢が飛んできた方向を見ると、そちらには数体の弓兵を模したらしい騎士鎧が立ってこちらを狙っていた様子だった。しかもどういう事か矢筒もないのに既に矢をつがえており、一直線にこちらを狙っている様子だった。
『海瑠! 一端こちらに引け! このままでは各個撃破される! 体制を立て直す!』
『はい!』
念話で飛んできた煌士からの指示を受けて、海瑠は即座にその場を飛び退いた。そしてその直後に矢が放たれるのを背に感じながら、彼は地面に着地して風の加護を起動した。
「<<風よ>>!」
とりあえず今までの数度の交戦を受けてわかったのは、少なくともこの敵は加護を使えばなんとか対応出来る程度の敵だという所だ。
後に聞けば一般的な騎士達の戦闘力を想定していたらしい。なので加護を使えば、というわけであった。そうして己を見失った騎士鎧達を背に、海瑠は一度開けた場まで撤退する。
「来たな!」
「ふぅ……はい!」
「良し! では海瑠! 我輩と共に他の撤退を支援してくれ! とりあえず牽制を頼む!」
「はい!」
戻った開けた場所では絶賛煌士が魔術を使って敵を押し戻している所だった。更にその前ではなんとか撤退出来たらしい詩乃が前線を担って騎士鎧達を食い止めており、開けた場所をなんとか確保出来ているというのが現状らしかった。というわけで、海瑠は煌士に代わって牽制を行う事にする。
「良し」
とりあえず牽制を海瑠に頼んだ煌士は展開していた魔導書を閉じると、また別の魔導書を懐から取り出した。今まで開いていたのは範囲攻撃に特化した魔導書らしく、今開いたのは単体攻撃に特化した魔導書らしい。敵数が多い事を受けて範囲攻撃を主眼としていたらしい。
「……さて……」
とりあえずこれで一旦状況を確認できる状況を作れた。煌士はそれを受けて、意識を加速させながら周囲を確認する。現在、空也以下鳴海と侑子がなんとか一塊になれているらしい。鳴海が罠を張って追撃を防いでいた所に、空也と侑子が駆けつけられた形だ。
(ふむ……では天音姉は?)
煌士はとりあえず三人が大丈夫な事を確認すると、残る一人となる浬を探す。が、こちらは中々見つからなかった。と、そんなわけであるが、彼はふと目の端に奇妙な物体がある事に気が付いた。
「む?」
煌士が見たのは盛り上がった地面だ。戦闘の衝撃でそうなったのか、と思って特に気にはしなかったが、何か妙な感じがしたのだ。騎士鎧達と戦いながらもゴブリン達がその周辺を探し回っており、何かがあると思われたのである。
『天音姉。一つ聞きたいが……もしや地面に潜ってはおらんか?』
『あ、うん。木の陰に隠れた時に咄嗟に土のカードを使って地面を盛り上げて隠れてみたの。一人だとどうしようもならなそうだったし。で、今はなんとかちまちま移動出来るっぽいから少しずつ動いてる感じ』
『そ、そうか……』
き、器用な事を。どうやら安全の確保に成功していたらしい浬の返答を聞いて、煌士は思わず頬を引き攣らせた。が、それがベストな判断だっただろう。
あの状況では彼女を誰も支援出来なかった。ならば、身を潜めて支援を待つのは正しい判断だろう。というわけで、海瑠が合流出来た事を受けて煌士は早速支援に乗り出す事にした。
『良し……では、こちらの方向が分かるか?』
『無理』
『そうか』
まぁ、完全に周囲を覆い隠しているのだ。それで周囲の確認も何もあったものではないだろう。煌士としても念の為に確認しただけの事だ。というわけで、彼は浬の周辺で騎士鎧達と交戦しながら彼女を探すゴブリン達に照準を合わせる。
『こちらで合図を送る。それと同時に一気にこちらに駆け出せ。支援はする。とりあえず何か今自分がどちらを向いている方向が分かる様に出来るか?』
『やってみる』
煌士の求めを受けて、浬は少しだけカードを見て考える。何か大きな異変を起こすとそれで気付かれる可能性がある。なら、小さくしかし分かる様にする必要があった。が、少し考えた後、浬は首を振るしかなかった。
『……駄目。今の所私の手持ちでなんとかはできそうにない』
『そうか……なら、後はぶっつけ本番しかあるまいな。爆発と同時に走れ』
『うん』
可能なら分かれば良いという所でしかない。というわけで、煌士は仕方がないと諦める事にする。なので彼は浬の返答を聞いて即座に支援行動を開始する事にした。
「行け!」
煌士が生み出した火球はなるべく目につく様に遅く、そして大きさも大きめに設定しておいた。もし万が一避けられてもどうしてもそちらに注意が行く様にしたのである。そうして火球が盾を持ったゴブリンに激突して爆炎を上げると同時に、浬が隠蔽を解いて土の下から飛び出した。
「っ!」
土の下から飛び出した浬は即座に逃げる方向を確認すると、唐突に土の下から現れた浬に思わず停止した騎士鎧とゴブリン達を尻目に風の加護を起動させる。そうして、行きがけの駄賃とばかりにカードを投げ捨てた。
「カード!」
浬の意思に応じて、『闇』と『銃』の組み合わせで放たれたカードから闇が染み出して黒い沼を創り出す。現状、彼女は周囲の状況を確認出来ていない。なので追撃に備えて足止めを考えた様だ。というわけで、黒い沼を尻目に浬は一気に駆け抜けて、追撃をほぼ受ける事もなくなんとか煌士達と合流する。
「助かったー!」
「良し! 天音姉! 海瑠と牽制を交代! 合わせて海瑠は狙撃に入ってくれ! 周囲の牽制には我輩も入る!」
「はいよ!」
「はい!」
浬の合流と共にくだされた煌士の指示に、二人は即座に応じて持ち場を入れ替える。これでなんとか撤退支援を二人に増やせる。というわけで、浬が詩乃の支援に入ったと同時に海瑠は手頃な木の上に飛び乗って、即座にライフルを構える。
この状況だ。かなり攻め込まれており、わざわざスコープを覗き込む必要は無さそうだった。というわけで、海瑠は無造作にゴブリン達を狙って撃ちまくる。
『先輩! 拠点まで撤退を!』
『わかりました! 木場さんは先に撤退して道中に罠を! 成瀬さん! こちらで殿を!』
海瑠の支援を受けて、空也が即座の指示を下す。そうして鳴海が先に撤退を開始して退路に罠を展開し、それが終わると同時に空也と侑子が脇目も振らずに撤退を開始する。
「良し! これで全員か!」
とりあえず、これで全員の撤退が出来た。煌士はそれを受けて一つ胸を撫で下ろす。そうしてそれが終わった所で、気付けばゴブリン達は騎士鎧達に粗方討伐されていた。そして全て討伐が終わった所で、騎士鎧達が停止した。
「……終わり?」
『よくやった。とりあえず奇襲を受けて乱戦にもつれ込み、各個撃破が狙われても撤退出来たな』
騎士鎧達が動かない事を受けて呟いた浬の呟きに反応する様に、一同の脳裏にフェルの声が響き渡る。そうして、彼女は続けた。
『この様に、実際の戦闘では第三勢力の介入もあり得る。まぁ、そもそもでお前ら自身が今度の護送任務では第三勢力となるわけだが……それはおいておいても。お前たちの場合、一人一人の戦闘力は高く把握されている。各個撃破を狙われるのが一番危険だ。各個撃破の危険が考えられた場合、即座に引く事を覚えておけ』
どうやらこれは突発で第三勢力の介入があった場合に備えたテストという所なのだろう。なので教える事もなかった、というわけだ。こうして、なんとか浬らは二日目の山場となる第三勢力の介入を想定した戦闘を乗り切る事に成功するのだった。
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