第286話 サバイバル一日目
あけましておめでとうございます。本年も一年、よろしくお願い致します。
煌士の手によって改良された新陳代謝抑制の為の魔術。これの開発が終わった所から、訓練は本格的にスタートという所だった。というわけで、新陳代謝抑制の魔術の新型が出来上がって一時間後。全員がなんとか休憩時の状況にまで復調していた。
「ふぅ……あぁ、やっぱりすごい楽ですね」
「うむ。これで随分と変わった筈だ」
今まで必死で魔術の維持をしていたのが自動化された事で、どうやら空也は非常に楽になったらしい。というのも、実はこの面子の中で魔術が一番苦手なのは意外と彼らしい。なので彼が一同の中で一番消耗しており、誰よりも早々にダウンしていたのであった。
そして煌士からしても空也は戦力の要だ。いざという時や追い込まれた時の爆発力に長けたのが浬であるのなら、空也は安定性に長けた戦士だ。信頼性に足るというのであれば、圧倒的に後者であった。
が、それ故にこそ彼を欠いての戦闘はかなり戦術的に厳しい、というのが煌士の考えである。そしてそれ故、フェル達も改良に気付けた段階で襲撃させなかったのであった。が、それも今までだ。順応が出来たこれからは、話が違った。
「さて……流石に改良の間は敵襲もなかったわけであるが」
「あはは……」
「空也、行けるな?」
「はい」
煌士の問いかけに空也は改めて行ける事を明言する。確かに万全の状態とは言い切れないが、戦闘が可能な程度にまでは復調している。であれば後は敵次第では空也もまた戦列に加わっても良いだろう。
「さて……何が来るか」
煌士は周囲へと注意深く視線を向ける。何かが来ている気配はあった。が、まだ木々に隠れて何が来ているかはわからなかった。
「……」
しばらくの間、周囲に沈黙が満ちる。そうして少し。急に火球が飛んできた。
「カード!」
飛んできた火球へ向けて、浬がカードを展開する。火球の動きは直線的で、速いものではなかった。なので浬でも対処出来た様だ。というわけで放たれた火球は水の壁に衝突して、水に呑まれて消える。そうして水壁の先で浬が木々の上に居る海瑠へと声を上げる。
「海瑠!」
『見付けました! 六時の方向、50メートル先! 杖が見え隠れしてます!』
「杖……」
何が居るのだろうか。煌士は先に居る何かに対して突っ込むべきか僅かに悩む。が、杖を持っていて火球が放たれたという事は、魔術を使えるという事だ。
「……魔術を使える魔物……居るとは聞いていたが……」
おそらくそれがここで来たのだろう。煌士は水壁の先でそう考える。魔物だから、知性の無い単調な攻撃しかしない。それは間違いで、実際には魔物の中には人と同じ様に魔術を行使してくる奴も居るとの事だ。それをここで誘い出したという事だろう。
「……詩乃。また数発来るはずだ。それに合わせ、こちらで偽装を行う。霧に紛れて迂回して倒せるか?」
「可能かと」
「頼む……海瑠。そのまま上から敵の動きを見張り、敵が移動するようなら詩乃へと連絡を」
『わかりました』
木々の上にいる海瑠はこの場の中で最も探知能力に優れている。そして彼の仕事は狙撃だ。なら、そのまま待機して貰って敵の動きを見てもらった方が遥かに良かった。そうして煌士の言葉通り、少しすると杖のあった木々の後ろから杖を持ったゴブリンが現れた。
「見えた!」
煌士は敵影を確認するなり、浬と頷きを交わし合う。こちらの手札を見せてやる必要はない。なので浬がまたカードを使って今度は水球を創り出してやるつもりだった。そうして放たれた水球はゴブリンの放った三つの火球とぶつかって、水蒸気を生み出した。
「良し……これを……」
生まれた莫大な水蒸気を確認するなり、煌士は即座に魔導書を片手に気流を制御する。そうして、彼はばれない程度に水蒸気を集めて両者の間に霧を生み出した。そして唯一その影響を受けない海瑠が、敵の状況を報告してくれた。
『敵、困惑しています。まだ動く様子は見受けられません』
「詩乃」
「はい」
煌士によって生み出された目くらましを使い、詩乃が木々の間を迂回する様に動く。そして彼女が消えるとほぼ同時に、煌士は操っていた霧を晴らす。が、その直後。彼らの背後で火炎が巻き上がった。
「!?」
巻き上がった火炎は鳴海が仕掛けたトラップだ。それが発動したという事はすなわち、後ろから敵が迫っていたという事で間違いない。
「海瑠!」
『っ! 後ろから敵! 数は五体! っ! 詩乃さん!』
「はめられた!?」
背後の敵影を確認すると同時、詩乃の支援に入るべくそちらに視線を向けた海瑠は視界の端に別のゴブリン達が潜んでいる事に気が付いた。
そしてその声で、煌士も自分達が誘い出された事を理解する。杖が見えていたのは、囮。こちらに敵が居るぞ、と見せる事で注意を逸し、後ろから仕掛けるつもりだったようだ。どうやら敵はこちらが誘い出されたのを受けて各個撃破を狙ったらしく、こちらの背後からの奇襲と詩乃への包囲網を敷いて分断を狙っていた。しかも、分断には盾を持ったゴブリンを使い、防御力を高めている様子だった。
「木場くん、成瀬くん! 二人は背後からの敵を牽制! 空也は罠に掛かった背後からの敵へ斬り込んでくれ! 詩乃、急いで戻れ! 海瑠! 我輩と共に詩乃の撤退を支援! 天音姉はそのまま第三波が会った場合に備えてくれ!」
完全に敵の策に乗せられた形だ。であれば、あまりこちらには余力はない。煌士は即座に大半の戦力をここに投入する事を決める。長期戦を見込めばもう少し力を残したい所であるが、現状このままでは詩乃も拙い。しかも背後に忍び寄った敵はかなり近付いていて、態勢を整えるのが精一杯の現状でこちらが先手を取れる事はない。使うしかないだろう。そうして空也以下三人が背後の敵との交戦を開始した一方、海瑠は即座に狙撃を開始していた。
「ふぅ……」
見える敵は杖を持ったゴブリンを中心として全部で十体。陣形としては詩乃を包囲する様に陣形を構築する一方、拙いながらも杖持ちのゴブリンを警護する様に隊列を組んでいる。
であれば、狙い撃つべきはこの杖持ちのゴブリン。このゴブリンが指揮しているのなら指揮系統に乱れを生む事になるし、そうでなくても何らかの理由があって守っている事は事実だろう。混乱を生む事は出来るはずだ。海瑠はそう判断して、スコープを覗き込んだ。
「……」
狙い撃てる。海瑠はそう判断して、詩乃を包囲するゴブリン達をしっかりと見据える。何より、彼は最初から木々の上に隠れていた。そのための装備も貰っていた。何より、幾ら賢くてもゴブリン達は大半がこちらの言葉を理解していないらしい。無論、念話を盗聴する事も出来ない。
なので自身はまだ見付かっておらず、詩乃の支援を警戒するゴブリン達の狙撃は可能の筈だった。そうして、彼は杖を持つゴブリン目掛けてライフル型の魔銃の引き金を引いた。
「ナイスキルだ、海瑠」
一直線に飛翔した魔弾は杖を持ったゴブリンの頭を安々と撃ち貫くと、そのまま残る胴体も吹き飛ばした。どうやら、海瑠に気が付いていないようだった。
とはいえ、流石にこの一撃でまだ隠れた敵が居る事はわかっただろう。故に一気に警戒を強めていた。そしてそれを見届けて、煌士は自分達と詩乃の間を隔てるゴブリンの包囲網に向けて魔術を展開した。
「<<風流>>」
どんっ、という音と共に煌士の前から強烈な風が吹き出して、ゴブリン達を吹き飛ばす。そうしてそれを受けて、包囲網に穴が空いた。
「詩乃! 今の内に引け!」
「ありがとうございます!」
煌士の指示を受けて、詩乃が即座にその場から離脱する。そしてそれを見届けて、煌士は海瑠へと指示を飛ばした。
「海瑠! 弾幕を! 後ろの空也らが敵を倒すまで時間を稼げ!」
『はい!』
煌士の指示を受けて、海瑠は武器を双銃へと切り替える。ライフル型は威力と射程には優れているものの、攻撃速度だけは圧倒的に双銃よりも悪くなってしまう。弾幕を張るには不向きだった。
そうして海瑠が双銃で追撃を食い止める間、煌士も同じ様に火球等を創り出して敵を牽制する。とはいえ、一体一体の戦闘力であればどうやら海瑠達の方が遥かに上だった。なのであっという間に背後を狙い撃ったゴブリン達の別働隊は空也達によって討伐されており、詩乃が撤退出来た頃には空也達もこちらの戦線にやってきていた。
「煌士!」
「む……意外と早かったな」
「あちらはさほど強くはありませんでしたので……こちらは?」
「うむ。こちらもあれだけだ。杖持ちを海瑠が仕留めたのでな」
「そうですか……では、敵の突撃はこちらで食い止めます。その他をそちらで」
「頼む」
既にこの状況であれば空也もどうするべきかわかっていた。というわけで彼は煌士にそう言うと、一気に前へと躍り出た。そしてそれに合わせて詩乃も前に出た事で前線が構築され、煌士は自身が放っていた牽制を停止する。と言っても、攻撃をやめるわけではない。前線が出来た事で戦い方を変更するだけだ。
「海瑠。狙撃に切り替えて、一体一体確実に討伐しろ」
『はい』
「うむ。それに合わせて木場くんと成瀬くんも休憩に入って良い」
もうこの状況だ。勝利は得られるだろうし、気になるのはこれ以外に敵が居ないかどうかだ。であれば、もしここでさらなる増援が居た場合に備えて人員を休ませるだけである。そうして、空也と詩乃が敵を食い止めて、その一方で煌士と海瑠の二人が一体一体着実に敵を討伐していく事になるのだった。
さて、その戦いから十分程。最初とは打って変わって奇襲を受けた一同はなんとか一息入れることが出来る段階になっていた。というわけで、全員が流石に回復薬を口にしながら休んでいた。
「ふぅ……まさか、敵が策を打ってくるとは……」
『当たり前だ。ゴブリンは最弱の魔物であるが、それ故にこそ奴らも知恵を持ち合わせてそれを打ってくる事がある』
煌士の呟きに呼応する様に、どこからともなくフェルの声が響いてきた。魔術を使ってくる魔物が居る事は聞いていたが、策を練る魔物というのは聞いたことがなかった。それ故、教えてくれる事になったという事なのだろう。
『これが強い魔物……それこそ腕利きの戦士達が徒党を組み戦う様な魔物であれば、こういった小狡い策を打ってくる事はない。力で一気に押し通る事が出来るからだ。が、弱ければ弱い程、生き抜く為に環境に順応したりこういった策を打ってくる』
「ということは……亜種は下の魔物の方が多い、ということですか?」
『そういうことだ。下の魔物は環境を変えられる程の力がない。であれば、自らが変わるしかない。道理だろう?』
空也の問いかけにフェルははっきりと認めて頷いた。これは生命の進化を見ても当然だろう。魔物もそれに当てはまったというだけに過ぎないのである。
『戦ってみた感覚は今ので掴めただろう。ここからは午前中と同じく、何度か魔物をそちらに送る。が、無論それは亜種も含めている。気を付けて戦え……ああ、一応言えば毒を持つ様な奴は除いていく。あれは面倒だからな』
フェルは最後にそう述べると、それ以降声が響いてくる事は無くなった。述べるべき事は全て言った、というわけなのだろう。そうして、その後は終わりまで今と同じ様に何体もの魔物との交戦を行いながら、浬達は過ごす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




