第281話 要請と疑念
浬ら、彩斗らがそれぞれに別れて魔女の護送を行うべく入念な準備を重ねていた一方その頃。その支援を命ぜられていたエリナらイギリス組、エレンらアメリカ組それぞれに接触していた勢力があった。
「私は何も指示を受けておりません。私は見習いとはいえ外交官ですので、国の指示もなく勝手に動く事は厳禁。下手に動けば祖国に迷惑が掛りますので……」
エリナは相手の申し出に対して、はっきりと道理を説いた。彼女は外交官。そして見習いだ。故に彼女が述べられる事は基本その場で彼女の判断が出来る事以外は祖国の父か祖国に確認してくれ、祖国に確認しておく、の二つだけである。
「ではイギリスは我々と行動は共にしない、と?」
エリナの返答に対して、ミカエラははっきりとした所を問いかける。が、それにエリナは首を横に振った。
「そうとも捉えて良いかもしれません。先程も申しましたが、私は基本は祖国の意向で動いております。そしてその祖国イギリスの今回の指示は私は安易に動くべからず。つまりは、静観しろという事です」
「ですがイギリスは我々への助力を明言しておりますが……」
「それは祖国での話です。ここは日本。日本に居る私には静観せよ、という指示が来ております。それになにより私は見習い。下手に動くべからず、という祖国の指示は正しく思います」
ミカエラの確認にエリナは改めてはっきりと己が見習いである事を強調する。そもそも日本に来ている理由は、何が起きるかわからない日本でも彼女であればカイトからの庇護が貰えるからだ。その彼女に喩え方便だとてカイトとの敵対という選択肢を取らせるわけがない。
そしてもし指示したとて、その裏には必ず今彼女が述べた様に見習い故という言葉を盾に動くなという指示が飛ぶ。彼女は見習いだ。彼女一人で判断して良い事はそう多くない。それ故のシェリーであり、それ故にこそ安易に動くべきではない、という指示を飛ばせるのである。
彼女の仕事はカイトやランスロットと懇意にして情報を手に入れる事。外交官であり連絡役と言っても良い。その相手がどちらもカイト側である以上、本国が敵対を選べど敵対をさせるわけがなかった。
「……そうですか。わかりました。確かに、エリナさんの言葉が正しい。この案件にはあまりに多くの勢力が関わっている。まだ戦士としても外交官としても見習いである貴方に助力を求めるのは筋が違うでしょう」
再度のエリナの念押しを受けて、ミカエラが諦めた様に頷いた。が、やはりわかっていたらしくさほど落胆した様子は見受けられなかった。
今回、やはりミカエラも謎の勢力の介入を見て取って即座に増援を手に入れるべく動いていた。とはいえ、やはり下手に外から増援は入れたくない。なので同じキリスト教系であるイギリス等の西洋諸国への打診を行っていたのであった。その中でもやはりフィルマ家はイギリスでは騎士も兼任している為、彼らとしても打診しておいたというわけであった。
「ええ……お恥ずかしながら私はランスロット卿との間で折衝を行う様に言われているだけです。確かに並以上の戦う力は持っていると自負しておりますが……やはり皆様ほどの力はありません。それに騎士としても本職ではありませんので、皆さんの様な鎧は持っておりませんし……」
「鎧は持っていないのですか?」
「ええ。確かに私は弟のギルバートよりかなり年上ではありますが……騎士としてより外交官としての父に憧れておりましたので。どちらか二足わらじにならない様に外交官の方を先に、と」
わずかに驚いた様子のミカエラに対してエリナははっきりと『魔導鎧』を持っていない事を明言する。そしてこれは嘘ではなかった。エリナは確かに戦士としての教育も受けているが、それはあくまでも自衛の為でしかない。
実際、以前某国の潜入工作員達に対しては打ち倒す事よりも捕縛を中心に考えていた。あの時の考えは交渉の役に立つから。外交官ならではの大局的な視点に立っての事と断じて良いだろう。
「そうでしたか……失礼しました。どうやら私が無理筋を通そうとしていた様です」
「ご理解頂ければ幸いです。もしそれでもどうしても私の助力が必要というのでしたら、本国を通してください。流石にこの状況下で私が独自の行動を取るというのは控えるべきと考えております」
「わかりました。ありがとうございます」
ミカエラはエリナの返答に笑顔で頭を下げる。ここら彼も社交辞令や単なるリップ・サービスとわかっているが、それでもこれが外交的なやり取りである以上は笑顔を見せておくのが外交というものである。というわけで、彼はエリナの家を後にする事にするのだった。
さて、その一方。彼の姉のマリアはというとこちらはエレンの所へとやってきていた。こちらもミカエラと同じく外交的なルートで助力を求めに行っているというわけだ。が、こちらもこちらで交渉は難航していると言って良かった。
が、こちらは真面目な話し合いというか、どちらかというと女の子達の愚痴の言い合いという所に近かった。というのも、エレンとマリアは少しの事情があって立場を抜きにした知り合いだったのである。
「……答えわかって来てるでしょ、貴方」
「あははは……ですよね」
一応は行けと上から言われた以上は仕方がないとエレンの所にやってきたマリアであるが、要件を述べる前から返答はわかっていた。ダメ元でさえ無かった。というわけで、要件を述べるなりジト目になったエレンにマリアも笑うだけだった。
「第一、今のこっちに何か出来る余裕があると思う?」
「難しいですか?」
「私は特にね。というか、貴方のおかげで余裕無くなったわ」
マリアの確認にエレンは只々ため息を吐く。というのも、改めて言うまでもなく彼女が通う天嶺にはナイアが登校している。この時期にはもうエレンさえ何故こいつを見張らねばならないのだろう、と思うほどにナイアは普通の女子高生生活を謳歌しているわけであるが、それでも外なる神である。
それがわかる所をうろちょろされていて無視は出来ない。というわけで教授達から全てに優先してナイアを見張れと命令が飛んでいたのである。もし教授達に言ったなら、即座に囮の可能性があるのでより厳重に監視せよ、と言われるだけだろう。それを想像したからかエレンは今から嫌そうな顔であった。
「ご、ごめんなさい……」
「はぁ……良いわ。どうせわかってるもの」
エレンは謝罪したマリアに対してため息混じりながらも首を振る。彼女とて仕事で来ているのだ。それぐらいエレンだってわかっている。が、愚痴を言いたくもなったのは仕方がないといえば仕方がないだろう。なにせ状況が状況だ。この上で嫌な話を持ってこられて愚痴を言うな、という方が些か不憫である。
「はぁ……というか多分これも聞いてるんだろうなー、と思うわ」
「あ、呼びました?」
「ほら来たぁ!」
エレンは泣きそうな顔で唐突に顔を出したナイアを見る。本当にひょっこり顔を出した様子である。
「なんで居るのよ!?」
「いえ、一応私の監視対象の中には貴方も入ってまして。というわけで、会談もばっちり。あ、これはどうもはじめまして。ニャルラトホテプやってますナイアと申します」
「あ、これはご丁寧にありがとうございます。マリア・タカヤマと申します」
手土産を差し出されて挨拶されて、マリアも咄嗟に頭を下げて挨拶を交わす。が、そこで一度停止する。
「……ニャルラトホテプ?」
「ええ。ちょっとニャルラトホテプなぞやってまして」
「あんたのニャルラトホテプは仕事か!?」
「似たようなもんですよー」
楽しげなナイアはそういうと、どこからともなく持ってきた椅子に腰掛ける。それを見て、エレンが再度声を荒げた。
「居座る気!?」
「いえ、お呼ばれしましたし」
「呼んでない!」
「まぁ、監視役ですし。どうせ退散してもここに居ますよ?」
「……まぁ、あんたの場合そうなんでしょうけど」
言っている事は可怪しいがナイアが言った通り、おそらくエレンとナイアは相互に監視対象と見て間違いないのだろう。であればここを去ったとて、それは去った様に見えているだけ。おそらく位相をずらして監視は続くものと考えられる。であれば、このまま居てもらった方が遥かに良い。
「で、当然ですけど彼女関わる場合私もみっちり関わりますよー?」
「うお……」
すごいニャルラトホテプらしい笑顔を浮かべたナイアに対して、思わずエレンは仰け反った。なにげに顔が黒いモヤの様な物に覆われて燃えるような三つ目も浮かべていて、すごい楽しそうであった。
「というか、あんたのその三つ目初めて見た」
「あ、これ単なる幻術です。雰囲気出るでしょ?」
「違うんかい!」
すぽっ、という擬音でも付きそうな感じでナイアが顔を出す。それに、ナイアを警戒していたマリアが思わず苦い笑いを浮かべた。
「あ、あははは……え、えーっと……とりあえず関わらない、ということで……?」
「……」
「あ、関わるのは事実です。なにせ真王様が関わるので。あ、ぶっちゃければ敵対になります。だってそちらに協力した場合、味方する理由無いですしねー。でも真王様関わってる以上、関わらない道理もないですし。なら敵対しかないんですよー」
「「……」」
こいつ本気で何ら気にせずぶっちゃけやがった。エレンとマリアの二人は本当にぶっちゃけたナイアに思わず絶句する。というより、それならそれで良いのだ。はっきりとナイアが敵に回ると言ってくれればいっそすっぱりとアメリカの助力は駄目と諦められる。まだ外交的に動かねばならないイギリスの方が面倒なのであって、すっぱり無理と言えるアメリカの方が楽で良いのである。
「というわけで、敵になって良いならどうぞどうぞ」
「いえ、流石にそれは……」
流石にニャルラトホテプを敵に回してまで味方が欲しいわけではない。というより、敵が増えたから味方が欲しいのであって、敵を増やしては本末転倒である。というわけで、おずおずとマリアが切り出した。
「ま、まぁ……それでしたらこの話は無かった事に……」
「そうですねー。流石にそうして頂くのが最適だと思います」
マリアの申し出にナイアがはっきりと頷いた。彼女も仕事である以上関わらざるを得ないが、カイトに関連してこれについては助力すべき、というのがニャルラトホテプの総意だ。魔女が増えればその分、カイトの帰還が早まる。カイトが帰還しない事にはどうしようもないニャルラトホテプ達にとってこの案件は死活問題なのであった。というわけで、ナイアの意向を聞いたマリアはアメリカについては助力を求めるべきではない、という結論を下す事にしてその場を立ち去る事にするのだった。
さて、そんなタカヤマ姉弟はほぼ同時に日本にある拠点に帰還していた。
「そっか。アメリカはやっぱりそうなるんだね」
「ええ……こればかりは仕方がないという所なのでしょう」
実際にニャルラトホテプが出てきて敵対を明言したのだ。流石にこれでアメリカに助力を求めるのは得策とは言い得ない。と、そんな話を終えた所でミカエラが少し怪訝な顔をする。
「うーん……」
「どうしたの?」
「……やっぱりここら可怪しい気がする」
ミカエラが考えるのは天神市の事だ。当然であるが、ここに二人が来ているのは理由がある。まず第一に『最後の楽園』に近いとエリザ達との交戦があるかもしれない。これは避けるしかなかった。次に、イギリスから直接大阪に飛行機を移動させる事が不可能だからだ。
一応もしユーラシア大陸を横断するルートならば無経由で移動可能だが、そちらが使えない。なのでどうしてもアメリカを経由地として移動せざるを得ないが、アメリカを横断して日本へ直行も無理だ。いや、無理ではないがそんな無理をするとせっかくの偽装が全て無意味となる。どうしても一度日本のどこかへ着陸する必要があった。そのために天神市に入っていた。が、そこでどうしても疑念を得ざるを得なかった。
「姉さん。この件の後、少しここに留まるべきかもしれない」
「? 何か気になる事が?」
「よく思えば、エンキドゥほどの英傑がこの案件の為だけにやってきたとは思えない。何かがあって、こちらに来たと見た方が良い……その何かを調べる必要がある」
ミカエラは真剣な目でマリアへとそう進言する。そこらの事をやってくるというか、動きを悟らせない様にこういう事をしてきたわけであるが、それだけにしてはあまりに大掛かりな気がしたのだ。単なる直感だし、何も無ければそれで良い。ヨーロッパの事もある以上、即座に戻るだけだ。
が、ヨーロッパには他の十二使徒も控えてくれている。他にもジャンヌを筆頭にして腕利きも多い。二人が少々居ない程度ならなんとでもなった。
「勘違いならそれで良いんだ。でも勘違いでなければ、何かとてつもない事がここで起きつつあるのかもしれない」
「……わかったわ。シメオン様に一度相談しておきましょう」
「お願い」
ミカエラはマリアの応諾にはっきりと頷いた。ミカエラとて最高幹部になるほどの腕前だ。その直感は馬鹿にできない。であれば、従うのも良いだろう。ということで、マリアは今回の各国との交渉をシメオンに告げると共にミカエラの危惧を伝える事にするのだった。
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