第27話 交わる道
浬達がアテネと出会った翌日。日も落ちた頃に、彩斗が出掛ける用意を整えて浬と海瑠に問いかける。
「おーう、そろそろ行くでー」
「あ、はーい!」
彩斗の声に、浬も少し慌てながら用意を確認する。そんな彼女は少しだけ上等な衣服だった。既に今回のバイトがバイトに偽った神様からの試練であることは聞かされているし、一応はおしゃれにも気を遣う年齢だ。なので少しだけ、おめかししたのであった。まあ、そう言っても今回は運動有りきなので、スカートでは無く動きやすいパンツルックだったのだが。
「お、なんや二人共気合入っとるのう」
「まあ、一応私も中学生だし」
「あはは・・・」
既に父の背後関係等を聞かされてごまかし程度に言い訳した浬に対して、海瑠は苦笑するだけだ。ちなみに、海瑠にしても一応少しだけ、おしゃれをしている。神様が来るというのに気を使わないのは彼らの兄だけで十分だった。
「綾音ー、じゃあ行ってくるわー!」
「じゃあ、お母さん、行ってきます」
「いってきまーす!」
「はーい、いってらっしゃーい」
この中で何も知らないのは母親だけだった。なので母親のみ気楽に返事をして、一同は緊張を滲ませながら、家を出るのであった。
姉弟の自宅から、学校までは徒歩でおよそ20分の距離だ。そんな中、それを見ている面子が居た。まあ、言うまでもなく、今回の試練がどうなるか興味ある、という名目で酒盛りを行っている面々だったが。
「ふむ・・・あれが貴様の弟妹か。なかなかに美少女じゃのう」
「だろ?」
ゼウスの言葉に、カイトが少し嬉しそうに頷く。実は兄は兄で結構なシスコンなのであった。そんなカイトに対して、御門が酒盛りしながら少しだけ残念さを滲ませる。
「俺にゃ、まだまだ色気が足りないな。後7年は欲しい」
「あはは、手を出したら潰すからな」
「シスコンじゃなぁ・・・」
カイトの少し本気を滲ませた言葉に、ゼウスが苦笑する。そうして家を出た三人組を眺めた後、三人は学校を見る。そこには大慌てでゼウスを出迎える用意を行っている覇王達天道財閥の姿があった。まあ、そんな彼らの姿も、この三人には酒盛りのつまみになるのだが。
ちなみに、クレスとアテネは何か変な小細工を弄する事が無い様に、と準備の監督に参加している。
「おぉおぉ、慌てておる慌てておる」
「そりゃ、あんたが行くとなりゃな。俺もそれなりに礼儀は尽くす。神でこれだ。人の子がああなるのは仕方がない」
楽しげなゼウスに対して、御門が笑う。だが、そんな御門に対して、ゼウスが笑った。
「儂はそんな歓待をされた記憶は無いが・・・」
「あん? よりどりみどりの美女並べてやっただろ」
「そりゃ、クラブで、じゃろうに」
ゼウスのその言葉に二人は大笑いをして、酒を呷る。基本的に、この二人は女好きで相性が良い。しかもお互いに雷に縁のある神様だ。おまけに身内に口煩い面子も居る。なので密かに会っては何処かの高級クラブに出掛けているのだった。
ちなみに、カイトはそれには滅多に同行しない。出ると確実にアテネやその他口煩い面々が来るからだ。そんなのはゼウスにしても御門にしてもごめんだった。
「はぁ・・・残念なのは、おなごがおらん事か」
「そりゃ、わかる」
「・・・あれでも一応はまっとうな企業で、爺も表向きは超大物の神だろ。そんなのに女の子沢山で出迎えるのは普通しねえ、って」
一頻り笑った後、二人が少し残念そうに呟いた言葉にカイトがため息混じりに告げる。ゼウスが女好きなのは天道の彼らとて知っているだろうが、それでも、どこぞのクラブみたいに女の子を侍らせて歓待、なぞ考えては居ないだろう。と、そんなばか騒ぎをしていると、フェルがふわりと着地した。
「なんだ、もう始めていたのか」
「ほう、来ていた、とは昨夜アテネから聞いたが・・・まさか本当に来ているとは」
姿を見せるまで、ゼウスがフェルが本当に居るとは思っていなかった。それほどまでに、彼女が日本に居て、中学校に通っているという事が珍しい事であったのだ。
「ふん、こいつの本体から頼まれたからな」
「はは、寂しくなって会いに来たからな。ついでだついで」
「五月蝿い」
いたずらっぽく言ったカイトの言葉に、フェルが少しだけ口を尖らせる。否定しようのない事だったし、否定する必要の無い事だった。
「おー、もうやってんのか」
「ああ、スサノオの小僧か。先に始めてるぞ」
そうして談話していると、今度は着物姿の男が現れる。年齢はカイトと同程度だ。彼は日本の三貴子が一人、素盞鳴尊だった。そんな彼に、御門が片手を上げて出迎える。
此方はやんちゃ者同士で仲が良かった。よく仕事をサボってはどこかに逃走しているのが目撃されている。そうして、更に何人かが集まった所で、浬達三人が中学校に到着したのだった。
中学校に到着した浬達だが、そうして見たのは一人の大柄な青年と、アテネだった。
「クレスさん、お久ぶりです」
「ああ、はい。お久しぶりです。そちらが?」
「はい、今日のモニターのウチの子供で、浬と海瑠です」
彩斗の紹介を受けて、浬と海瑠が頭を下げる。今回、クレスとアテネは二人共テストのモニターに参加した天道財閥の関係者、という体だ。
流石に二人共外見年齢を考えれば、責任者等の立場では参加出来ないからだ。なので流石に彩斗にしても本来の名前を呼ぶわけにはいかず、丁寧な言葉を心がけるに留めた。
「そうですか。私はまだ先のモニターの後始末が有りますので、これにて」
「はい」
彩斗が頷いたのを受けて、クレスが歩き去る。クレスにしても今回の隠蔽作業にかなり協力的で、積極的に何も知らない者には隠蔽を施してくれていた。
「さて・・・つーことで、や。とりあえず俺は会社の人に挨拶してくるわ。お前らも邪魔にならん程度にそこらおっとけ」
「はーい」
もともと、このバイトは急遽彩斗の伝手で入った物だ。それ故、彩斗はもともと管理役の面々に挨拶に行くと言っていたので、二人はそれを何ら問題無く受け入れる。それから暫く二人は校庭をうろついていると、ハイテンションな人物がやってきた。まあ、言わずもがな、煌士である。
「おぉ! 海瑠! 久しいな!」
「あ、先輩・・・お久しぶりです・・・」
「海瑠くん、浬さん、お久しぶりです」
「あ、空也。久しぶり、」
「皆様、この度は協力していただき、有難う御座います」
煌士が此方に来たのに併せて、同じく試練に参加する予定の空也と詩乃も此方に挨拶にやって来る。そうして久しく見なかった空也を見て、浬がある事に気付いた。
「にしても・・・空也も背、伸びたわね」
「あはは、私としても嬉しい限りです。なにせ武術ではリーチが重要ですからね」
浬の身長は、およそ160センチ強だ。それに対して、空也は既に180にも届かんとしていた。この間見たのが何時なのかは浬も忘れたが、その時にはまだここまで大きくは無かった。
「まあ、とりあえず、二人共、今日の試練は助かったぞ! 天道にしても我輩にしてもよもや試験当日に事故に巻き込まれるとは思っていなくてな!」
「まあ、割が良かったから良いんだけどさ・・・そういえば、その人達って大丈夫なの?」
「む・・・おぉ! それは問題無いと聞いている! 何か足首を捻挫しただけらしくてな! 医者が休めと命じただけだ!」
浬に問いかけられた煌士は一瞬考え込んだが、なんとか違和感ない程度には仕上げる。うっかりそこの所は打ち合わせそこねたのだ。
「さて・・・では試験について説明する!」
ここで出会ったのだから丁度良い、と煌士が一同を引き連れて、新製品の試験――と言うかゼウスの試練――の説明を行うべくテントの一個を借りてプロジェクターを使い、説明を開始する。
「今回は我輩が開発した物では無いが・・・空間映像投影技術を応用した鬼ごっこを行う!」
「鬼ごっこ?」
いかにも知らなかった、という体で浬がプロジェクターの前に立った煌士に問いかける。ちなみに、ここらの説明が全て嘘であることは既に浬も海瑠も既知だ。だが、流石に知っているとは言えない。フェルからきつく言い渡されているからだ。
「うむ! と言っても、単純な鬼ごっこでは無いぞ! 今回、鬼はなるべく小さい動く物を、ということで鷲を投影させる事にしている! ちなみに、機材は学内全域に配布しているから、何処に逃げても追っかけてくるぞ! そうでないと、室内の試験が出来ないからな!」
「煌士、それで、何故学校全体を使った試験なんだ?」
空也が予め決めていた通りに、煌士に質問する。ココらへんはあくまで試験だ、という体を出すためだった。
「うむ! 良い質問だ! これは簡単に言えば、如何にうまく装置同士がリンクしてくれるか、というのを調査する為だ! この装置はゆくゆくは映画等で使う事を考慮していてな! そうなってくると、大規模なセットの中で使用する事も考えている! っと、それで忘れていた! 詩乃! 例の装置についても説明しておいて大丈夫だったか!?」
「はい、旦那様から、許可を頂いております」
いかにも説明中に思い出した、という体を装って、煌士は詩乃に問いかけて、詩乃は既に手筈を整えている、という体で答えた。
「良し! でだ! ついでなので、我輩が開発した新開発の空間映像投影技術も一部設置している! それが、これだ!」
煌士はそう言うと、爆炎の映像をプロジェクターに映し出す。
「こういう爆炎等の映像に併せて、温風が吹き出したりする技術を我輩、開発中でな! そちらを同時に使用する事で、この装置が温度状況などでどのようなノイズが走るのか、というのも確認するぞ! 此方は我輩としてはゆくゆくはファンタジー映画等で使ってもらいたいので、魔法陣的なセットから出る様にしている!」
「ふーん・・・」
「む、興味無いな! これは非常に素晴らしい技術で・・・」
一切合切が嘘である事を理解しているので、浬は非常に興味なさげだった。それに対して、煌士としては魔法陣を記述したのは彼なので、この技術が如何に素晴らしく、この魔法陣がどれだけ緻密な計算で描かれた物なのかを解説していく。
「おーう・・・煌士くんは・・・居るな。ちょっとええか?」
「うむ、なんだ?」
暫く予定に反して煌士の独壇場が続いていたのだが、そこに彩斗が入ってくる。
「いや、ちょっと問題が起きたらしいわ。何や一人集め忘れたらしい」
「おや・・・」
この試験には煌士も表向きで関わっている。なので、煌士に報告が上がるのは無理の無い事だった。と、少し困った顔になった煌士に対して、彩斗が申し出る。
「いや、そういうことやから、ちょっと上で話しおうて俺が出る事にしといたわ。問題無いか?」
「おぉ、そういうことか。それはありがたい。是非、お頼みします」
別に試験自体は行われるなら、問題ない。そう言う体で煌士が頷いた。
「おっと、そういえば打ち合わせがずれていたな。では、彩斗さん、参加されていきますか?」
「そうさせてもらいます」
そうして彩斗も交えて、今回どのようなルートで逃げるのかを説明していく事になった。
「というわけで、だ。海瑠。君には外から我輩達に連絡を送り、遠くから見ればどのように見えていたか、というのを見てもらいたいわけだ! もし、何か投影前に乱れなどがあれば、それを我輩達に伝え、それを先んじて伝えてもらいたい!」
「・・・あれ? 鬼ごっこなのに、伝えて良いんですか?」
「所詮はお遊びだからな! 逃げきれる方が優先だ!」
海瑠の問いかけに対して、煌士が笑いながら告げる。ココらへんも、フェルの予想通りだった。まあ、普通の中学生が考えつく程度の質問だ。大企業である彼らが想定出来ないはずは無かった。
「あはは・・・じゃあ、僕は外からみんなに連絡を入れれば・・・って、どうやって入れれば良いんですか?」
「おっと、それを忘れる所だったな!」
今度は本当に危うく忘れる所だったらしく、煌士は少し慌てた様子でガサゴソとテントの中に持ち込んだ鞄の中を探り始める。そうして取り出したのは、ワイヤレスのヘッドセットだった。
「これを使いたまえ! 天道が開発し、我輩の知性を持って改良した最新式だ! 軍用品にも負けていないぞ!」
「は、はぁ・・・」
煌士が海瑠にヘッドセットを手渡して、再び胸を張って自慢する。まあ、これも事実なので仕方がない。市販品を彼が更に改良した物が、このヘッドセットなのであった。
「さて、そうは言っても時間は10分! そこまで気合を入れる必要は無いぞ! さあ、後はゆっくりしておいてくれたまえ!」
そうして、煌士の合図で、一同が試験の開始まで間、暫く休憩に入るのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回は来週土曜日21時です。
2016年6月13日 追記
・誤表記修正
『ブラコン』を『シスコン』に修正しました。対象が浬ですからね。




