第265話 第一の矢
フェルの警告の翌日。11月も中頃に差し掛かった頃の事だ。そんなある日、煌士は父である覇王に呼び出されていた。
「父上。我輩をお呼びですか?」
「ん……ああ。悪いな、研究中に」
覇王は本社にある自分の執務室にやってきた煌士を見て、読んでいた書類から顔を上げる。その顔はやはり苦々しいものだった。やはりこの時期に煌士狙いの襲撃が察知されたからだろう。親としても一組織の長としても苦いものしか浮かばなかった。
「……まぁ、常日頃身の危険に晒されているお前にこういう事を改めて言うのは親として心苦しい限りなんだが……実は米軍からお前が狙われている可能性が高い、という情報が寄せられてな」
「はぁ……」
「まぁ、そうなるか」
今の煌士が魔術を知って、研究と平行して魔術的な研究や訓練に携わっている事は覇王も知っている。煌士の性格からしてそうならない方がおかしいとわかっている。
そしてその練度――もちろん敢えて煌士に見せられているだけだが――から言えば、おそらく並大抵の大人では負けない事もわかっている。拳銃程度を持った相手なら余裕で勝ってしまえるだろう。故に襲撃されると聞いてもだから、という程度にしか思っていない煌士に覇王も苦笑するしかなかった。
「確かに、今のお前なら並の軍人を相手にしても負ける事はないだろう。とはいえ、相手は秘密工作員だ。油断はするな。こちらでも即座に援護に入れる様に支援体制は整えている」
「……あの、父上。改めて言われるまでもない事だと思うのですが……」
そもそも自分の知性などについては煌士もしっかりと理解出来ている。なにせ重力場技術に関しては第一人者だ。もしこの事が世界中に公表されれば世界各国が彼を狙うだろうというのは彼自身にだってわかっている。それ故、日本政府だけでなく天道財閥や各組織が密かに警護しているだろうというのは、煌士には聞かされなくても当然として考えていた。
「……そうだったな。お前は麒麟児。天才や秀才揃いと言われているウチの中でもとびきりの天才だ。改めて警戒しろ、というまでもなかったな」
煌士の返答を聞いて一瞬呆気にとられるも、このぐらいは当然としてわかっていると理解した覇王は思わず肩を震わせる。これが見栄や虚栄ならまだしも、煌士の場合は本当にこの程度はわかっているのだ。改めて注意を促すまでもなかった。
一言狙われているから少し注意しておけ、と言うだけで良いのだ。というわけで、改めて自分の子供の才能を思い知らされた覇王は肩の力を抜いた。
「まぁ、改めて言っておく。基本的には道中の送り迎えは今まで通り車で行わせる事にしている。が、この車について少し改良を加えた物を今後は使う事にしてな」
「何時からですか?」
「ああ、もう明日か遅くとも明後日には届く。この間のエリナちゃんの襲撃は知っているな?」
「え、ええ……」
少し楽しげに問いかける覇王に、煌士はその後にこっぴどくカイトから叱られた事を思い出して若干頬を引き攣らせていた。覇王が楽しげなのはここでカイトに叱られた事を彼本人から聞いたからだ。自分からこっぴどく説教をしておいたので今回は目をつぶってやってくれ、と執り成されたというわけである。
「それを受けて実はお前の送迎車も改良を加える事にしていてな。実は今のは代車なんだよ」
「そうなのですか?」
全然気付かなかった。煌士はそもそもここしばらくは式神を送迎車に乗らせて自分は訓練の為に隠れ家にいた為、本当に気付いていなかった。が、それ故に下手に要らない事をしなくてよかったのだから、そこは良かったという事なのだろう。
「ああ。というわけで改良が終わり次第それに乗って登下校してくれ。まぁ、お前は乗っているだけだから特に何かをするわけでもないだろうがな。が、やはり魔術的ないろいろが仕掛けてある。変に知らせないで警戒されても困るから、予め教えておく事にした」
「わかりました」
当然だな。煌士は覇王の言葉が道理なので特に疑問は抱かなかった。やはりいつも乗る車に唐突に自分が知らない機能が搭載されていれば警戒する。特に煌士の様な身の上だとそれは仕方がない事だろう。
「で、もう一つ。天城家の空也くん。彼もしばらく一緒に登下校する事になった」
「空也が?」
「ああ……まぁ、護衛と万が一に彼が狙われた場合に備えて、と考えてくれ。運転も向こうの人がする。雷蔵さんは……知ってると今更問う必要はないな?」
「はい」
煌士は天城家に仕える老執事の事を思い出す。基本的には彼が嫡子の面倒を見る事になっている。なので空也の送迎や万が一になにかがあった場合には彼が取り仕切る事になっているとは聞いていたし、その縁で何度か空也と一緒に居る所を見ている。もちろん、そういうわけなので煌士も顔見知りだ。
「彼が送迎してくれる。なので順番としてはウチ、天城邸という所だな。そういうわけでご迷惑をおかけする事は無いようにしておけ」
「はい」
まぁ、これで十分といえば十分か。覇王はそれで良いだろうと考えて煌士に下る様に指示を出す。そもそも覇王が研究所に行けないから来てもらっただけだ。ここは天道財閥の本社ビル。会社だ。何時までも社長室に居ても仕事の邪魔になるだけだ。そうして、それを理解している煌士も足早にその場を後にして、再び天桜の研究室へと戻る事にするのだった。
さて、それから数日。煌士は空也、詩乃の両名と共に送迎車に乗っていた。どうやら覇王の言っていた替えの車は翌日には届いたらしく、言われた翌日からは別の車――と言っても見た目は一緒だが――だった。ということで、今日も今日とてそれに乗って移動していた。向かう先は自宅だ。
「ふむ……確かにベース部分に幾つか妙な魔術を感じるな」
「そうですか? こちらからは特段何も感じませんが……」
「近接系の戦士に我輩達魔術師の見る領域の目で物を見られても困るぞ」
「それもそうですね」
煌士の言葉に空也が笑って頷いた。煌士は先天的な魔眼を持つ海瑠に次いで視野――もちろん、魔術的な意味での視野だ――が広い。魔導書の補佐もあり、この地球の人間種が一般的に使っている程度なら見れる様にはなっている。この程度はわかって当然だったのだろう。と、そんな煌士の視野を見て、雷蔵が口を開いた。
「流石は、煌士坊っちゃんでございます。ですが何卒、うかつにそれには触られませんよう。私が大旦那様に怒られてしまいます」
「ははは。流石に自分もそこまではしませんよ。自分を守る物をうっかり壊してはたまらない」
「そこまでは、という事は解析はなさっているわけですね……」
「うむ! 現在第一階層まで解析を終えたぞ!」
「……」
ドヤる煌士の返答に詩乃がジト目で睨みつける。まぁ、訓練と思えば良いのだろうし、煌士は訓練感覚で気軽に解析を行っていた。この程度ならフェル達の見せる訓練用の魔術と大差がない。後に煌士はそう言っていた。その一方、雷蔵は雷蔵で目を僅かに細めていた。
「……」
想定以上に煌士の性能が高い。雷蔵は大人達だからこそドライに推測している煌士の現在のスペックが想定以上である事を理解した。今、煌士ははっきりと第一階層までと言ったのだ。つまり、この車に仕掛けられている仕掛けが複数であり、幾重にも折り重なっている事を見抜いての発言だった。
が、これをどれだけの魔術師が出来るのか、というと人間側にはさほど多くはない。間違いなく騎士達でもそこまで多くの数は居ないだろう。この分野でも素晴らしい才能を保有しつつある、と断じるしかなかった。要報告とするしかないだろう。と、その一方で煌士は最近フェルから教わった結界を車の後部座席エリアに展開して空也へと問いかけた。
「にしても……竹刀袋に入れて持ち運んでいるのか?」
「三日月殿には竹刀に偽装して貰っているので、みんな竹刀だと思いこんでいますよ」
「空也も空也でなかなかに豪胆になってきたな」
「まだまだ……自分なぞ信綱公や卜伝殿に比べれば子供以下ですよ」
これは当然の話であったのだろうが、空也は元々が腕利きの剣道家だった。なので竹刀については部活動でも私物を持ち込んでいたし、教師達も空也の成績を鑑みてそれを許可していた。そして自宅に道場のある空也だ。竹刀については常に持ち運んでいた。
それは今も変わらない。変わったのは、竹刀だ。この竹刀というか竹刀袋の中身は竹刀なぞではなく、天下五剣の一振り『三日月宗近』だった。剣士たるものいつ何時でも武器を手放すべからず。信綱からそう言われて、空也は竹刀を振るえる時には必ず三日月を持つ様にしていたのである。というわけで、彼からのアドバイスを受けて三日月と協議した結果彼が魔術で己を竹刀に偽装して常には持ち運べる様にしていたのであった。
「その二人と比べるのは流石に我輩でも些か分が悪いと思うぞ」
「あはは。自分もそう思います……」
「うむ……」
やはり基本的には幼馴染という所だろう。道中でなにか真面目な話をするわけではなく、単なる他愛なもない雑談が大半だった。と、そんなわけなのであるがその道中。三人は唐突に自分達が結界に捕らえられた事を察知した。
「坊っちゃん」
「はい」
どうやら雷蔵もこの程度なら空也達ももう分かるだろう、と察していたようだ。一つ頷くだけだ。そして来る事は前もって聞かされていた。覚悟も出来ている。彼らはすでに実戦も経験しているのだ。一度経験している以上、変に怯えたりする事はなかった。そして、その直後。無数の銃弾が車に向けて降り注いだ。
「銃声を聞くのは久しぶりだが……これはなかなかにうるさいな!」
「申し訳ありません。次からは防音処理もしておきましょう」
耳を押さえる煌士に対して、雷蔵が一つ頭を下げる。無数の銃弾が降り注いでいるわけなのであるが、これについてはさほど問題にはならない。車に取り付けた防御用の呪符がこの程度なら防いでくれるからだ。それが無理でも次は車そのものに防弾処理がされている。空也の父、星矢が乗る車と同じ防弾処理だ。流石に至近距離からの対戦車ライフルや戦車砲、迫撃砲などを持ち込まれていれば流石に防げないが遠くからの機関銃程度の連射であれば問題ない。と、それは数分で終わりを迎える事となった。
「ふむ……この程度では無駄と把握しましたか。おそらく向こうもこちらの車の改良が終わっているかどうか確認したかっただけという所なのでしょう」
立体駐車場に車を停車させた雷蔵は終わった銃撃をそう判断する。どうせこんなものが通用しない事ぐらいはどちらも織り込み済みだ。所詮、銃弾なぞ単に速さだけの金属物。金属でも重さは無いし、その速さも大半は音速に到達しない。大きさも小さい。襲撃を察知出来て、なおかつ距離があれば魔術師であれば防げて当然と言われる程度のものだった。日本国が威信を掛けて作った車に通用するはずがなかった。
「ふむ……坊っちゃん方。敵が来られます」
「外に出た方が良いでしょうね。流石に直に来れば車で防ぎきれるものではないでしょうし」
「かしこまりました。ですが、前線は私にお任せを」
煌士の判断が正しい。雷蔵は煌士の言葉に理を見ると、その言葉に同意を示して即座に車から降りる。銃声が止んだという事は即ち、敵はこれで無駄と悟ったという事だ。そしてこれで終わるわけがない。銃弾だけで無理だとわかっているからこその結界だ。
なら、次には白兵戦となるしかない。流石に魔術師に白兵戦を挑まれては日本政府が威信を掛けて作った車だろうと持ちこたえられるわけがなかった。外に出て持ちこたえるのが、上策だった。
「詩乃。貴方は急ぎここを離脱して、外に救援を求めなさい。外には天道の救援部隊が何時でも動ける様に待機しているはずです」
「わかりました……ご武運を」
「そちらも、気を付けなさい」
詩乃の速度はこの面子の中で最速だ。腕としても悪くない。雷蔵は兵士に追いかけられた所で逃げ切れると判断したようだ。なら、彼女には一人ここから脱出して貰って外に救援を求めて貰うのが一番良かった。それに敵の狙いは煌士だ。詩乃に割く追手はこちらより遥かに少ないぐらい簡単に想像された。そうして、即座に詩乃がその場から離脱する。その一方、残る彼らの前には奇妙な存在が姿を現していた。
「これは……おぉ! まるで映画だな!」
「ふむ……金属ですか。斬れるかどうか……」
三人の前に現れたのは、金属で構築された謂わばアンドロイドの様な存在だ。動きは機敏とはいえないが、どこか人間臭さがあった。これが、襲撃者達というわけなのだろう。
「ふむ……魔術併用型のロボットですか」
白い手袋をしっかりと手に着けた雷蔵が小さくつぶやいた。この存在の事は知っている。カイト達から聞いていたからだ。そして彼は知ればこそ、この襲撃がまだ様子見なのだと理解した。
(確か一年か二年ほど前にブルー様が米軍と共に襲撃を仕掛け、『工場』の一つを破壊したのでしたか。奴らもまだ立て直せていない、という所なのでしょうかね)
雷蔵はこのアンドロイドが所詮その程度の存在だと知っていた。敵の暗部が繰り出す尖兵はこんなものではない。もっとおぞましい物だと知らされていた。彼でさえ、聞いた時には嫌悪感を隠せなかったほどだ。が、それ故にここでは安堵も得た。この程度なら問題はないし、煌士達にその暗部を見せないで良いからだ。
「お二人はあまり前に出ませんよう。私が、前で敵の侵攻を食い止めます」
「「はい」」
雷蔵の指示に二人は素直に従う事にする。二人は敵の暗部やこのアンドロイドがどういう存在かは知らないが、今まで積んだ経験から雑魚に過ぎないと判断していた。千方や晴明に比べれば寝ていても倒せるとしか言えない。なら、うかつな事はしないで良いだろうと判断した。そうして、煌士達対アンドロイドの戦いが始まったのだった。
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