第244話 宴会が終わり
今日から新章突入。
大宴会の裏で人間達がいそいそと暗躍していた一方。高天原での大宴会に参加していた神々や英雄達は神無月の終わりと共に少し名残惜しい様子を見せながらも己の居るべき地へと帰還を始めていた。
とはいえ、それでも残留する者達は居るわけで、その一人である御門は日本に居る事を活かしてそのまま飲んだくれていた。が、流石に神無月も終われば酒も撤去されるわけで、彼ももう酔い覚ましという所に入っていた。
「うぃー……あー……二日酔いだー……アルジュナー……迎え酒の酒ー」
「父上……お願いですからそんなダメ親父の発言はおやめください……曲がりなりにも神々の王なのですから……」
「あー……二日酔いの頭にお前の説教は響くわ……」
真っ青な顔で御門はアルジュナからのお小言にしかめっ面をするだけだ。これで聞けば良いわけであるが、こんな会話はもう数千年も繰り返されている。そして周囲というかアルジュナの好敵手にして親友となっている異父兄弟のカルナは永遠に続けるだろうと明言している。というわけで、ダメ親父こと御門はそんなアルジュナのお説教を軽く聞き流しつつ、休み明けからの仕事の準備を行う事にした。
「あー……そうだ。おい、アルジュナ」
「はい?」
「ちょいとお前ら本社に詰めとけ。近々大陸の方がヤバい匂いがする。多分、こっちにも牽制程度だが何か動きがあるな」
「……父上。貴方は本当に……いえ、もう何も言いますまい」
ここでいきなりの真面目な発言だ。ゆえにアルジュナは御門へのお小言はもうやめる事にする。何時も何時も思わされるが、やはり御門はインドラ。軍神インドラだ。なのでその戦略的な視点は非常に優れており、アルジュナをも超えていた。そしてもちろん、様々な神話や宗教にまたがる神々という利点を活かして情報網も非常に広い。ゆえに何時も指示は御門が出す側だった。英雄以上の戦略眼。これが、御門の本領だった。
「それで、父上。どの様に?」
「まぁ、そこまで本気でやる必要は無い。こっちは牽制。メインは日本……煌士だろうさ。そしておそらく、俺もそこまで本格的に関われるようにはしてこないだろう」
「ではまだ、本格的な侵攻は無いと?」
「無いな。俺の勘がそう告げてる」
アルジュナの問いかけに御門ははっきりとそう断言する。そしてその判断は戦略的なものであったが、それ故にこそ御門は僅かに軍神としての荒々しい笑みを見せた。
「おそらく道士達も魔女の件を察知したな。だが、流石に今まだ切り札は切れねぇだろう。それを考えれば、今回はこちらに警戒させ体力を消耗させる為の示威行動に近い事になる」
「……あれを動かすと?」
「数年ぶりに、な。それはそれでこっちの手札を考えると嫌なんだがな」
隠しきれない嫌悪感を顔に出しているアルジュナに、御門も僅かに嫌悪感を顔に出しつつも他の側面から嫌そうに顔を顰めさせる。とはいえ、嫌であろうとこれは相手あっての事だ。なので対策を更に考える必要があった。
「人はなぜ、争わねばならぬのでしょう」
「……お前が言うかね」
「……」
ジト目のインドラとアルジュナ自身の好敵手たるカルナに見据えられて、すー、とアルジュナも視線を逸らす。そもそもの問題として神話からそうなのだが、この質実剛健なアルジュナと寡黙なカルナは『マハーバーラタ』の時代から事ある毎に張り合っている。それは数千年が経過した今も変わらない。それを思えば、たかだか数十歳ぐらいの人間が争い合っても不思議には思えなかった。
「……さて、父上。例の件についてですが」
「……お前、意外と器用になったな。前はもっと恥ずかしがってた筈なんだが」
「なんのことでしょう」
さも平然とアルジュナは少し楽しげな御門の言葉にしらばっくれてみせる。流石に数千年も生きていれば面の皮も厚くなるらしい。そしてそれについては敢えて言えば御門としてもどうでも良いといえばどうでも良い。息子の成長が嬉しいという程度だろう。
「まぁ、良いか。例の件についてはウルクの始祖王が動く。西ルートを通る事になるから、ハワイに向かわねばならないだろう」
「では一度イギリスに出てブラジルという形を?」
「それが一番だろう、というのが今の所の俺達の判断だ。流石にアフリカになると警備も薄くなるが……逆に別の敵の手が及びかねん。俺達が救援可能かつ裏から手助けが貰えそうな所を、と見繕うとイギリスに向かわせるのが一番だと判断した」
アルジュナの確認――問いかけではないのは彼もそれが最善だと理解していたから――に御門ははっきりと頷いた。まだエリナからの連絡は来ていないが、カイトはそこの上層部の中でも最トップたる女王の事を知っている。なのでそこがどういう判断をして、どういう動きをするのかというのも見通せていたのである。
「それに……騎士達はともかくヨハネ騎士団の総トップたるシメオンは比較的穏健派だ。宗教的な関係で異族を公然と認める事はないだろうが、魔女の絶滅も望んでいない。そして部隊を主導するジャンヌ・ダルクは元々部隊の抑制の為に送られた調整役だ。西に逃げれば、深追いはさせまい」
「女王も動くから、ですか」
「そうだ」
わかりきった事だ。だから、アルジュナも確認の為に口にしただけで御門の返答もその事情そのものは語らなかった。彼らにとって魔女の救援は絶対的な話だ。なので連携は密に取られていた。
「……まぁ、そう言う意味で言えば一番の難所はそこと、日本か」
御門は道中の苦難より、その最後の苦難を見通して顔を顰める。一番の難所は実は包囲網が展開されているその出立直後ではない。実は出立後、日本に到着する直前と到着してからが問題となる。それには日本特有の事情と、日本特有の状況があった。
「……日本国内の裏の治安組織……陰陽師達は問題だな……」
御門が苦い顔をしていたのは、ここだ。陰陽師達の動きだった。カイトとの関係で比較的良好な関係を築いている様に見える陰陽師達であるが、それは敢えて言えば日本という国の下で一つになっているだけにすぎない。なので実際としては一枚岩とは言い得ない。
そして彼らは彼らでつながりがあり、そのつながりには欧州の騎士達が居た。やはりどちらもある種の警察組織に等しい活動をしている。流石に日本までその力や情報網を伸ばせないヨハネ騎士団はかつて島原や隠れキリシタンの存在などから陰陽師達とのある種の同盟にも近い関係を結んでいたのである。大部隊は流石に送れないが、少数かつ使者ともなれる強力な戦力は送り込める。
「……タカヤマが動くかと」
「……やはり、お前もそう読むか?」
カルナの言葉に御門は苦い顔のまま、同意を求める。タカヤマ。ヨハネ騎士団の捜索部隊も言っていたが、あのタカヤマの、と言うほどにその名は大きい。そして日本が彼らの来訪を拒めない理由がどうしても存在していた。それをカルナが明言する。
「タカヤマ……高山右近の直系の子孫。日本人の血統だ。そのタカヤマ家が日本との折衝を行っている。必然として、あそこが動くしかないかと」
「そうなんだが、それが厄介だ。タカヤマは裏のヴァチカンでも最大の名家の一つ。ヨハネ騎士団に関わりのある家の中でも最大手と言える。なにせ白人至上主義が多かった時代でさえ、タカヤマという東洋の名を名乗る事を許される……いや、名乗れと時の教皇が命ずるほどの名家だ。この名だけは、裏世界を知るどんな白人至上主義者だろうと尊敬を明らかにする」
高山右近。戦国時代の大名の名だ。彼はキリシタンとして有名で、江戸時代のキリシタン追放令を受けて今で言うフィリピンに追放されている。その子孫は右近の死後に帰国を許されていたわけであるが、その一人がそのまま大陸に残って当時のミカエルの要請を受けてヴァチカンに赴き、暗黒時代とも言われる中世ヨーロッパにて数多の異族達と戦ったのである。
その偉業――当時の一神教として見ればの話だが――はとてつもなく、始めは差別を受けていたそうだがミカエルの仲介や彼自身の敬虔な在り方から後年に認められて東洋から来た凄腕の剣士として名を馳せた。そして彼はその偉業からヴァチカン付近で子を成す事を望まれて、その子孫達が今では騎士の名家として知られていたわけであった。
「タカヤマが動けば、日本政府は否やと言えない。なにせ日本の系譜を継ぐ家で、彼らも日本は第二の祖国であると明言している。彼らが日本に来たいといえば、日本政府はその目的がたとえ偽装であっても素通りさせねばならない」
御門は動く事が見えているタカヤマ家に対してどうするかを考える。が、考えた所で答えが出ない事は彼自身が明言していた。なにせタカヤマ家は日本に入れるからだ。日本政府とて遠い異郷の地で偉業を成した名家に対して入るなとは言えない。
しかも日本に害意があるわけでもなく、日本政府としても彼らと懇意にする事で得ている利益は大きい。異族組織の幹部でもある星矢であっても、外交上の事情から抑えられない事は明白だった。
「……あー……そういうことか。それで俺も動けないか……ちっ、そこをそう読んだか」
「どうされました?」
「敵の目論見がわかった、ってだけだ。つっても別の敵だがな」
「あちらの?」
御門の唐突な言葉に首を傾げたアルジュナであるが、それに対して御門は何かを告げる事なく立ち上がる。自分に対する封殺の仕方がわかったのなら、それに対して動く必要がある。そしてこれは日本の動き。しかも彼が表立って動けない内容だ。アルジュナ達に何かをしてもらう必要はない。
「アルジュナ、カルナ。お前らも早々に戻れ。酔い覚ましの酒は要らね。飲んでる場合じゃねぇな。あいつらを死なない様にいくつもやらないと駄目な事があるわ」
仕方がない。曲がりなりにも浬らの保護を英雄から任されているのだ。そしてカイトはそれに対して感謝の証として酒の進物もくれた。であれば、神として動かねばならなかった。そうして、御門は少し急ぎ足で高天原を後にする事にするのだった。
さて、御門が酔い覚ましを終わらせて天神市に戻っていた頃。それの動きに呼応する様にして、ギルガメッシュとエンキドゥの二人もまた動きを見せていた。
「……そう言えば、今になって久しぶりか」
「? どうしました、急に」
唐突にぼそり、とつぶやいたギルガメッシュにエンキドゥが問いかける。ギルガメッシュの言葉にはどこかしみじみとした様子があり、何か苦慮している様子はなかった。
「いや、貴様が蘇ってからというもの、常にオレと共に居た。かつては貴様一人で冒険を何度もしていたがな」
「……そう言えば……そうですね」
もう随分と昔に思えて、しかしエンキドゥにとってはたった十数年ぐらいでしかない昔を思い出す。ギルガメッシュはメソポタミア神話最大の英雄の一人であり、数多くの冒険を行った。神話にも数多く残されている。
それと同じぐらい、ギルガメッシュをして対等と言わしめるエンキドゥもまた冒険を行っている。多くは彼ら二人で行った冒険だが、エンキドゥが一人で冒険に出た事もある。が、ここ数年、エンキドゥが甦ってからというものエンキドゥ一人で冒険という事は一度もなかった。
「まさか……心配してくれてますか?」
「まさか。我が友にして我が唯一の相棒エンキドゥを心配なぞするものか。貴様は必ず、完璧な成果を上げて戻ってこよう。出来るか、とは問わんぞ」
どこか茶化す様なエンキドゥの問いかけに対して、ギルガメッシュは絶対の信頼を明言する。己の相棒だ。それに対して一切の心配なぞしていなかった。それに、エンキドゥは満面の笑みを浮かべてうやうやしく己の王にして、親友に頭を下げる。
「はい、わかりました」
絶対の信頼に対しては、絶対の自信を。そこに一切の迷いなぞなかった。と、そんな王と臣下の様子だが、傍目には単にカップルがいちゃついているだけにしか見えなかった。
「……どっからどーみてもあんたらバカップルにしか見えないわ」
「……貴方ですか、イシュタル」
「どーも、おじゃま虫登場ですよー」
どこか茶化す様にイシュタルがジト目のエンキドゥへと手を振る。そうして、窓から彼女が入ってきた。
「よっと……さてと。エンキドゥは? もう出る?」
「明日の昼には」
「良し。ギリギリ間に合ったわね。なら、明日の出立前。私の所に来なさい」
「……貴方の所に?」
イシュタルの言葉にエンキドゥは非常に嫌そうに顔を顰める。元々エンキドゥとイシュタルは非常に仲が悪い。まぁ、メソポタミア神話の時代からイシュタルはやりたい放題で、エンキドゥはそれにほとほと辟易していた。なので厄介事が目に見えていたようだ。
「そう嫌な顔しない。私だってきちんと時と場合は選ぶわ。今回は、ウルクの英雄に加護を与える為よ。加護というより道具だけど」
「道具……わかりました。では、御身の所に」
おそらく自分だけではなく浬らの助力になるものなのだろう。諭すようなイシュタルの言葉を聞いて、エンキドゥはウルクの英雄としてイシュタルに従う事にする。そうして、彼は翌日にはイシュタルから何らかの道具を受け取って、日本へと向かう事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




