第232話 黄泉の国の案内人
カイトの指示によって高天原の宴会から黄泉の国こと黄泉比良坂に向かう事になった浬達一同。そんな彼女らは三貴子の案内を受けながら、黄泉比良坂を目指していた。
「黄泉比良坂ですね。あそこは私はあんまり行かないんですけど……」
「ああ、姉上はあそこに特に相性が悪いんでしたね」
「そうなの?」
アマテラスの言葉に同意するツクヨミを見て、浬が問いかける。神話としてもアマテラスが黄泉比良坂や黄泉の国に行ったという話は聞いたことがない。そして勿論、それには理由があった。
「私の権能は太陽に起因します。だから、陽の光が届かない黄泉の国、黄泉比良坂では神様の力が使えないんです」
「相性が悪いわけではありませんが、私の方もどうしてか使えないんですよね。唯一、スサノオだけは適合しているのですが」
アマテラスの言葉を引き継いだツクヨミが肩を竦める。ここらは、どうやら天頂に浮かぶ星の権能と嵐という自然現象を司る者の差という所らしい。
「まぁ、そういうわけなので、もし母に会ったらよろしくお願いします。今日は出勤日だったはずですので」
「仕事、なんだ」
「ええ。でも大事な仕事ですよ? 死者が変な力を持ち込んでいないか、逃げようとしていないか、とかをしっかりと見ておかないと。あの世でドカンとなっても困りますからね」
頰を引きつらせた侑子の呟きにツクヨミは笑って頷いた。まぁ、現実なぞそんなものである。実際、他にもギリシアのハデス。彼も普通に宴会に参加している。勿論、ペルセポネも一緒だ。神話通りという方が珍しいらしい。
と、そんな話をしながら歩く事、20分程。一同は石造りの洞窟の前に立っていた。そこはしめ縄で装飾された洞窟で、数歩先さえ見えない漆黒を湛えていた。
「これは三貴子のお三方。お休みという事で、珍しく揃ってお母上に御目通りですか?」
黄泉比良坂の前に立った一同に向けて、門番らしい男が問い掛ける。いくら神無月だろうと死者は出る。故にこの時期でも黄泉比良坂は平常営業らしい。まぁ、それでも輪番制で休みは取っているらしいのだが。
「ああ、そうじゃないです。ちょっとカイトの頼みで彼女らをここまで案内して来ました」
「わざわざ黄泉比良坂まで? 相変わらず酔狂な事を考える男ですなぁ」
黄泉比良坂の門番はアマテラスの答えに笑い、そのまま動こうとはしなかった。通るのならどうぞ、というわけなのだろう。それを後ろに、振り向いたアマテラスが口を開く。
「と言うわけで、ここが黄泉比良坂の入り口です」
「おぉ、ここが……では、この大岩があのイザナギが黄泉比良坂を封じたという大岩か!」
「おぉ、小僧。若いのによく知ってるなぁ。あれは大げんかだった。いやぁ、流石と言いますかやっぱりと言いますか、親子ですなぁ」
「ちょ、ちょっとやめて下さい! そんな大昔の話を持ち出すの!」
門番の懐かしげな言葉にアマテラスが大いに慌てて制止を掛ける。やはりアマテラスといえば一番有名なのは天の岩戸の物語だろう。これなくしてはアマテラスを語れない。天の岩戸もまた、これと同じぐらいの大岩だった。
「いやはや。あの大岩を素手で動かすのですから、アマテラス様のお力たるや侮れない」
「……しまいにはその力で殴り飛ばしますよ?」
「おっとっと……では、通りたければどうぞ。ただし、ここからは死者の国。あまり死者達を騒がせない様に」
「では、私たちはここで」
「流石に私達最高位の神々が来ると、死者は騒ぎますからね。では、お頑張りを」
「頑張れよー」
三貴子の面々は三者三様に浬らを見送って、その場を後にする。と、いうわけで残された浬らであるが、一度顔を見合わせる。
「行く?」
「しかないんでしょ?」
『ルナの加護は便利だ。今後を考えれば、得ておいて損はない』
浬の問いかけに、カイトは改めて明言する。どうにせよ光と闇の加護は助かる上でも必要不可欠だ。手に入れておく必要があった。
「……よし。腹は括った!」
浬はそう言うと、黄泉比良坂へ向けて一歩を踏み出した。そうして闇の中に消えた筈の浬を出迎えたのは、無数の花畑だ。少し離れた所には少し大きな川も見える。
「……へ?」
「ね? 綺麗でしょ?」
想像していた光景とは全然違う光景に呆気にとられた浬に、海瑠が問い掛ける。と、その後ろから続々と他の面子も入って来て、全員一様に目を瞬かせていた。と、そこでいち早く復帰したのは、やはり煌士だった。
「これは……成る程! あっちが三途の川で、ここは臨死体験をした者が見ると言う花畑か! ふむふむ! 実に興味深い!」
煌士は屈んで足下に生える花々を観察しながら、しきりに頷いていた。
「これは……ふむ。見たこともない花だな。いや、どこか菊にも似ているが……しかしここまで小さいとタンポポに近いか? いや、しかしこっちのは……むぅ。失敗した。デジカメでも持ってこれば良かったか……」
煌士は見たこともない草花に対して、僅かな無念を滲ませる。流石に学校から直接来たので、デジカメは持っていなかった。スマホも戦闘があり得ると判断して、預けいている。撮影する手段が無かった。と言うわけで、魔術で記憶に焼き付けるだけにしておいた。と、そんな所に笑い声が響いた。勿論、死者の声なぞではなく明朗快活な笑い声だ。
「ははは。冥界に特有の花だ。綺麗なものだろう? 死者の鎮魂に相応しい美麗さだ。三途の川付近には彼岸花も群生していて、そちらはそちらで見事な物だ。帰りにでも寄ってみると良い」
「貴方は……ギルガメッシュ王?」
「ああ。それと」
「儂も居る」
「「「うわぁ!」」」
背後から響いたスカサハの声に、煌士を含めて全員がが思わず飛び上がる。それに、スカサハがため息を吐いた。
「はぁ……まさか最初から最後まで気付かんとは」
「さ、最初から?」
「うむ。最初からよ。あの大部屋からずっと一緒だったんだがのう」
全然気付かなかった。全員は呆れ半分のスカサハに唖然となる。
「特にお主。魔眼持ちならこの程度は気付かんか」
「いたっ!」
どこか禍々しささえ伴う赤黒い槍の石突きで小突かれて、海瑠が蹲る。どうやらあまり本気ではやっていなかったらしい。
「はぁ……馬鹿弟子二号。儂も調練に手を貸そうか?」
『やめてやってくれ。確かに姉貴の場合は乗り越えられりゃ英雄クラスにも到達出来るだろうが、逆にそれ以前としてある程度の力量必要だろ空也でも潰れるのが見えるわ』
スカサハの申し出にカイトは半ば本気で制止を掛ける。彼女のスパルタ具合はフェルをも上回る。本当に出来ねば死ぬ、ということもあり得た。流石にそれは駄目だろう。
「多少死ぬかも、程度ではないか」
『いや、オレ一度殺されかけたけどな』
「勝手に減らすな。二度やったわ……一度は相打ちであったが」
『あー、なっつかしいな。いやぁ、あの時の姉貴はかわい』
「それ以上言えば縊り殺す。もしフリンの馬鹿に言おうものなら、即刻異世界に飛んで行く事を覚えておけ。勿論、容赦はせんぞ」
『……』
一瞬で握りつぶされたカイトはただこくこくと頷くしか出来なかった。そもそも速度ならスカサハが圧倒的に上らしい。これが本体でも、結果は変わらなかっただろう。と、そんな師弟にギルガメッシュが仲裁に入った。
「まぁまぁ、そこまでにしておけ。宴も酣。何時までもこんな所で呑気に突っ立っているのも時間の無駄だ」
「……まぁ、それはそうか。が、わかっておるな?」
『イエス・マム! 絶対に口外いたしません!』
ビシィッ、と音が鳴り響く程に勢いよくカイトが敬礼する。相も変わらず小鳥姿なのに器用なもので、どこか愛嬌があるのはご愛嬌という所なのだろう。
「良し……さて、では行くか」
「……いえ、それ以前にどこに?」
「む?」
「ん?」
ギルガメッシュとスカサハが首を傾げる。そもそも浬らは黄泉比良坂に行くとしか聞いていない。一応、なんのために行くのかというのも聞いているが、それだけである。
「なんだ。何も言っていなかったのか」
『まぁ……言う必要も無いかな、と。それに言ったら逃げようとする奴が数名居ますんで』
カイトは女の子三人組を見る。この内二人は言えば必ず逃げるというのがわかっていた。というわけで、敢えて言わなかったのである。というわけで逃げ道を完全に塞いだ後、カイトが改めて今回の目的地を告げる。
『今回行ってもらうのは、黄泉ではない。そもそも何度も言ったろ? 黄泉比良坂だって』
「そう言えば……違うの?」
「うむ、違う。黄泉比良坂とは黄泉の国とこの世の境界線。言わば三途の川とも言える。ここから更に下に行くと、黄泉の国があるとされているわけだ」
浬の問いかけを受けた煌士がざっとしたあらましを述べる。カイトも何度も言っていたが、向かうのは黄泉比良坂だ。黄泉の国ではない。あの世とこの世の境界線。黄泉比良坂だ。
『そういうこと。だから別に死ぬ必要も無い……って、まぁ別に死ななくても行きたきゃ黄泉の国まで行っても良いけどな。目的じゃないだけで』
「なんだ。じゃあ、別にあの世に行くわけじゃないんだ」
『そうだな。そう言っても良いだろう』
どうやら僅かな誤解があったらしい。そこを聞いて、浬が安堵を滲ませる。とはいえ、それならそもそも逃げる云々の話が無い。
『これは行けばわかるから別に話半分でも良いが、黄泉比良坂は幾つか分かれ道があってな。まぁ、行き止まりになっていたり他の所と合流して黄泉の国へと繋がっていたりするわけだが……今回は行き止まりに用事があってな』
「そこに何があるの?」
『湖だ。結構綺麗な所で、さっき先生も言っていたが彼岸花の群生地でもある。そこに向かう。目的は先に語った通り、ルナから加護を貰う事』
「それはさっきも聞いた。加護を貰うなら自分で行かないと駄目、なんでしょ?」
カイトの再説明に浬が確認する。一応、この間の時点でカイトはルナを呼べる様にはなっている。そして世界中どこにでも居る大精霊達だ。言えばくれる事はくれるだろう。が、流石にそれは駄目だろう、という事で自分から行く事にしてもらったのである。
『そうだ……ま、ぶっちゃけるとそこは結構な難所でな。数回……うん、数回は戦闘がある』
「……だと思った」
カイトの言葉に浬はジト目で特に驚いた様子はなかった。そして他の面子についても同じ様なもので、特に驚いていた様子はなかった。カイトが言い出した時点で誰もがこうなのだろう、とは理解していたようだ。それに、カイトが拍子抜けした。
『なんだ。面白くない。覚悟出来てたのか』
「そりゃ、これで何度目よ……全員いい加減理解してるわよ」
『あっそ……ま、そう言っても今回はちょっと厳し目でな。それで、この二人に援護を頼んでおいた。挨拶に行くのが目的であって、戦うのが目的じゃあないからな』
カイトは若干拍子抜けした様子を出しながらも改めてそう告げる。そしてこの人選については、煌士は見当がついていた様子だった。
「なるほど。それで、ギルガメッシュ王というわけか。スカサハ殿は……おそらく『影の国が』実質は黄泉の国という話だから、ですか?」
『お……知ってるのか?』
「はい。ギルガメッシュ王は死後、冥界の神として崇められた形跡があります。それを考えて、という所ですか?」
煌士は驚いた様子のカイトの問いかけに頷くと、時折語られるギルガメッシュの神としての話を語る。それに、ギルガメッシュが肩を竦めた。
「まぁ、実際には神になぞ祀られてはいないがな。神になるなぞまっぴらごめんだったし、そもそも神としての権能も無いからな」
『いや、あんた持ってるでしょ。使わないだけで』
「必要もない。神は神……まぁ、どうでも良い。行くぞ」
カイトのツッコミにこれ以上突っ込まれても良い事はないと歩き出す。そうして、浬らもそれに続いて歩き出すのだった。
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