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勇者の弟妹 ~~Tales of the new Legends~~  作者: ヒマジン
第11章 高天原の大宴会編

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第211話 閑話 どこか遠くで

 場面は移り変わり、欧州はどこかの森の奥深く。通常の空間では無い異常な空間での事だ。そこで、一人の少女が必死で何かから逃げていた。


「はぁっ‥‥はぁっ……!」


 少女は息を切らせながらも必死で足を動かす。その背後からは怒声が幾つも響いており、少女を逃すまいとする絶対の意思が滲んでいた。


「っ……後少しで……」


 少女は粘り気の強い唾液を無理矢理飲み込んで、必死で足を動かしていく。行く先には森しかない。が、そのさらに先には、一つのお城があった。そこが彼女の目的地であり、彼女の追跡者達にとっては絶対に手出しが出来ない危険地帯だった。


「逃がすな! あそこに逃げ込まれては手出しが出来ん! 是が非でも後少しで仕留めろ!」

「東の魔王と会合を得られれば悪夢だ!」

「主の名のもとに! あれを逃がすな!」


 少女の背後に、英語の怒声が響き渡る。少女の追跡者は、人間だった。それも単なる人間ではない。フェルがある意味では見限った一神教の神に仕える聖職者であり、もはや物語の中でしか存在しないはずの騎士と呼ばれる者達だった。

 別にアルト達の所だけに限った話ではなく、地球の裏世界ではまだ騎士という職業は普通に存在していたのである。とはいえ、その任務の大半は物語に語られる冒険譚や王を守りお姫様を助け出し、という事ではない。敢えて言えば、狩人にも等しかった。そうして、少女の追撃部隊の隊長格の騎士が苦々しげに悪態をつく。


「ちぃ! ジャンヌ・ダルクの支援を断ったのが失策だったか!」


 ジャンヌ・ダルク。それはフランスの救国の聖女の名だ。が、この場合のこれはその歴史としてのジャンヌ・ダルクではなく、称号としての『ジャンヌ・ダルク』だ。

 彼ら一神教の騎士達の指揮官には代々聖職者の中でも聖人や福者の様な偉人と呼ばれる者達の名を冠した称号を持つ者がおり、今回の追撃にはその『ジャンヌ・ダルク』という称号を与えられた少女からの支援を貰う事も出来たのである。が、ある理由からこの指揮官はその支援を得る事なく、自分達だけでの追撃を決めたのである。


「<<幻肢痛(ファントム・ペイン)>>!」


 一瞬の悔恨を指揮官が見せた瞬間、少女が意を決して一度だけ立ち止まり、何らかの魔術を行使する。それは思わず苦味を見せていた指揮官へと直撃し、彼の足を止めさせた。


「っ……」

「指揮官殿!」

「隊長!」


 青ざめた顔で立ち止まった指揮官を見て、部隊の隊員達が思わず足を止める。頭を行動不能にされてしまっては部下達とて一瞬の停滞を生まざるを得ない。追撃部隊を食い止めるのには、最適な行動だった。

 <<幻肢痛(ファントム・ペイン)>>。それそのものに攻撃力は皆無だし、普通の状態でこの魔術は命中しても大した効果はもたらさない。強いて言えば苦い顔をされる程度だ。

 が、これは特定のタイミング、例えば今指揮官がそうであった様に何かに対して強い悔恨を抱いた瞬間だと、話が変わる。<<幻肢痛(ファントム・ペイン)>>という魔術は対象が強い悔恨を抱いた瞬間に発動する事で、相手にとって最も恐るべき状態を幻視させる事が可能になるのである。

 そしてこの最も恐るべき状態というのは、大抵は仲間を奪われたりする事だ。やはり仲間を大量に、そして一度に失えば精神はまともではいられない。そしてそうなると流石にすぐには振りほどけ無い。しばらくはどういう行動も出来なくなる。逃げるには最適な魔術だろう。


「あ、あ、あぁ・・・?」


 指揮官は真っ青な顔で自分に心配そうに声を掛ける部下達の顔を困惑の顔で見る。<<幻肢痛(ファントム・ペイン)>>の影響で全員死んだと思い込まされたのだ。勿論、それは一瞬だけの幻の痛みだ。だから、後遺症はほとんど無い。

 が、それでも一瞬は彼にとって部下が全員自分の判断ミスで死んだのは事実だったのだ。大いに混乱してしまうのは、仕方がない事だった。故に彼はゆっくりとだが自分が魔術を食らった事を理解して、大きく首を振って己を取り戻した。


「っ! ちぃ! やられた!」


 何が起きたかを一瞬で理解した指揮官が口惜しげに舌打ちする。そしてそれ故にこそ、更に支援の手を断った事を後悔する。『ジャンヌ・ダルク』という称号を持つ少女はこういった場合に彼の変わり――もちろん、指揮官としてだ――になってくれたのだ。そうすれば、無様な姿を晒す事も無かったのである。


「追え!」

『あら、あら……それ以上進むのであれば、私もあまり見過ごせないわね』

「「「っ!?」」」


 騎士達の脳裏に直接、声が響いてきた。追撃に夢中で決して騎士達が立ち入ってはならない領域にまで入り込みそうになっていた事に気付かなかったのだ。注意はしていたが、焦りが見え隠れしていた所為で気付かなかったのだろう。


「この声は……」

「女王フィオナ……」


 騎士達の声には寒気に堪える固さと、相手の恐ろしさを知るが故の震えが見え隠れしていた。女王フィオナ。それはエリザの母の名だ。ここから先が、彼女の母の領地だった。

 ここは、トランシルヴァニア。吸血鬼伝説が色濃く残るルーマニアの奥地。その中でも人為的に超巨大な結界が張り巡らされ、一般人が決して近づかない様にされた一角だった。その結界の中を治めているのが、このフィオナだった。そうして、彼女が騎士達の前に姿を現した。

 彼女の服装は娘によく似てはいたものの、エリザが凡そ大学生ぐらいの美女であったのに対して、彼女は更に数歳年上の美女だった。スタイルにしてもエリザより更に女性としての柔らかさに満ちあふれており、ドレスにも深いスリットが入って女としての色香が全面に押し出されていた。が、そんな彼女を前にしても騎士達には男としての劣情をもたらす事なぞ出来るわけがなかった。


「っ……」


 最悪だ。騎士達の指揮官のしかめっ面は青ざめ、手に持った剣を握る手が白み強大な力を宿す。それは浬や空也達であれば防御ごと一撃で叩き切られる程の威力を有していたし、回避も出来ない速度で振るわれるだろう。

 が、そんな強大な力を前にしても、フィオナには一切の警戒心は生まれていない。それどころか、彼女が女王と呼ばれるのが分かる程の余裕が見えていた。見え隠れではない。見えていたのである。明らかに、騎士達をして圧倒的と言わざるを得ない相手だった。


「ふむん……はじめまして、というのが正しい言い方かしら」


 フィオナは妖艶に、しかし明らかに圧倒的な威圧感をわからせる女王の笑みを浮かべながら、騎士達を一瞥する。見知った顔が無いか探したのだ。

 騎士達というか騎士達を纏めている者達としてもフィオナと事を構えるのは避けたいらしい。なのでこの結界には手出し無用を厳命しており、無用な戦いを避ける為にもここら一帯に誰かが迷い込まない様にしている騎士達との間では何度か話し合いを持っていたのである。


「あらあら……ずいぶんと固くなっているわね。でも、私を前にしてその固さは止めておいた方が良いわ」

「ぐっ……」


 一瞬で自らの眼前に移動し鋭く伸びた爪を己の喉元に突き付けられて指揮官が思わず息を呑む。おそらく、転移術は使っていない。だと言うのにその移動は見えなかった。

 彼女が本気になれば、この場の騎士達は仲間の誰かが倒された事に気付ける事もなく全滅しているだろう。それほどの実力差だった。戦おうとするだけ無駄。それを明らかに見せつけていた。そしてそれ故、指揮官は決断を下すしかなかった。


「ちぃ!」


 指揮官は苛立たしげに、腹立たしげに、そして何より悔しそうに盛大に悪態をつく。もうこうなっては彼に出来る事はほとんど無い。というより、皆無と言って良い。

 出来る事といえばここで言いつけを破って彼女に戦いを挑んで無様に死んで、後の世の軋轢となるだけだ。もちろん、そんな事が出来るわけがない。そしてその言外の決断を見て、フィオナが笑顔で頷いた。


「そう、それが正しい決断よ。私とて無闇な殺生は望まない。帰りなさいな」

「……」


 忌々しげに指揮官や騎士達がフィオナを睨みつける。が、何かを出来る事はない。彼女はあまりに強すぎる。彩斗達も聞いていたが、彼女はあまりに強すぎるのだ。

 その実力はインドラ達並以上と言われる神を遥かに超えている程の猛者だった。ガブリエル達熾天使が警戒する存在で、手出し無用は彼女らが出した命令だった。そしてその彼女らもメリット・デメリットを秤に掛けて、決して手出しはしない存在だった。


「……撤退だ」


 指揮官が騎士達へと命令を行う。ここで彼女に挑んだ所で得られるのは、熾天使達の命令を無視した背徳者という汚名と、犬死以下の無駄死という結果だけだ。故に狂信的と言われる騎士達であっても、それ以上進む事は一切無かった。


「やれやれ……もう、安全よ?」


 騎士達が忌々しげに立ち去っていく背中を見ながら、フィオナが木々の後ろに隠れていた少女へと声を掛ける。それに、少女が木々の後ろから姿を出した。

 その姿は森を駆け抜けたが故か泥だらけの上に、騎士達の手酷い追撃を受けたからかかなりボロボロの傷だらけだったが、幸いな事に致命的な一撃を受けたという事は無さそうだった。疲労感は見え隠れしていたが、命に別状は無さそうだった。が、その姿を見て、フィオナが思わず目を見開いた。


「あら……女の子がむさ苦しい男に追われていると思って見に来てみれば。これは珍しい事もあるものね。まさか、まだ生き残っていたなんて」

「……」


 フィオナの言葉に少女が悲しげに顔を伏せる。フィオナの驚きと、彼女が顔を伏せた理由は彼女が顔を伏せた理由を見ればすぐに分かる。

 彼女の服装は漆黒のとんがり帽子に同じく漆黒のゆったりとしたローブだ。それは誰もが思い浮かべる、魔女の姿だった。そう、彼女は地球では絶滅したとされている魔女族の少女だったのである。

 フィオナが驚くのも無理はなかった。絶滅したと言われている種族の生き残りだったからだ。そして少女が顔を伏せたのも、絶滅したとさえ言われる程にその数を減らしていたからでもあった。


「にしても……本当にボロボロね。女の子をそんな姿で立たせておくのは幾ら何でも女王の名折れ。来なさいな。私の城に招待してあげましょう」

「……ありがとうございます」


 背中の漆黒の悪魔羽をはためかせたフィオナの横、魔女の少女が持っていた杖に腰掛ける。別に魔女だからと箒が無いと飛べないわけではない。

 さらに言えば杖が無くても普通に飛べるが、彼女の力量の問題があり杖が無いと飛べないらしい。まだ未熟な魔女というわけだった。そしてそれを見て、フィオナも彼女が未熟者である事を理解した。


「あら……まだまだ未熟ね。飛空術はまだ無理かしら」

「ご、ごめんなさい……」

「良いわ。仕方がない事だもの」


 少女の謝罪にフィオナが首を振る。仕方がない事。それはわかろうものだが、魔女が絶滅したと言われる程に数が少ないからだ。

 少女がどういう来歴なのかはわからないものの、少なくともまともに魔女としての教育が受けられたとは思えなかった。であれば、飛空術の様な高度な魔術が使えなくても仕方がない事だった。

 そうして、二人はひとまずフィオナが根城とするこの騎士達にとっては禁断の地にして異族達にとってはある種の聖域の中心となる一つのお城へと移動する。


「さて……まずは誰か居るかしら」

「はっ、クイーン」


 フィオナの呼びかけに応じて、城に仕えるメイド達が頭を下げる。この城の住人達は全員、女性だ。この城は男子禁制で、唯一立ち入りが許可されているのは彼女がお気に入りと明言するカイトや、彼女の友人である吸血姫達が伴侶としている男性数人ぐらいだった。フォオナ自身にも昔は夫が居たが、今はもう死別して一千年程度が経過していた。


「彼女を着替えさせてあげなさい。女の子をボロボロにしたままというのは駄目よ」

「かしこまりました……彼女の今のお召し物は?」

「魔女の一族の黒ローブととんがり帽子を捨てるなんてとんでもないわ。修繕し、彼女へと渡して差し上げなさい」

「かしこまりました」


 フィオナの命令に従って、メイド達が早速とばかりに行動に入る。そうして、日本から遠く離れた地にて、かろうじて生き延びていた正真正銘の地球出身の魔女族の少女が保護される事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。魔女、生きてました。

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