第210話 近くより彼方で
メッセージボックスの中に入れるメッセージの撮影が行われたその日の夜。海瑠は一つの夢を見ていた。その夢の中には、赤い光と蒼い光の二つがぶつかり合い、光を高めあっていた。
(……)
これが何なのか。それは海瑠にはわからない。わからないが、見知った光である事だけは、素直に直感で理解出来た。と、そんな所に声が響いた。それは当然、己の声だ。が、海瑠の意思ではなかった。
『わかるかい?』
(何が?)
声の問いかけに海瑠は質問を返した。確かに、唐突に分かるか、と問われて分かると答えられる者はそうは多くあるまい。そもそも何に対して分かるか、と言われているのかがわからない。海瑠の問いかけが正解だろう。
『あっははは。ごめんごめん。僕はわかってる側だから、見れば分かるよね、と思っちゃった』
海瑠の問いかけに声の主は笑って謝罪する。海瑠はそんな自分の声であるが、自分の声とは少し声音の違う声に僅かな戸惑いを得る。が、そのおかげでこの声は自分ではないのだな、と理解も出来ていた。
『レックス。その名を聞いて、僕は呼び起こされただけさ。いや・・・そうじゃないかな。実は僕はずっと前から君の中で目覚めていた』
(レックス?)
『うん。レックスさん……わからないかな? あの紅い光がなんなのか、って』
海瑠は声の導きを受ける様に、ぶつかり合う紅と蒼の光を見る。そうしてしっかりと見ていくと、紅い光は紅い光の塊ではなくて、灼眼赤髪の一人の美青年がそう見えていただけだと理解出来た。その彼はまさに炎としか言い様のない力強さを持っていた。
『彼が、レックスさん。この世界全てにおいて、最強の存在の片方。兄さんと唯一互角に戦える存在。二人が揃えば、絶対にどんな相手にだって負けない』
(兄さん?)
『うん。僕らの兄さんだよ』
(僕らの?)
海瑠は自分の兄はカイトしか居ない、と首を傾げる。それに、声の主は笑った。
『あはは。そうだね。それで良いよ……そしてだから、間違いじゃない。君の兄さんは僕の兄さんでもある。単にそれだけに過ぎないのさ』
(君は……向こうの人?)
海瑠はふと、思いついた事を問いかける。向こうというのはエネフィアと呼ばれる異世界の事だ。少し前にアルトことアーサー王から、夢を介して異世界へ向かった事があると聞いた事があった。
であれば、夢と夢を繋げてこちらに接触する事も可能なのでは、と思ったのである。そしてまぁ、これは可能ではある。特殊な力で<<夢渡り>>と呼ばれる力だ。
これを極めた者ならば、異世界へと己の夢を送って誰かと対話する事が不可能ではない。故に海瑠は向こうでカイトを義理の兄として慕った人物なのではないか、と思ったのだ。が、これはそうではない。
『ああ、<<夢渡り>>か。あれはまぁ……僕の力じゃないかな。あれは僕じゃなくて……いや、これは止めておこう。これを語るのは無粋だもんね。これぐらいの無粋な事をしても良いとは思うけど、無粋な事をしちゃ君に良くない』
声の主は何かを語ろうとして、しかしやめる。やはり海瑠に似た声と声音であっても、こういう所は少し海瑠とは違っていて別人だった。海瑠が無粋だの何だのと語る事は決して無い。海瑠と声の主の明確な差だった。と、そんな声の主は思い直して、再び話を進める事にする。
『えっと……なんだっけ。ああ、僕の力の事だね。僕の力は魔眼。君の持つ魔眼と同じ魔眼を持っていた者、と今は考えてくれれば良いよ。実際、それは事実なわけだしね』
(僕と同じ魔眼?)
『そう。君の魔眼と同じ魔眼』
声の主は海瑠の言葉に同意して、更に続けた。
『君の魔眼は……あぁ、駄目か』
(どうしたの?)
声が途中で消し飛ばされた様な感じで途切れたことに、海瑠がわずかに首を傾げる。が、それに声の主は呆れの様な苦笑の様な複雑な様子を見せた。
『はぁ……過保護なのは変わらないなぁ、兄さん。どうせもう気付いていて、それでなお遠ざけようとしているだけ、なんだろうけどね。まぁ、その因果を作り出したのは僕なんだから、しょうがないのかもしれないけど……』
(どういうこと?)
『ああ、ごめんごめん。君にはあまり関係の無い事だけど、僕は兄さんを助けたかったんだ。まぁ、まさかこんな形になるとは思ってもいなかった事なんだけど……』
声の主は『兄さん』とやらを救いたかった事を明言する。それがどういう意味なのかは海瑠にはわからない。わからないが、彼のこの願いが真実であった事だけは、事実だった。
『ああ、ごめん。これは関係の無い事だね。兎にも角にも……えっと、ごめん。ちょっとだけ待ってね? 兄さんが過保護な所為で色々と制限を食らってるみたいだから……時間も無いんだけど……』
声の主は海瑠の問いかけに何度か何かを確かめる様に試行錯誤を行っていく。そうして、ようやくなんとか可能なラインを見付けられたらしい。長く時間が空いた後、声が再び響いてきた。
『強力過ぎるんだ、僕らの魔眼は』
(強力過ぎる? 君はこの魔眼について何か知っているの?)
『知っているよ、もちろんね。だから、こうして出て来たわけでもあるんだし』
海瑠の問いかけに声の主ははっきりと頷いた。
『でもだから、兄さんが封じている』
(お兄ちゃんはこの魔眼について知っているの?)
『うん。前に言ってたでしょ? 一度だけ、使った事があるって。そしてあの時、僕の事にも兄さんは気付いている。だから、僕を封じている』
(封じた?)
『うん、封じている。まぁ、なにせ兄さんは聞いてる限り、また無茶をやっている様子だからね。覚醒に伴って僕が目覚める可能性は凄い高かったんだ』
(もし目覚めたらどうなるの?)
海瑠は僅かな不安を滲ませながら、声の主に問いかける。が、それに声の主の方は大慌てで否定した。
『あ、ああ、ごめんごめん! そんな不安にならないで良いよ。別に君に取って代わるとかそういう事は無いよ。僕は君の持つ魔眼の前任者……敢えて言えば、そうだなぁ……うん、魔眼を使って過去から未来のこの魔眼の次の持ち主にメッセージを送っている様な感じ、かな。君にわかりやすく言えば、僕の人格をプログラミングしたAIを魔眼に仕込んでおいて、特定の状況になったら今の持ち主を補佐してくれるようにした補助プログラムみたいなもの、と思えば良いよ。まぁ、何度も出来るわけじゃなくて一発限り、でしか出来ないんだけど』
(ああ、それならわかりやすいかも?)
海瑠はなんとなくだが、この声の主が言わんとする事を理解する。先にも声の主が強力だ、と明言していたし、その言葉が事実ならカイトその人が相当危険視している事は確定だ。後代となる海瑠の為、この魔眼に何かを仕込んでいても不思議は無いかもしれなかった。と、そうして言われて、一つ気になる事があった。
(あれ……? そう言えば、僕以外にはこの魔眼の保有者は現れていないの?)
『ああ、それか。ああ、君は魔眼の話はほとんど聞いてないんだっけ』
声の主は海瑠の言葉にそう言えば、と頷いた。
『基本、魔眼には二種類あってね。片方は汎用性の高く、持ち主の多い魔眼。もう一つが、僕らの魔眼みたいにオンリーワン、全部の世界を見回しても誰か一人にしか発現しない特別な魔眼があるんだ。僕らは後者。だから、このメッセージを見るのは君だけかな。だからもし君がこれで次の誰かにメッセージを託すのなら、君が作る必要があるからね。そこはまぁ、君の考え次第という所で良いよ』
声の主はこれがある意味では海瑠の為のメッセージである事を明言する。と、そうしてそこらの話をし始めて、海瑠が本題を切り出した。
(それで……僕の魔眼は一体なんなの? どうやれば使えるの?)
『難しい質問だね。一体なんなのか、と言われると僕はもちろん、答えを知っている。知っているけど……うん、兄さんが口外禁止にしちゃってる。どうやれば使えるのか、というのももちろん、知っているよ』
声の主は元保有者として、使用方法等を知っている事を明言する。が、それに多大なため息を吐いた。
『でも……うん。これは言うべきだと僕は思う。だから……あ』
(どうしたの?)
『ごめん。兄さんに見付かっちゃった』
声の主は申し訳なさそうに海瑠へと謝罪する。と、そこに蒼い光が空間の上を満たしていく。そうして、声が響いてきた。それはカイトの声だった。
『止めろ』
『兄さん……じゃあないんだけど、兄さん。一つぐらい言わせてくれてもいいでしょ? 過保護が過ぎるよ、貴方は。昔から、そうだったけど……今回はちょっとそれが過ぎるよ』
『……』
親愛と共に僅かな非難を滲ませる声の主に対して、カイトは何も答えない。が、そこには確かに苦味があった。それ故、カイトは何も言う事なくただ海瑠の意識だけをひっつかむ。そうして声の主がだんだんと遠ざかっていくが、彼は最後に声を発する。
『……確かに僕らの魔眼は強すぎる。けど、力そのものに善も悪も無い。だから、願うんだ……強く、心の底から……現実を変えたい、って……魔眼は見る事で現実を書き換える……君が見たい現実……それを……』
見るんだ。声の主は最後にそう告げると、完全に声が途切れた。と、そこで海瑠がカイトへと問いかけた。
(どうして?)
『……お前がオレの弟だから、だ。兄貴にだって兄貴だって言い張るならそれなりの見栄がある……あいつに誤算があったとするのなら、そこなんだろうよ』
カイトは詳しくは語らなかった。語らなかったが、少なくともそこには親愛があった。そうして、夢の中の海瑠の意識も薄れていく。
『さぁ、もう忘れて眠れ。お前は知らなくて良い事だ……その魔眼の事なんて、な』
カイトはそう言うと、海瑠の意識の奥底へと今の一幕を沈めていく。と、そうして沈んだ意識の彼方。声の主が小さく、呟いた。
『でも、兄さん。記憶を消しても、決して忘れ去られるわけじゃないんだよ。僕らは、それを誰よりも知っているはずだよ? もし兄さんに誤算があるのなら、それだよ』
これで良いのだ、と声の主は微笑んだ。ここまで、彼は見通していた。カイトが消しに来るのも想定内。故に、彼はそれでも良かったらしい。そうして、この会話は全て、海瑠の記憶から抹消される。
「ん、んー……ふぁー……」
翌朝。海瑠は普通に目が覚める。が、やはり何も、覚えていなかった。だが、それでも良い。あった事そのものは消せない。記憶していなかろうと、経験した事は覚えている。それは封印されていても、抹消されても変わらない。あそこでの出会いは、何時かは意味を持つはずだ。声の主は、そう思っていた。そうして、不思議な出会いを経た海瑠はその事を忘れて、今日も一日を開始することになるのだった。
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