第207話 表と裏・世界と世界
浬らが騒動を起こしながらもう一つのメッセージの作成を行っていた頃。同じ日本の少し離れた所で事件は緩やかに進行を始めていた。そこは、所謂国際空港。成田国際空港での事だ。と言っても起きている事は国際空港なので普通に入国審査だ。
『日本への入国の目的は?』
「留学よ。きちんと学生ビザも持ってるわ」
「あ・・・ご提示ありがとうございます・・・はい、確認致しました。お次の方此方へどうぞ」
流暢な日本語を話したアメリカ人少女から提示されたビザを見て、入国審査の女性が笑顔で先へと通す。申請書類一式はきちんとしたもので、特に検査が必要な事は見受けられなかった。
と、そうして彼女が少し歩くと、前に同じくアメリカ人の女性が立っていた。もちろん偶然出会ったのではなく、ここで落ち合うと決めて合流しただけだ。
と言っても向こうの女性は凡そ大学生程度の見た目なのに対して、この少女は凡そ高校生程度の見た目だ。共通点といえば、どちらも女性で非常に美しいというぐらいだろう。
とはいえ、その美しさの部類は異なる。この少女が敢えて言えば古来からのアメリカらしさを滲ませる所謂カウガールという言い方が似合う太陽を思い起こさせる美少女――もちろん、豪快というわけではないが――だというのなら、待っていた女性は現代のアメリカのキャリア・ウーマンと言える様なピリッとした女性だ。そうして、少女の側が声を掛けた。
「クリス。そっちも無事入国出来た様子ね」
「そうね。ネル、これからの予定は確認出来ている?」
「ええ。ひとまずこの後は教授と准教授に合流して、次の行動を練りましょう」
ネル。そう言われる少女となると、煌士がかつてホームステイしていた所の末妹のエレンの事なのだろう。よく見ればこの間とは服装こそ私服に変わっていたが、顔立ちはそのままだ。そんな彼女らは小さめのキャリーケースを押しながら歩き始める。
と、そうして話しながら歩いていく事にしている二人であったが、そこでクリスがふとイヤリングを指で弾いて揺らした。もう一つ共通点があると言えば、彼女らはこの揃いのイヤリングを装着していたという程度だろう。
「にしても・・・便利なものね。ネル、無くしちゃ駄目よ?」
「わかってるわよ・・・」
クリスの言葉にエレンがため息を吐いた。まぁ、以前の一件でもわずかに出ていたが、彼女はそこそこおっちょこちょいな性格であり、性質でもある。これでエースと言われるのはそれ故にでもあり、浬と同じく爆発力が高いからでもあった。
基本的に意思の力とも言われる魔力にとって、軍人の様な画一的な思考や統一された意思という存在は一番相性が悪い。故に爆発力が高い程、エースになりやすかった。もちろん、それは即ちムラがあるというわけなので必然として軍事的には最悪だろうが、だ。
「まぁ、貴方の場合は無くしても泣きわめけば助けてもらえるから良いのかもしれないけどね」
「泣かないし喚かないわよ」
「そうであって欲しいものね」
わずかにムキになったエレンに対して、どこか茶化す様にクリスが冗談を述べる。なお、敢えて明言しておくがエレンが泣き喚いたのは一度だけである。
が、一度でもあった以上、親しい仲であれば長く茶化される事になるのは仕方がない事だったのだろう。現に前の煌士の事件の折りにも、茶化されていた。そしてこれを知るということは即ち、クリスもまたこの見た目に反してアメリカの特殊部隊の所属だということであった。
と、そんな彼女ら二人の前に、一組の男女が現れた。と言ってもカップルというわけではない。見た目は似通っていて、年の差から考えれば兄弟姉妹というわけではなく親子なのだろう。そして真実、親子だった。続柄は父と娘である。
「「教授、准教授」」
エレンとクリスの二人は二人の姿を見つけるや、立ち止まって挨拶する。本来なら軍令等で応ずるのであるが、流石にそんな事をしていればわかる者にはわかってしまう。故にその程度だった。
「ああ、来たかね」
二人して同じ格好で何かの資料を読んでいた女性が顔を上げる。その顔は理知的と言うに相応しく、メガネがよく似合っていた。と、その横の男性が顔を上げる。
「さて・・・君たちも来たなら、そろそろ移動しようか。迎えの車は来ている」
二人は立ち上がって、エレンとクリスを引き連れて歩いていく。彼らの話は必然、国家機密にも等しい内容だ。こんな所で堂々と出来るわけではない。そうして少し歩くと、四人の前にアメリカ大使館が寄越した高級車が停車していた。それに四人は迷うことなく乗り込んだ。
「しばらく、内部の話は聞かれない様にしておこう」
女性はそう言うと、懐に吊り下げていたらしい一冊の魔導書を取り出した。装丁は皮で、そこそこ古い様子だった。その背表紙をなぜると、車の後部座席部分に不可思議な空間が発生して周囲の防諜対策を施した。
アメリカ大統領が直々に推薦した運転手が信頼できないとは思わないが、昨今の科学技術の発展は凄まじい物だ。僅かな空気の振動だけで内部の音声を拾う事も可能なのだ。各国のスパイが多い日本で防諜対策を、というのは不思議な話ではなかった。
「さて・・・まずは長旅ご苦労だった。すまないね、こちらは一足先にバイアクヘーを使ったものでね」
娘の施した防諜を確認して、男性が二人の労をねぎらう。先にクリスとエレンが教授、准教授と言っていた様に男性の側が教授で地位が高い。そして娘の側も性分から父が前に出る事を知っているので基本はフォローに入る為、彼が中心となり話を進める事になっていた。
「いえ。それで、バイアクヘーの調子はどうでしたか?」
「ふむ・・・まずまず、という所か。多目的の戦艦ではあったが、それでも宇宙航空に耐えられるかどうかは微妙だった。まず、月まで行ったことがなかったがね」
男性は笑いながらクリスの問いかけに答える。バイアクヘーというのは、クトゥルフ神話に記される生命体の一種だ。基本はフーン器官と呼ばれるしっぽに似た物で飛翔する生命体で、クトゥルフ神話ではよく乗り物として使用されている。最も有名な使用者であれば、ラバン・シュルズベリイ教授だろう。そしてこの彼こそが、かの有名なラバン・シュルズベリイ教授だった。
とはいえ、ここで出たバイアクヘーは彼が召喚する生命体としてのバイアクヘーではない。地球上唯一にして、なおかつアメリカが誇る地球最速の万能型多目的宇宙戦闘艦だ。
飛翔機と呼ばれる魔道具の一種を推進機関に使って飛翔する空飛ぶ戦艦だった。と言ってもそれ故に管理も運用も出来るのは教授とその娘だけ――カイト達を除けば――というわけで、所属はアメリカではなくミスカトニック大学になるらしい。軍でも運用出来ないそうだ。ある意味では地球上唯一の合法的に民間が保有する戦艦と言っても過言ではないだろう。
「月・・・ですか。アポロ計画も型なしですね」
「まぁ、元々あれは我々がバイアクヘーを作った事に対抗した軍が作った計画だからね。我々も宇宙での飛翔は可能だとはしていたが・・・そこまで本腰を入れていたわけじゃあないんだが」
教授の娘は若干苦笑しながらアポロ計画の裏を語る。詳しい事はわからないが、色々とあったらしい。なお、彼女は見た目大学生程度なのであるが、実際にはアポロ計画を見てきた様に語っている事からも分かる様に第二次世界大戦前後の生まれらしい。
活躍を考えれば十九世紀終盤の生まれであるはずのラバン・シュルズベリイ教授が今も存命かつ40代前後の見た目で留まっているのと関連して、彼女も若々しいままなのである。教授はクトゥルフ神話の者達と戦う中で何らかの因子を埋め込まれたらしく、それを引き継いでいたそうだ。
「さて・・・雑談はここまでにしておこう。それで二人共。とりあえず話は聞いているかな?」
「「はい」」
教授の問いかけにエレンとクリスの二人は揃って頷いた。何故自分達が来日する事になったのか。それは言ってしまえば大統領命令だ、と言えばそれまでだ。が、もちろんそれが出た理由はある。
そうして、教授は理解出来ているとはわかっていても、再度の確認を行っておく事にする。ここら、戦士として言われる教授でもやはり教授である、という所なのだろう。
「数ヶ月前。我々の所にかの邪神・・・ニャルラトホテプからの接触があった。日本において騒動が起きつつある、と」
「まぁ、彼らが騒動を起こすのはいつものことと言えるんだがね」
教授の言葉に娘が合いの手を入れる。それに、教授も笑みを浮かべた。
「それはそうだがね。レイバン、先の資料を」
「ああ・・・これを。先に大統領が会議を行った際の資料だ。確かまだ二人は見てなかったね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
エレンはレイバンと呼ばれた教授の娘から、少しぶ厚めの資料を受け取った。中身は天桜学園の消失に関した会議での事だ。二人は出国の用意や累積で一年以上にもなるだろう任務の性質から色々と申請書が必要となり、やはり土壇場となるとかなり忙しく数日前の会議の資料は見れていなかったのだ。
「・・・え?」
と、そうしてエレンが資料を見て驚いたのは、やはりカイトが己の名を明かしていた事だろう。誰もがブルーと呼ぶのだ。その本名が記されていたのはやはり驚くべき事だった。
「まぁ、驚くのも無理はないがね。どちらにせよもうブルーと呼び慣れているから、大統領も女王もブルーで通す様だ。我々もブルーで通す事にしている」
何に驚いたか察したレイバンが肩を竦める。元々カイトの名が露呈していた事は、誰も口にする事こそなかったもののあの会議が発足した当初から知られていた事だ。
それが今回は偶然という名の必然により、ついに露呈する事になった、というだけである。どちらにせよ女王を相手に失敗していた時点で遠からず露呈する事は確実だった。逆に今まで保ったのが凄いぐらいだろう。
「君たちはまぁ、好きにしたまえ。が、分かっていると思うが彼の名は国家機密ではある。そこら、判断を間違わない様にね」
「は、はい・・・」
エレンはどこか複雑な顔でレイバンの助言を受け入れる。やはり自分と因縁付けられる相手の名前がこうも簡単に発覚すれば困惑もするのだろう。
と、そんな風に何時までもカイトの名前に注目してもらっても困る。というわけで、レイバンは手で先を読み進める様に指示して、エレンも慌てて資料を読み進める。が、そこにはニャルラトホテプ達の事は何もなかった。故に、一足先に読み終えたクリスが問いかけた。
「・・・かの邪神達の事は存在しない様子ですが?」
「ああ、そうだろうね。実際、話は出ていない・・・我々とて別に常に邪神だ、と言う訳ではないぞ?」
教授は少し冗談めかしてそう告げる。これは単にジャクソンから頼まれたので渡したというだけだ。
「失礼しました」
「ははは・・・まぁ、とはいえ。君たちが来た理由は彼らにある」
クリスの謝罪を笑い飛ばした教授は改めて、話を本題に戻す。確かにこの間の会議は関係はなかったが、今回の来日が邪神達が関係が無いわけではなかった。
「彼らの以前の接触は一ヶ月前。まだこの話が出ていなかった頃の話だ。彼らが述べた騒動がこの案件に関わるかはわからないが・・・少なくとも彼らの権能を考えれば異世界を含めて知らないとは思いにくい」
教授は改めて二人に向けて明言する。そしてナイアもこの案件が天桜学園と無関係とは言い難い様な言い方をしていたことは事実である。そして厳密には無関係とは言い難い。そうして、そこらを語った教授に対して、エレンが問いかけた。
「それで、我々は何を?」
「君たちはレイバンと共に天神市に控えて、彼らが何をしようとしているか調べてもらう」
「准教授と、ですか? 教授は?」
教授の指示にクリスが問いかける。レイバンと共に、ということは教授は別行動ということだ。それに、教授は別に隠す事でもない、と明かしてくれた。
「私はバイアクヘーを使ってブルーくんやギルガメッシュ王の所へ接触を図る。彼らが何かを知っている可能性も高い。そちらの調査も頼まれている」
「了解です」
クリスは教授の方針に納得する。確かに全員でまとまって行動するというのは今回の任務内容から考えれば愚行だろう。そしてクリスもエレンも留学という建前を考えれば、事件の中心地と思しき天神市に本拠地を置くのが基本だろう。
とはいえ、二人だけでは万が一邪神との交戦があった時に不安だ。レイバンを指揮官として置いたのは、妥当な判断と言えた。そうして、そんな三人は車に揺られて、一路天神市へと入る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




