第206話 異世界へ向けてのメッセージ
浬らが天道邸に呼ばれてから、数日。カイト達が送ったメッセージボックスが届けられて一週間後の事だ。
「今日、何かが起きる事になるはず、なんだが・・・」
各種の研究機関が設置した検査装置の中には、カイト達が送ってきたメッセージボックスが入れられていた。今日、このメッセージボックスが異世界へと転移するとの事だ。それを調査しようという事だった。
「さて・・・何が起きるか・・・」
覇王は目の前のメッセージボックスを見ながら、何が起きるかを見極める。やはり魔術的な要素が絡むと、どうしても科学機器の調査では如何ともし難い事が多くなる。どんな高感度カメラだろうと何も捉えられないし、記録する事も不可能だ。故に最後は目視しかなかった。それでも各種の検査装置を用意したのは、少しでも情報が欲しいからだ。と、そんな彼らの見ている前で、メッセージボックスの上部に嵌め込まれた魔石が点滅を始めた。
「時間か」
覇王がそう呟いた。カイト達が送ってきた情報の全てを精査している時間はなかったが、それでも重要な所については理解出来ている。そこに、このメッセージボックスは168時間後、つまり一週間後にはどういう状況であれ自動的にエネフィアへと帰還するという事が記されていた。
とはいえ、それがこちらの時間なのか向こうの時間なのかはわからなかったので、時間しかり空間然りで色々と余裕は持たせておいた。が、どうやら地球時間での一週間で良かったらしい。どういう原理なのかは不明だが、それは向こうしかわからない事なのだろう。
「・・・行ったか」
点滅が早くなっていき、消えたメッセージボックスを見てどこか覇王も名残惜しそうに消えた後を観察する。本当に痕跡は何もなく、直前まで貼り付けていた検査機器等も全てそのままだ。そこにあったことさえ、カメラの中の記録が無ければわからない程だった。
「・・・良し。ここからは、また別々に行動だ! 大急ぎで検査結果を纏めて報告しろ! 向こうで子供達が頑張ってるんだ! 親が頑張ってる所見せないと、笑われるぞ!」
「「「はい!」」」
わずかに流れたしんみりとした雰囲気に対して、覇王が檄を飛ばして一気に指示を始める。そうして、メッセージボックスの消えた地球では再び天道財閥が中心となって動き始めるのだった。
と、消えたメッセージボックスなのであるが、実はまだ地球にあったりする。これを作ったのはフェルの兄・イクスフォスが情報を提供し、彼の妻――つまりフェルの義理の姉――である科学者がその力のデッドコピーとして作り上げた物だ。そのデッドコピーの性能は凡そ見れた物ではなく、一族で天才と言われたフェルならば回収して転移を一時停止させる事が可能だった。
「ふむ・・・回収してみたが。中々ずいぶんとモンキーだな。性能は本当にお察しか」
『言ってやるな。それでも精一杯だったんだろうさ』
どこかの空間を移動していたメッセージボックスを回収したフェルがそれを見ながら呟いた。これから、彼女らのメッセージも入れなければならないのだ。回収するのは当然である。と、そんなわけなのだが、カイトの言葉を聞いたフェルも頷いた。
「わかっている。当時の状況は貴様から聞いた。それでこれが出来たのだ。開発者の腕は超級と言って良いだろう。本当に何故そんなのがあれと結婚したのやら・・・」
『結構、ぞっこんらしいぞ? オレも彼女にはお会いした事は無いんだが・・・』
フェルの愚痴にも近い言葉を聞きながら、カイトが笑ってこのメッセージボックスに使われている魔石の開発者について言及する。彼はイクスフォスの協力者の一人らしいのであるが、少しの理由によりその妻の一人であるこの女性とは会ったことが無いらしい。と、そんな話を聞いて、フェルが呆れを隠さずため息を吐いた。
「まぁ、あの馬鹿が惚れ込むのは良い。相も変わらずバカな事をしているとは思うがな・・・自分のコアを移植したか。どこまでバカなのやら・・・」
『おいおい・・・ちょっとうらやましがるとかしないのかよ』
「私が? ありえんな。なにせそうなる前に、貴様が救いに来るだろう。ならば奴に言うのは、私の伴侶の方が上だ、というだけだな」
『・・・ちっくしょー。完敗した・・・』
フェルの相変わらず傲慢にして堂々とした言葉に、カイトは思わず己の敗北を認めるしかなかった。これはもう、認めるしか無い。もし彼女が何かの苦境に陥れば、まず間違いなく彼が救いに来る。
彼女が命懸け、という事になる場合はその前にカイトが命を懸けている。彼とて男だ。惚れた女より前に命を懸けたいという見栄ぐらいあるし、その意向をフェルは汲んでくれる。
そしてこの裏にあるのは、カイトへの掛け値なしの信頼と理解だ。それが無ければ言えるはずがない。であれば、カイトはもう負けたと言うしかなかった。と、そんな分かる奴には分かる会話をされていたわけなのであるが、それ故に浬が問いかけた。
「何の話?」
「ああ、私のバカ兄の話だ。あれがその昔大馬鹿をやらかしてな」
「フェルちゃんのお兄さん、ねぇ・・・何やったの?」
浬がフェルへと問いかける。それに、特に気にするでもなくフェルは一つの愛の話を語ってくれた。
「何。あのバカは愛した女の為にコアを一つ移植したらしいのでな。どれだけ危険なのかわかっていてやったのやら・・・一蓮托生とでも言えばよいか。いや、一心同体でも良い・・・これは少し違うか」
「え? なにそれ・・・もしかして物凄い美談だったの?」
やはり色恋沙汰だからだろう。鳴海が思わず目を見開いて問いかける。今までは話半分にしか聞いていなかったのだが、俄然興味を持っていた。
「まぁ、一般的には美談と言えるだろう。惚れた女が死にかかって迷うことなく臓器提供を了承した、という感じだからな。しかも臓器は心臓にも近いと言って良い。迷いなく提供を申し出たのは、間違いなく美談だろう」
「え? むちゃくちゃ格好良いじゃん」
まさかの美談に鳴海が目を見開いた。確かに惚れた女だから、と迷うことなく臓器提供を申し出れるというのは凄い話ではあるだろう。しかも腎臓等良くある物ではないらしい。よほど愛していたと断言してよかった。
『実際、凄いお方ではあったらしい。誰しもを惹き付ける方、というべきか。まぁ、そうでもないと一国の主になぞなれんのだろうがな』
「へー・・・そんな人が・・・」
やっぱりそんな偉い人は色々と違うんだな、と鳴海が感慨深げに何度も頷いて憧れを露わにする。まさに物語の王子様――と言ってもこの場合は王様だろうが――だ。女の子なら、憧れるものなのだろう。とはいえ、それはフェルから言わせれば、また別の話になってくる。
「まぁ、そんな事を言っても結局は馬鹿には変わりない。なので馬鹿で良い」
「「「あ、あはははは・・・」」」
相変わらずといえば相変わらずの反応に、全員が苦笑いを浮かべる。とはいえ、これはこれでフェルらしい親愛の表現だという事にこの頃の彼女らも気づけていた。彼女は基本、素直ではないのだ。いや、どちらにせよ素直であってもカイトの様に一本取ってくるので色々と厄介ではある。
と、そんな会話を一区切りさせると、フェルが机の上に先程から手で弄んでいたメッセージ・ボックスを無造作に置いた。
「さて・・・それで、だ。とりあえずこれは回収出来た。色々とデータをぶち込まんとな」
密封されているメッセージボックスを開くと、彼女は中から一つのSSDを取り出した。これは商品としては天桜学園で使われていた据え置き型のパソコンに入っていた物と同一だが、カイト達が送ってきた物は国立研究所の一つで厳重に保管されている。なので同一商品の別物だ。
中身のデータはカイト達が送ってきた物は入っておらず――容量の問題――、カイト達へ向けたメッセージと地球で現状行われている帰還に向けた事業のざっとしたあらましを記したテキストファイルだ。ざっとした、なのは向こうの政府――この場合はエンテシア皇国――が信頼出来るかわからない為、詳細は記さない事に決定されたのである。カイト達もこれは理解出来るだろう、と信頼の上での話だった。
「モルガン。セカンドに言って暗号化させたものは?」
「送ってもらってる所ー。後もうちょい待ち」
フェルの問いかけにモルガンがキーボードを叩きながら返答する。セカンド、というのはマーリン・セカンドの事だ。彼女らも基本は高祖父のマーリンをマーリンと呼ぶ為、二代目は区別しやすい様にセカンドと呼んだり本名のエドワードやその略称のエドと呼ぶ事が多かった。
「流石に全部任せたのはかわいそうだったかな?」
「まー、届いたの一週間前とかだからねー。ひぃひぃ言いながらやらされてそうかもねー」
ヴィヴィアンの推測にモルガンが笑いながらそう告げる。と、そんな会話を聞いて、侑子がふと思った事を口にする。
「な、なんかセカンドさんって人、良いように使われてない・・・?」
「基本、彼の性能は私達の知るマーリンよりも高いですからね」
侑子の言葉に空也と稽古していたランスロットがその片手間に口を挟む。まだ知り合って数年らしいのだが、やはり同じ王に仕える身だからなのだろう。そこには明白な信頼があった。
と、そんなランスロットに今度は煌士が興味を持った。以前のイギリスでの一件以降、彼はパソコン関連の話題でマーリン・セカンドとはメールでやり取りするらしいのであるが、彼の側があまりそういった話題を出してくれないらしい。なので知らないそうだ。
「そうなんですか?」
「ええ。伊達にマーリンより高位の地位に居るわけではないですよ? 内政面だと、彼の方が遥かに性能は高い。特に現代への順応を含めれば、彼の方が総合力は高いでしょう」
ランスロットはマーリン・セカンドに対してそう掛け値のない絶賛を送っておく。まぁ、当人が聞けば非常に謙遜した挙げ句逆に萎縮しかねないらしいのであるが、当人が居ないので問題はない。
『というより、私達は総じて各々の得意分野に特化してるからね』
「「「うわぁ!」」」
唐突に響いた声に、全員――ランスロット含む――が一斉に悲鳴を上げる。そうして声のした方を見れば、そこには半透明のマーリンの姿があった。と、その影を認めて、思わず跳び上がったランスロットが冷や汗を拭いながら口を開いた。
「はっ、はっ、はっ・・・マーリン・・・脅かすのは止めて下さい。相変わらずその悪戯癖は治りませんね・・・」
『あっはははは。老人の僅かな楽しみなんだから、奪わないでくれよ』
「貴方と我々には今はもう気にするのが可怪しい程しか年齢差無いでしょう・・・」
マーリンの言葉にランスロットはただただ呆れるだけだ。マーリンはアルトことアーサー王の更に前の世代――ランスロット・ガウェインらはアルトの一つ後の世代――だ。故に昔は確かな年齢差があったわけなのであるが、今となってはもうその年齢差も実年齢に比べれば取るに足らない程度しかない。それ故の呆れだった。が、そんなランスロットの苦言にもマーリンはどこ吹く風である。
「それで、何をしに?」
『いや、私も映ろうかと思ってね』
「貴方、本当にやりたい放題やってますね・・・」
マーリンの発言にランスロットががっくりと肩を落とす。一応言うが、マーリンは軟禁されている状態だ。それなのにここまで好き勝手にやれる者も珍しいだろう。というわけで、そんな好き勝手やっているマーリンが笑った。
『あっはははは。やっぱり人間生きる上で目標は大事だからね。エドの目標となるのが、今の私の生き方さ。かといって、ばれない程度には好き勝手にやらないとこっちも楽しくない。人生楽しまないとね』
「貴方は楽しみすぎです」
『それでも、アルトよりはマシだろう?』
「貴方も、大概です」
若干語気強めにランスロットがマーリンを掣肘する。確かに人生に楽しみが必要なのをランスロットも認めるが、だからといってこれはやりすぎな気もしないではなかった。と、その一方でマーリンの参加を聞いても準備を整えていたモルガンがカメラを掲げていた。
「はーい、マーリン参加でー・・・って、あんた加わるとセカンドにぶん投げられないじゃん!」
『あ・・・そう言えばそうなんだっけ。あー・・・じゃあ、無編集で良くないかな?』
「あー、いっそそれでも良いかなー」
「え? もしかしてセカンドさん、編集までやらされてるの!?」
「と言うか、編集以外に何やらせるのよ」
『あの子、私よりも遥かに多才だからね』
びっくり仰天の鳴海に対して、モルガンとマーリンは平然と認める。その横で、侑子が密かに呟いた。
「やっぱり、良い様に使われているだけな気が・・・」
そんな侑子のつぶやきは誰に聞かれる事もなく、風に乗って消えていく。と、その一方でモルガンは着々と準備を整えていた。
「浬ー。準備出来たー?」
「あ、ちょっとまって! もうちょっと!」
「はーい、カウント入りまーす」
「ちょっとぉ!?」
浬の悲鳴が響き渡る。そうして、勝手にカウントを入れたモルガンが勝手に撮影を開始して、ひと騒動が起きる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日の21時投稿です。




