第205話 遠き世界を結ぶには
日本各地にて異世界よりもたらされたメッセージが幾つもの家族に家族の無事を報せていた頃。そのある日の事だ。そんな事があっても世界は変わらず動いている。であればこそ、その日も普通に世界は動いていた。そして世界が動く以上、日本もそれに合わせて動かねばならない。日本だけが、過去に留まる事は出来ないのだ。
「さて……」
カイトは久方ぶりとなる椅子に座り、ため息を吐いた。この日何があるかというと、少し国際的な会議というべき所だろう。と言っても勿論、彼が出席する以上は真っ当な会議ではない。
話し合われる内容は大半が極秘事項だし、勿論表沙汰になると面倒な内容が多分に含まれている。とはいえ、定期的に開催されている会議でもあるので暇な事も多い。参加者の関係で単なる座談会になる事もままある。が、今回はそうならない事が予想された。
「そろそろ、というべきか?」
「うん?」
カイトの横。どこか偉そうに腰掛けるフェルの言葉に彼は僅かな笑みを見せる。
「まぁ、そうだろうな。どうあがいても聞かねばなるまいよ」
今回の会議は異世界からメッセージがもたらされて初の会議だ。そして、それを公にする場でもある。であれば、かなり真剣な内容になるだろう。
「だろう……にしても、変なものではあるか」
「何がだ?」
「私はそもそも地球人ではないし、貴様も純粋な意味では地球人とは言い難いだろう」
「おいおい。オレは根っからの地球生まれの日本人だぞ」
フェルの言葉にカイトは笑いながら肩を竦める。彼は生まれも育ちも――と言っても育ちの半分は確かに異世界だが――地球だ。が、確かに言わんとする事はわかる。
「ま……と言ってもどこまで純粋な地球人と言える事やら」
カイトは胸をとん、と叩く。人間だけではなく、生き物には全てコアと呼ばれる魔力を生み出す媒体が存在している。謂わば魂の依代とでも言えば良いかもしれない。一つとは限らないが、人間であればそれは心臓がそのコアの役割を兼ねている。これが潰されれば、どんな強力な生命体だろうと死ぬ。そんな物だ。と言ってもあくまでも概念的な物なので、心臓移植等で臓器が入れ替わっても問題は無い。
が、彼の場合そのコアの方を少しの理由からエネフィアで生来持つ物とは別の物になっている。敢えて先の例で言えば、心臓移植に似た感じで移植されていたのである。確かに、純粋な地球人とは言い難い。と、そんな所にスカサハがやってきた。
「ふむ? ここで良いのか?」
「ああ、姉貴か。ああ、間違いじゃあない。適当にそこら辺に腰掛けておけば、適当にそこのマイクが声を拾ってくれる」
「そうか」
スカサハはカイトの指示に従って、適当な所に腰掛けておく。彼女が来たのもカイトと同じ理由だ。と言っても彼女は基本なにかを話すつもりはないらしい。なので聞き専となるだけだろう。と、そんな事をしていると、カイトの前に設置された水晶玉が光り輝いた。
「さて……すでに来ているのはオレだけか?」
『私は来ているが。そちらにスカサハ殿は来ているのか?』
「おるよ」
『そうか』
スカサハの手短な返事に星矢が手短に頷いた。当たり前だがこの会議には星矢も参加している。と、そうして待っているとまた更に別の人物が水晶によって映し出される映像に現れた。
『会議としては、久しぶりかな? ブルーくん』
「ジャクソン大統領。確かにそのとおりだな。そしてフェイもお久しぶりだ」
『ああ、そうだねぇ……っと、伝言、受け取った。まさかとんでもない話になってる様子じゃないか。今日の議題はそれで間違いないか?』
フェイ。それはエリナの上司の『女王』の事で間違いない。勿論、それだけではなくイギリスの首相も同席している。ここには現在、三カ国の裏と表の長――カイトは日本の裏の長の代理人に近い形――達が集まっていたのである。
「さて……それは此方も知らないな。そこは天城総理に聞いてくれ」
『知らない、って顔でもなさそうだけどねぇ……確かにそりゃそうか』
『良し。では、今回の会議を始める事にしようか』
フェイの視線での促しを受けて、ジャクソンが会議の開始を宣言する。そうして、早速とばかりに星矢が天桜学園から送られてきたメッセージボックスについてを報告する。
『……い、異世界ね……もはやファンタジー……いや、実際にファンタジーなのか』
星矢からもたらされた情報に、ジャクソンが思わず肩を震わせる。笑っていた様子である。異世界の存在は聞いた事はあるが、それが実在して実際にそこから送ってこられていれば驚きもする。これを聞いて笑えるのだから、彼の胆力は途轍もない物だろう。
「それについては、儂が解析中というかまぁ、保存しておる。ま、これは本当に引き止めは不可能であろうな。よく出来ている」
『はぁ……物凄い話になってきたものだね』
スカサハからの情報にジャクソンが肩を竦める。異世界というのは流石に想定外も良い所だ。というより誰が想定出来るか、と言っても良いだろう。
とはいえ、それについては極論どうでも良い。異世界が存在するという事は彼らも聞いた事はある。だからそこに飛ばされたとて、そこに付随する推論――世界と世界の衝突――があればわからない事もない。それを確かめる方法は彼らには無いし、地球上には存在していない。異世界にも存在していないという。ならばその推論を信じるというだけだ。故に、問題があるとなればそこではない。
『にしても……勇者カイト、ね。ブルー、あんた違うのか?』
「何故オレだ。脈絡もない……とは言い難いが」
フェイの問いかけにカイトは肩を竦めて嘯いた。やはり世界各国で今一番どこの組織でも欲しい情報というのは、カイトについての情報だ。そこに気になる情報があれば、聞きもしよう。
「まぁ、向こうじゃ大精霊の話は一般的と言える。もしそんな勇者とやらが居たとして、それが大精霊の力を行使出来るのであればそれは特記事項として記されるはずだ」
『ふむ……』
確かに、カイトの反論にも穴は無い。というより、エネフィアにおいてカイトを語る場合に最も語られる事は大精霊との繋がりだ。それほどの特記事項であれば、語られない道理がない。
「オレは詳しくは知らんが、天城殿も天道殿も現在主体となって動いているその少年については知っているんだろう? であれば、そういった特記事項を記さない程の少年か?」
『……それは無いだろう。何度か息子を介して話をした事があるが……少なくとも、そういう重要な情報を取りこぼすとは思いにくい。必ず、大精霊という存在については言及しているはずだ。現に大精霊という存在そのものについては言及している』
カイトの問いかけに対して、星矢ははっきりと明言する。まぁ、そのカイトの側が彼の事情で情報を抹消していたのだから、どうしようもない。が、この場の誰もそれを知る術は無い。知っているのは、カイト陣営だけだ。
「であれば、そういう話とは別の筈だ。それに単独で帰還したという話だ。オレにはウチの魔女だ云々の話があるの、忘れてないか?」
カイトは笑いながら、そう指摘する。ウチの魔女というのは、彼に寄り添う様に一緒に居たティナの事だ。とはいえ、これもまた向こうでの情報から抹消していた情報だ。
実はエネフィアではカイトが地球帰還以降のティナの去就については不明になっており、噂程度ではあるが地球に同行したと語られていたのである。去就が不明になっていたのは、単に当時のゴタゴタで資料が散逸してしまったからだそうだ。
きちんと当人が地球への同行を明言しているし、彼女の後を引き継いだ者達等はきちんとそれを把握している。が、此方については噂というだけで詳細は誰も知らない為、敢えて記さなかったと言っても良いだろう。
『ふむ……』
それもそうだ。誰もがそう考えた。カイトの言葉は確かに、正しかった。勇者カイトは単独で地球に帰還した。であれば疑問になるのは、その横に居る魔女の存在だ。彼女とは掛け合いから非常に長い付き合いである事が推測される。単独で帰還した、というのとは少し可怪しい話が出るだろう。
「ま、そういうわけだ。オレがよしんばそのカイトだとしても、やはり矛盾は残っている。結構デカイのがな。そもそもなら何故わざわざオレが探してんだよ。向こうの事がわかったらさっさと教えてやりゃぁ良いだけの話じゃねぇか。しかもどう考えても自分で移動出来んだろ」
カイトは笑いながらそう嘯いた。そもそもここで誰しもに痛かったのは、その向こう側の情報提供者もまたカイトだったということなのだろう。情報の提供元が隠蔽したい側なのだ。
しかもこの<<深蒼の覇王>>と『勇者カイト』の繋がりが露呈したとて、最後の一つとなる『天音カイト』との繋がりはどうやっても結べない。あまりに論理の飛躍が大きすぎる事になる。
なにかまだ一手必要だった。が、その一手を見付けようにも今度はその当人が異世界だ。存在しない物を見つける事は出来ない。
『ふむ……確かに、そりゃそうだ』
この言葉には、流石に問いかけたフェイも同意するしかなかった。が、これにカイトが笑う。
「だーろうよ。けどまぁ、確かにあんたが何故そう思ったか、ってのはわかる。ま、それはそれって話だ」
『なんだ。あっさりとこっちの魂胆見透かしたねぇ』
「あっははは。あの当時はここまで想定はしてないからな」
カイトは笑いながらフェイの言葉を認めた。そしてこの時点で他に突っ込まれない為にも、カイトは一部の己の秘密を明かす事にする。とはいえ、それは己からでは意味がない。
というわけで、こういう時に突っ込んでくれそうな人物の発言を待つ事にするわけだが、彼は案の定笑顔で突っ込んでくれた。その人物は、アメリカ大統領のジャクソンであった。
『何の話だい?』
「ああ、オレの本当の名前だ……ま、もう理解してる奴が居そうなんで明かすと、オレの名はカイトで間違いない」
『『『は?』』』
唐突な暴露に全員が目を丸くする。が、これはカイトはここが潮時と考えていた。数年前の事故でフェイには己の名が露呈している。そして同時に、今回の話の流れからジャクソンやその横に居るジャックは確実に推測しただろうと判断した。
であれば、下手に取引に使われる前に此方から暴露してしまった方が良いと判断したのである。隠すということはまだ価値を見出しているということだ。であれば、こちらからその価値を無価値に落としてしまうのである。
「おーい、そこ。目を丸くする演技やめよーぜ。あんたその横の元天才子役じゃないだろー?」
『あっははは。流石に一緒に驚きぐらいはするさ。とはいえ、想定されていた流れの一つではある』
カイトの問いかけにジャクソンは笑いながら演技である事を明言した。カイトが見通した通り、彼はやはりフェイの話の流れからカイトの名を推測していた様子だ。
そしてそこから、この流れも把握していたのだろう。それぐらい出来る相手だ。だからこそ、カイトはこのフェイとジャクソンの二人をこの地球上で誰よりも警戒していた。
「あっははは。ま、名前程度バレた所でな。それより、今後取引に使われる方が痛い」
『それに、君がその名で活動しているとも限らない』
狩人の様に目を細めたジャクソンがカイトの言葉を引き継いだ。彼のバックには幾つもの戸籍を作れる組織が控えている。戸籍の偽造なぞやりたい放題だ。そしてカイトは正体の隠蔽に一際気を遣っている。
故にバカ正直に本名で行動している、なぞとは誰も思わなかった。カイトはその盲点を突いたのだ。時として、賢いが故に引っかかってしまう策略があるのだ。今回はそれというわけであった。
何より、青年であるカイトが一切の偽装の無い戸籍も住民票も全てが整った『天音 カイト』という少年であるとは誰も想像も出来ない事だ。そもそもで怪しめないのだ。
「ま、そういうわけでね。オレとてその名で活動しているわけじゃねぇよ。そっちも把握してるだろうが、幾つも偽名使って行動してるからな。と、言ってもとりあえず全員話しにくいだろうし今まで通りブルーで頼む」
カイトは更にそう嘯いておく。何度も言っているが、カイトが最も隠したいのは『天音カイト』という少年だ。それさえバレなければ後はどうでも良い。
そしてそのために重要なピースはまだ幾つも足りていない。そもそも現段階では『天音カイト』という少年は異世界での活動の主体となっているというだけだ。
この場の誰も、カイトと『天音カイト』の繋がりは意識の俎上に載せる事さえなかった。とはいえ、偶然――ではないが――カイトという存在が三人も現れた事で、ジャックが楽しげに口を開いた。
『にしても、カイトね……ジャック。君も子供に同じ名前を付けるのはどうかね? 将来性はありそうな名前だよ?』
『止めてくれ、そいつと同じ名なんて……』
「ひでぇな、おい……って、出来たのか?」
『いや、将来的な話さ』
ジョンソンが笑いながら首を振る。彼お得意のジョークというわけなのだろう。とはいえ、それもこれだけだ。即座に本題に戻ってきた。
『それで、異世界か……ふむ。何ヶ月、保つ?』
「さて……ウチはオレが本気でやれば、何ヶ月でも。現に今までオレの名は露呈していなかったわけだからな」
ジャクソンの問いかけにカイトは肩を竦めて実情を語る。何ヶ月、というのはこの異世界の情報の封鎖の事だ。どうやら、彼もすでに先を見通していたようだ。
『出来る限り、情報の封鎖を頼みたい。どれだけの利益になるかわからない』
「承ろう」
ジャクソンの要請をカイトは受け入れる。と、その言外の言葉を星矢も見通していた。
『では?』
『ああ。本件は我々三カ国が合同で行うべき事だろう。もしあちらの大国とやらと何らかの取引が出来れば、莫大な利益になる。幸い、こちらには好意的だという話なのだろう?』
『カイト……いえ、勇者カイトという存在のおかげで相当厚遇を受けられているとの事です』
『であれば、我々も友好的に行くのが一番良いだろう』
星矢の明言にジャクソンは笑顔を見せて頷いた。相手がどういう存在なのかは不明だ。不明だが、好意的だというのに敵対的な行動を取る必要はどう考えても見受けられない。であれば、こちらも好意的に動いた方が遥かに良い。そしてこれは一つの事を表わしていた。
「どうやっても、接触せねばならないと?」
『だろうね。向こうもその予定で動いているはずだ。下手をすると、彼らの帰還に合わせて使節団ぐらい同行させても不思議はない。そんな時に無作法をしても困るさ。特に、相手の戦力が不明だ。下手に爆弾だった場合が面倒だからね。そこさえ気を付けてくれれば、それで良いさ』
ジャクソンは言外に日本が天桜学園の帰還に動く事を良しと認める。何より、それで得られる利益も大きい。カイトが少し前に言及した通り、異世界の魔術を持ち帰るというのは軍事的にもあまりに大きい。ここで日本に恩を売っておけば、それが手に入るという公算は非常に高かった。拒絶する理由が乏しいのである。
「それなら、こっちが主体で動こう。なにせ向こうと似た感じだからな。偏見等も無しで話せるだろう。それに向こうの思考回路等、知りたい事はあるだろう?」
『そうだね……まぁ、最初に主体となるのは日本か。なら、君達が一番と言えるか。それが何時かはわからないが、その時には頼む事にしよう』
ジャクソンはカイトの申し出を有難く受け入れておく事にする。やはり異族と一番繋がりが強いのはカイトだ。そして地球は地球の特殊性故、異族の思考回路を反映しにくい。特に新大陸と言われ、移民者が大半を締めるアメリカでは異族は超少数派だ。アドバイザーが欲しいのは事実だった。そうして、その後も彼らはその何時かの日に備える為の会談を進める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。カイトの名前、ついに露呈。そもそも最初期はそこまで必死に隠していなかったので、何時までも保つわけでもなかったですしね。




