第204話 遠き世界にて
浬らの居る地球とは別。エネフィアと呼ばれる異世界での事だ。これはそこでの話である。と言っても、それは今の事ではない。エネフィアでの時間として、今より300年も前の事だ。
「よっす!」
「・・・いや、誰だよ?」
フェルと同じく白銀の髪に真紅の瞳を持つ一人の青年が、蒼い髪を持つ当時のカイトの前に立っていた。青年はフェルの兄に相応しく非常に美男子で、しかもその風格は並外れていた。
が、その顔には人懐っこい、太陽にも思える笑みが浮かんでいて、誰でも気後れせずに話しかけられる様な不思議な人徳が感じられた。
「っと、悪い悪い。俺はイクスフォス・・・えっと、ほら。ヘルメスとかジェイクとかの仲間なんだけど、聞いてない?」
「えーっと・・・イクスフォスイクスフォス・・・あぁ、イクス! って、王様かよ!?」
あっけらかんとした暴露にカイトが大いに慌てふためいた。一応、イクスフォスという人物は公的――と言ってもエネフィアにおける公的であるが――には死亡した扱いになっている。それが目の前に現れれば驚きもしよう。
なお、ヘルメスというのはカイトを引き取った老賢人の事だ。カイトにとっては義理の父親になる。彼はカイトを守って、戦死していた。
そして同時に、イクスフォスに仕えた宰相でもあった。彼が後年公爵に就任したのには、初代宰相の義理の息子という立場もあったからでもあった。戦死したヘルメス翁に代わって護国の英雄となる事を望まれたのである。
そしてジェイクというのはイクスフォス自身の親友にして、カイトと言うか彼と彼の義理の姉となるアウローラという少女の成年後見人だった。此方もまた、彼の仲間でありヘルメス翁の仲間だった。
その縁と彼らが戦いに出る事になった際の幾つかのやり取りの結果で、公爵でもある彼が後見人となっていたのである。カイトにとっては皇国の貴族としては同僚であり、同時に親代わりの親代わりにも近い相手だった。
「あっははは。ま、元々。そりゃいっか・・・とりあえず次何時来れるかわかんないから、その前にこれ頼んで良い?」
「これは?」
イクスフォスはそう言うと、カイトへと一つの花束を差し出した。それに、少し寂しげにイクスフォスが微笑んだ。
「ヘルメスの墓、何時か建てるだろ? そこにお供えしておいてくれよ。何時かは俺も墓参り行くけどさ。出来た時に花ぐらい添えたいから」
「っ・・・ありがとう。爺さんも喜ぶよ」
泣きそうな顔をしたカイトはその花束を受け取って、しっかりと異空間の中に保存しておく。曲りなりにも主だった男が自分の義理の親の墓に花を供えてくれるというのだ。有難く受け取っておくのが筋というものだろう。そうして手向けの花束を受け取ったカイトは、時間が無いので即座に本題に入ってもらう事にする。
「それで? まさかそんな事の為に来たわけじゃあないだろう?」
「ああ。大体、お前の正体・・・というか、存在の事については理解してるつもり。つもりだからどこまで正しいかはわかんないけど」
「ま、そりゃ良い。オレは所詮オレだからな。どういう形になっていようと、オレがオレである事に変わりはない」
「うん。だから、お前に頼むのが一番だと思った」
「・・・お前自身の子孫じゃなく?」
カイトはイクスフォスに対してそう問いかける。彼の親友の一人はこの当時の皇子の一人であり、そして同時に十数年後には賢帝と讃えられる事になる者だ。つまり、彼の直系の子孫である。
「ああ・・・だから、だよ。俺は死んだ事になっているからな」
死んだ事になっている。イクスフォスはそう告げる。これは本当の話だ。彼はフェルが語った通り存命であるが、実はエネフィアでは死んだ事になっている。と言っても、戦死や事故死というわけではない。普通に寿命で死んだ事になっている。が、この通りなにかの理由で生きていた。
「・・・頼んだ」
「・・・ああ」
なにかの約束が交わされて、なにかの話が終わる。そうしてこの一つの出会いが、異世界の大戦を終結へと導く事になることは、この時は誰もわからないのであった。
それから時は進んで、地球の現在。星矢と覇王はひとまずの鑑賞会を終えるとそのまま話し合いを行っていた。
「・・・イクスフォス、か」
覇王が呟いた。その名を知らないはずがなかった。カイト達が送ってきたメッセージには彼らが保護されているというエンテシア皇国という国のざっとした来歴が記されていた。なお、皇帝陛下からの直筆によるメッセージも同封されており、一応は親書という形で届けられていた。そうして、覇王はそれを思い出しながら更に呟いた。
「エンテシア皇国。建国七百年の大国、か・・・」
「どの程度の大国かはわからんが・・・カイトくんの言葉が正しければ凡そロシア程度の大きさとなるそうだ」
「その初代皇帝・・・いや、皇王か? まぁ、どっちでも良いか。その名も、イクスフォス。しかも、他の世界から来た存在である、か・・・」
「同一人物と見るか?」
「というより、同一人物だろう」
星矢の問いかけに覇王はそう断言する。そしてこれは正解だ。カイト自身も浬らに対してそう明言している。勿論、妹であるフェルも同様だ。そしてその証拠となるのが、彼には数々の不思議な力があったという話だ。
普通ならこれは単なる伝説と笑って流すだけだが、向こうは剣と魔法の世界だ。そういう神秘的な力を持つ王家が存在していても不思議はなかった。
というより、向こうの王家の中の幾つかにはそんな神秘的な力を持つ家が現実として存在している。カイト達が居るエンテシア皇国の王家もそうであった、というだけに過ぎない。
「ふむ・・・」
星矢も覇王の言葉に無言で同意する。この両者は同一人物。これは間違いないだろうし、そしてであれば、と話も出た。
「なんとかして、アポを取ってみたい話ではあるが・・・」
「今何処に居るか、何をしているか、というのはわからんか」
覇王の言葉を星矢が引き継いだ。とはいえ、手がかりになりそうな人物がわかったというだけありがたい。手探りでやっているのだ。それに道筋が立てられたというのだけでも、十分にありがたかった。そして、もう一つ。こちらもメッセージから得られた情報で重要な事があった。
「勇者カイト、か」
「日本人、だという話だが・・・」
覇王が眉をひそめる。やはり何より重要な情報はこれだった。
「・・・かつて日本から飛ばされて、そして自力で帰還した、か・・・どう思う?」
覇王は星矢に対して問いかける。ここもまた、記されていた。これはすでに一般的な話になってしまっていて、隠せるものではないとカイトが判断していた。
と言っても詳細は記していない。名前と大戦を終わらせた英傑である、地球に帰還しているという程度だ。大精霊の事については、カイトが検閲で弾いた。ここがバレるとカイトと<<深蒼の覇王>>の関連性がモロに露呈する。
「わからん。300年も昔の事だ、と言う話であったが・・・」
「300年、ね・・・」
星矢の言葉に覇王が頭を悩ませる。が、ここで気になるのは二つの世界の時間の流れが違うという事だ。向こうで300年が経過していたからと言って、こちらでも300年が経過していたとは思えない。
なにせ向こうはすでに10ヶ月以上が経過――ただし向こうは一年が48ヶ月という違いもある――しているにもかかわらず、こちらは天桜学園の消失からまだ半年も経過していない。
事件が5月の事なので、実際にはまだ4ヶ月だ。速度には倍以上の差があると見て良い。そして前の水鏡を考えれば、その流れの差も一定ではない可能性が高いというのが、彼らの推測だった。
「その勇者カイト、ってのが鍵か」
「くっ・・・」
「どうした?」
「何。妙な縁だと思っただけだ」
珍しく唐突に笑みを見せた星矢であるが、彼が思ったのは自らの息子と懇意にしている少年の事だ。彼もまた、カイトという名であった。そこが面白かったのだろう。偶然だとは思っているが、それ故に面白かったというわけだ。と、そうして一度笑った星矢であるが、即座に思考を切り替えた。
「とはいえ・・・気にすべきは気にすべきか。向こうで起きた事件を考えれば、どこかで隠遁していると考えるべきなのだろうが・・・」
星矢が推測を述べる。カイト自身も言っていたが、彼らは少々事を性急に変えすぎた。それこそその当時のエネフィアの根幹を覆してしまったのだ。当然大揉めはしたし、人によっては当時の大戦を引き起こしたティステニア以上に彼を恨んだ者達は多い。
まぁ、それも表立って言えない雰囲気と事情があったので300年後には誰も知らないが、それはそれで事実ではある。その事情というのはこれが奴隷制度の全撤廃だからだ。しかもこれは単なる感情論ではなく、きちんと法的根拠も持ち出して撤廃させていた。これで彼らに歯向かえるわけがなかった。
が、だからこそ、恨まれもしたのだ。やはり奴隷というのは莫大な利益になる。それを一辺に撤廃させれば、それで儲けていた者達からは恨み骨髄に徹するだろう。当然、貴族からも恨まれた。
「隠遁した勇者、か。物語的ではあるが・・・」
「その助力は是が非でも欲しい話ではある」
覇王の言葉を再び星矢が引き継いだ。自力で地球へと帰還した、ということは逆説的に言えば自力でエネフィアに渡る事も出来るということだ。
その手段を自分達が使えるとは毛ほども思っていないが、それでもこの助力が得られればかなりの進歩になる。なにより、自分達が目的とする物を出来た者が居るというのは何よりもの朗報だ。精神的な面からでも、助力は欲しい。
「とはいえ、どうやって探す?」
「隠遁していて、そしてこの状況でも名乗り出ていないという事だ。であれば、関わるつもりはないという事なのだろう」
「ま、そこについちゃ文句は言えないか」
星矢の言葉に覇王は言外に同意する。これは先にも述べられていたが、カイトが追放にも近い形で出奔していた事から推測出来る。
正しい事をして追いやられた奴が目立つことはしたくないというのは、普通の人間心理だろう。名乗り出られなくても不思議はないし、文句は言えまい。彼らは敢えて言えば一般大衆。追いやった側だからだ。
「とはいえ、だ。探さないと駄目なのは駄目だ。とりあえずブルーに聞いてみるか? 奴なら、知っている可能性はなくはない」
「ふむ・・・よしんば、そのブルーがという可能性もあるか」
「まぁ、その可能性もなくはないか」
星矢の推測に覇王も同意する。カイトは今までずっと、来歴は不明で押し通している。そして彼が歴史の表舞台に登場したのは、本当に唐突だ。故に彼が異世界からの帰還者、即ち勇者カイトであれば筋が通るという判断だった。というより、正解なのだから筋が通って当然である。
まぁ、それがバレたとてだからなんなのだ、というだけの話に過ぎない。カイトが最も隠したいのは、己が『勇者カイト』なのではなく『天音カイト』だという事だ。異世界からの帰還者である事がバレた所で問題なぞあろうはずもなかった。とはいえ、それで完璧かというと、そうでもない。というのも、それだと筋が通らない話が出て来るからだ。
「とはいえ、だ・・・それならそれで気になる事もある」
「何故何も言わないか、という所か?」
「それだ」
星矢の言葉を覇王も認め、頷いた。やはりその場合で一番矛盾するのは、そこだ。何故異世界の存在を把握していながら、そして己の領地に居ながら何もしようとしていないのか。一方の彼はきちんと探してくれている。協力者と言っても過言ではない。
そこが最も矛盾となってくる。そしてこれは見過ごすにはあまりに大きすぎる矛盾だ。が、これはカイトの側の特殊な事情――本来が高校生であり、事件に巻き込まれた側である事――を把握していなければどうしても繋がらない事だろう。
「・・・とりあえず、協力は依頼しておくか」
「それが最善だろう」
覇王の結論に星矢が同意する。これはどうにせよ全世界的に話し合わねばならない事でもある。とはいえ、現在の地球の特異性等からいくつもクリアしなければならない事は多い。一足飛びには、行かなかった。そうして、異世界からもたらされたメッセージは世界各地に穏やかではない動きをもたらしていく事になるのだった。
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