第203話 異世界へ向けての裏で
浬らが異世界からのメッセージを受け取っていた頃。彼女らの分身が映像を見ていた天道家の地下室には、フェルがやってきていた。と言っても勿論、素の顔ではない。彼女が以前に言っていた通り、仮面を被ってきちんと魔術で隠蔽も施した状態だった。
「・・・堕天使か」
覇王が警戒感を滲ませる。本来、フェルとはカイト、即ち『深蒼の覇王』の二枚看板の内の一人だ。唐突に歴史の表舞台に現れた謎の堕天使。何時から共に居るのかもわからず、かといって向けられる信頼は妻と認める魔女と同等。まさに、腹心の中の腹心と言っても過言ではない。
「まさかあんたまでここに来ていたとはな」
覇王はフェルの左右のエリザと蘇芳翁を見ながら、この日本どころか世界有数の、ともすれば世界最大の異族組織の長達が揃っていた事にどうしても警戒感を隠せない。この面子が揃っている、という意味は決して軽んじて良い状況ではないのだ。
「何・・・別に異世界からメッセージが来たという話なのでな。ちょっと見ておこうと思ったのは不思議か?」
「そちらはコピーの一つを持っていたはずだが?」
「さて・・・かと言って、私達とて全てを明かされているとも思えんな。それに、こういう場になるのは見えていた話だ。故に、我々も来たという所だ」
星矢の問いかけにフェルが肩を竦める。別に何かしようというつもりはない。一応曲がりなりにも協力し合う関係だ。警戒してもらう必要はなかった。
「なにか提案があると?」
「そちらから、提案があると思っているのだが?」
フェルは星矢の問いかけに逆に問いかける。別に彼女からしてみれば最悪カイトとティナさえ回収出来てしまえばそれで良い。故にこちらから申し出る必要のある事というのは特に無いのだ。それに、星矢がわずかに思慮する。
「・・・この案件。どこまで明かすべきか」
「巻き込め。世界を大いにな」
星矢の問いかけに対して、フェルはどうでも良さげにそう投げ捨てる。この情報が露呈するのはおそらく、そう遠くはない未来だ。それも一年や二年という話ではない。数ヶ月程度先というだけだ。
「あれも言っていただろうが、数ヶ月はこちらが先手を打てる。その数ヶ月が重要だ。そしてその数ヶ月で、異世界への道を付けろ」
フェルは一応の協力者として、星矢達へとアドバイスを送る。カイトも言っていたが、ここからの話はもはや日本国一国でどうにかなる、もしくはどうにかして良い話ではない。
事は異世界をも巻き込んでしまう事になる。そうなると必然として、どうしても国連だの何だのという国際組織も関わらざるを得ないのだ。日本が単独で地球の代表として関わるわけにはいかないだろう。そして現状から言えば、どうしてもアメリカに所謂、お伺いを立てる必要があった。
「数ヶ月・・・」
覇王の顔に苦味が浮かぶ。数ヶ月で異世界への道を付けろ。そう言われたとてこれは流石に難しい。そもそも異世界の存在を認識したのが、この数ヶ月だ。それでスカサハ達でさえ現在開発中という魔術を作り上げてしまえ、というのは流石に無理だった。とはいえ、それは勿論、フェルも分かっていた。
「わかっている。まぁ、そんな事は無理だ。が、数ヶ月先んじられる事の意味は、大きい」
「それはわかっている」
星矢はフェルの言葉に同意して、ふと思った事を彼女へと問いかけた。
「そう言えば・・・貴女は堕天使だと言う話だが?」
「ふむ・・・まぁ、私はそう捉えている」
フェルは星矢の問いかけに曖昧に答えた。私はそう捉えている。これは実はそのままで良い。彼女は自分自身を堕天使だと言って憚らないし、カイト達もガブリエル達も一応対外的には堕天使として彼女を扱っている。どんな創作でだってルシフェルといえば堕天使と言われるだろう。
が、実際はそうではなく、彼女は今も正式な天使である。堕天使ではない。まぁ、それは良い。とりあえず対外的に堕天使として扱われている事に変わりはない。故に、星矢が問いかける。
「では、ルシフェル、という存在についてなにか存じ上げていないか?」
「ルシフェル、ね・・・」
フェルは星矢の言葉に思わず笑みを零す。存じ上げていないか、と言われれば当然答えは存じ上げている。というより、フェルこそがそのルシフェルだ。が、そんな事を言えるはずもなし。とはいえ、嘘を言う必要もない。
「まぁ、存じ上げているかと問われれば、当然存じ上げている。これでも一応は天使だったのでな」
それはそうだ。天使であれば、その大半の天使――大半なのはその後にも天使は生まれている為――を育て上げたと言われるルシフェルを知らない方が圧倒的な少数派だ。なので彼女もその多数派だと取れる様に答えればよかった。
「が・・・私も詳しくは知らんぞ。あの当時にはすでに私は堕天使だったのでな」
どこか自嘲気味にフェルはそう嘯いておく。と言っても、後半は嘘ではない。フェルの行動はあの当時の流れに照らし合わせて考えてみれば、あの当時の時点で堕天使と呼んで遜色ない。であれば、嘘は言っていない事に他ならない。
とはいえ、星矢としてもそこに興味はなかった。まさか彼とて眼の前の堕天使がかのルシフェルその人とは思うわけもない。故に問いかけは別の事だ。
「別にそれは期待していない。まさか貴女がかのルシフェルだと言うわけでもあるまい。問いたいのは、彼女が異世界の存在だということだ」
「なんだ、そんな事か」
星矢の問いかけにフェルは肩を竦める。とはいえ、わからないではない。西の天使達、即ちガブリエル達に聞きに行くより、彼女の方が彼らからしてみればずいぶんと聞きやすい話ではあっただろう。
前者はどういう反応をしてくるかわからないが、少なくとも同じ堕天使であれば心証を害したりする事はないだろうとわかろうものだ。よしんば心証を害したとて、それは運が悪かったと言える。
「そうだな。彼女はこの世界の外の存在で間違いはない」
「やはりか」
「なんだ、知っていたのか」
星矢の反応に少しの意外感をフェルが滲ませる。とはいえ、別に気にする事もなかった。大方どこから漏れたかはわかっている。とはいえ、そうなると気になるのは何故わざわざそれを問いかけたのか、という所だ。
「それで。それをわざわざ聞いてどうする」
「・・・なんとか、その種族にアポイントを取れないか考えている。スカサハ殿より自由に世界を渡る力を持つと聞いている」
「・・・? あれにか? くっ・・・あっははははは!」
フェルは自分がその種族なればこそ、それどころかとある地位にいればこそ、星矢の言葉に思わず大笑いしてしまう。そうして、一頻り声を大にして笑った彼女は目端を伝う涙を拭いながら、首を振った。
「あっははははは。バカなことを考える奴も居たものだ。あの種族に助力を求める? あり得んだろう」
「知っているのか?」
「ああ、勿論知っている。これでも世界を流離っていたのでな。深く世界について知れば、自然知ろう」
フェルは楽しげに笑いながら、そう嘯いた。そうでなくても彼女はその種族についてよく知っている。というのも実は、彼女はその種族の族長筋だったのだ。故にその種族の組織としての体質をよく知っていた。
「貴様らに一つ聞いておきたいがな。何故ルシフェルが単独で世界を流離っていたと思っている」
「? 兄を探していたと聞いているが」
「そうだ。その通りだ」
フェルは己の本来の目的について、はっきりとそれを認めて頷いた。が、そこで彼女が聞いている内容からはわずかにずれた答えだった事に、答えた星矢は気付いていなかった。というわけで、フェルが先を促した。
「・・・だから?」
「? だから、なんだというのだ」
「だから何故、単独で流離っていたのか、と聞いている」
「「「?」」」
星矢も覇王も、それどころかその場の全員が首を傾げた。確かに星矢は兄を探していた、という答えを明確に答えている。が、そうではないのだ。
「私が聞いたのは、何故単独で、だ。何故単独なのか、についての答えが無いぞ」
フェルはしっかりと単独という単語を強調する。彼女が聞きたかったのはこれに対する答えだ。
「ルシフェルに兄が居たまでは、まだ良い。が、であれば兄が行方不明になっていながら何故父母が出てこない。孤児だとでも聞いたか?」
「は・・・?」
フェルの言葉は言われれば当たり前の話ではある。彼女にも父も母も居るはずだ。単に神話では語られないというだけだ。確かに兄が行方不明になっている一方の父と母の動向が語られないというのは、可怪しい話と言わざるを得ない。しかもルシフェルが封印――もう解かれているが――されているのだ。何の音沙汰もなしというのはあまりに可怪しい話だろう。
「あの種族はどこよりも閉鎖的だ。それこそ、族長の息子が行方不明になったとて捜索しない程度にはな。勿論、ルシフェルが封印されたからとて動く事はなかった」
「「「なっ・・・」」」
フェルの明言に全員が絶句する。これが、彼女が単独で動いていた事に対する真実だ。行方不明になった彼女の兄はその後、少しの理由があって一つの世界に深く関わる事になっていた。それは掟破りだった。そうして、彼女は自分がその一族の出身だからこそ知っている事を明言した。
「あの一族は掟でどこか単独の世界に関わる事を禁じている。偶然貴様らが知ったからとて、助力を貰える事は無いだろうな。向こうからのお節介は聞いたこともないし、あり得んと断じて良いだろう。口説き落とすのなら、相当きついぞ?」
「一切の例外も無いのか?」
「私の聞く限りは無いな。と言っても当然、私も詳しくは知らんがな」
フェルは自分がルシフェルではないという建前上、詳しい事は知らないと星矢の問いかけを投げ捨てる。とはいえ、これは彼女が族長の娘にして次期族長として知り得る限りでもなかったと断言出来る。
なにせ掟を破りイクスフォスを探す旅に出た彼女さえ見捨てているのだ。まぁ、これについては厳密には掟破りとは言い得ないので戻れば受け入れてもらえるだろうが、それでも助力を貰える事は無いと断言出来た。と、そう断言した彼女であったが、やはり彼女は大局的な視点を持ち合わせるが故にそんな彼らに理解は示していた。
「まぁ、それも仕方がなくはあるか。奴らは非常に稀有な性質・・・貴様らが頼ろうとしている力を持っていたり、他にもいくつもの特殊な力を持っている。どこか一つの世界に関わり過ぎるのは本来は避けるべきは避けるべきだろう。それに、私としてもおすすめはしない」
「おすすめはしない?」
「ああ・・・まぁ、どうせ貴様らは出来ん様にあれが見張っているので問題は無いだろうがな・・・もし奴らを捕らえて人体実験でもしようものなら、相当に厄介な事態になるぞ。基本不干渉の奴らだが、攻撃に対して不抵抗を貫く様な奴らではない」
フェルは自分がその種族だからこそ、その種族と揉める事の厄介さを誰よりも把握していた。だからこその忠告だった。
「奴らは自由自在に空間を操れる。そんな奴らに攻め込まれてみろ。容易く国なぞ滅ぶぞ。だから、奴らも引っ込んでいる。引っ込んでいる奴らは引っ込んでいるなりの理由がある。これを傲慢と取るか善意と取るかは、貴様らに任せよう。だが、それを知っておけ」
「空間を操れる?」
「そうだ。まぁ、程度は個人に依存するのだろうがな。が、貴様らがどれだけ強固なシェルターに逃げ込もうと空間そのものを消し飛ばされてはひとたまりもないだろう。勿論、空間を途絶されては核兵器だろうとなんだろうと無意味だ。まぁ、流石にウチのあれには勝てんだろうが・・・その様な事態になっては逆に奴が敵に回る事こそあれ、助力は望めんだろうさ」
覇王の問いかけにフェルは当たり障りのない所で答えておく。この程度ならそこそこ世界について深く知っていれば知る事は可能だ。なので彼女も疑われる事はない範囲と判断した。そうして、覇王が結論を問いかけた。
「つまり、リスクに見合わない、と?」
「そういうことだ。まぁ、唯一、手を貸してくれそうなバカも一人居るらしいが・・・ふん、どこに居るのだか」
「バカ?」
「ルシフェルの兄だ。相当なお人好しだそうだぞ」
フェルは呆れを滲ませながら肩を竦めて明言する。というより、これが見つかれば彼女としても苦労しない。何か目的があって隠遁しているとはカイトから聞いている――カイトも協力者の一人――が、その目的については彼も一切明かさない。アポイントの取りようがないのだ。
「まぁ、もし見つかれば私にも言ってくれ。あのお人好しの天使長がお人好しと言う程だ。どの面下げているか、見てみたくはある」
どうやら自分がお人よしという自覚はあるらしい。そんなフェルはそう嘯いておく。どちらにせよどの面下げているか一度拝んでやらねば、彼女としても気が晴れない。と言うより、一発ぶん殴る事も確定だ。
「考えておこう・・・それで、その兄の名というのは?」
「ふむ・・・確かイクスフォスというのだったか。名の意味は知らん。そもそもルシフェルというのも、元来はその世界の言語らしいがな」
「イクスフォス?」
覇王がわずかに目を見開いた。その名は記憶していたのだ。と、そんな覇王の顔に、フェルが僅かな興味を見せた。
「どうした?」
「い、いや、なんでもない」
教える必要は無いだろう。覇王はそう判断して、フェルの問いかけにそう嘯いた。おそらくフェルも聞いている可能性はあったが、幸いな事にそれ以上の追求はなかった。というのも、外から声がしていたからだ。
「ふむ・・・どうやら、メッセージを作っていた者達が帰ってきたか。では、私は去ろう。下手に見られても面倒な立場だからな」
ふっ、とフェルがその場から消え去り、それと合わせてエリザ達も消え去った。そうして残ったのは、覇王達だけだ。
「・・・イクスフォス・・・」
これがどういう意味を持っているのかは、呟いた覇王にもわからない。わからないが、何かの意味があるとだけは思えた。そしてここで出て来た事にも、である。
とはいえ、今この場で長く思慮している時間は無い。そうして、彼らはそれを考える機会を少しだけ、先延ばしにする事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




