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勇者の弟妹 ~~Tales of the new Legends~~  作者: ヒマジン
第10章 異世界からのメッセージ編

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第199話 女王の昔語り

 ひょんなことから彩斗達と別れて別途で異世界より届けられたメッセージを見る事になった浬と海瑠。二人はとりあえずそのきっかけというか原因であるスカサハの部屋――と言っても天道家内に設けられた部屋だが――に招かれていた。


「ふぅ・・・」


 ひとまず、お茶を飲んで二人は一服する。どうやら三柴は別の所で灯里の送ってきたメッセージを見ているらしくここには居ないし、彩斗は言わずもがなだ。なのでスカサハの所は殆ど誰かが来る事もない様子だった。確かに、これは暇だった。と、そんな所にヴィヴィアンが戻ってきた。


「ただいまー。伝えてきたよ」

「うむ」


 ヴィヴィアンの報告にスカサハが頷いた。というわけでそんな彼女の横には煌士も一緒だった。勿論、誰にもバレない様に、である。ヴィヴィアンとて魔術は使える。使うよりぶん殴った方が早いという脳筋思考故に使わないだけだ。必要があれば使うのである。


「スカサハさん。お呼びですか?」

「ああ、来たか。うむ、とりあえず座れ」

「はい」


 煌士はスカサハの呼び出しということを聞いていたらしい。というわけで、彼は勧められた座布団の上に座った。そうして、スカサハが適度に煌士に向けて事のあらましを語る。


「というわけじゃ。ま、そういうわけでのう」

「ああ、そういう・・・確かに私としても灯里さんの事など、色々と気になる事はありました。駄賃代わりで良いのでしたら、貸し出すのは吝かではありません」


 スカサハからの話を聞いて、煌士が快諾する。というわけで彼の同意を得られれば、後はカイトがデータを持って来るのを待つだけで良い。と、そうなったわけなのであるが、そこで浬が口を挟んだ。


「吝かではない、って・・・なんかやってるわけ?」

「む?」

「いや、出来ればやりたくない、って事なんでしょ?」


 首を傾げた煌士に向けて、浬が問いかける。が、これに煌士が思わず吹き出した。この『吝かではない』という語句に対するよくあるミスだからだ。


「む・・・いや、そうではないぞ。吝かではない、というのは正確にはどちらかと言えば積極的にやりたい、という意味だ。そも、吝かという言葉にはやりたくないという意味が含まれている。故に吝かではない、となるとそれの否定、出来ればやりたい、という意味となる」

「・・・へー」


 どうやら、浬からしたらどうでも良かったらしい。おまけに若干バカにされたような感じもあったので、浬は思わず鼻白んでいた。まぁ、思わずとは言え無知を嘲笑われる様な格好で笑われれば面白くもなかろう。とは言え、悪気がなかったのも事実。故にこれに煌士が鼻白む。


「む・・・妙に気のない返事」

「いや、んな詳細に説明された所でどうでも良いんだけど、と言う感じ」

「ぐっ・・・」


 煌士も笑ってしまった手前、強くは言えない。とは言え、やはり説明してこれでは若干腹もたとう。まぁ、そう言えどもここらの行き違いやらは彼らも中学生である事を考えれば仕方がない。故にスカサハが笑って仲裁に入った。


「ははは。まぁ、そこまでにしておけ。言い争っても良い事なぞないし、どちらも悪気があったわけでもなかろう・・・っと、そう言えば煌士。お主に渡しておく物があってな」

「あ、はぁ・・・」


 スカサハが唐突に行動に移ったので、二人はそちらを注視する。なお、この時の二人の言い争い地味た事で分身側――煌士も分身を向かわせていた――で若干の揉め事が起きていたが、それはまぁ、良いだろう。分身は本体と根っこで繋がっている為、どうしても本体に影響されてしまうのだ。その揉め事にしても特段の問題もなく終わっている。


「えっと、確かこの辺に・・・うむ、これよ」


 スカサハが取り出したのは、一冊のノートだ。分厚さは無い。単なる大学ノートである。B5サイズで見た目も市販されている物と変わらない。表紙には何も書かれておらず、おおよそどこの文房具店でも売っていそうな見た目だ。と言うより、そこらの文房具店で買ったのだから当然である。なお、買いに行ったのはカイトである。


「ほれ」

「おっと・・・これは?」

「中を見ればわかろうな」


 普通の大学ノートを投げ渡された煌士は首を傾げながらスカサハを見るが、そんな彼女は煌士に中身を見る様に促すだけだ。と、そうして開いたノートに記されていたのは、1ページにつき一つの何らかの記号がでかでかと記されていた。


「む・・・?」


 奇妙な記号を見て、煌士は首を傾げる。見慣れない形だった。そうして彼は幾度かページをめくり、中身を確認する。と、そうしてふと幾つかも記号には既視感がある事に気付いた。


「これは・・・ルーン文字に似ている・・・?」

「というより、ルーン文字よ。原初のルーン文字。現代の人類が時の流れとともに改変するより更に前、儂らケルトの者達が使ったルーン文字と言う所よな」

「おぉ、これが・・・」


 スカサハの解説に煌士が目を見開いた。ルーン文字の興りはおよそ二世紀頃というわけなのであるが、実際にはもっと古くから存在しているらしい。

 というのも、そもそもルーン文字はゲルマン人が使ったとされる文字だ。そしてそれは元来、北欧の神々が使った物が北欧の戦乙女(ヴァルキュリア)達によって外界、即ち此方側に伝わって広まったらしい。なので神界ではもっと古くから存在しているらしく、オーディンとはかなり古い知り合いであるスカサハもそれを普通に使えるそうである。


「最後のページに現代との翻訳を乗せておる。それを見ながら、習得せよ」

「良いのですか?」

「構わん構わん。お主らに死なれるとあれが大いに嘆く故な。ブチギレられても面倒だ」


 スカサハはどうでも良さげに肩を竦める。どうやらカイトが癇癪を起こすのを厭って、というわけなのだろう。それに、更に秘奥とされる領域は教えていない。敢えて言えば手習い程度だった。


「ま、元々儂とオーディンの奴は古い知り合いでな。儂がオイフェと旅をしている最中に、奴と出会った。そこで少々の問答の後、教えてもらった」

「ふむぅ・・・」


 煌士はスカサハの言葉に特に驚きは無かった。というのも、オーディンという神は変装して各地をさすらう事が多々あった。それ故か元々は風の神や嵐の神と言う属性も持っていた。そんな旅の折に、彼女ら姉妹とも出会っていたのだろう。と、そんな話を聞いてふと、煌士が疑問を得た。


「そう言えば・・・スカサハさん」

「なんだ?」

「『影の国』はどういう経緯で引き継がれたのですか?」

「ああ、それか・・・」


 煌士の問いかけにスカサハがなるほど、と納得する。そもそもスカサハを語る時、必ず言われるのは『影の国』の女王であるという事だ。他にはクー・フーリンの師匠である魔術師にして女傑、義理の母親という所だろう。

 が、それ以前は一切語られる事はない。この母親という所についても夫については一切語られない。物語では最初から子供が居た。それを、クー・フーリンは師より現地妻の一人として娶る事を許されるのである。が、夫は出てこない。


「引き継いだ、か。うむ。そういうわけではない。有り体に言えばぶんどった」

「ぶ、ぶんどった・・・」

「ま、そういう時代故な。昔は『マグ・メル』という地であった」


 スカサハらしいと言えばスカサハらしい対応に頬を引き攣らせる煌士に対して、スカサハは笑うだけだ。なお、『マグ・メル』とはケルト神話におけるあの世の事と考えれば良い。それ故、今でも『影の国』にはあの世の属性があるそうだ。

 と、そんなスカサハが少しだけ、空也を待つ――車で移動中らしくしばらく入れ替われないらしい――間に昔話をしてくれた。


「大体・・・紀元前十世紀頃の話か。ちょいと何処かで腰を落ち着けるか、という話をオイフェとして、そんな中で偶然『マグ・メル』で喧嘩をしてのう。そこでちょいと管理者であった何者かをぶちのめして、なんやかんやとしておったらいつの間にやら女王よ」

「わ、笑えるの、それ・・・」


 豪快に笑いながら事のあらましを教えてくれたスカサハに対して、あまりの豪快っぷりに浬は頬を引き攣らせるだけだ。この時代は今とは随分と風習も習慣も違う。それは別に不思議でもなんでもない。

 そうなってくると力で国を奪い取る事も可能だったようだ。ある意味、弱肉強食とも言い換える事が出来るだろうし、それは一片の事実を捉えてもいただろう。


「いや、そう言っても最近代替わりしたわけだがな」

「代替わり、ですか?」

「なんだ、聞いとらんのか」

「え? あ、私? なんで私見るの?」


 煌士の疑問提起を受けたスカサハに見つめられ、浬が大慌てで周囲を見回す。というわけで、ヴィヴィアンが教えてくれた。


「一応、カイトが王様なんだよね」

「ごふっ!」


 ずずずっ、と呑気にお茶を飲んでいた海瑠が吹き出した。流石にぶっ飛んでいるとは知っていたわけであるが、まさか王様になっていれば驚きもするだろう。

 と、そうしてむせ返って海瑠の口から吹き出されたお茶であるが、それについてはスカサハが部屋に仕掛けていたルーン文字により一瞬で凝固、そのままコップの中に戻っていった。そんなあっという間の出来事に、思わず煌士が感心する。


「おぉ、お見事」

「そこに刻んでおるから、後で見て確認しておけ」

「はい」


 煌士はスカサハからの師事を素直に受け入れる。これでまた一つ知識が増えるのだ。彼もある意味ではオーディンに似通った性質を持っているのかもしれない。と、若干の中座があったわけであるが、むせ返った海瑠がそのまま問いかける。


「お、お兄ちゃん・・・王様なんですか?」

「儂を負かした故な。ちょいとゲッシュ・・・と言ってもお主らにはわからんか。まぁ、賭け事と言うか大昔に儂が儂にした誓約により、負けた奴に国を譲る事になっておってな。で、負かしたあれに、というわけよ。問答無用に譲り渡される事になっておるので、あれに拒否権もない。あれは実務なぞやりもせんが」

「い、良いのかなぁ・・・」

『良い悪いじゃなくて、気付いたら完全に引き継がれてただけだ。つーか、誰一人オレに勝利したら『影の国』と姉貴セットで付いてきますなんて言ってくれてねぇよ・・・』


首を傾げた海瑠に対して、カイトがため息混じりに首を振る。と、そんな彼は何も持っていなかった為、海瑠が首を傾げた。


「あ、お兄ちゃん・・・データは?」

『持ってる・・・』


 蒼い小鳥は器用にズリズリと何処かからUSBメモリを引っ張り出す。器用ではあるのだが、どこか妙な間抜けさがあった。


『ほいよっ! メモリーカード!』

「なーんか、あざといわー・・・」


 てってれーん、とでもいう効果音が鳴り響きそうな程に高くカイトがメモリを掲げる。この中に、天桜学園より送られてきたメッセージが全て入っているらしい。


『まぁ、中身選別されてない現ナマになるわけだが・・・そこは諦めて検索でも掛けりゃどうにかなる。ま、最悪はオレが口出しも出来るしな。編集したのウチだし』

「っと、かたじけない」


 煌士はカイトよりUSBメモリを受け取って、それをきちんとポケットに入れておく。残念ながらパソコンは持ち歩いていないので彼の部屋――正確には仕事部屋――で見る事になるが、とりあえず彼に渡しておく事になるのだから今渡しても良いだろう。と、いうわけでそれが終わったので再び話は『影の国』に戻る事になる。


「良し。これで後は空也を待つだけか。で、『影の国』であったな」

「そう言えば・・・そう言えばスカサハさん」

「なんだ?」

「クー・フーリン殿の義母にもなるという事なのですが・・・そう言えば、夫はどのような方なのですか?」


 煌士の疑問は最もといえばもっともだ。先にも言ったが彼女の夫の事はついぞ語られていない。疑問に思わない方が不思議だろう。が、これにスカサハはカイトを見る。


「・・・」

『・・・』

「「「・・・」」」

『・・・いや、オレじゃねぇよ!? 年齢考えよーぜ!?』


 スカサハの視線と全員の視線を受けて、カイトが思わずツッコミを入れる。そもそも彼はまだ三十路にもなっていない。その彼がウタアハ――スカサハの娘でクー・フーリンの妻――の父親なわけがない。というわけで、煌士も思わず肩を震わせる。


「ま、まぁ、そうですね・・・では何故?」

「いやぁ・・・すまぬすまぬ。実はこれがウタアハの父についてはてんで思い出せんでな。忘却の彼方に消え去ってしまっておる」

「「「え゛」」」

『これ、マジで言ってるからな? 冗談とか恥ずかしいとかじゃねぇぞ? この姉貴。修行しすぎでガチで忘れ去ってる』


 まさかの返答とカイトからの補足に煌士らが揃って頬を引き攣らせる。まさか子供の父親を完全に忘れるとは、誰も想像していない事態だった。というわけで、流石にこれは自分でもどうかと思っているらしいスカサハは少し恥ずかしげに事情を教えてくれた。


「いや、まぁ、良い男ではあったとは思うのだが・・・クー・フーリン以下ではあろうし、あれが来た頃には既にこの世を去っておったしのう。実際、ウタアハの奴もクー・フーリン以下とは明言しておったからのう。ま、その程度の奴であった、というわけなのであろうな」


 スカサハは忘れた夫とやらについて笑い飛ばす。彩斗達の時もそうだったが、彼女にとってはこれで良いのだろう。が、これには流石に浬がツッコミを入れた。


「いや、笑い事じゃないんじゃ・・・」

「ああ、構わん構わん。多分こいつ・・・だと思うのは目星はある。目星であるが。どうにせよそれでも結婚なんぞしとらんしな」


 スカサハはまるで吐いて捨てるかのように言い放つ。愛も情もあったらしいが、既に去った奴だ。今となっては、どうでも良いのである。


「ま、それに・・・未亡人だからと口説いた奴は多い。バカ弟子一号なぞその筆頭よ。そもそもあれは面白い男でな」

「クー・フーリンですか?」

「うむ。あれは嫁取りの為に修行に来て儂の娘をくれと言い放ちおった。他にもならぬというておる事をして儂にボコボコにされて三日三晩程槍の上に吊るされて・・・」


 これ以上追求されては面倒である事はスカサハもわかっていた。というわけで、彼女が即座に話題を転換する。そうして、その後は空也が来るまでのしばらく、浬らはスカサハの昔話に付き合わされる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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