第196話 天道邸へ
すいません。設定資料だの何だのと色々とやっていたらすっかり投稿を忘れてました・・・
浬らが大学入試までの勉強を全て終わらせた日の翌日。メッセージが来てから四日目の事だ。前日の夜に彩斗から話を受けた浬と海瑠は、学校は特例としてお休みとなり両親と共に天道家へ向かう事になっていた。
「というわけやから、あまり粗相のないようにな」
「はーい」
「うん」
彩斗の注意に浬も海瑠もさほど驚く事は無かった。そもそも二人はそのカイト当人から事情を聞いている。なので驚く意味も必要もどこにも無かった。
とは言え、やはりそれも朝一番というわけにはいかない。覇王はまず天道財閥の統率業務があるのでそちらに対処する必要があるし、今回の事が急なことだった事もあり天道家でもまだ準備は途中だ。
彩斗はその準備というわけで朝一番から出社している事になっている。なので浬らが出るのは昼からになっており、午前中は暇だった。
「にしても・・・ほんとにバレてないわけ?」
「バレるわけないよ・・・だって、私達が居るんだよ?」
浬の疑惑の眼差しにヴィヴィアンは笑いながら大丈夫である事を明言する。やはり世界最大の企業を相手に、コソコソと動き回って大丈夫なのか、という疑念だけは彼女の中に少しだけあった。
少しになったのはやはり兄が凄いのだな、と僅かばかりにでも体感出来ていたからだろう。よく彼がアメリカの大統領と雑談をしているのは、彼女も見ていた。そこらで信じても良いのでは、と思うようにはなったのである。
「そう言っても私達は今回、関われないんだけどねー」
「そうなの?」
モルガンの言葉に浬は僅かに目を見開いた。一応、同行してくれるとは聞いている。聞いているが、関われないとは聞いていなかった。
「まぁね。私達一応自他共認めるカイトの相棒なわけですが」
「公にはしていないからね。私達一応はイギリスに居る事になってるんだよ」
「そうなの? なんで?」
「んー・・・そう言えば、なんでなんだろうね」
浬の問いかけにヴィヴィアンがニコニコ笑顔で首を傾げる。どうやら、彼女は良く分かっていなかったらしい。というわけで、久しぶりにモルガンが解説をくれた。
「既にビッグネームだからでしょ。モルガン・ル・フェイにヴィヴィアン。どっちも名前としちゃ大きいのよね」
「そうかな」
「あんたねぇ・・・湖の妖精がアーサー王伝説の中でも最大の名の一つだって事自覚しなさい・・・」
相変わらずのニコニコ笑顔のヴィヴィアンにモルガンがため息を吐いた。とは言え、これは流石に一概に彼女を責められない仕方がない側面はある。
彼女は妖精ヴィヴィアン。アーサー王へ<<湖の聖剣>>を授け、その最後に聖剣を受け取った者だ。<<湖の聖剣>>がアーサー王の代名詞である以上、それを授けた彼女の名はどうしても大きくなる。そしてそれ故に有名なのは仕方がないが、彼女にそんな印象は無いのだ。
なにせ彼女からしてみれば単にランスロットを育てただけと、マーリンの縁でアルトへと<<湖の聖剣>>を授けただけだ。彼女にしてみれば間接的な要因で有名になっただけだ。有名になる様な事はしていないはずなのに、有名になってしまったのである。自覚がないのも仕方がない。
「まぁ、それは良いよ。どーでも良いもの」
「ま、それはそうなんだけどね」
ヴィヴィアンの言葉にモルガンも半ば呆れ半ば苦笑し、同意する。結局、そういうわけだ。彼女らからしてみればこんな事はどうでも良い。
有名になった、と言われているがそんなもの彼女らからしてみればなりたくてなったわけではない。結果として、しかも数百年後だかに有名になっていただけだ。自分達は出来る事を出来る限りでやっただけだ。それで自分が英雄と呼ばれようが人類に仇なす者だと呼ばれようが興味なぞ無かった。
「そういうわけで」
「どういうわけよ」
「だから、そういうわけなのよ。私達の名は大きすぎるの。カイトと組んでる事バレると変に世界中を刺激しちゃうぐらいには、大きいのよ」
浬の問いかけにモルガンがざっとしたあらましを語ってくれる。まぁ、そういうわけらしい。というわけで、実際の護衛としては他が配置される事になっていた。
「ふーん・・・」
「というわけで・・・エリザとかが護衛に来るから。そこの所、後で挨拶しておくと良いよ」
「え!?」
浬が目を見開いた。エリザもエルザもどちらも浬からすれば未だに雲の上の人だ。しかも後者はファンを公言して憚らない相手である。現金なものだった。
「今回はお仕事よ、お仕事。だから仕事で見付けても決して声は掛けないように」
「はーい」
ファンとしてはひと目お目にかかれるだけでも万々歳である。故に浬は途端に上機嫌になって頷いた。そうして、浬はしばらく上機嫌でリビングにて待機していたのだが、そこに少し遅ばせながらも海瑠が下りてきた。
「おはよー」
「あ、おはよう」
「あ、海瑠起きたー! ごはん、何するー!」
浬の挨拶に応じた海瑠へと、それに気付いた綾音が台所から声を上げる。今日何時帰れるかわからない、という事なので夕食の仕込みを出かける前に終わらせておこう、という事にしていたらしい。
そこまで遅くはならない、とは聞いているが綾音にとって天道家とは実家の本家筋だ。精神的に作りたくなるかも、と思ったらしい。
「あ、パン出して! 卵上に乗っけて焼くから!」
「はーい!」
海瑠の言葉に綾音が返事をして、海瑠が少し急ぎ足で台所へと消えていく。と、そんな背中を見ながら、ふとモルガンが気になったらしい。
「そう言えば・・・浬」
「何?」
「・・・料理って、出来る?」
モルガンが気になったのは、これだった。フェルも言っているが、カイトの料理スキルは中々のものだ。いや、あれはもう中々を超えていると言えるかもしれない。が、浬や海瑠の料理スキルというのは、実は彼女らは一度も聞いた事が無かったのだ。
「・・・」
浬は無言だ。が、それが何より、明確な答えを表わしていた。というわけで、モルガンからの無言の促しを受けて浬はとりあえず思いついた物を口にする。
「さ、サンドイッチぐらいなら」
「中身は?」
「こ、この間エリナちゃんが食べてたのとかなら・・・」
浬はなんか簡単そう、というだけでエリナの食べていたキューカンバーサンドイッチを思い出す。が、勿論簡単なわけがない。
「はい、じゃあ中身は?」
「きゅ、きゅうりでしょ?」
「ほう。それで?」
若干いたずらっぽい笑みでモルガンが浬へと先を促す。が、これには浬は大いに焦った。というのも、彼女は単にきゅうりを挟むだけだと思っていたからだ。話半分にさえ聞いていなかった証拠である。
「え? 違うの!?」
「ぶっぶー。あれは普通のきゅうりじゃなくて、ワンビヴィネガーに漬け込んだきゅうり。敢えて言えばピクルスにも近いかもね。まぁ、伝統的なレシピだから実は普通に切っただけでも良いんだけど」
モルガンは一応はイギリス人として、浬へとこの間のフェルとエリナの語った内容と同じ内容を語る。そうして、浬を凹ませたモルガンが肩を竦めた。
「はぁ・・・別に今の世の中花嫁修業云々言うつもりは無いけどさ。料理ぐらいは出来るようになっておこうよ。別に狩りに出かけて血抜きだの内蔵処理だのとかは言わないからさー」
「目指せ、カイト越えだよ」
呆れるモルガンに対して、ヴィヴィアンはいつもの笑顔で激励を送る。カイト越え、というがそれが難しいのは彼女も承知である。あの男は異世界発祥ではあるが宮廷料理まがいの料理まで網羅している。それに勝てというのは、些か厳しい物があるだろう。
「が、頑張ります・・・」
流石に浬も料理が出来ないのはどうなのだろう、と思わないでもないらしい。項垂れていた。
「と、と言うか、お兄ちゃん、どれぐらい料理出来るわけ?」
「基本、あれ万能だからねー・・・どんなもんでしょ」
「あ、前に私、宮廷料理振る舞われた事あるよ」
「・・・」
負けた。浬はヴィヴィアンの返答にがっくりと膝を屈する。料理が出来るというのは彼女も知っている。なにせフェルのお弁当は大抵彼が作っているのだ。今日もおそらく彼の手料理だろう。
その腕前はお嬢様のエリナさえ認める領域だ。そこに来て宮廷料理までたどり着いていれば彼女とて落ち込むのであった。と、そんな所に目玉焼きトーストを入れたお皿を片手に海瑠が戻ってきた。
「・・・何やってんの?」
「・・・無様な私を笑うと良いわ・・・ふふふ・・・良いの、将来はコンビニに足繁く通うオフィスレディになるから・・・それで帰って深夜番組でも見ながらサラダ食べるの・・・」
「・・・はぁ?」
何がなんだかさっぱりな海瑠は膝を屈して意味不明な事を呟く落ち込む姉に首を傾げる。というわけで、そんな彼女の上で楽しげに笑うモルガンに視線を向けた。
「料理、カイトにボロ負けしちゃってるからねー。海瑠も男の子だから、って料理出来た方が良いよ。最近、料理男子とか色々と流行ってるしね」
「あ、うん。そう言えばお兄ちゃん、料理出来るんだっけ・・・」
海瑠はモルガンの返答にそう言えば、と思い出す。こちらはやはり男の子だからか、ダメージは受けている様子はなかった。
「そう言えば、二人はどうなの?」
「私? 私は出来るよ」
「私もー」
海瑠の問いかけに浬の肩をぽんぽん、と叩いて慰めるヴィヴィアンもそれを笑っているモルガンも同じように答える。そうして、浬に縋りつかれていたヴィヴィアンが己の事情を語ってくれた。
「私そもそも、姉妹だけど皆勝手に動いているからね。基本的には自炊だよ」
「私は一応元王妃だけど・・・実際、独り身の方が長いし。ちょくちょくこいつの所とかお邪魔してるけど、サバトやらなんやらに参加してると気付けば簡単な軽食とか作れるようになってるしねー」
ヴィヴィアンに続けて、モルガンも己の事情を語る。実際、彼女の場合は夫の死去から既に一千年以上経過している。それどころか彼女の居た国が崩壊してもう一千年以上だ。
その頃には既に『常春の楽園』に入っていた事を考えれば、自炊も普通に出来て然るべきなのだろう。なお、実際には一時期『常春の楽園』の統治者もやっていたので一千年近くの自炊歴は無い。勿論、それでも数百年単位での自炊は行っているが。
「ふーん・・・で、お兄ちゃんは」
「カイトの場合、異世界で冒険者として動いてたらしいからねー。実際、半分ぐらいユリィ・・・異世界の相棒と二人旅って話だし。しょうがないから自炊するしかなかった、んじゃないかな」
「あー・・・意外とお兄ちゃん、凝り性だからなー」
モルガンの言葉に海瑠もおそらくカイトが好き勝手にやっていただけなのだろうな、と思う。実際、彼は凝り性だ。料理もそこそこ凝るのだろう。
「僕も覚えた方が良いのかなー」
「なんでよ」
「いや、あっちの世界行ったら必要なのかな、と」
復帰した浬の問いかけに海瑠がふと思う事を口にする。よく思い直せば異世界にコンビニがあるとは思えない。そして実際に幾らカイトでもそんなコンビニエンスストアなぞ不朽させる事は出来なかった。が、そもそもこの思考には一つの穴があった。
「行くつもり?」
「・・・無いね」
「あっははは。うん、地球には折角コンビニなんて便利な物があるんだから、私達はそれをありがたく使わせてもらおう」
浬は笑いながら料理からの逃避を決定し、ついでなので海瑠を引きずり込む。が、彼女はこの時点で気付くべきだった。というわけで、海瑠が指摘する。
「でも海外、あんまりコンビニ無いよ? 牛丼屋とかも無いだろうし・・・」
「え゛」
「頑張れー。自炊能力必須だぞー」
海瑠の指摘に表情を凍り付かせた浬に向けて、モルガンが楽しげに激励を送る。当たり前と言うか日本に住んでいると意外と自覚し難いが、24時間営業のコンビニエンスストアがあるのは日本ぐらいなものだ。海外で夜中も開いている店舗がどれだけあるか、という領域である。そうして、期せずして弟から現実を突き付けられた浬は、再度膝を屈する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時投稿です。




