第193話 分かたれた世界にて
浬らがシギンとの会合を得ていた頃。カイトは丁度その頃に会議を終えたわけであるが、その彼は終わった後実は少しの間は隠れ家の中には入らず外に居た。というのも、外で空也が鍛錬をしていたので、その監督を行っていたのである。
「もう少し、腰を落とせ」
「はい」
空也はカイトに教わった通り、少しだけ腰を落とす。この鍛錬だが、基本的には実戦と同じ形式で行うようにしている。故に空也は三日月宗近を片手にカイトへと打ち込んでいた。いつもはランスロットやヴィヴィアンがこの役目をしているのだが、今日は座学もありカイトがやっていた。
「基本的にロン先生・・・ランスロット卿とは違いオレ達は避けて斬る。つまりはカウンターがメインだ。刀は構造上非常に魔力を込めやすい。日本刀でよく言われる折り返しが多い、というのは構造としての補強より、魔力を込める際の上限値に影響してくる」
「つまり、武器としては刀の方が優れていると?」
「いや、そうとは言わない・・・っと、その無言で圧を放出するのはやめてくれ」
カイトは空也と打ち合う最中、意図したわけではないが刀を貶すような発言となり無言の圧力を放つ三日月に謝罪する。別にこれは刀が優れていないという意図で言ったわけではない。刀が最優ではない、というにすぎない。というわけで、打ち合いながら彼は座学を進める事にした。
「さて。先も言ったが構造上、刀は肉厚ではない。見れば分かるだろう。ロン先生の持つ<<無謬の剣>>は肉厚で良い剣だ。三日月殿もそれは認めるだろう?」
『認めよう。あれは良き剣だ。美しさ云々ではなく、良い拵えがされた優れた武器だろう』
カイトの言葉に三日月も同意する。<<無謬の剣>>とはランスロットが持つとされる名剣で、ヴィヴィアンより与えられた剣だった。これは人の手による品ではなく、優れた武器としての性能を十分に有していた。
「ああ・・・それで分かると思うが、あれはやはり肉厚な分物理的な強度は非常に高い」
「では、西洋の剣の方が優れていると?」
「そうでもない。そうだな。基本的にどういう戦い方をするか、という形になる。ほら、よく時代劇の殺陣で剣士が戦っている所があるだろう? それを少し思い出してみろ。日本の侍は鍔迫り合いを多用するか?」
「えっと・・・」
空也は何度か見た時代劇を思い出す。基本的に時代劇では侍達は鍔迫り合いをせず、一撃必殺の感じだ。それはまぁ、大半が鎧を身に着けていないという事もあるのだろうが、何より刀と刀のぶつかり合いにより刃こぼれや刀の腰が伸びる――曲がるということ――という事になりかねない。刀での鍔迫り合いはしないのが基本だ。カイトも滅多に鍔迫り合いは用いない。
「そう言えばあまりやりませんね」
「そうだろう? 現にオレ達も今、鍔迫り合いはしていない」
空也は自分とカイトの戦いをしっかりと観察する。基本的には空也が打ち込んで、カイトがそれに刀を合わせて受け流す様な形だ。どちらも剣士と剣士だからこそ、こういう戦いになっていた。
「とは言え、これがロン先生なら鍔迫り合いをメインに考えていただろう」
「はぁ・・・」
『わからんか? あちらの剣は構造上我ら日本刀より非常に頑強だ。故に日本刀のように多少の無茶でも腰が伸びるなぞという事にはなり得ん』
「ああ、なるほど・・・それで日本刀と打ち合うのなら鍔迫り合いをする、と」
「そういうことだ。日本刀は使い手の技量がダイレクトに響く。それに対して西洋の剣は多少、武器の方で無茶を許容出来る」
三日月の助言を受けた空也が理解したのを受けて、カイトが両者の差を改めて明言する。とは言え、だからと言って日本刀が決して劣っているというわけではなかった。
「とは言え・・・それに対して先にも言ったが刀は魔力に対する許容値が段違いに高い。素人が使えば刀は西洋の剣に遥かに劣るが、武器の差が勝敗を分ける様な上位層にたどり着くと今度は武器にどれだけの魔力を込められるか、という所が勝敗を分ける事さえ出てくる。そこで、刀はおそらく武器種の中では最上位と言えるだろう」
「つまりは、玄人向けと?」
「そうなる。日本刀は見て分かるが、非常に鋭い。生半可な腕では使えんが、逆に全性能を引き出せれば、それこそ刀はどんな武器より優れた性能を発揮してくれるだろう。それこそ、極まった刀は神域に至った武器さえ切り裂ける」
カイトは空也の言葉に応じて、結論を述べる。流石にこの領域まで至るには剣士自身にも相当の技量を必要とするが、西洋の剣では不可能な事さえなせてしまうのが刀の特徴だった。
「とは言え・・・」
『そう、とは言え、だ』
「『兎にも角にも未熟を脱してからだ』」
「・・・はい」
カイトと三日月による同時の結論に空也は苦笑気味に頷いた。スタミナの限界だったらしい。そうして、とりあえず空也は朝一番の鍛錬を終わらせてシャワーを浴びに行く事にするのだった。
さて、空也がシャワーを浴びに行った一方。カイトはというと己は小鳥化して実体化した三日月と共にリビングにやってきていた。流石にこの時間になると全員起きてきていたのか、各々思うがままに休憩を取っていた。と、そんなリビングに入って早々カイトを出迎えたのは浬の痛い視線だった。
「・・・」
『・・・な、何? 何かしたか、オレ』
「・・・」
浬はカイトの問いかけに無言でシギンを見る。が、そんな無言を貫かれたってカイトにはわからない。
『・・・が、どうしたんだよ。腕は良いだろ、その子』
「何とかして!」
『なんとかって・・・何が』
「ものすごい身の危険感じるんだけど!」
浬はシギンにお世話されながらも、何時一服盛られるかとビクビクと怯えている様子だった。というわけで、先程の一幕を浬がカイトへと報告する。
『あー・・・あー・・・あー・・・』
なるほど、と納得はしたカイトであるが、であるが故に何といえば良いかわからずただ呻くだけだ。
『・・・あー・・・うん。とりあえず頑張れ』
「・・・」
『ぴぎゃ! くぉら! お兄様に向かって何しやがる!』
無言で浬から座布団を投げつけられたカイトが慌てて座布団から這い出て飛び上がる。
「・・・ものすごい貞操の危機だと思うんですけど!?」
『うん。そうだね』
「棒読み!?」
『うぉっとぉ! 10%でも反射神経はまだまだなんとかなるぜ!』
再び飛来した座布団を今度はカイトが器用に躱す。流石に不意打ちでもなければこんなものを食らう様な性能ではなかった。
『まー、諦めろ。後は自分の貞操は自分で守れ。油断しなけりゃなんとかなる。オレのように変に油断したら、あっはははは・・・はぁ』
浬へ助言を与えていたカイトであるが、そうして深い溜め息を吐いた。何故こうなったのだろう、と思わないでもないらしい。と、そんな彼にフェルがため息を吐いた。
「・・・自業自得だ、貴様は」
『ですよねー・・・気付いたのが遅かった。まさかのリーシャタイプとは・・・いや、あいつもあいつでヤバイんだけど・・・』
「そのリーシャさん、ってのは良いから。とりあえずシギンちゃんどうにかする方法を教えて」
『んなもんねぇよ。曲がりなりにも女神だぞ。諦めろ』
「そんなぁ」
手早いカイトの結論に浬が泣きそうな顔で落ち込む。ちなみに、一方のシギンであるが、特にそんな浬に気にした様子はない。そして今は肉食獣の様な視線も向けてはいない。
なお、カイトの言うリーシャとは彼がエネフィアでお世話になっていた――そして現在進行系でも――主治医だ。腕は確からしいのだが、こちらもこちらで結構厄介な性格をしているらしい。
『てーかよ。その類の人種にゃ何言っても聞かねぇよ。特にシギンは駄目って言われると余計やりたくなる様な奴だからな』
「なんとかなんないの?」
『なんとか、つったってなぁ・・・』
浬の縋る様な言葉にカイトはただただ首を振るだけだ。彼女は女神。どれだけとち狂っていようとも女神なのである。掣肘は難しかった。というわけで、カイトは考えるのをやめた。
『ま、それはおいおい考える事にしとこう』
「えぇ!?」
『んな事言ってる場合じゃないのよ、残念ながら』
悲鳴を上げた浬に対して、カイトは首を振る。そもそも先程まで何のために徹夜で会議をしていたのか、という話だ。そこを教えておく必要があった。というわけで、カイトは先程まで参加していた会議の中身を浬らに教えておく。
「・・・で、届いたわけ?」
『そういうこと。向こうでちょいと全長1キロちょいとかいう魔物ぶっ潰してな』
「「「い、一キロ・・・」」」
どんな化物なのだ、と浬らが揃って頬を引きつらせる。まぁ、国宝を授与される程だったのだから、それほどの魔物と戦う事になったらしい。
詳しい事情はカイトは語らなかったが、どうやら偶然カイトが旅で訪れた港町の近くにそんな巨大な魔物が表れてしまったらしく、やむにやまれずカイト達も参戦する事になったそうだ。
そこでカイトは少し――と言うより街が滅びなかったのは彼のおかげ――活躍をして、それの報奨として国から授けられる事になった、との事であった。
と、そんな有り得ないとしか思えない浬らに対して、数多の世界を巡ってその程度の敵なら普通に交戦した経験のあるフェルは大きさと状況から魔物の推測を行っていた。
「ふむ・・・なかなかに強そうだな」
『まー、厄災種じゃないだけマシだった』
「成りかけか」
『『世を喰みし大蛇』だ』
「なるほど。放置すれば大国でも無ければ国が滅びる類か」
名前を聞いて、フェルが授けられるのも道理だと納得する。エネフィアでは魔物をランク分けしているそうなのだが、その魔物は掛け値なしに最上位のランクSに分類されていたそうだ。そこまで到達すると下手に放置すれば、村どころか国が滅びるクラスらしい。
「そ、そんなのによく勝てましたね・・・」
『まー、本気でやればワンパン出来るけども・・・流石に今回は状況も状況だったからな。軍と一緒に共同戦線だ。その上で魔物の群れをソラ達が、って所』
「兄さんが?」
お風呂から上がった空也が驚いた様子だった。彼もやはり兄の活動は殆ど知らない。そんな兄が活躍したと聞けば、驚くのも無理無いだろう。
『ああ。あいつもそこそこ強くはなってるぞ。少なくとも、今の空也じゃ勝てねぇな』
「そうですか・・・ふふ」
空也は兄が元気な様子で満足な様だ。一頻り笑って頷いていた。と、そんな彼の横、空也の兄とは親しい煌士が興味深げに問いかけた。
「ソラ兄はどんな風にされていたのだ?」
『あいつにはちょっと軍艦の上の防衛を任せてな。巨大戦艦って奴なんだが・・・』
「おぉ、巨大戦艦」
『まぁ、200メートル超級だ。そこまで言う程でかくは無いぞ』
どこか感動する様な煌士に対して、カイトは笑いながらそんなのではないと明言する。しかも言えばこれは普通の地球の航空母艦の方が大きい。所詮、海の上に浮かぶ船だ。どうしてもある程度の大きさにはなった。
「むぅ・・・こう、もう少し何か無いのですか?」
『そうだなぁ・・・飛空艇とかか?』
「おぉ! それはすごそうだ!」
煌士はようやく出て来た異世界の産物に目を見開いて興奮を露わにする。特に飛空艇となると彼の目指す終着点の一つに近い。興味を覚えたのも無理はなかった。
『一応、これでも公爵様だからな。軍として飛空艇の艦隊は保有してる・・・と言ってもオレの居ない間に整えられてたんだけど』
「ほー・・・どのような形状なのだ?」
『普通に空飛ぶ船で良いよ。なんならロボットアニメでも借りてきてそれの戦艦見てこい。そんなのだ』
「・・・何故そのような形に?」
『だって考案したのオレだし。てか、原案オレ、試作機製造はティナという向こうの世界じゃおなじみのパターンだからな』
煌士の問いかけにカイトは実情を語る。というのも、エネフィアで300年前まで飛空艇というのは超古代の産物だったらしく、どうあがいても製造は不可能だったらしい。
そこにカイトが持ち込んだ地球の技術をモデルとして飛翔機と呼ばれる謂わば飛行機のエンジンに相当する魔道具を開発して更に飛空艇を開発したのが、彼らだそうだ。故にどうしてもそこにはカイトの影響、つまりは地球のジャパニメーションの影響が出た、というわけであった。
「なるほど・・・何時かは見てみたいな」
『まー、そりゃオレ達が帰還した時にでも言ってくれ。あっちじゃ色々と開発してるからな。飛空艇も一隻ぐらいはオレが持ち帰る可能性はある』
「おぉ、期待させていただこう」
『そうしておけ・・・って、そうじゃなくて』
煌士が嬉しそうに目を見開いたのを受けて頷いたカイトであるが、そこで脱線した事に気付いた。というわけで、言うべき事を言っておく事にしておく。
『で、だ。基本的におそらくこの場の面子の何人かは・・・確定でまず浬と海瑠は天道家でビデオメッセージを見る事になる』
「天道家? どうして」
『いや、普通のビデオメッセージならまぁ、あまり口止めは必要無いんだが・・・ほら、エルフとか出てくるメッセージになると口止めとか必要になるだろ』
「どして」
カイトに対して浬は重ねて問いかける。ここら、彼女らも随分此方側に染まってきたという事なのだろう。というわけで、フェルがそれを指摘する。
「考えてもみろ。貴様らが何も知らん状態でエルフだ妖精だなんぞ言われて驚かんわけがないだろう」
「「「あ・・・」」」
浬らは一斉にそう言えば、と思い出した。彼女らもヴィヴィアンとモルガンを見ているからだろう。妖精等の異族が居て普通の様な感覚になっていたのだ。が、普通の地球人にとって異族というのはファンタジーの存在だ。居ないのが普通なのである。情報の露呈を気にするのなら、そこには気を付けるべきだろう。
『というわけで、そこらを話し合うのに幾つかの取り決めをしていてな。お前らには予め注意を促しておこう、というわけだ』
カイトはようやく、という感じで本題に入る。そうして、それから少しの間浬らは天道家で行われるであろう幾つかの事について注意事項を聞く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




