第192話 閑話 ――決めるべき事――
浬がシギンという北欧神話の女神に狙われていた頃。そのご主人様ことカイトはというと、空也の父・星矢や煌士の父・覇王ら日本の重鎮と呼ばれる者達との間で徹夜での会合を得ていた。
「改めて言うが、オレとしては彼らを救う意思があるのであれば、素直にそれを教えてやるべきだろうというのが考えだ。何ヶ月が経過したかは知らんが、バカみたいに難しい難題に挑んで、それで遂に武勲を立てたというんだ。オレはそういうバカはお気に入りだな」
カイトは己の相も変わらず客観視すればバカな行動と笑うしかない行動を笑いながら賞賛する。若干こっ恥ずかしい気はしないでもないが、己は兎も角周囲の頑張りは称賛されて然るべき物だ。そうであるのなら、正当な評価を与えて報奨を与えるのが、彼の立場だった。
「それは何度も聞いた。そちらが天道に協力している事も聞いている。が、これは国力やらその後の世界情勢さえ睨んで行わねばならない事なのだ」
カイトに対して、また別の立場に属する重鎮の一人が否定を返す。当たり前であるが、天道財閥が主体として動いているように天桜学園の召喚というのは日本政府によるものではない。日本政府としても現在立場はほぼほぼ二分されていると言って良かった。
その二つというのは、あえて語るまでもないだろう。片方は、カイトの属する帰還賛成派。もう片方は、この重鎮属する帰還否定派だ。とは言え、どちらの言い分も分かる事はわかる。人道の面で見ればカイトの方に軍配が上がる。が、他方大局的な視点を見れば、決してそれだけではないのだ。
「彼らは異世界にて強大な魔物と戦っているというではないか」
「そのような者達を引き戻すなぞ・・・我が国が核兵器を保有するに等しい事だ」
「それは繰り返されんでもオレも認めてるって」
カイトは笑いながら反対派の重鎮達の言葉を認める。敢えて言う必要なぞどこにもないだろう。カイトその人がこの世界で最強の核兵器さえ上回る兵器にも等しいのだ。
どれだけの厄介事をもたらすのか、と考えればそれは考える必要も無い程だ。彼らからしてみれば、そんな危険物にも等しい物を抱えたく無いのだ。ただでさえ、今の地球の裏世界は大きく揺らいでいる。それこそ、天桜学園の帰還が第三次世界大戦の引き金にさえなりかねないのである。
「まぁ、オレの見立てだが・・・話を聞く限りではあのトップ張ってるあー・・・なんてガキかは忘れたが、そいつとその周辺だけでおそらく小国は滅ぼせるだろうな」
「笑い事ではない! そのような者達を入国させるなぞ・・・我が国が核兵器を持つに等しいのだぞ!」
笑って如何にもだから、と言わんばかりの態度のカイトに対して、反対派の重鎮が声を荒げる。まぁ、日本が核兵器を持つか持たないか、という話に置き換えれば、これがどれだけの大事かはわかろうものだ。笑い事ではない、という彼の話は非常に正論だろう。が、これにはカイトもただただ笑うだけである。
「おいおい・・・今更かよ。茨木達かつてアメリカが核兵器を使ってでも倒そうとした奴が居るのにか? 元々表にならない戦力であれば、日本はこの地球上で最大戦力を抱えているんだぞ。勿論、オレも居る。それでもまだ言うか?」
「過ぎたるは及ばざるが如し」
「それも、事実だな」
カイトは事実は事実故、また別の重鎮の言葉を認める。確かに、現状でも過剰と言われる程の戦力を日本は保有している。それは目下日本国内でしか使えない戦力であるが、それ故に日本の本土防衛に関して言えばどの国も攻められない程の戦闘力を有していると断じて良い。
いわば絶対の盾を保有しているような物だ。そこに、今度は矛になり得る力を持つ者達が帰還するというのである。絶対の盾に強力な矛。どれだけ揉めるかは、考えるまでもないことだろう。
「貴殿とてわかっているはずだ。もし今帰還すれば、それは確実に第三次世界大戦の引き金となる。この事は遠からず露呈するだろう。隠していられるのもアメリカ、イギリスの協力を得ても一ヶ月か二ヶ月か。その後は各国政府が異世界の存在を、そして天桜学園の行き先を知る事になる」
「各国が彼らを、異世界の力を望むだろう。我が国一国で守り抜けと?」
「あっははははは! これはお笑いだな!」
重鎮の問いかけにカイトは大いに笑う。そこを言っておきながら、見えていない事があったからだ。
「それに気付いているのであれば、何故更に裏に気づかん。そうだ。各国は天桜学園を手に入れようと死に物狂いで動くだろう。大義名分があり、何よりそのおまけは絶大だ・・・が、それは日本が帰還させた後だけか?」
「「「っ・・・」」」
カイトの言葉に重鎮達は顔を顰める。当たり前だが、あんな詭弁でカイトが騙せるとは思っていない。が、それでもやらないよりマシというだけだ。故に、カイトが指摘する。
「日本へ帰還させるより前に、各国は独自に天桜学園を手中に収めようとするだろう。それがもしアメリカやイギリス、インドらの友好国であれば、まぁ良い。裏に関わるのなら、オレのコネがある。神様達が睨みを利かせ、決して手荒くは扱われないだろう・・・が、敵の手に渡れば悲惨だぞ。その時こそ、第三次世界大戦の引き金を他の誰でもなく、彼らが引く事になる」
「・・・は?」
カイトの言葉に重鎮達が首をかしげる。これは少々カイトもやってしまった感はあった。これは己の事であるが故に、誰よりも己がもしその時が来た場合にどう動くかわかっていたからだ。故に、カイトは若干失敗したと思うもそれを一切見せずにあくまでも可能性として明言する。
「察しの悪い・・・もし彼らを捕らえようとして、それは可能か? よしんば最初は害意を見せぬとて、その時が来れば実験動物のように扱うだろう。あの国は、そういう国だろう。忘れたか、数年前の出来事を。彼らは、子供さえ兵器の素材に使うのだ。彼らの身の安全が保証されるとでも思っていたか?」
「それが何故、先の発言に繋がる」
「あのなぁ・・・当然、彼らは戦うだろうが。彼らがもし帰還したなら、それは戦いの渦中から帰還したということだ。彼らが仲間を守る為に戦わぬと? 時間が経てば経つほど、彼らは強くなるぞ。今から一ヶ月先、どれだけ彼らが成長しているかは未知数だ。現状でさえ、数万の兵士が犠牲となる事で初めて捕獲可能な相手だ・・・そんな大規模な異変をこちらが気づかぬとでも思うか?」
「っ・・・」
なるほど、と重鎮達もカイトの言いたいことを理解する。もしそんな戦いが起きてしまえば、流石に日本政府としても見過ごす事は出来ない。特にカイトは己の沽券に関わる。
戦争を覚悟でも、乗り込んで救わねばならなくなるのだ。そうなればその先に待つのはどちらにせよ、第三次世界大戦である。既に血が流されている以上、どちらも引けないだろう。
敵は大義名分を得る為にも、そして自国の兵士を殺した咎を支払わせる為に天桜学園の引き渡しを求めるだろうし、こちらはそんな言い掛かりが聞けるはずがない。そして当たり前だが、子供達を生贄にする事をカイトが許すはずもない。おそらく、彼が事の次第を世界中に暴露するはずだ。
残るのは敵がそのまま自分達の大義名分を押し通すか、自分達が悪かったと素直に引くかというチキンレースだけだ。そして引けるのなら、最初から引いている。もう引き金を引かざるを得ないのだ。
「だからこそ、だ。わかるか? 彼らの保護は第三次世界大戦の引き金を引く行動だ。それは認めよう。が、同時に第三次世界大戦を引き伸ばす為の方策でもある。そして同時に、こちらでその引き金を引くタイミングを選べるという事でもある」
カイトは反対派の重鎮達に向けて、道理を語る。もう引き金が引かれるというのは、避けようのない確定事項だ。これが自然現象なのかそれとも人為的な物なのかは、誰にもわからない。彼らの手にあるのは結果のみだ。そしてその結果があるが故に、避ける事は出来ないのだ。
「選べるのは引き金を引くのがどちらか、そのタイミングは何時か、というだけだ。勿論、引き金を引く役目は敵に任せるが、とアンダーソン大統領も後任であるマクレーン大統領も言うのだろうが」
「「「・・・」」」
反対派の重鎮達はカイトの言葉に反論する言葉を持ち合わせていなかった。なにせこれはあまりに道理だった。まだこれが10年程前の事ならば、敵も引ける道理があったかもしれないのだ。
が、数年前の戦いを起点として起きた数々の事件により、もう既にどちらの陣営も引けない所まで来てしまっていた。引けばその時こそ、どちらの陣営も瓦解する事がわかっている。世界はアメリカを中心とした海洋国家陣営と、中国を中心とした大陸国家陣営に分かたれている。これは世界大戦。世界の覇権が掛かった戦いだ。
どちらも引くことなぞ出来ようはずがなかった。あまりに莫大な、それこそ国家が終わる程の金が懸かっているからだ。反対派からすればこの事態が運命の神様とやらが起こした物であるのなら、大いに罵りたいような出来事だった。
「わかっただろう。ならば、この出来事は最終的には海洋陣営と大陸陣営の競い合いだ。天桜学園を、異世界の力を手に入れた陣営こそが、次の覇権を握るに等しい。彼らはまさに、次世代の核兵器。キングメーカーだ。手に入れた者が勝つのだ」
反論を叩き潰したカイトが、重鎮達に向けてそう断言する。そしてであればこそ、と彼は問いかけた。
「だからこそ、オレは天道に与している。わかったか? 決して人道だけでオレが動いているわけではない。大局的な視点で、動いている。反論があるのであれば、聞いておこうか」
もはや、大戦は不可避。そう断じたカイトはその上で、どうするかの選択を彼らへと委ねる。反論があれば、言えば良い。カイトは議論を大いに受け入れる。が、無いのであれば。答えは出たも同然だ。
「無いか?・・・無いようだな。では、これが結論だろう」
重鎮たちが己の論説に反論出来ないのを受けて、カイトが議論の終了を宣言する。そうして、それを受けて今まで沈黙を保っていた星矢が頷いた。
「では、日本政府はこれより彼らへの救援を行う旨のメッセージをパッケージとして同封する。また、各家族には書類にサインをさせた上で、一部限定的に情報を開示。その後はメッセージボックスにメッセージを同封してもらう事とする」
星矢の結論はこの会議で行われた全ての議論の結論だった。あのメッセージボックスは一週間しか日本に無いのだ。こちらからのメッセージを行う以上、準備をする事を考えれば一日で全てを終わらせる必要があった。
「では、解散」
星矢が議会の閉会を宣言する。そうして、一昼夜にも及ぶ議論の終了を受けて重鎮達が三々五々に散っていく。と、そんな中で残っていた覇王がカイトへと声を掛けた。
「いや・・・すまねぇな。最後に力借りちまって」
「ははは。いや、礼には及ばんさ。オレはこの土壇場まで、情勢を把握して更には体力の消耗を狙っていただけだからな」
覇王の感謝にカイトは笑いながら、今まで実は議論にあまり参加していなかった事を暴露する。実のところ、覇王と星矢が賛成派なのにカイトに一任していたのはかなり体力的に厳しかったからだ。この会議は徹夜だった。半日以上はぶっ続けで行っていた。しかも彼らはそれまでに数日の間天桜学園からのメッセージの到着に備えた数々の手配を行っていた。幾ら豪胆で知られる彼らとて精力が保つはずがない。が、それならそれで、とカイトは彼らを敢えて捨て駒にして、敵の体力を削らせたのであった。
「かつて、アドルフ・ヒトラーは言ったそうだな。議論をするのであれば、相手が消耗した所から叩き込むべきだ、とな。まさにその通りだ。存分にお二人と神宮寺家のご当主は彼らの体力を削ってくれた」
「おまっ・・・それで黙っていたわけか・・・」
覇王は思わず苦笑を浮かべる。戦略的にはカイトの戦術は正しい。お陰で重鎮達もまともに頭は働いておらず、最終盤では議論にも若干のミスが見受けられた。それは覇王達もそうだ。が、故に体力を温存していたカイトには一方的に言い含められてしまったのである。
「ははは。出来れば、反対派はいっそ天桜学園の帰還を邪魔する、という選択肢を提示してもらいたかったが・・・流石にそれはやらなかったか」
「非人道的だ」
「だろう? が、どうせ言うのなら、極論その程度はしてもらうべきだろう」
星矢の手短な非難の声にカイトは笑って頷いてそれをしないだけ良心があったという事なのだろう、と思っておく事にする。第三選択肢として、天桜学園の帰還の邪魔をするという選択肢も無いではなかった。が、曲がりなりにも彼らとて親だ。親の前でそんな事は言えなかった、と言う事で良いのだろう。
「では、オレはもう戻らせてもらうぞ。徹夜は徹夜。寝てはいないからな。そちらもイギリス政府だのと話をする必要があるだろう」
「ああ」
「協力、感謝する」
立ち上がって手を振ったカイトに対して、二人が礼を述べる。そうして、カイトはそれを背に隠れ家へと向かう事にするのだった。
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