第189話 エリナの戦い
天道家からの帰り道にて海瑠らを乗せて移動していたエリナ達へと仕掛けられた某国からの襲撃。それを受ける事にしたエリナであるが、それについて何か思う事はなかった。というのも、これについては慣れていたからだ。
「はぁ・・・何時も思うけどお仕事の邪魔はしないで欲しいわね」
「そう言いましても、相手もこれがお仕事。お互いに諜報員ですので、これも仕方がないのでしょう」
「それはそうだけど・・・せめて相手を見て言え、と言いたいわね」
「お嬢様・・・それこそ本日ばかりは私達が言うべきセリフではないかと」
エリナとシェリーは軽く話し合う。別に緊張なぞない。エリナとてこの一年と半年程度は父に従って外交官見習いとして動いていたのだ。当然、その中には荒事も含まれている。
そして彼女らの仕事上、それは対魔物は当然として対人間も含んでの事だ。なので実のところ、実戦経験としては海瑠達よりも遥かに上なのである。
「あら・・・それもそうね。さて、と言っても。私とて命懸けの状況で格上の相手に挑んだ事はないわ」
「それは・・・そうですね」
「ええ、でしょう? だから、そう言う意味では私達の方がまだ格上よ」
「はい、お嬢様」
エリナの言葉にシェリーが腰を折る。それを受けて、エリナは雑談はこの程度で良いだろう、と判断する。緊張は十分に解れた。何時でも行ける。
「シェリー」
「はい、お嬢様」
「得物を頂戴な」
「こちらに」
シェリーはエリナの言葉を受けると、車のトランクから一つのトランクケースを取り出した。それはフィルマ家の象徴たるユニコーンを象った家紋がでかでかと刻印された物だ。
中身は調整が終わってここに収められ、主の出番を今か今かと待ちわびるエリナの得物が入っている。これを開けるのは、エリナとその専属の従者たるシェリーだけだ。そしてそれ故、シェリーが手をかざすだけで勝手にトランクが開いた。
「こちらを、お嬢様」
「ありがとう・・・さぁ、行きましょうか」
エリナはいつの間にか現れていた一見すると単なる東洋人の観光客らを見る。世界中で揉めていようと、表の世界は20年前から何も変わらない。今もまだ平和を装っている。故に世界中ではあらゆる国の観光客達で溢れかえっているし、それ故にどんな人種や宗教の人達が日本を歩いていても不思議はない。
「あら・・・問答も無しかしら」
エリナは無言で短剣を抜き放った相手方に対して侮蔑を滲ませる。相手の数はおよそ十人と少し。こちらは二人だが、身体能力の面ではエリナとシェリーに圧倒的な分があった。既に薄れているとは言え、エリナは高位の獣人の血統だ。生半可な腕では勝てない。そう言う意味で言えば、人数差と性能差があって互角といえば互角と言える。
「お嬢様。あくまでも、お嬢様は身を守る事だけをお考えください。後はこちらで」
「わかっています」
シェリーの忠言にエリナは応ずる。そしてそれと、ほぼ同時。相手方が全員一斉に駆け出した。それに、エリナ達に迷いはない。決して離れない様に背中合わせに戦うだけだ。
「はぁ!」
突撃してきた敵をエリナは一閃で吹き飛ばす。虚を突く事が出来た事もあるが、出力であればエリナの方が遥かに上だった。故に敵に抑えきれる領域ではなかった。
フィルマ家は確かに外交官の家系であるが、同時に万が一に王室を守護する為に伯爵家として独自戦力の保有を表と裏の両王家から許可されている。故に外交官でありながら、彼らの一族はとある騎士団の長でもあったのだ。
その長としての役割は外交官としての立場と共にエリナの弟が引き継ぐ事になるが、エリナとて誰かへの輿入れまでは外交官兼騎士の一人として活動することになっている。故に、騎士としても専門の教育を受けていた。
何より、彼女らの血筋がある。その血統はまさに高貴なる血脈と呼ぶに相応しく、数百年単位で彼女は肉体を『調整』されてきている。
こと戦闘においては、諜報員程度で相手になる道理はどこにもなかった。確かに技量なら相手が上かもしれないが、エリナとシェリーのスペックはそんな物を軽く覆す領域なのだ。所詮小娘一人にメイド二人、と敵に油断が無かったわけではないが、些かエリナ達を低く見ていたという所は言い逃れ出来ないだろう。
「エイプリル!」
『はい、お嬢様』
エリナの声掛けに合わせて、吹き飛ばした人数分の銃弾が飛来する。それは彼女の運転手であるエイプリルが放った弾丸だ。
「数発、外したわよ」
『申し訳ありません』
「まぁ、良いでしょう。命中は命中しているものね。これで半分」
エリナは一瞬だけ深呼吸で呼吸を整える。まだ荒事に関わる様になって短い。緊張や恐怖はまだ、飼いならせていない。精神的に正常に近い状態で居られる魔術を併用して、戦っている。が、それにも限度はある。故に、出来る所で一度深呼吸をして精神を整える必要があった。
『・・・強い!?』
『こいつら、出来る!』
敵が彼らの言葉で会話を行う。どうやら、今の一撃で囲めば簡単に勝てる様な相手ではないと気付いたようだ。そうして今までは勢いで押す事にしていた様子のあった敵が、若干慎重さを表に出す。
『・・・援護を潰すのを待つぞ。背後を取られたままは拙い。遮蔽物を影にして戦え』
『『『了解』』』
どうやら、敵にはまだ増援が居るらしい。エイプリルを先に潰す事にしたようだ。先程は命中した狙撃だが、実はあれが命中させられたのはエリナが吹き飛ばしたからだ。
通常、弾丸程度では魔術を使いこなす戦士には対応出来ない。動きを止めれば確かに有効だが、超音速程度では軽く切り裂かれてしまうからだ。
海瑠達でだってやろうとすれば、拳銃程度は身に纏う障壁一つで防ぎ切る事が可能なのである。長く身体的な鍛錬を積んでいた空也であれば、軽機関銃程度なら防げるだろう。科学技術のみの武器とは、所詮その程度なのであった。
「あら・・・」
「お嬢様。どうやら、敵にも増援が居る模様」
「わかっているわ。エイプリル。聞こえているわね」
『はい』
エリナの言葉にエイプリルが了承を示す。とは言え、時間稼ぎが決して相手にだけ有利とは言えない。それをエリナは把握している。故に、特に焦る事はなかった。
「シェリー。時間稼ぎに徹しましょう。遠からず、日本政府が異常を嗅ぎつけるはずよ」
「最適の判断かと」
エリナの判断をシェリーが支持し、戦い方を攻めの方向から守りへと変更する。そしてどちらもこちらから攻め込まなくなった事により、僅かな停滞が生まれた。
『ガキを三人で押さえ込め。手足程度なら折って構わん。折る程度なら失血の心配は無い。メイドは殺せ』
『了解』
にらみ合いの最中。敵の司令官らしい男の指示が全員に飛ぶ。とは言え、残念な事にこれは全て彼らの国の言葉だった為、エリナにはわからなかった。エリナとてまだ若干十数歳だ。母国の英語とドイツ語、日本語の三ヶ国語が喋れるだけ十分に凄い事で、他の言語が理解出来ていなくても仕方がない。
そして流石にシェリーもそこまで対応しているわけではない。彼女はエリナの専任として生活面のフォローから戦闘での相棒として戦うが、通訳は仕事の外だ。相手の言語まではわからなかった。
「アジア系・・・と思いますが・・・アジア系はいまいちですね」
「しょうがないわ。私達が喋る英語が世界共通語なだけよ」
シェリーの僅かに苦味を滲ませる言葉にエリナが苦笑を滲ませる。そうして、そんな会話を交わしている間に相手が陣形を組み直した。
「さて・・・」
エリナは次の相手を観察する。次の相手は三人。背後には四人。確かに真っ当な相手であれば、こちらを十分に押さえつける事が可能な状態だろう。エリナとて先程の一撃は相手の虚を突く事が出来たからだとわかっている。であれば、油断はしない。
「・・・ふぅ」
小さく息を吐いて、エリナは肺腑の中の空気を入れ替える。それだけで秋の少しだけ心地よい風が、肺腑を満たしてくれる。身体が火照れば、心も火照る。それを彼女は理解していた。
(一人ずつ、確実に)
相手は今度は、同時に襲い掛かってくる事はなかった。出力では応じきれない事は理解している。ならば、下手に真正面から打ち合えば負けるのだ。経験は相手が上。気を付けるべきは背後を守るシェリーから離れず、同時に複数の敵を相手にしないこと。一人一人確実に倒していく事だ。
(武器は全員短剣。おそらく日本で購入したか、内通者が仕入れた物)
エリナは向かってきた最初の敵の攻撃をしっかりと見定める。武器は全員揃っている。戦い方も似ていると断じて良い。どこかの軍や諜報機関の所属で間違いないだろう。
(動き・・・追える)
エリナは高速化した思考の中で、相手の実力がこちら以下である事をしっかりと把握する。一対一なら、エリナでも負ける事はない。経験の差は確かに重要だが、それで覆せない実力差というものは現実として立ちはだかる。それを盾にすれば、負ける事はない。
(魔術加工の施された鎖帷子などは・・・装備している様子は無し。防刃チョッキも装着している様子はない)
軍人ではないのだから、強いて殺す必要はない。父はエリナにそう教えていた。勿論、これはエリナに殺しをさせたくない、という親心ではない。いや、無いとは言えないが、決してそれだけではない。
これは外交官的な考え方と言えるだろう。身柄を確保しておけばそれだけ、こちらの手札になってくれる。各種のやり方で相手の情報も聞き出せるし、もしこちらの重要人物が捕まった場合はその場合の取引に使える。殺すにしても利用価値が無くなってから。そういう考え方だった。故に、エリナが狙うのは致命傷を与える胴体ではなく、相手の戦闘力を奪う為の手足や敵の武器だ。
「ふっ」
そこからは一瞬だった。すれ違う瞬間、エリナは器用に敵の両手足を狙い細剣を突き立てる。その動きは細剣が引き抜かれて血が吹き出すよりも早かったほどだ。
「っ!」
それに、残る二人が驚きを浮かべる。どうやら、彼らが想像していたよりも更に上だったらしい。と、そこに。残る二人を目掛けて上空から雷が降り注いだ。
「え?」
『『『誰だ!?』』』
唐突な強襲に、流石の敵も驚きを浮かべる。エイプリルの援護は銃撃だ。つまり、ここには更に別の援軍が居る事になる。そしてその相手がエリナの表情を見れば、彼女らが知らない事は十分に理解出来た。
「いや、失礼。見知った者をやはり見捨ててはおけんのでな。トイレということで外へと出させて貰った」
幻術を切り裂いて、煌士が口を開いた。一応、魔導書は持っていない。が、カイトから貸してもらっていたガンホルダーを改良した物をジャケットの内側に潜ませており、そこに吊り下げていた。魔導書は開かなくても支援効果があるらしく、この状態でも十分魔術の増幅効果はあるらしい。
なお、ジャケットにはカイトらの手によって改修されており、内側に魔導書があるとバレない様な細工が施されていた。今回のように外に出る場合に使うように、と与えられたものだった。
「っ・・・」
敵が更なる増援で減らされた味方を見ながら、少しだけ苦渋を浮かべる。エリナ達は詩乃も含めてこれで4人。シェリーがまだ一人も片付けていない事で敵も4人だ。人数的な差はない。
だが、面子の内訳を考えれば襲撃者は全員が近接戦をメインとしているのに対して、煌士らは近距離三人に遠距離一人というバランその良い構成だ。身体能力を考えても、圧倒的に襲撃者側が不利だった。
とは言え、まだそれで勝敗が決したわけではない。エイプリルを襲撃に向かった人員が合流出来れば、彼らにも勝ち目は十分にある。まぁ、そう考えていられるのもここまでなのだが。その次の瞬間。ドサドサドサ、と大きな物音が鳴り響いた。
「っ!」
「お楽しみの所、邪魔するぜ」
「ブルー!?」
声の主は空中に逆さ向きに浮かぶカイトで、物音はエイプリルへ向かっていた別働隊の落下した音だ。どうやら完全に昏倒しているらしく、動く気配は無かった。
「少々、時間を掛けすぎた様子だな」
「貴様、いつの間に・・・」
敵の指揮官らしい男がカイトを睨みつける。エイプリルの側で彼が戦った時に起きるほどの戦闘の兆候は一切見受けられなかったらしい。
「あっはははは! いつの間に、か。たった今だ。っと、動くなよ」
敵がカイトが笑ったのを見て動こうとしたその動きを牽制する様に、動こうとした敵の耳横を弾丸が通り過ぎる。本来ならこれだけで脳震盪を起こす威力なのだが、敵も魔術で身体能力を強化しているお陰でそういうことにはならなかった。が、逆にそれ故にこちらが敢えて外された事は嫌でも理解できた。
『お嬢様。ご無事ですね?』
「エイプリル。そちらも無事なようね」
『はい・・・空也様が共に増援に駆けつけてくださいました。鍛錬の最中だったご様子です』
「あら・・・では、あの方にもそちらからかしら」
これは幸運だった、とエリナは微笑みを浮かべる。まぁ、実際には空也ではなくこの場に潜む浬達からなのだが、それは彼女には知らせなくて良いだろう。そうして、その一方でカイトが襲撃者達へと告げる。
「さて・・・ま、わかってるよな? 降参しとけ。死んだ所でそっちの生きてる奴からゲロらせるだけだからな」
「っ」
カイトの問いかけに襲撃者達は顔を顰める。任務失敗は確定だ。後は、捕らえられるのを良しとするか、それとも死ぬのを良しとするかの差だ。そしてカイトは良しとはしない。
「ほいよ」
「!?」
彼が軽い声と共に手を翻すと、そこにはいくつかのカプセルが浮かび上がる。それに襲撃者達は慌てて己の奥歯を舌で確かめるが、そこに仕込まれていたはずのカプセルが無い事を即座に理解した。カプセルの中身は自決用の毒薬だ。
「ま、こんな町中で堂々と襲撃に及んだんだ。迷惑被ってるんでな。日本政府とイギリス政府の為に少々、役に立ってくれや」
カイトが指をスナップさせると同時。結界が一部だけ裂けて内側へと陰陽師達が入ってくる。当たり前だが、カイトが一人で来たわけではない。陰陽師達も連れて来ていたのである。
「連れて行け。処遇についてはイギリス政府と共に相談する」
「わかった。そちらは?」
「一応、礼は聞いとかないと駄目だろ」
陰陽師の一人に問われたカイトは下でこちらを見詰めるエリナの視線を受けながら、僅かな苦笑と共に陰陽師の指揮官に向けて手を振る。そうして、カイトは地上へと降りる。
「煌士くん、だったな。空也くんも共に一応は、お手柄だったと言っておこう」
「「ありがとうございます」」
煌士と空也――カイトが一緒に連れて来ていた――がカイトの称賛に礼を述べる。だが、彼が言ったのは一応は、だ。当然その後には叱責が待っていた。
「だが・・・二人共迂闊だ。相手はプロの殺し屋でもある。不意を打てたから良いものの・・・次からは決して、このような事はしないように」
「「っ・・・」」
カイトの口調こそ柔らかかったものの、そこに滲んだかなり強い意思を煌士も空也もしっかりと把握していた。一応煌士らも戦いの状況を把握して勝てる相手と見たから挑んでいたし、きちんと不意を打てる様にシルフィ達が支援した事もわかっているのでこの程度だ。
煌士達の方にはモルガンとヴィヴィアンも一緒だ。が、それでもかなり本気で怒っていた。とは言え、それにはエリナが口を挟んだ。
「申し訳ありません。本来なら、私共が単独でなんとかすべき相手。それを三人の手を煩わせてしまったのは、私の不出来さ故。どうか、ここで矛を収めてください」
「・・・いや、君に謝ってもらうのは筋が違う。これは本来、日本政府がなんとかすべき話だった。君に謝罪すれど、君が謝罪する道理はない。こちらこそ、謝らせてもらおう。申し訳なかった。本件については、こちらからもイギリス政府に謝罪させて貰おう。少々、君たちに隠した案件に掛り切りに成りすぎてしまったようだ」
「いえ、そんな・・・顔を上げてください」
エリナはしっかりと頭を下げたカイトを慌てて助け起こす。元々密偵が完全に防げないというのは鎖国でもしていなければ大半の国で一緒だ。
故に諜報員に対して他の国の諜報員による襲撃が起きても仕方がない、というのはどこの国もわかりきった話だ。自分達が完全に防げないのに他人が完全に防げなくても当然なのである。勿論、それでも起きた以上は抗議は飛ぶだろう。が、その程度なのだ。事を荒立てるほどではない。
「ありがとう。詫びと言っては何だが、君達が無事に帰れる様にオレが護衛しよう。後始末については日本政府と来るだろうイギリス政府の専門家達に任せておけ」
「・・・」
エリナはカイトの申し出を判断出来ず、シェリーへと視線で問いかける。その視線を受けたシェリーであるが、こちらはすでに彼女の上司よりこの話を受けてのイギリス政府の動きを聞いており、小さく頷いた。
「ありがとうございます。お願いしてよろしいでしょうか」
「ああ・・・煌士くん、空也くん。君たちも一緒に乗せてもらいなさい。今日の事は一応、ご両親には報告しておくが、深く叱責されないようにはこちらで取り計らおう。今後は、こんな事は安直にしないように」
「「はい」」
煌士と空也は素直にその申し出を受け入れる。そうして、煌士達を乗せた車はカイト――とそちらに合流したモルガン達――に護衛されて、再び天城邸に向けて走り始めるのだった。
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