第17話 ブレスレット
煌士が祖父と会談を得た翌日。当たり前だが、ようやく事態が把握出来ると、浬にせよ海瑠にせよ、朝起きた時には顔は真っ青だった。というより、殆ど眠れなかったお陰で目の下には隈が出来、不健康さがありありと表れていた。
「どうしたの、二人共?」
綾音が真っ青な顔色の二人を見て、大いに目を見開く。だが当たり前だが、二人共真実を言えるはずが無かった。鬼に出会って呪われました、と言った所で、誰も信じてくれないだろう、と思ったのだ。
そして、真実、彼らの父親でなければ、それを信じてはくれなかっただろう。だが、残念な事に、彩斗はここ当分、地方出張という事で家に帰宅していなかった。
「ううん、ただちょっと風邪気味なだけだから、気にしないで」
「うん、僕も・・・ちょっと喫茶店寄って帰ったんだけど、冷房が効きすぎだっただけだと思うから」
「そう? もし体調が悪かったら、病院行く?」
「あ、ううん、そんな程じゃないから」
心配そうに二人を見る綾音だが、実際に浬の額に触れても海瑠の額に触れても熱は無かった為、一応注意しておくだけに留める事にしたらしい。まあ、昨夜の出来事を知らなかったのだから、致し方がない事だろう。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
そうして、食欲は無かったので、一応非常食として用意していたゼリー状のドリンクを口にして、二人は学校に向かうのだった。
「・・・天音、どうした? 真っ青だぞ?」
当校して朝礼が始まると、海瑠の顔が真っ青になっているのに担任が思わず目を見開く。体調不良を危惧したのだ。
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと朝から体調が優れなくて・・・」
「そうか? まあ、でももしどうしてもダメだ、と思ったら保健室行けよ。」
「はい、最上先生」
最上の言葉に海瑠は頷いた。そしてその言葉に、全員海瑠の体調不良を把握して、その後、昼休みまで誰も海瑠に語りかける事も無く、昼を迎える。当たり前だが、不安で体調が回復することは無かった。
そうして、昼休みに入り、食欲は無かったがお弁当を手に取ろうとして、そこにフェルがやってきた。横には姉や昨日一緒だった鳴海と侑子も一緒だ。
「海瑠、居るな。付いて来い」
「え、あ、はい」
相変わらず有無を言わさずの迫力のフェルはそう言うだけいうと、直ぐに姉たちを連れて移動を始める。海瑠はそれに大慌てでお弁当を手に取ると、急ぎ足でそれについていく。
海瑠は当初1階の玉藻の部屋に行くのか、と思ったが、向かう先は屋上だった。当たり前だが周囲には多くの生徒達が昼食を食べていた。
「適当に腰掛けろ」
空いたベンチに腰掛けて、フェルが告げる。それを受けて、一同は一度顔を見合わせて近くの席に腰掛けた。ちなみに、フェルが入ってきた事で周囲が静まり返り、此方に注目が集まっているのだが、相変わらずフェルは一切無視だった。
「食わんのか?」
何か重要な話でもするのか、と思った一同だが、フェルは持って来ていたお弁当をもくもくと食べ始めるだけだった。
「え、あ、うん・・・」
全員揃って食欲は無かったが、フェル一人だけ食べるのは変だろう。なので形だけでも食べるつもりで、全員食事を始める。
「・・・ねえ」
「なんだ?」
食事中、ふと、鳴海が気になってフェルに問いかける。というより、全員気になっていた事だ。
「フェルさん、自分でお弁当作ってるの?」
「ああ、これか。面倒見が良い男が居てな。そいつの手製だ」
くく、とフェルが笑う。だが、それに一同が驚きを浮かべた。
「・・・同棲、してるの?」
「いや? まあ、通い妻ならぬ通い夫をしてくれる奴が居てな。そいつが朝から弁当を作ってくれている。まあ、ほぼ毎日来ているから、ほぼ同棲状態だがな」
「そ、そっか・・・」
昨日から気付いていた事ではあったのだが、フェルはどうやら見た目以上の年齢らしい。と、言うわけで、一同引き攣った顔で聞かなかった事にする。
「ああ、思い出した。その男から、貴様らへ、だ」
フェルはそう言うと、ポケットから4人分のブレスレットを取り出した。
「これは・・・?」
4人はそれを受け取ると、それを観察する。だが、何の変哲もない普通のブレスレットだった。変わった事があるとするなら、アクセサリーとして綺麗な石が一つ取り付けられていたぐらい、か。
「何、これ?」
「貴様らの呪いの進行を抑える物だ」
「えぇ!?」
4人はそれを聞くと、大急ぎでブレスレットを装着する。そして、即座に抗議の声を上げたり、感謝を告げた。
「こんなのがあるなら早く言ってよ!」
「はぁ・・・とりあえず、ありがとう」
「助かったぁ・・・」
海瑠を除いた三人が、三者三様に安堵の言葉を漏らす。今まで何時死ぬかと気が気じゃなかったのだ。そうしてブレスレットを身に着けると、直ぐに顔色も幾分マシになった。ちなみに、海瑠も安堵しているが、口には出さなかっただけである。
「その男が昨日お前らが帰った後に渡してくれた物だ・・・が、貴様らよく何も聞かずに腕にはめたな」
フェルが呆れた顔で4人に告げる。フェルが内容を伝えるやいなや、その他のことは聞かずにさっさと身につけてしまったのだ。効果や副作用など一切お構いなしであった。まあ、身につけなければどちらにせよ遠からず死に至るので、身に付ける以外に選択肢は無いのだが。
「はぁ・・・これで死なないで済むんだ・・・」
「貴様ら・・・せめて効能と副作用は聞いておけ」
ほっと一息吐いた鳴海に対して、フェルは呆れを隠さずに告げる。
「確かに、それは貴様らの呪いの進行を抑えられる。が、副作用がある・・・おい、いい加減に一度食事を止めて私の話を聞け」
安堵したことで、どうやら空腹が一気に訪れたらしい。バクバクと大口を開けて食事を食べ始めた4人をフェルが睨む。それに、侑子が少し照れながら箸を置いた。
「あ・・・ごめん・・・」
「はぁ・・・もう一度言う。それは確かに、貴様らの呪いの進行を抑える。が、如何せんそれは強力な品物でな・・・海瑠。貴様なら、分かるだろう。一度周囲の生徒達を見てみろ」
「え・・・っ!」
フェルに促された海瑠が、周囲を見回してみる。そうして、直ぐに異変に気付いて、目を押さえた。
「なに・・・これ・・・」
「どうしたの!?」
いきなり目を押さえた海瑠を見て、浬が大慌てで顔を覗き込む。だが、海瑠はぎゅっと目を閉じてうずくまるだけだ。
「やはりそうなるか・・・これを使え」
事情が理解出来ているらしいフェルはポケットからメガネを取り出して、海瑠に差し出す。だが、海瑠は目を押さえてうずくまっている状態で、それを受け取れるはずが無かった。なので浬が代わってメガネを受け取る。
「ほら、海瑠。これ、使ってみて」
「うん・・・あ、戻った・・・」
メガネを掛けて再び周囲を見回して、元通りになっている事を確認した海瑠は、ようやくほっと一息吐いた。そうしてようやく落ち着いたのを見て、浬が問いかける。
「どうしたのよ?」
「すごい光がこう・・・ぶわー、ってなって、物凄い目が痛かった」
「ふん・・・そうだろうな。これは人間が元来持っている抗魔能力を高める為の物だ。体内の魔力を活性化させることでな。まあ、それ故に常に魔力的に消耗していくが・・・戦う事の無い貴様らに関係のある事ではないな」
海瑠の説明を聞いたフェルが、ブレスレットの説明を行う。これは呪いとブレスレットを風邪に例えるならば、呪いが風邪のウイルスだ。
そして、このブレスレットは体内の免疫力を高める、いわば風邪薬のような物なのだった。だが、風邪薬に眠くなるという副作用がある様に、これにも、当然副作用があるのである。そして、これが重要な事だ、と前置きして、フェルが告げた。
「よく聞け。これは確かに、貴様らの命を救える。だが、同時に危険に晒す物でもある。特に海瑠。貴様は土台が出来ている事もあって、それが顕著だ」
「一体何があるの?」
危険に晒す、と言われて、鳴海が不安げに問いかける。手はブレスレットを握っている所を見ると、いざとなれば即座にブレスレットを捨てるつもりなのだろう。
「それは、普段貴様らが使うはずの無い魔力を高める為の物だ。つまり、昨夜の鬼の様に、魔力を餌として探している者からすれば、貴様らは・・・そうだな。普段の貴様らがそこらにごまんと転がっている単なる食パンだとするなら、今の貴様らは上等なジャムの塗られた食パンぐらいには、レベルアップしてしまっているということだ」
「え・・・ちょ! そんなの付けてられないよ!」
フェルの話を聞いて、鳴海が大慌てでブレスレットを外そうとする。だが、その直前で、侑子がその手を強引に止めた。
「ちょっと!」
「待った! でも、これが無いと、呪い、ってので死ぬんだろ?」
問い掛けられたフェルは頷いて、今の彼らに選べる選択肢を提示した。
「そういうことだ。貴様らに選べるのは、数週間もしない内に死ぬか、貴様らを狙う奴らから逃げつつ、なんとか自力で呪いを解呪するか・・・この2つだけだ」
「そんな・・・」
フェルから提示された選択肢を聞いて、鳴海が再び絶望に近い落ち込み方をする。だが、ブレスレットを外そうとしていた手はすでにブレスレットから離れていた。選択肢は無かったのである。
「・・・ブレスレットを外して、その間に解呪するってのは?」
「無理だな。今の貴様らはゲームで言えば、レベル1だ。そこらの青いゼリー状の魔物にも劣る。それに対して、あの鬼はレベル60程度。大抵のゲームなら、ラスボスに挑めるクラスだ。だが、現実はゲームの様にそう安々とレベルが上がる物ではない。単純に解呪に限っても、少なくとも、半年は必要だ。現実には効率のよいレベルアップ方法や場所は無いぞ」
侑子の問い掛けに対して、フェルがざっとの概算を述べる。ちなみに、少なくとも半年なので、実際にはもっと時間が必要だろうと言うのが、フェルと御門の見立てだった。
とは言え、早ければ半年でなんとかなる、というのが見立てだ。そこはやってみないとわからない、と言うところだろう。
「あの・・・強くなるって、どうやって?」
「・・・む?」
海瑠の問い掛けに、フェルが不穏な反応をする。それに、一瞬非常に気まずい沈黙が流れた。
「ねえ、もしかして・・・考えていなかった?」
「・・・」
「ちょっと、何か言ってよ!」
何も言わず沈黙を保つフェルを見て、思わず鳴海が涙目で問いかける。だが、そんな一同に、フェルは笑って否定した。
「冗談だ。きちんと考えている。詳しい話は放課後だ。インドラもそれに関わるからな。先に進行を抑えるブレスレットを渡してやるか、と昼休みに貴様らを呼び出しただけだ。ブレスレットを受け取ったのが11時だったしな。実はプレゼントしてくれた奴の手製でな。不眠不休で作ってくれていたわけだが・・・感謝しておけ」
「うん・・・ああ、それで、昼から登校したんだ・・・」
浬が納得した様に頷く。実は今日、フェルは午前中は休みだったのだ。それでも御門が居た為に不安は少なかったのだが、理由は留学に関する手続きで問題があった為、大使館に呼び出された、という事だった。
だが実際にはブレスレットを待って、こちらに来てくれたのだろう、とわかったのだ。きちんと自分達の事を考えてくれていたフェルに、一同は少しだけ、感謝の気持ちを抱く。
「さて・・・では、きちんと弁当は食べておけ。力を付けるにも、身体が資本だ」
「あの・・・一つ良いかな? 海瑠くんの土台って?」
そうして再び昼食を再開した一同だったのだが、食べ始めて直ぐに侑子が問い掛けた。
「ん? ああ、カイトから聞いた。海瑠、貴様毎朝、瞑想を行ってるらしいな?」
「え、あ、うん。お兄ちゃんに言われてから、殆ど毎日。やらなかったのは・・・多分インフレンザの時ぐらいかな・・・」
海瑠はフェルの言葉に、毎朝行っている瞑想を思い出す。それはただ単に瞑想をするだけの物では無く、目に注力して、瞑想をするという独自の物だった。
「それだ。その瞑想・・・一番始めはカイトとティナが一緒に居たそうだな?」
「うん・・・ティナさんも知ってるの?」
ティナとは、彼らの家に居候している少女の名だ。海瑠の問い掛けに、フェルは頷いた。
「知っている。が、そんな事はどうでもいい。そいつらが最初に参加していたのは、貴様に土台を創る為だ。それで、貴様にだけ、土台が出来ているわけだ」
「只の瞑想で訓練になるのか?」
「そんなわけがあるか」
侑子の問い掛けに、フェルが苦笑して首を横に振った。たかだか瞑想程度で土台が出来るのなら、おそらく地球でも魔術や魔力は廃れる事は無かっただろう。
「言っただろう? こいつらの兄が瞑想に参加していた、と。当ててやろう。その始め、貴様の兄は背中に手をあてていただろう」
「え・・・うん」
海瑠は目を見開いて、フェルの言葉を認める。海瑠の兄も参加していたが、それは何も一緒に瞑想していたわけではなかったのだ。彼はただ、瞑想をする海瑠の後ろで、その背中に手をあてていただけであった。
「それで、貴様に流れる魔力を調整していたわけだ。貴様がきちんと眼をコントロール出来る様にな」
「え、でも、さっきはコントロールできてなかったみたいだけど?」
「それは、海瑠の力をブレスレットで強化してしまった為だ。ブレスレット有りでもコントロール出来るようになれば、逆にもう一人前と言えるだろうがな」
浬の問い掛けに対して、フェルが苦笑する。それに、浬も納得した。強化した力を使いこなす、というのなら、確かにそれ相応の修行が必要だろう、と思ったのである。
「あ、そういうこと・・・」
「わかったなら、さっさと食べろ。どうせ貴様らは昨日の夜から何も食べていないだろうからな」
「あはは・・・」
完全に見通されていた事に対して、浬は照れ笑いを浮かべるしか無かった。そうして、一同は昼食を食べ終えてかなり顔色が戻った状態で、昼からの授業に臨むのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回は来週土曜日21時です。
2016年5月9日 追記
・構成見直し
侑子のセリフに『昨日から何も食べていない』という一文があったのですが、後々フェルに指摘される部分で齟齬が起きる為、削除しました。すいません。初期プロットの名残です。