第179話 昼食会
海瑠がなんとか難を逃れてから少し。エリナは次の休憩時間に入った所でランスロットに用意してもらった特殊な空間へと入ると、自宅にて待機してくれているシェリーへと連絡を取っていた。定時連絡だ。
『なるほど・・・わかりました。それについてはその様に。お嬢様の判断は本国の方々も了承されるでしょう』
「そう・・・それで、とりあえず嘘は無かったと思うのだけど・・・あの一瞬の動揺。何かを隠している様子はあったわ」
『その動揺が何なのか、がとりあえずの目下の課題ですね』
「ええ」
エリナはシェリーの言葉に同意しておく。とりあえず気になったのは、やはりあの一瞬の揺らぎだ。何故煌士と一緒に居る事を突っつかれて動揺したのか。それがわからない。まだそれなら、その前の父親が学校に来ていた事の方が動揺に値する。
「まぁ、偶然という事も勿論あり得ますが・・・」
『それに、学生故に奇妙な事で・・・いえ、申し訳ありません』
「何も言っていないのだけど」
『お気になさらず』
別にエリナも気にしては居なかったが、シェリーは一応謝罪しておく。なお、奇妙な事というのは色恋沙汰だ。海瑠があの場の誰かに惚れていて、一緒に居るのではと邪推しただけである。その場合は、一緒に居る事を言いよどんでも無理はないと思ったのだ。
「別に良いのだけど・・・」
『ありがとうございます・・・それで、お嬢様。とりあえず本国よりのお申し付けですが、アテネ様とはなるべく友誼を得ておく様に、との事ですので、アテネ様の前であまり不躾な事はなさいませんよう』
「わかってるわ。まぁ、丁度よい縁だった、と考えましょう。あのお方の仲介役となる方の息子が偶然にもアテネ様の側に居るというのは好都合ね。一挙両得、と日本語では言うんだっけ?」
『かと』
これには素直にシェリーも同意するしかなかった。とは言え、実際には偶然での好都合云々ではなく、完全に意図的な集合なのだ。当然とは言える。
「にしても・・・」
エリナは少しだけ眉根を付ける。微妙に何かが引っかかるらしい。
『どうされました?』
「・・・時々視線を感じる・・・というのかしら。既視感のある何かこう・・・誰かがこちらを監視・・・いえ、見守っている様な感じが・・・」
『アテネ様かインドラ様なのでは? お嬢様の事は確かご挨拶をされましたよね?』
「ええ、ランスロット卿に頼んできちんとしたわ」
シェリーの問いかけにエリナは頷いた。流石にこの時には周囲に不審に思われるのでシェリーも同席していなかったし、丁度影となる所で挨拶を済ませてしまった為に挨拶出来たかどうかはエリナの自己申告でしか確認出来なかった。そしてそうであれば、とシェリーが続けた。
『我々各国の密偵達は昨日の様によほどの事がなければ現在その学校へは近づけません。であれば、必然お二柱の手の者になるのかと』
「そう・・・なのかしら」
エリナはシェリーの言葉に微妙な納得を送る。とは言え、こればかりはそうとしか彼女らには考えられない。シェリーの言った通り、アテネ達が居るからだ。下手に張り込んだ所で逆に不興を買いかねない。
相手はインド神話と仏教の最高位に位置するインドラと、ギリシア神話のオリュンポス十二神の一角であり、世界的に有名な戦女神であるアテネだ。どちらも知名度や信仰であれば地球上でも群を抜いている。
大半の国にはキリスト教やイスラム教を別にして独自の神や地域の神を抱えている以上、そんな大御所と揉めるとその地域の神様から非常に怒られる事は請け合いだ。
下手をするとそういう裏の伝手を通して自分の政治生命さえ意図も簡単に断たれかねない。密偵達とて簡単に討ち取られるだろう。現在の天神市第八中学校はある種の聖域と化していたのである。
「でも・・・なんというか、今も見られている様な・・・」
『まぁ、アテネ様は戦女神。こういう内通と言いますか、定時連絡を偵察されるのは自然な事なのでは?』
「うーん・・・」
そうじゃないんだけどなぁ、とエリナは複雑な表情だ。なんというか、彼女の直感が告げているらしい。この視線はそういうある種の敵意混じりの物ではない、と。故に、先の見守るという言葉なのである。こればかりは直に感じられる彼女しかわからない事だ。シェリーがこの場に居たとてわからないだろう。
「・・・まぁ、良いわ。とりあえず私達には調べようはないものね」
『は・・・申し訳ありません』
「良いわ。わかっていたもの」
エリナはシェリーの謝罪に首を振る。そうして、そろそろ時間なので会話を切り上げて、彼女は戻る事にする。と、それを見ていた影がある。まぁ、言うまでもなくカイトであった。
『おいおい・・・マジかよ』
そのカイトであるが、おそらく人の姿であれば大いに頬を引き攣らせていただろう。確かに、彼はエリナとはそこそこ見知った間柄だ。お互いに言葉を交わした事はないし、明確な意思のやり取りをしたわけではない。ないが、カイトは数度エリナを救っている。それ故、彼はなんというか、他国の少女であり他国の諜報員であるが彼女の事を無意識的に守ろうという意識が働いていたのである。
父の方が喩え国の思惑があろうとエリナの恋路に明確な反対の意思を露わにしないのにも、そこらの関係がある。事実は事実として、カイトの人柄を彼も認識していたからだ。父や外交官としての考えは別にして、男性としてのカイトの事をある種の恩人や庇護者として両親共に認めていたのである。
『面倒な事にしかなんねぇなぁ・・・』
苦味を滲ませるカイトは、エリナが去った事に合わせてその場から飛び去っていくのだった。
さて、それから数時間後。数度の授業を経て学校は昼休みへと突入していた。が、幸いなのか残念ながらなのか、何時もなら同席するアテネは風紀委員の会合の為そちらで昼食、御門とランスロットはちょっとした裏方の仕事で朝から分身――これはエリナも把握している――を置いて出掛けていた。
「と、言うわけでフィルマさん」
「お初、お目にかかります。エリナ・フィルマともうします。お見知りおきを」
「「「は、はぁ・・・」」」
海瑠から紹介されたエリナがカーテシー――スカートの裾を持ち上げる挨拶――で一同に挨拶する。それに対して、ある意味欧州の少女らしい少女の挨拶に浬らは目を丸くするばかりだ。
「え、えーっと・・・とりあえず座ったら・・・?」
「ありがとうございます」
エリナが感謝と共に勧められる席に着席する。と、そうしてフェルが口を開いた。
「で? 私に話と?」
「いえ・・・私も留学生ですし、せっかく日本で出会えたわけですから少々お話できればな、と」
「ふむ・・・まぁ、それは構わんがな。どうせなら日本の奴と話すべきではないか?」
エリナはフェルの言葉に妙に偉そうな女性だな、と思うばかりだ。が、それが不快な感じではなく、フェルの場合は妙に堂に入る様だ。決してそれが悪しざまには思えない妙な愛嬌があった。
「ええ、それは勿論。ですが、せっかくですからお昼ぐらいは他国の事を知っても良いかな、と」
「まぁ、構わんか」
フェルは別に裏方に突っ込まれる事ではないので気軽に応ずる。ここら、意外かもしれないが彼女は決して人を遠ざけるという事はない。逆に人を惹きつける魅力の様な物まで持ち合わせている為、このような性格でありながら、決して近寄りがたい雰囲気は無かった。
彼女にしても元々は大天使ルシフェルにして、堕天使の王とまで言われる女だ。カリスマ性は持ち合わせており、ああいった偉そうな態度を含めて、彼女のカリスマとして学生達にも受け入れられていた。基本的に彼女の職務上浬らと一緒に居るだけで、休憩時間には別の少女らと関わっている事も多い。
「ふむ・・・と言っても強いて話し合う事もないが・・・ああ、そうだ。それで言えば一つ気になっていた事はある」
「なんでしょうか」
フェルの言葉にエリナが首を傾げる。今のところ、エリナにとってフェルは単にアテネと仲の良い少女だ。仕事の事を考えても邪険にするつもりはない。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、と言う。外堀を埋めるという言葉もある。アテネが居なくとも彼女から攻める事は十分に戦略として認められた。
「・・・イギリスの飯は不味いというのは本当か?」
「え?」
「ああ、フェルちゃん。これでも美食家らしくて・・・」
「食は全ての基本だ。飯が不味いとやる気が削がれる」
フェルは相変わらず偉そうであるが、そこには明確な意思が滲んでいた。どうやら、美食家というのは本当らしい。エリナもそれを把握する。というわけで、であれば、と申し出る事は一つだった。
「おひとつ・・・食べますか?」
「いただこう・・・その代わりと言ってはなんだが、一つ食べるか? スウェーデン料理でなくて申し訳ないがな」
「あ、頂きます」
フェルの申し出にエリナは彼女のお弁当から適当におかずを選んでアスパラガスのベーコン巻きを手に取った。何故これなのか、というとこうなることは予想しておらずお箸もフォークも持ってきていなかったからだ。その点、アスパラガスのベーコン巻きは爪楊枝が突き刺さっていたので手で食べられる。
「あ・・・」
一口くちにして、エリナもこれが非常に簡素な料理でありながらそれだけではない事の気付いた。食材が違うのは勿論のこと、アスパラガスのえぐみをしっかりと抜いた上で下味まで付けたきちんとした料理として成立していたのである。
「美味いだろう?」
「はい・・・」
エリナはただただ目を丸くして、内心でお弁当、侮りがたしと思うばかりだ。なお、そんな彼女の昼食はサンドイッチだ。イギリスでは基本的な昼食の一つと言える。というわけで、そちらを食べたフェルが即座に論評に入っていた。
「ふむ・・・ワインビネガーで漬け込んでいるか。ふむ・・・少し漬け込みが甘いが、そこは個人の趣味という所か」
「分かるんですか?」
「ああ。別にスウェーデン出身だからとその国の料理にこだわるつもりはない。世界各国の美食を食べるのが、私の趣味だ」
「は、はぁ・・・」
中学生なのにまた不思議な趣味を持っているな、とエリナは感心すれば良いのか呆れれば良いのかわからずとりあえず頷いておく。それに実際に一瞬でサンドイッチに使われているきゅうりがワインビネガーで漬け込んだ物だと見抜いていたので、きちんと彼女の身にもなっている。と、そんなエリナに鳴海が教えてくれた。
「実際、フェルちゃんの料理の腕も凄いもんねー」
「食べていれば味もわかるし、味が分かれば再現も可能だ・・・まぁ、基本的にはあれに作らせるだけだがな」
どうやら今日も今日とて料理はカイトが作ったらしい。なお、その彼であるが今はエリナが来る為モルガン、ヴィヴィアンの妖精組と一緒に上空に避難している。
「あれ?」
「ああ、あれ・・・いや、あれではわからんか。料理人の様な男が居るのでな」
「料理人ですか」
フェルの言葉にエリナは普通にスルーする。ここら、やはり英国の上流階級出身故にという所だろう。日本では専属の料理人が一般的ではない事をあまり理解していない様子だった。
まぁ、聞かれた所で彼氏だ、と言われるだけなので問題もなかっただろう。フェルも料理人の様な男、と言ったのであって料理人とは言っていない。勝手にエリナが勘違いしているだけだ。
「私はシェリー・・・お付きの人に頼んで用意しています。ですので、これも彼女が」
「なるほど。中々良い出来だ。であれば、この味付けは貴様の好みか?」
「はい・・・あまりお酢が強いと鼻に来るので・・・」
エリナとフェルはしばらくの間、サンドイッチ談義を行う。やはりエリナもイギリス人と言う所だろう。本場というかそういう所から、一家言ある様子だった。というわけで、しばらくは周囲を置いてきぼりにして二人は食の話を行う事になる。
「なるほど・・・チーズを挟むのか。それは有りだな」
「はい。今日はお昼食という事でしっかりと栄養を補給する為で、お紅茶に合う物ではないのですが・・・」
「ふむ・・・キューカンバー・サンドイッチか。確かに軽め故にダージリン等の強い香りの紅茶には合いそうだな」
「ええ。今でも正式なアフタヌーンティーでは供される物です」
どうやら、エリナにとっても食事中に食に関する話題をするというのは良い話だった様子だ。
「ふむ・・・楽に出来そうだな」
「ええ、作る事そのものは、楽に出来るかと」
「やらせてみるか・・・作ってきてみたいが、その時は同席を頼めるか?」
「ええ、ぜひ」
エリナはフェルの申し出に柔和な笑顔で頷いた。これはある意味では彼女の目論見通りと言える。断る道理が無かった。
それにフェルはフェルで料理を確認してもらいたいのは事実だし、何ら嘘無くエリナを監視下に置ける理由になる。逆にエリナとしてみればこれでまた次回参加出来る理由にもなる。そうすれば、アテネと接触も図れるわけだ。というわけで、両者の合意の下、これからもちょくちょくエリナが参加する事が決定される事になるのだった。
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