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第16話 動き始める世界

 フェルと御門によって浬達に世界の真相の一端が語られていた頃。煌士は自宅にて祖父から呼び出しを受けていた。


「参りました、お祖父様」


 煌士は滅多にない程に真剣な顔で、祖父が使う応接室の一室で頭を下げる。畳の間なので、足は正座だ。


「うむ・・・姉の桜については知っているな、と言うまでもないな」

「はい」


 祖父の問い掛けに、煌士が頷く。消えた姉を知らないはずは無かった。そして、その後の行方についても一切が未知だということは、検査や調査に<<天道の麒麟児(てんどうのうきりんじ)>>として協力している彼が知らないはずは無かった。それに、祖父も頷いた。

 祖父の名は、天道 武(てんどう たける)と言った。すでに齢50を大きく超えて頭に白髪は生えているが、未だに一切の衰えの見えない着物姿の筋骨隆々の老人だった。

 彼に対して平然と普通であれるのは、初の女孫として溺愛される彼の姉や、煌士の妹達と、武の実子であり現天道家当主である父しか、煌士は知らない。

 通常はハイテンションな煌士でさえ、この祖父の前でだけは、往年の神童として振る舞う。いや、歴代の総理大臣や海外の大国の首脳であっても、彼の前では謙る。それほどまでに、恐ろしいと言われる人物だった。


「1年前に煌士が書いた異世界の存在に関する論文を読んだ。それについて、考察を聞きたい」

「なっ・・・あれを読まれたのですか?」


 煌士がぎょっと目を見開いた。彼は、自分が一風変わった人間であると理解していた。それ故に、彼としては真剣に記述した異世界という存在に関する論文であっても、他者からすれば一笑に付す物だろうと考えていた。それを、他ならぬ祖父が読んだ、というのだ。驚かぬはずが無かった。そして、驚きは続く。


「儂は・・・いや、天道財閥は、今の予想では天桜学園は異世界にある、と推測している」

「は・・・?」


 告げられた言葉に、思わず煌士が目を瞬かせる。その推測は、確かに煌士もしなかったわけではない。アッパーテンションで中学校では変態かつ名物生徒会長としか言われないが、その実、世界的に彼の評価を探れば数百人の学者に匹敵すると言われる煌士だ。自ら異世界の存在に関する論文を書いておきながら、その可能性を入れないはずが無かった。


「これは、お前が書いた論文だな?」


 武は横の使用人に命じて、煌士に一束の紙の束を差し出させる。それは、名前は記載されていない物だが、ある論文だった。その題名は『未知の力の存在について』だった。


「お前のパソコンにその原文があるのを見つけている。相違ないな?」

「・・・はい。確かに、私が執筆致しました」


 他人のパソコンを覗き見るというのは家族であっても叱責されるべき事だが、そんな道理は彼に問うた所で意味は無い。この世界で最も冷酷で、冷徹な存在。それが、武だった。必要ならば、彼は何ら躊躇いなくそれを実行するだろう。

 ちなみに、間違えてはいけない事が一つある。確かに武は冷徹で冷酷だが、肉親の情はきちんと存在している。なので、彼は煌士が不条理で苦境に陥れば、天道家の力を使って手を貸す事を躊躇う事は無い。あくまで表向きに冷酷で冷徹なだけだ。だからこそ、当主足りえるのだった。


「・・・対策は?」

「はい、すでに全て整えております。どのような組織でも、この場は盗聴も盗撮もされておりません」


 武の言葉に、使用人達が答える。それを受けて、武が頷く。そうして、彼は煌士をしっかりと見据えて告げた。


「煌士・・・この未知の力を独力で探し当てる者がお前で助かった、と思っている」

「・・・それは、一体どういう事でしょうか?」


 祖父の言っている意味が理解出来ず、煌士が眉間に皺を寄せて問いかける。いや、正確には、理解は出来る。だが、信じられなかったのだ。彼が言っている事をそのまま鵜呑みにすれば、未知の力は実在し、そしてそれを祖父は知っている、と言っているに他ならなかった。


「未知の力は存在する。それを、儂らは魔力、と読んでいる」

「・・・は?」


 ぽかん、と煌士が口を開ける。至極真面目に祖父から告げられた言葉は、祖父から語られるはずの無い単語だった。それ故、煌士は思わず苦笑して、武に問い掛けた。


「お、お祖父様、もしやこれは何らかのドッキリなのですか? お祖父様の口から魔力なぞ・・・空さんならまだしも、お祖父様がそのような事を仰るとは・・・」


 空とは、彼の親戚にあたる人物の名前だった。彼もまた、煌士の姉・桜と共に、天桜学園の消失に巻き込まれていた。その空に煌士は懐いており、端的に言って、彼が中二病を発病したのはその彼の影響と言って良かった。


「このようなことで、儂が冗談を言うと思うか?」

「・・・いえ、申し訳ありません」


 苦笑した煌士だったが、武に真剣な眼で射竦められて、謝罪する。武にとって消えた桜は最も溺愛する孫だ。それに関することで、彼が冗談を言うとは思えなかった。とは言え、信じられないのもまた、道理だと思ったらしい。


「見ておれ・・・」


 武は煌士にそう告げると、意識を集中して自らの右手を前に突き出した。すると、その掌から奇妙の紋様が、空中に浮かび上がる。それはまるで、物語に告げられる魔法陣の様だった。


「<<風神風(ふうじんぷう)>>」


 武の言葉に反応して、魔法陣が緑色に光り輝き、煌士へ向けて緩やかな風が吹き出した。それを浴びて、煌士は目を大きく見開く。


「え?」

「理解できたな?」


 魔法陣が光り輝く限り、風の放出は止まらなかった。それを見れば、煌士とて否が応でも理解せざるを得ない。そうして、武は魔法陣を消すと煌士に告げる。


「魔力と言う物は実在する。それは、お主の父とて承知している」

「お父様が、ですか?」

「うむ・・・より言えば、春真も知っている。」


 春真とは、煌士の兄の事だ。煌士には二人の兄と一人の姉、二人の妹が存在している。その長兄が、春真であった。


「お前に話したのは他でもない。その線で、財閥が桜の行方を探っている所だ」

「それに、協力しろ、と?」

「そういうことだ」


 煌士の問い掛けに、武が頷いた。もともと煌士は<<天道の麒麟児(てんどうのうきりんじ)>>と呼ばれる程の神童だ。魔力に独力で辿り着いた実績もある。その力を得られる立場にあるのであれば、得ようとするのは当然だった。


「資料は煌士、お前の部屋に送らせる。ただし、これは全て本来は最重要機密に指定されている物だ。取り扱いには気をつけろ」

「わかりました」

「詩乃。お前も資料は一読しておけ。中には護衛に使える物も存在している」

「畏まりました」


 武は最後に詩乃にも言い含め、立ち上がる。彼は隠居したとは言え、現職は会長だ。本来は忙しく世界中を飛び回っているのだ。これからまた仕事で出掛けるのだろう。


「いってらっしゃいませ、お祖父様」

「いってらっしゃいませ、大旦那様」

「うむ」


 二人の言葉を背に、武はその場を後にする。これから、彼は再び天道財閥の本社へと出向き、自らの設立した部の手助けに行くのだった。そうして、武が去った後。小さく、笑い声が響いてきた。


「く・・・くくく・・・あーっははは! 我輩、大歓喜である! 魔法とは、なんとも心躍るではないか!」

「はぁ・・・」


 祖父が去ったと見るや高笑いを始めた自らの主に対して、詩乃はため息を吐いた。そんな事はさておいて、尚も煌士は高笑いを上げる。それは詩乃によって強制停止されるのが何時もの流れだったのだが、今回ばかりは違った。


「ゆくぞ、詩乃よ! 大急ぎで資料を確認せねば!」

「はぁ・・・畏まりました」


 そうして、ハイテンションな主とそんな主にローテンションな従者は邸内でも有数の警備を誇る煌士の自室へと向かうのであった。




 丁度、その頃。天神市から少し離れた東京都内の西の端にて、少女がスマホで電話していた。電話相手は数時間前に浬の兄が言っていた、裏世界の警察にあたる組織に所属している少年だった。浬達が鬼に襲われ、それをフェル達が討伐した事を察知されていないかどうか探りを入れたのである。


「・・・そうか。やはり、皇は把握していないか」

『おう。まあ、つっても討伐された事ぐらいは把握しとる、つーとこやろな。連絡回してくれへんけど』


 少女の顔には、少しだけ苦渋が浮かんでいた。これはかつて自分の所属していた組織の不甲斐なさを嘆く物だったのだが、それを悟った少年から、呆れられた。


『あのなぁ・・・お前がどないなモン見たのかは知らんが、俺らはこんなもんやぞ? 昔から』

「そう・・・だったか?」


 少女は電話相手に言われて、ふと、自分が生まれてから数年前までずっと所属していた組織の実力を思い出す。この少女もまた、数年前まではその組織に所属していたのである。それも、少年よりもずっと上層部に近い地位で、だ。

 すると、確かに、その程度だ、と思いだした。今自分が所属している所は数年なのに、すっかりその実力が基準となっていた自分に、少女は思わず笑みを零す。


『はぁ・・・すっかり毒されとるな・・・』

「ははは、一度貴様にも見せてやりたかった」


 少女の快活な笑い声を聞いて、電話相手もとりあえず気を取り直した。


『そりゃ、見てみたいもんやな。で、無事は無事なんやな?』

「ああ、奴から連絡が届いた。昔居た異世界に飛ばされたそうだ。旧知の仲間達と仲良くやってるから、気にするな、だそうだ。女の声があったから、おそらく何時も通りだろう」

『あいっかわらずぶっ飛んだ奴やな・・・』


 電話相手が呆れ100%で呟いた。もともとぶっ飛んでいるとは知っていたが、ここまでぶっ飛んでいるとは思わなかったのだ。


「まあ、いい。そっちはどうだ? 怪我は問題無いか?」

『まあ、骨折で済んだ、つーとこやな。向こうも俺やと見ると、手加減しよったらしいわ。後で綺麗にくっつく、つって医者が事故にしちゃえらい不思議がる程の怪我やわ。まあ、流石にあいつ相手に喧嘩売るのだけは、避けたらしいな』

「居なくなっても、覇王殿の威名は健在か」

『らしいわ。俺も親父もやけど、秋夜も今回ばかりは感謝せなな。そうやないと、確実に死んでたわ・・・』


 二人は苦笑を交わし合う。今回、彼らは居なくなった浬の兄の消息が掴めた、ということで密かに連絡を取り合っていたのだった。


「まあ、とりあえず・・・なら、奴らもそれほど酷くは暴れないだろう」

『帰ってきて悲惨な状況やと、確実にあいつがブチ切れる。そら恐ろしいわ。俺やとちびっとんな』

「私としては、誰も帰ってこないという事を考えていない事の方が恐ろしいよ」

『あはは! 違いないわな!』


 少女の苦笑した言葉に、少年が大声で笑う。抑え役が居なくなったのは彼らも把握していても、その抑え役が戻ってこないとは、誰も思っていなかった。

 つまりは、鬼のいぬ間になんとやら、という奴だったのだ。そこまで悲惨な状況になっていなければ、後は何度か苦言を呈されて終わりだろう、と実は少年が相手をした鬼達にしても考えていたのである。


「まあ、いい。とりあえず、情報、感謝する。彼らの思惑についても、語った通り、だ」

『いや、こっちこそ助かるわ。その情報があっただけ、助かる。安易にそっちに割かんでええからな。それに、よもや帝釈天様が来られているとなると、こっちも天神市では安易に行動出来ん。それが前もって教えてもらえとるだけでも、えらい違ってくる。それに鬼の調査にしても、見るに見かねて手助けしてくれた帝釈天様が倒した、で問題なく終わらせられるやろ』

「現にそれで間違いが無い。よもやインドラ殿に調書を取る程、皇も不遜では無いだろうしな」

『あはは! しゃーないわ! 俺も親父も、つーか、陰陽師全体が帝釈天様やアマテラス様やらから力を借り受けとる! 特に帝釈天様は最重要の神様や! どだい無理やわな! 確実に、高野山あたりから速攻で文句が飛んで来るわ!』


 少女の言葉を聞いて、少年が大笑いを上げる。神様に力を借りておきながら、その神様に調書を取るような事は出来ないだろう。それに、やってくれたのは自分達の尻拭いだ。感謝の言葉を述べる事はあっても、まかり間違っても、文句なんぞ言えるはずがなかった。

 と、そんな大声で笑っていたからだろうか。怒鳴り声が通話に入ってきた。


『こら、鏡夜! あんたまた病室から出て電話しとるんかいな!』

『げっ! 紫苑! おま、また来たんか!』

『そりゃ、幼馴染が大怪我したんやから来るやろ! おばさんからも頼まれとるし! さっさと戻ってベットで寝とき!』

「ああ、紫苑か。息災無いか?」


 スマホから響いてきた声は、少女にとっても顔見知りの相手だった。それ故、少女は何時も通り変わらぬ友人に、スマホ越しに挨拶を送る。


『あれ? あ、もしかして電話相手は皇花ちゃんやったん?』

「ああ、すまない。大怪我をした、と最近になって聞いた物だからな。学校が終わってから電話をしたら、こんな時間になってしまった」


 紫苑は普通の女の子だった。それ故、二人が異族達裏社会に通じているどころか異族達が居るとは全く知らず、皇花と呼ばれた少女は咄嗟に当たり障りのない嘘を吐く。まあ、学校が終わってから電話を、というのは嘘では無いので、嘘とは思われなかったのだが。


『そっか。で、こっちは元気やわ。そっちも元気?』

「ああ、こっちも問題無いよ。学友も先生方も良くしてくれている」

『そっちは大変ちゃうの? なんかカイトが通っとった学園・・・って、ごめん。カイト言うてもわからんわな。ウチの小学校の同級生やった奴やねんけど、そいつが天桜学園に通っとった。で、それが消えて大変や、言うとるやん』

「ああ、大丈夫だ。こっちは天神市の外れだからな。一週間ほど休校になったが、それだけだ。今は何が異変が起きているわけでもないしな」


 皇花と呼ばれた少女は、紫苑の言葉に少しだけ笑いを浮かべる。実はそのカイトとも知り合いで、その関連で今は彼女は表向き名前を変えて実家とも半分ぐらい縁を切っている事なぞ、露とも思っていないだろう。

 そう、皇花とはこの少女の本当の名前で、今の少女は表向き御門 刀花(みかど とうか)と名乗っていた。本名は皇 皇花(すめらぎ おうか)と言い、鏡夜なる少年が所属する組織の上役の一人で裏世界では知られた名前だったのだが、とある理由で使えなくなってしまっていたのである。なので、偽名を名乗っているのであった。


『おーい、紫苑ー、出来れば返してくれへんかー・・・』

『うっさい! あんたはさっさとベッド戻る! こっちの話終わったら、持ってったるわ!』

『うぎゃ! 蹴るやな! これでも足骨折しとんねんぞ!』

『知るか!』


 楽しげで、それなりに悲惨な騒動が繰り広げられる様子が、刀花の耳にもスマホ越しに響いてくる。それに、刀花はこれ以上の情報の交換は無理だろうな、と判断して、滅多に会えない友人との雑談を心から楽しむ事にしたのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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