第169話 変わっていく日常
とりあえず空也が<<三日月宗近>>を仲間にした日の翌日朝。当たり前であるが、そんな事は露知らずな海瑠はいつもの様に浬と共に学校へと登校していた。
「ふぅ・・・なんか久しぶりな気がするなー」
「んな訳あるかよ」
海瑠のつぶやきに隣の席の生徒が半笑いでツッコミを入れる。とは言え、海瑠は実際には一週間ぶりの登校だ。そう思うのも無理はない。
まぁ、そう言っても一応、この一週間で使い魔が得た記憶そのものは魔術的に回収して保管している。この間の授業で行われた知識についてはすでにインストール済みだ。他の細々とした記憶は面倒と言うか色々と対処してからでないと問題が出る為、少しだけ時間を空ける事になっていた。
「あはは。土日の休みが終わったらなんかそんな気分、出ない?」
「そうかなー」
海瑠の言葉に隣の席の生徒は微妙に分かる様なわからない様な顔をする。これが連休であれば有無もなく同意するのであろうが、流石に普通の週末であればこの生徒が普通だろう。
「そういやさー。お前の姉ちゃんのクラスに転校生来てんじゃん」
「ああ、フェルさん?」
「知り合い?」
「お姉ちゃんが席、隣だから。御門先生からお世話任されたんだって。部活で何度か」
「あー・・・」
隣の生徒は海瑠の言葉になるほど、と納得する。そう言えば浬がフェルの道案内と言うか校舎の案内をしていたのは目撃されている。それを思い出したのだろう。そしてであれば、女子バスケットボール部の所で会っていても不思議はないと思ったようだ。
「って、そうじゃなくて」
「じゃあミナさん?」
「そうじゃないって・・・」
どうやら、そう言う話ではないらしい。とは言え、この話の流れだ。何か関連性はあるのだろう。
「噂、聞いただろ?」
「何の?」
「あれ? お前職員室で聞いてなかったっけ?」
「え、あ、ごめん。聞いたかもだけど、何のこと? とりあえずそれ言わないとわかんないよ」
浬は若干焦りながら、とりあえず本題に入ってもらう事にする。どうやら、使い魔の側が得ていた情報の中にある他愛ない話だったようだ。
「あっと。そりゃそうか。悪い悪い。ほら、転校生、来るかもって話あったじゃん」
「あ、あー・・・」
海瑠は焦りながら、曖昧に返事しておく。ここらの記憶は取り出せていないのだ。とりあえず適当に話を合わせておく事にしておいた。
「そう言えばそんな話あったっけ。休み色々あって忘れてた」
「ふーん・・・で、今日朝一に日誌取りに職員室行ったらマジで居たのよ! ロン先生の所に挨拶に行ってた。知り合いっぽい」
「へー」
興奮を滲ませる隣の席の生徒に、海瑠は少しだけ目を見開いた。これは純粋に海瑠としても興味があった。というわけで二人は少しこの話題を話し合う事にするが、その話題はやはり他の生徒としても興味がある話題だったらしい。近くの生徒達も参加する事になる。なお、ロンというのはランスロットの偽名の愛称だ。アロンで縮めてロンというわけらしい。
「男の子?」
「女。無茶苦茶可愛い女の子。金髪とか無茶苦茶サラサラでさー。なんていうの? えーっと、人形みたいってのが無茶苦茶似合うわけ」
「「「おぉおおお」」」
やはりかわいい女の子だ。男子生徒達は興味津々と言う所だ。まぁ、勿論。そこは思春期の男子生徒という事もあり、自ら近づいていける生徒は殆ど居ないだろうというのも、わかった話である。
「クラスとかわかんねぇの?」
「流石にそこまでは・・・と言うか、ロン先生の所に居たから、詳しい話出来なかったのよ。最上センセもさっさと行けって行ってたしさー」
「ウチのクラスにも来ねぇかなー」
「さー・・・あ、でもこれから一年お願いします、とか言ってたから、多分一年か二年じゃね?」
「「「「おぉおおおお!」」」
僅かに見えた可能性に男子生徒達が沸き立った。と、その一方の海瑠なのだが、その会話に参加したかったわけだが出来ない事情があった。というのも、目の前にカイトが降り立っていたからだ。
『あー、うん。この様に興奮著しい男の子達が居るわけですが』
「あはは・・・」
『うん。その子、掛け値なしのイギリスの名家の女の子だから。間違っても迂闊な事すんなよ。英国王室から狙われたく無いだろ。メイドさん、ガチの暗殺可能な護衛も兼ねてるからな』
「うわぁ・・・」
海瑠は心の底から、知らないっていいなぁ、と思う。出来れば自分も知りたくなかった。そして同時に関わらない様にしよう、とも思う。が、残念ながらそうは問屋が卸さないのが、この世の現実である。
『まぁ、お前は特に気を付けろ・・・このクラスに編入されるからな』
「え゛」
海瑠は大いに頬を引き攣らせる。当たり前だ。何がどう転べばそうなるのか、と思わないではいられない。が、これには本当に彼に関する事情があった。
『お前が魔眼持ちだってのはこの世界じゃあそれなりに知られた話なんだよ・・・残念ながらな』
「嘘!?」
『残念ながら、本当だ。まぁ、それでも流石に魔眼の系統が不明過ぎるから手は出されんし、本当に天道家に詳しい奴だけは知ってる様な話になる・・・が、当然国は把握しているし、他にも同盟国は把握してる。イギリスも、知っている国の一つだな』
カイトは肩を竦めながら海瑠へと注意を促す。
「つまり?」
『わかりやすく言うと、万が一にはお前を巻き込む気満々なんだろ。魔眼持ちってのはそれだけで怪異に対する適性が高い。万が一にはオレでも魔眼で見っけられりゃラッキー、って感じなんじゃね? イギリスも日本もアメリカも』
「・・・」
ずーん、と海瑠は頭を抱えて落ち込んだ。まぁ、無理も無いが、これが世界の現実だ。いや、この場合は人間社会の現実、というべきなのだろう。政府なぞ所詮そんなもので、有用とあれば誰だって巻き込んで動くだけだ。
それでも、万が一なのは一応の配慮というか裏を安易に教えるべきではない、という考え方なのだろう。それだけ情報の流出の危険性はあるし、他国の諜報員が関わればそれだけ外交問題に発展する。やらないで良いのならやらない方が良いのだ。
「・・・あれ? アメリカも?」
『ああ。アメリカも諜報員を送り込もうとしてる、ってのは前に話しただろ? 流石に中学校には無いけどな』
「もうヤダ・・・」
どうしてこうなるのだ、と海瑠は本当に嘆きたい所だった。とは言え、残念ながらこれはカイトに責任は無いし、誰に責任がある事ではない。事の発端は天桜学園の消失という自然現象というか事故だ。それにカイトが巻き込まれたから今までの一連の事件が起きているのであって、そればかりはどうしようもない。
『あはは。諦めろ。こればかりは、どうしようもないんだからな』
「わかってるけどさー・・・」
海瑠はわかっていると言いながらも不満げだ。ここばかりは、感情で納得出来る事ではない。とは言え、いつまでも一緒でも拙い。なのでカイトはそれに笑いながら、消えていった。
「なぁ、海瑠。お前、どう思う?」
「あ、ごめん。何?」
「ほら、女の子だよ。どこの国の子だと思う?」
「イギリスでしょ? アロン先生の知り合いだったら」
「やっぱ、そう思うよな!」
海瑠の返答に隣の席の生徒が機嫌良さげに同意する。どうやら、彼もイギリス人だと思っているらしい。なお、次点としてはフランス人というのがある。これはランスロットが少し前までフランス系イギリス人と名乗っていた為だ。と、そうして僅かに気だるげな海瑠に、男子生徒が問いかけた。
「はぁ・・・」
「・・・ど、どうした?」
「面倒にならなきゃ良いなー、って思ってるだけ」
「お前、微妙に老けてるよなー」
「うるさいよ」
海瑠が少し照れくさそうに口を尖らせる。自分が若干ジジ臭い事は分かってはいるし、気にしてもいるらしい。
「第一さー。面倒なんて起こらない方が良いんだって」
「うーん・・・そりゃそうだろうけどなー」
わからないではない。が、この歳でここまで老成していてどうするのだ、と思わないでもない。と、そんな話を海瑠と男子生徒達は繰り広げると、あっという間に時間は経過する。というわけで、チャイムが鳴って早々に最上が入ってきた。
「おーい、お前ら。着席しろー」
まぁ、この時点ではこのクラスに編入される事を知っているのは海瑠一人だ。なので他の生徒にしてみれば単に朝一の話題に過ぎず、生徒達は三々五々に散っていき、しばらくすると普通にいつも通りの静けさを取り戻す。
「よーし。じゃあ、朝一の連絡・・・の前になんだが。おーい、入れー」
「失礼します」
最上の促しを受けると、エリナが教室へと入ってくる。それに生徒達が口々に驚きを露わにする。まさか自分達のクラスに編入されるとは思ってもみなかったのだ。
「おーい、とりあえず静かにしろー・・・良し。彼女はエリナ・フィルマ。今日から一緒に勉強する事になる」
「はじめまして。エリナ・フィルマと申します。この度は少々の故があり、母の祖国の事を学ぶ為に皆様と共にこの学舎へと通わせて頂く事になりました」
「ハーフ・・・なの?」
「はい。母は元々神戸にいらしたのですが、私は故あってこちらに」
エリナは淑女に相応しい柔和さと丁寧さで生徒達の質問に逐一答えていく。これが、普段の彼女だ。確かにそこには淑女教育の結果が出ており、淑女に相応しいだけの強かさや強さが滲んでいた。
「まぁ、そこまでで。とりあえず後は休憩時間にしてくれ。で、席なんだが・・・」
「失礼致します」
「「「は?」」」
ぽかん、と生徒達が間抜け面を晒す。というのも、唐突にメイド達が入ってきたのだ。
「え、えーっと・・・とりあえず中心、席を一つ分空けてくれ」
「は、はぁ・・・」
何が何だかわからないものの、とりあえず最上から指示があったのでその中心付近に座っていた生徒が一席分後ろにずれて、それに合わせて後ろの他の生徒も席をずらす。そうしてあっという間にエリナの為の席が用意される。勿論、教科書等も一通りである。
「お嬢様。では、私達はこれにて」
「ええ、ありがとう、シェリー。じゃあ、また放課後に」
「はい、かしこまりました」
エリナの言葉を受けて、シェリーと言う名のメイドが他のメイド達を引き連れて一瞬で去っていく。
「失礼致します」
「「「は、はぁ・・・」」」
何が起きたのだ、と周囲の生徒達が困惑に困惑を重ねる。それに、最上が少しだけ彼女の身の上を語ってくれた。
「あ、あー・・・えっと、彼女はイギリスの名家のご令嬢・・・でな。母はあの神宮寺財閥の総裁の妹だそうだ。で、こちらには一人で留学しているらしく、今の方々が手を貸してくださるそうだ」
「「「は、はぁ・・・」」」
今のを見せられれば、納得もする。というより、全員素直に受け取る以外に無かった。ここら、良くも悪くも全員普通の一般市民というしか無かった。ここまでぶっ飛んでいると何かを考えるよりも前に、ただただ素直に目の前の事態を受け入れるしか無かった。
そうして、誰もが何も思えない内にただただ最上の朝の連絡を全員右から左へと聞き流し、気付けば朝一番の授業が開始していたのであった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時投稿です。




