第167話 三日月宗近
<<三日月宗近>>を手にする為に夜の博物館へと潜入する事になった空也は、その仲介を務めてくれる事となった鬼丸と小狐丸の二人と共に、隠形鬼の支援を受けながら博物館を奥の倉庫へ向けて移動していた。
「ふむ・・・この奥か。これは確かに隠形鬼がおって助かった」
「だから地図ぐらいは手に入れておきましょう、と言ったんですよ」
「いや、すまんすまん」
小狐丸の苦言に地図を見る鬼丸が笑って謝罪する。どうやら、行き当たりばったりに動こうとしていたらしい。まぁ、この二人だ。隠形鬼が居なければ居ないで自らが矢面に立つ事は考えるに難くはない。
強奪紛いに動いて陰陽師達が出てきたとて馴染みに会いに来て何が悪い、と言って終わりだろう。そして向こうとて天下五剣の一振りが相手とあっては強くは言えない。後始末をする陰陽師達には、非常に有難くない話である。
「さてさて・・・この奥の倉庫に、レプリカとされている<<三日月宗近>>が眠っておるわけで・・・隠形鬼。拙だ。倉庫の鍵を解除してくれ」
『ん』
隠形鬼が持ち込んだ仕事道具の一つである通信機を使い、鬼丸が隠形鬼へと倉庫のセンサーを解除する様に告げる。敢えて言うまでもないだろうが、ここは博物館だ。そしてこの奥には<<三日月宗近>>だけではなく、多種多様な重要な文化財が収められている。勿論国宝だってあるだろう。鍵は厳重に管理されていたし、倉庫の出入りは厳密にチェックされている。
まぁ、その厳重な管理も魔術を使いこなせる忍びである隠形鬼にとってみれば赤子の手遊びに等しい。更には出入りのチェックに関してもアルター社の手があれば児戯に等しい。どこにも問題なぞ無かった。
『解除完了。次は出る時に言って。すぐに戻す』
「わかった」
警備の解除というのは普通に異常だ。一時的にはハッキング等でログも含めて偽装しているものの、いつまでもというわけにはいかない。なので出入りの僅かな間だけ、センサーを除外しているらしい。というわけで、三人は即座に倉庫の中に入っていく。
「さて・・・どこにあるか・・・」
鬼丸は倉庫に入るなり、周囲を見回して<<三日月宗近>>の在り処を探す。大声を上げられれば早いが、流石にそれは本末転倒だ。地道に探すしかない。とは言え、その地道というのも、彼らでの地道だ。
「小狐。適当に出歩け。向こうも我らと気付けば声を返そう」
「そうですね、では、少し」
「小僧、お主は拙と共に来い」
「はい」
別行動を始めた小狐丸を横目に、鬼丸は空也を従えて歩き始める。そうして、しばらく二人が歩いていると、唐突に声が響いてきた。
『こんな夜更けに人とは・・・盗人と思い脅かしてやろうと思えば貴様か、鬼丸』
「おぉ、その声は三日月か。かれこれ10年ぶりという所か?」
『その横の少年が来た際に再会している。その時以来であるから、ざっと2年という所だ』
「そんな所か」
どうやら、鬼丸の会話の相手は<<三日月宗近>>の声のようだ。この近くに居て、泥棒等の不届き者の類と思って追い払う為に声を潜めていた所、見知った顔だと気付いて声を掛けてきたという事なのだろう。
『それで、何用だ?』
「うむ。良縁を持ってきた」
『良縁? まだ貴様あの店をやっているのか』
「かかか。存外面白くてな。陰陽師共からもお目こぼしが貰えるので、悪くはない立場よ。多少好き勝手しても天下五剣故とな」
鬼丸は笑いながら鬼丸商店の事を語る。どうやら、あの仕事は気に入っているらしい。そうして、薄っすらとだが人影が闇の中に現れた。薄っすらとだし闇の中なので、空也からは姿ははっきりとはわからなかった。が、声からすると男なのだろう、という事は察せられた。
なお、うっすらとなのは魔力の供給が十分ではないから、というのが後に<<三日月宗近>>が言っていた事だ。彼らは付喪神。肉体はない。故に、魔力が十分でなければ実体化も無理らしい。持ち主が居ない上にここに収められていた事で、満足な魔力が手に入れられていないのだろう。
『やれやれ・・・貴様は気ままが過ぎる』
「気ままなのはお主も、であろう。貴様の様に飾られているだけで良いという刀が珍しかろう」
『ははは。我が身は刀の中で最も美しいと言われてはな。飾られているだけというのも、存外悪くない』
<<三日月宗近>>は笑いながら別に悪くはないと明言する。笑い方一つ取ってみても、かなりの優雅さが滲んでいた。そうして、笑った<<三日月宗近>>はそのまま用向きを問いかけた。
『それで? 良縁とな』
「うむ・・・この小僧をお主に紹介したい」
『ふぅむ・・・未熟者を紹介するというからには、それ相応の理由があるのだろうな』
どうやら、<<三日月宗近>>から見ても空也はまだまだ未熟者の領域だそうだ。とは言え、それは鬼丸も見通している。そして<<三日月宗近>>からしても鬼丸が把握した上で来ただろう事はわかっている。だからこそ、理由があるとわかったらしい。
「おぉ、あるともあるとも。ちょいと日ノ本を背負う事になった様子でな」
『ほぅ・・・日ノ本を』
<<三日月宗近>>は鬼丸の言葉に興味を抱く。改めて言うまでもないが、彼は天下五剣だ。その存在そのものが日本の誇りの一つと断言して良いのだ。であれば、日本を背負うとまで言われて興味を抱かぬはずがなかった。
「とは言え、拙は直接の関係は無い。語ってやれ」
「はい」
鬼丸の言葉を受けて、空也は今の自分に起きている事、大精霊の試練に挑む事になった事、祢々を筆頭としたある種のテロリスト達に狙われている事等を語っていく。
「と、言うわけです。そこで鬼丸殿に相談しました所、御身が良いだろう、と鬼丸殿よりご推挙頂いたという次第です」
『なるほどなるほど・・・確かに、そう言う存在が居るとは安綱より聞いた事がある』
どうやら流石最古の刀の一振りにして天下五剣という所なのだろう。大精霊の事については少し聞き及んだ事があるらしい。
「なんだ。あれから聞いておったか。拙は何も言われなんだのに」
『ははは。それは聞かなかっただけではないか?』
「ふむ・・・まぁ、良いか」
『ははは』
鬼丸のそうかもしれない、という態度に<<三日月宗近>>は笑う。そうしてひとしきり笑った後、空也の方を向いた。
『さて・・・鬼丸が貴様を導いたのであれば、それは真実という事なのだろう。そしてであれば、日ノ本を背負うという事にも納得が出来る』
「ありがとうございます」
空也は<<三日月宗近>>の理解に礼を述べる。どうやら、この様子であればとりあえずの理解は得られたと考えて良いだろう。
『はてさて・・・とは言え、流石に未熟者に天下五剣を振るわれては我らを使ってきた者達の顔に泥を塗ろう。そう安々と頷いてやるわけにはいかん』
一転、真剣な様子で<<三日月宗近>>が告げる。これに、空也はやはりか、と思った。だが、だからといって引くわけにもいかないのが実情だ。そして実のところ、これは<<三日月宗近>>の側も一緒だ。
『が、事実は事実として、貴様がこの日ノ本を背負わねばならぬというのも事実。そしてこれほどの戦いよ。無銘の刀を携えて日ノ本を背負い戦われるのは我らを打った父らからひどい叱責を受けよう。確かに、これは良縁。俺は有象無象に日ノ本を背負わせるつもりはなく、貴様は優れたる武器を求めている。両者の思惑は合致していよう』
「では?」
『いや、だから言っただろう。安々と頷いてやるわけにはいかぬ、と。とは言え、認めぬのも困るし、若い未熟者とは言え日本一の男児である事も事実。そして卜伝がわざわざ教えに来る程という。腕の将来性については、見る価値ありと言う所なのだろう。拒絶もせん。故に少々、話し合うとしよう』
「はぁ・・・」
<<三日月宗近>>の言葉に今も話し合っているではないか、と思った空也は首を傾げる。何がなんだかさっぱりわからないのだ。
『確か空也と言ったな。俺を手に取れ。全ては、それから始めるとしよう』
「よろしいのですか?」
『構わん』
空也は<<三日月宗近>>の言葉を受けて、近場に保存されていた<<三日月宗近>>を手に取った。と、次の瞬間。彼は一瞬だけ意識を喪った様な気がした。そんな彼だが、周囲を見て目を見開く事になった。
「ここ・・・は・・・?」
空也は周囲を見渡す。それはどこかの平安時代の貴族の館の様な所だった。と、そんな彼の前に一人の男が現れた。それは貴族の様に優雅な若い男だ。着ている服は着物。月の意匠が施された袴姿だった。
目付きはまるで三日月の様に鋭く、顔立ちは女と見紛う程に非常に美しい。と言っても中性的ではあるが、それでも男だと分かる。日本一の<<三日月宗近>>の付喪神と言うに相応しい美しい男だった。
「来たか」
「貴方は・・・」
「三日月宗近・・・宗近の方が名としては最適なのであるが、何分宗近は父の名故な。三日月と呼ぶが良い」
<<三日月宗近>>の付喪神は三日月と自らを称しているらしい。まぁ、宗近は彼の言う通り鍛冶師である三条宗近の名だ。紛らわしいので使わない様にしているのだろう。
「はい・・・それで、三日月殿。ここは?」
「まぁいわゆる、精神世界というべきか。より正確に言えば、俺が生まれた場所という所か。そこに、貴様の魂を引き込んだ」
「では、そのお姿は・・・」
「父の姿に更に、この世で最強にして最高の剣士の姿を少し借り受けた。後は、三日月の名に合う様にそれらを整えた」
空也は三条宗近の姿だと思ったが、どうやら三条宗近に加えてこの世で三日月が思う一番優秀な剣士の姿を合わせた物なのだろう。そう言われてみれば、たしかに鍛冶師にしては線が細い。どちらかと言うと剣士の様なしなやかさがあった。
「さて・・・ここに呼んだのは他でもない。貴様についてを知る為だ。向こうでは偽れる。だが、ここでは偽れぬ。貴様の手に触れている故な」
三日月が笑う。空也に持たせたのは、第一にはここに引き込む為で第二には嘘を言わせない為だったのだろう。数多の剣士を見てきた天下五剣の<<三日月宗近>>だ。嘘がわかる力があっても不思議はない。そんな事を言った三日月に対して、空也が問いかけた。
「知る?」
「ああ。知る為だ・・・貴様は一体何のために剣を振るう?」
「剣を振るう理由、ですか」
空也は三日月に問われた内容を考える為、一度己の今までを考える。そうして思い出したのは、今から3年前。兄達の間で起きた事件の事だった。
「・・・心を鍛える為、でしょうか」
「技でも身体でも無く、心というか。これは面白い」
空也の返答に楽しげにに三日月は先を促す。元来、武芸とは身体を鍛える為の物だ。その副次的な効果として、精神を鍛えている。その副次的な物を目的にしている者は確かに面白くはあっただろう。特に、それが空也の様な年代であれば尚更だ。
「数年前。私は不良・・・不届き者に拐われました。理由は兄への復讐、という所でしょうか」
「兄への復讐。また道理といえば道理の筋書きとは言える。古来よりそう言った陰湿な方法で復讐を遂げようとする者は多いな」
「おそらく、そういうつもりだったのでしょう。私は、悔しかった。自らの力の無さが」
確かに道理だな、と三日月は思う。彼には幼い頃というのは存在していなかったが、そう思うのは何か不思議ではないことだろうからだ。
「その時、私は彼と出会いました。その時、彼はあっという間に彼らを倒してしまった。私はそうなりたいと思った・・・そこから少しの間、がむしゃらに身体を鍛え続けました。そして、再び彼に出会った。そして、言われたのです。落ち着け、と。心技体のバランスが肝要。私は幸い、体に恵まれ、技にも恵まれました。それ故、心を鍛える事を主としています。それからは、ざわめく心を落ち着かせる為に剣を持ち、刃を振るっています」
空也はかつての一幕と己の心意気を語る。これが、彼の原点だ。そしてこれを基本として考えていた。常に、落ち着いて全てを見る。そのアドバイスに従った結果が、大人びたとも称される今だった。
「ほぅ・・・」
そんな空也に対して、三日月が僅かに興味を見出した。面白い。素直にそう思ったのだ。
「心技体それら整って始めて剣士として一人前と言えるが・・・なるほどなるほど。その年でそれを心掛けるのは珍しい。わかっては居ても実演出来ておる者は少なかろうな。そして、その彼とやらの考えも正しい」
「ええ。彼は信綱公の弟子、と仰っておいででしたから・・・」
「なんと。信綱公のか」
空也の言葉に三日月が目を見開いて驚いた。信綱の名はどうやら、彼も知っているらしい。そしてであれば、それはそうだと思ったらしい。
「なるほど。それはそうだ。であればその見立てが正しいというわけか・・・」
三日月は空也の言葉から、己の見立てが正しい事を把握する。
「ふむ・・・心整いて特定条件とは言え日本一となれる程であれば、技と体については見れる物を持っているということか。ふむふむ・・・」
未熟者ではあるが、将来性は持ち合わせていそうだ。三日月は空也の素質については納得する事にする。となると、次に聞きたいのは戦う理由の方だ。
「・・・なぜ、戦う?」
「義侠心といえば早いですが・・・もっと言えば恩返し、という所でしょうか」
空也は少し考えた後、そう答えた。義侠心が無いわけではない。憧れの人物に近づきたいという思いが無いわけではない。が、それ以前として、だ。
「私が拐われた時、偶然横に彼の妹が居ました。それで、一緒に拐われてしまった。その時、私は何も出来なかった。だが今は、何か出来る力がある。未熟者とは言え、曲がりなりにも同年代では世界有数の実力。それを、使う時だと思いました」
「ふむ・・・」
まだ若いが故に猪突猛進の間違いの選択だが、三日月からすれば決して悪くはない選択ではある。彼としても戦う理由としては十分だ。それに何より、見栄や虚仮威しでないだけ随分マシだ。であれば、三日月はそれに納得しておく事にした。
「なるほど。まぁ、悪くはない理由だ。うむ、良かろう。嘘はない。真実を素直に語っているな」
三日月が笑う。実のところ、ここらの話は彼からすればどうでも良かった。単に自分に嘘偽り無く語れるか、という所が重要だったのだ。そして、真実嘘偽り無く語った。
これは、当たり前だ。これから相棒となろうというのだ。嘘も隠し事も無しである。もちろん、今はまだ三日月が上だ。故に、彼は隠しもするし多少厳しい事は言う。が、嘘は言わないつもりだ。それが、彼の誇りだ。
「うむうむ・・・良かろう。力を貸してやろう。そしてそれであれば、誓え。我、日ノ本を背負うに相応しい剣士とならん、と」
「はい・・・ありがとうございます」
「うむ。では、もう戻れ。後は外でなければな」
礼を述べた空也に対して、三日月はそう言って会話を終わらせる。使い手と認めたのであれば、後は何時でも対話は可能だ。であれば、後は外でも良い。そうして、空也は外へと戻される事になるのだった。
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