第166話 刀を目指して
<<鬼丸国綱>>の付喪神の鬼丸の言葉を受けた空也は、鬼丸商店を後にして一度隠れ家へ戻っていた。理由は勿論、今あった事を報告する為だ。流石に美術館へ潜入するなぞ安易にして良いとは思えなかったからだ。
『あー・・・博物館への潜入ねぇ・・・確かにそりゃ面倒な』
「ほっ・・・」
ようやくまともな反応が得られた事で、空也が安堵した様に吐息を漏らす。が、間違えてはならない。カイトが面倒だと言ったのは、あくまでも博物館についての事だ。天下五剣については述べていない。というわけで、そこに気付かない空也が安堵の表情で口を開いた。
「やはり天下五剣は駄目ですよね?」
『ん? いや、いい武器だろ、あれは。一応全部見たけど<<三日月宗近>>も良い武器だった。あれなら、たしかにお前にも最適だろう』
「・・・え? いえ、あの・・・国宝・・・ですよね?」
『ああ、国宝だな。天下五剣、最低レベルで重要文化財。と言うか最低レベルが一振りだけだけど』
カイトはあっけらかんと天下五剣の価値を認める。そこには気にした様子は一切無かった。
「いえ・・・ですから、国宝・・・」
『つーか、国宝とか気にしてらんないのよ、こちとら。ちょっと気にするけどそんなもんで』
「はぁ・・・」
『あっははは。あのな。オレ、異世界だと昔使ってた持ち物の大半が国宝か重要文化財指定されてんのよ。時計とか時の皇帝様とおそろいでなおかつ国一番の技師が作った奴だから国宝指定受けてるしな。気にしてたら生きてけねー』
「・・・」
空也はカイトから発せられた言葉に、そう言えば彼は勇者だったと思い出す。知り合いだしこちらなので忘れやすいが、実際には彼は異世界では知らぬ者が居ない程の大英雄なのだ。彼の私物が国宝指定や重要文化財扱いされていても不思議はない。
『他にも自宅は世界樹という木の倒木を利用して作ってるからこれも十分に国宝とかに属する。丸々使っているのウチぐらいだからな、そんなの。というか、多分オレぐらいじゃね? あんなの普通誰も使わないからな』
「そうか・・・そういえばそうでしたね・・・」
聞いた相手が悪かった。今度ばかりは空也は自分の判断ミスを理解する。ここまではっきりと住んでいる世界が違えばある種清々しかった。と、そんな空也に、カイトが告げた。
『あはは・・・まぁ、そう言っても傷付いたり刃こぼれしたり、とかなら気にしないで良い。なぜ鬼丸が天下五剣を勧めたと思う?』
「それは・・・なぜなのですか?」
しばらく考えた後、空也は己では答えが出せなかったのでカイトへと問い返す。武器として優れているから、というぐらいなら彼でも思いつく。だが、決してそれではないと思ったのだ。そしてそこに気付いている以上、カイトも強いては答えを聞こうと思わない。
『自己修復機能があるのさ。実体を持つ程までに至った付喪神は、刀身そのものがほぼほぼ霊力・・・魔力で構築されている様な物なんだ。だから、欠けたり折れたりしても魔力さえ供給されれば修復出来る』
「折れてもですか?」
『流石に消滅したり折れた部分がかなり多い上に無くなると厳しいけどな。それでも、優れた刀鍛冶さえ居れば修復は可能だ。そうでなくても折れた部分を含めて鞘に入れて魔力を与えてやれば、しばらくすれば付喪神の力で傷は癒える。人体だって怪我は自然と治癒するだろう? それと同じだ』
カイトは空也へと天下五剣の真の力の一端を語る。これ故に、空也へと勧められたのだ。腕の未熟さは刀の側が補助して修正してくれるし、多少荒い使い方をしても魔力さえ与えれば勝手に修復される。確かに未熟者に最適の一振りと言えた。
「では多少傷付いても大丈夫、と?」
『そういうことだ。まぁ、それに。鬼丸がそれが最適と言ったんだろう?』
「ええ」
『なら、それに従っておけ。あれは存外義理堅い。こういう所で嘘は言わないさ』
「はぁ・・・」
空也はカイトの断言にイマイチ従いにくいが従っておく事にする。というより、すでにそれ以外に手はないのだ。そうして、その納得を見てカイトは更に話を続ける事にした。
『で、博物館だったな・・・本当ならオレが行ってやりたい所だが、流石にちょいと忙しくてな』
「忙しい?」
『親父さんから聞いてないか? 煌士と詩乃ちゃんはそれで今日は朝から居ないんだが・・・』
「ああ、天桜で何か動きがあった、と聞いています」
空也はカイトからの言葉におおよそ聞いている所で答える。そしてこの様子であれば、今日の朝に煌士も覇王から数日天城家に滞在する事を聞かされたのだろう。
『ああ。それで移動の用意は流石に使い魔じゃあ出来ないからな。本人達は修行を切り上げて、というわけだ』
「一体何があったんですか?」
『実は向こうの世界でちょっとした国宝の入手の目処が立ってな。それを応用すればこちらへメッセージが送れるのではないか、という推測が立てられた。丁度ウチのバカ姉・・・オレが元々養子に迎え入れられてたフロイライン家という所の孫娘と言うか現当主が見付かってな。で、ティナと組み合わせれば単発で世界を渡らせられる魔道具の開発が出来そうだ、となったわけだ』
「そんなものが・・・」
空也は驚いた様子でカイトからの事情の説明を理解する。やはり異世界の方が魔術という意味では格段に進んでいたのだろう。とは言え、これについてはそういうわけではなかった。そこに、フェルが口を挟んだ。
「まぁ、ウチのバカ兄の遺産の一つ、だそうだ」
「バカ兄?」
空也が首をかしげる。一応、フェルに兄が居るとは聞いた事はある。それがどういうつながりなのかわからなかったのだ。というわけで、ここらはカイトが引き継ぐ事にした。
『オレが仕えていた国はエンテシア皇国というんだが・・・そこの建国者の名は、イクスフォスと言うんだ。で、これが』
「私の兄だな。全く・・・行方不明になっていたと思えば、国を創っていたわけだ。で、今はまたどこかへ行方不明だそうだ。何をしている事やら」
フェルが肩をすくめる。元々彼女は兄を探して放浪していた。それが気付けば結婚していた挙句に国を興していたのだから、呆れても仕方がない。
「心配ではないのですか?」
「心配? あれは殺して死なない男の筆頭だ。幸運だけで生きている奴とも言える。そいつとタメを張れる程にはな」
フェルは一切の心配を滲ませずただただ呆れだけを浮かべる。そこには、ある種の絶対の信頼があった。
「ああ、それは良い。とりあえず、それを使えばこちらにメッセージを送るぐらいは造作もない事だろうな。向こうにティナも居る。ならば、問題はない」
どうやら出来るらしい。それにこの二人が明言するのだ。出来るのだろう、と空也も納得する事にした。
『ま、そういうわけでな。今日はその対応の打ち合わせやらなんやらで会議があってな。悪いが博物館へはついていけない』
「いえ・・・向こうは鬼丸殿がなんとかしてくださるそうですから・・・」
『・・・怖いな、それはそれで・・・隠形鬼、居るか?』
「何、お館様」
カイトの求めを受けて、隠形鬼が姿を現す。こういう場合には、彼女が最適だろう。彼女は影に紛れて行動する忍者。夜は彼女の得意分野にして、隠密行動は彼女の独壇場だ。
『東京国立博物館へ。巡回ルート等についてはエリザ達にハッキングを頼め。空也の支援を頼んだ』
「わかった・・・空也、少し立って」
「あ、はい」
空也は隠形鬼の指示に従って、一度座っていた椅子から立ち上がる。そうして出来た影の中に、隠形鬼が潜り込んだ。
「夜になると勝手に出ていく。博物館に仕掛けられている警備装置の類の解除は任せて」
「あ、はい」
隠形鬼の言葉に空也は頷いた。そうして、空也のフォローの体制を整えたカイトは笑いながらそれ以前の内容を告げた。
『おし・・・じゃあ、頑張ってこい。認められるも認められないも、お前次第。そもそもまずは認められなけりゃお前の考えは杞憂に過ぎん』
「あ・・・」
カイトの言葉に空也は今更気付いた。そもそも、認められるかどうかはまだわからないのだ。使える云々は、それからだった。
『あはは・・・認められたのなら、それを誇れ。天下五剣を使いこなせる男になれ』
「・・・はい」
空也はしっかりと前を見据えて頷いた。鬼丸にも言われた。天下五剣を使いこなせる男となれば良いだけだ、と。であれば、それを目指すだけだ。そうして、彼は一度家に帰って夜を待つ事にするのだった。
それから、数時間。博物館は営業終了時間を優に過ぎた頃だ。空也は一人、部屋の中で瞑想をしていた。これから会うのはある意味では信綱や卜伝と言った最高位の剣士達と同じく全ての剣士達の憧れとも言える刀だ。生半可な覚悟で会えるわけではなかった。そんな空也の所に、隠形鬼の作る影を通って鬼丸と小狐丸の二人が姿を現した。
「おぉ、これは気合が入っておるな」
「お邪魔します」
「準備、出来ておるか?」
鬼丸は精神統一を行う空也へと笑いながら問いかける。この笑みの意味は、彼として良しと言える程の集中だったからだ。流石にまだ技量で無理ではあるが、それこそ腕さえ揃えば熟練の魔術師達が使う転移術の兆候さえ気配だけで察知出来たかもしれない程の集中だった。そうして、その問いかけに空也は目を開いて頷いた。
「・・・はい。何時でも」
「よしよし・・・では、来い。道中については気にするな。拙らが切り開こう・・・と、言いたかったが隠形鬼とやらが来てそこらの手はずも整えておる。安心して、参るとしよう」
「はい」
空也は鬼丸の促しを受けて立ち上がり、前を向く。その目は真剣で、迷いは無かった。どうやら、自分でどうすべきか答えは出せたのだろう。そうして、空也は隠形鬼の作った影を通る。
影を抜けた先は東京国立博物館だ。と言っても天下五剣<<三日月宗近>>の前ではなく、端の方の巡回ルートの死角となる場所だった。どうやら備品を仕舞う倉庫らしい。そこには、影に紛れた隠形鬼が潜んでいた。
「来た・・・準備は整っている。けど、警備システムの関係で私は一緒にはいけない。私は適時赤外線センサーとかを解除するから、貴方達は巡回の警備員に気を付けるだけで良い。一応、警備員の巡回ルートと癖についてはメモを取ってる。それを参考にして進んで」
隠形鬼はそう言うと、三人にメモを渡す。それは見取り図に更に彼女のアドバイスを加えたお手製の地図だ。公的に配られている地図では従業員用の通路等は書かれていない為、エリザ達から見取り図を取り寄せて貰ったのである。
「ありがとうございます」
空也は隠形鬼に礼を言う。それを受けた隠形鬼は一つ頷くと、再び影に潜り込んだ。
「良し・・・では、行くか。と言うても、よ。大声でも出さぬ限りは拙も小狐丸も気配で警備員がどこに居るか読める。まぁ、小僧は何か要らぬ事をせぬようにしておれば良い」
「はい」
鬼丸の助言に空也は頷いて、気分を落ち着けるべく一つ深呼吸をする。ここからは、ある意味では実戦だ。注意しなければ駄目だった。そうして、三人はそこから歩いて行く。
「ふむ・・・やはり展示されておるのはレプリカか。と言うても、本物もレプリカと思うとる時点で言えばお終いという物であるが・・・」
「以前はどうやってすり替えたんですか?」
「うむ? 以前か。ああ、以前は小狐にちょいと気を逸して貰ってその間にちょちょいとな」
「まだギリギリ個人所有の段階でしたので、銀行に忍び込んだんですが・・・貸金庫でしたので鍵さえなんとか出来れば、という所でした。その鍵も幸いキーカード等では無かったので問題なく」
「あ、あははは・・・」
鬼丸と小狐丸のあっけらかんとした暴露に空也は少しだけ頬を引きつらせて笑う。どうやら、彼らにとってみれば銀行も博物館も大差無いのだろう。そうして、空也はそんな二人に導かれて、博物館の奥にある<<三日月宗近>>の所へと向かう事になるのだった。
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