第164話 鬼丸商店
破損した武器の代わりとなる新たな刀を求めて<<鬼丸国綱>>の付喪神である鬼丸がやっているという鬼丸商店という店を訪れた空也。意を決して扉を開いた彼を出迎えたのは、無数の多種多様な古ぼけた物達だった。
「これは・・・随分と古い」
鬼丸商店の中に入って第一に思ったのは、これだ。どれもこれもよく手入れされてはいたものの、よく見てみればかなり古ぼけていて年季が入っている。その一方、モルガンとヴィヴィアンも商品として並んでいた物を観察していた。
「ふーん。ヴィヴィ、これ、どう思う?」
「うーん・・・あと一歩、って所かな。良縁に恵まれれば、遠からず目覚めると思うよ」
モルガンの問いかけにヴィヴィアンは別の商品を見ながら答えた。それはモルガンよりも遥かに正確な見立てと言えた。
「仲介者をやっているあんたが言う所を見ると、正確か」
「これでも古い妖精ですから」
モルガンの言葉にヴィヴィアンが笑う。彼女はカイトと行動を共にするまでの間、世界と希望者の間に立って世界が持つ様々な神秘の道具を対価を糧に融通していたらしい。これは大精霊を介して、世界そのものの意思が彼女へと依頼した事だそうだ。彼女も暇だから、と受け入れたらしい。
それ故、こういった古い道具についてもそこそこ見てきており、中には付喪神が宿る様な物もあったそうだ。その目は確かと言えるだろう。と、そんな三人の来訪に気付いたのか、奥の間から店番らしい少年が現れた。少年は金髪で、日本人以外の血も感じられる。総じて愛らしい顔立ちではある。
「あ、いらっしゃいませ。何かご入用ですか? それとも預入れで?」
少年はニコニコとした笑顔で空也へと問いかける。この様子だと彼が鬼丸が化けているという様子はないだろう。彼であれば、悪戯でもない限りは必ず反応しただろうからだ。
「あ、店主はご在宅ですか?」
「店主にご用事ですか? どういったご用件でしょうか」
「御門 刀花という女性より紹介を頂いたのですが・・・」
「ああ、皇家の皇花様ですか。彼女の客ということは・・・お二方はお連れの方でしたか」
少年は笑顔のまま、視線を空中に移動させる。どうやら、彼には魔術で隠形を施しているモルガンとヴィヴィアンの姿が見えているようだ。
「あ、はい。そうです」
「ということは・・・裏側のお客様ですね。店主についてはしばしお待ち下さい。只今買い付けに出かけておりまして・・・ああ、申し遅れました。私、この鬼丸商店にて店番を任されています狐塚と申します」
狐塚と名乗った少年がぺこり、と頭を下げる。どうやら、事情を知っている店番なのだろう。この規模の店だ。彼と鬼丸の二人で店をやっていて、鬼丸が出かけている間彼が店番をしているのだろう。
「買い付け・・・日を改めた方が良いですか?」
「いえ、商品の買い付けと言っても裏向き、付喪神の宿った物を手に入れに行っているだけです。陰陽師達も仲介に入っておりますから、さほど苦労は無いかと。場所も幸い都内でしたので、今の時間ですと・・・少なくとも一時間以内には戻られます」
狐塚は笑いながらもうすぐ帰って来るだろうと明言する。そんな様子に、モルガンが空也へと問いかけた。
「どうする?」
「待っても大丈夫なのですが・・・店内で待たせて頂いて大丈夫ですか?」
「ええ、構いませんよ。ああ、それでしたらお飲み物をお持ちしますので、少々お待ち下さい」
空也の問いかけに頷いた狐塚はそう言うと、そそくさと店の奥へと戻っていく。それに、お気遣いなくと言おうとした空也だが先にいなくなってしまったので言う暇が無かった。
「あ・・・ああ、行ってしまいましたか」
「まぁ、せっかくだから貰っておけば?」
「そうですね」
空也はモルガンの言葉に素直に従っておく事にする。どうにせよ彼は今回客として来ている。この程度の好意は受け取っても問題は無いだろう。そうして狐塚を待つ間、空也はとりあえず陳列棚に陳列されていた刀を観察する事にした。
「これは・・・軍刀?」
「旧日本軍が保有していた軍刀です。近くの名家の方が最近代替わりされたのですが、その時に高祖父の物だったこれを処分したい、と持ち込まれたのです。名刀というわけではないですしお値段はそこそこ、という所でしょうか」
「あ、ありがとうございます」
空也は狐塚の解説を聞きながらお茶を貰う。どうやら、商品の事は把握しているらしい。もしかしたら少年に見えているだけで意外と年かさなのかもしれない。
「そう言えば、本日はどのようなご用件で?」
「あ、はい。実は刀を探していまして・・・」
狐塚の問いかけに空也が求めている商品を明言する。別に聞かれて困る話でもない。それに、狐塚はやっぱり、という顔でにこやかな笑顔を浮かべた。
「刀・・・やはり剣士の方でしたか。10年程剣道に携わっていらっしゃる様にお見受けします」
「よくわかりましたね」
空也は狐塚の言葉に目を見開く。年数まで正解だった。それに、狐塚は照れくさそうに笑った。
「あはは・・・職業柄と出来れば自慢したいのですが、何分僕も付喪神、刀の付喪神ですから・・・剣士の方の身のこなしについてはわかってしまうんです」
「付喪神・・・貴方もそうなのですか?」
「ええ。作は三条宗近。銘は<<小狐丸>>と申します。この姿は、稲荷明神の神使のお姿をお借りしています。本人は狐ですので狐耳と尻尾があるのですが、流石にそこは、ね?」
「<<小狐丸>>・・・?」
狐塚こと小狐丸の言葉に、空也はぽかん、と目を丸くする。そんな顔の空也へと、小狐丸が問いかけた。
「あはは・・・ご存知ありませんか?」
「いえ、まさか」
空也は即座に否定する。その名を知らないはずがない。三条宗近といえば平安期から鎌倉期における日本でも有数の刀匠だ。その小狐丸といえば、実在さえ疑われる伝説的な刀だった。
後に彼から聞いた所によると、どうやら世間で所在が確認出来ないのはそもそも稲荷明神に奉納された物だったかららしい。最近までは高天原に所蔵されていたそうだ。神界にあるのだから、人界で所在が分かるはずがなかった。そうして、しばらくの間空也は小狐丸と会話を行う事にしてみる。
「それで、あの・・・この商店は一体どういう所なのですか? 彼女らもあまり詳しい事は知らない、と・・・」
「ああ、この店ですか。この店は<<鬼丸国綱>>がやっている店という所です。僕は60年程前から宇迦之御魂神様のご命令により手伝っています。店そのものは7~80年程前からあるらしいですけどね」
「そんなに前から?」
「ええ。かつての敗戦の折り、密かに各所で秘蔵されていた天下五剣もアメリカに没収されそうになったのですが・・・持ち主達が流石に日本が誇る天下五剣が失われるのは世界にとっての大損失。実体化して逃げればアメリカに探す術は無い。なので実体化して身を隠せとお命じになられまして、鬼丸も身を隠したのです」
小狐丸はこの店の由来を語る。どうやら、彼らにも彼らなりの事情があったのだろう。そしてそうであれば、博物館に所蔵されている天下五剣が全て偽物であるという話も理解出来た。
万が一に備えて、偽物を提示していたのだ。これであれば、もし万が一徴収されたとしても天下五剣やその他の業物達が日本から失われる事はない。苦肉の策だったのだろう。
行方不明と記されたのも、そこから行方を探されない為だった。自分達もわからなくなるが、失われるよりずっと良い。そういう考えもあったのだろう。
「その後、彼は元の所有者であった天皇家の密かな支援を受けここに店を開いたわけです。質屋であれば、どういう品があっても不思議はありませんからね。しかも当時は敗戦後すぐ。アメリカ軍も困窮して手放しただろう古ぼけた品々を見ても、不思議には思わなかった様子です」
「では、他の刀を隠す為にこの店を?」
「そう言うところだと聞いています。彼は意外と義理堅い。唯一行方不明にならなかったのには、そこらの恩義を感じていての事でもあったのでしょう」
小狐丸は空也の言葉に同意する。そう言うところ、と少し濁していたのは実際には刀以外の美術品も匿っていたからだ。
「そうなのですか・・・では、今ここに陳列されているのは?」
「それは一応売り物ですが・・・滅多に売る事はあり得ません」
小狐丸は少しだけ苦笑を滲ませる。店屋だというのに、滅多に物を売らない。よくわからない話ではある。
「先程そこの妖精さん達が仰っていましたが、これは付喪神になる一歩手前の物です。今はその良縁を待っている、というわけです。故に良縁と感じない限りは手放さないわけです・・・ほら、値札はついていないでしょう?」
「え?」
空也は小狐丸の指し示した陳列棚を見て、そこには値札が無い事に気付いた。それに、小狐丸が続けた。
「店主が気に入れば売りますし、気に入らなければ売らない。そういう形だそうです。付喪神になるのに最も重要なのは良縁。付喪神故に、そこを大切にしているそうです。ですのでもし気に入れば二束三文の安値で売り渡しますし、逆に気に入らなければ札束を山ほど積まれても売りません」
「・・・商売として大丈夫なのですか?」
「あはは。背後に天皇家が控えていて、更には資金としても国からかなり援助がありますから。殿様商売でも気にしないで良いらしいですね。勿論、気にしないと悪い付喪神になるので駄目という理由もあります。私としてはもう徴収もあり得ないので戻ってやれとも思うのですが、当人は飾られているだけという境遇に元々不満だった事もありこの生活を存外気に入っているらしいですね」
小狐丸は空也の質問に答えつつ、笑って彼が帰るつもりは無い事を告げる。それに国としてもこういう場があるのは都合が良いと考えているのだろう。無理に戻る様にするつもりは無いようだ。と、噂をすればなんとやら、と店の裏から声が響いてきた。
「おう、帰ったぞー。小狐ー、おるかー」
声はかつて少し聞いた鬼丸の声だ。どうやら、彼が帰って来たのだろう。それに、小狐丸が返事した。
「あ、はーい! 鬼丸ー! 貴方へお客様が来られていますよー!」
「なんだ。拙に客・・・と、おんしか」
店の裏から顔を出した鬼丸は空也を見て客が彼であった事を把握する。そうして、僅かに仕事向きにしていた姿勢から力を抜いた。顔見知り、という事で気楽に応じてくれたのだろう。
「ふむ・・・その二人が一緒という事は、今日は裏向きの客という事でよいか?」
「はい。刀花さんより、この店を勧められて来ました」
「皇のか・・・ふむ、ならば聞かねばなるまいな。あれは傍流とは言えども皇家の子。しかも<<大典太光世>>の担い手。そこは考慮せねば大典太にも怒られる。ほれ、店の中に突っ立っておっても邪魔になるだけよ。小狐、立て札を立て替えておけ。どうせ誰も来んだろうがな」
「はい、わかりました」
空也の求めを受けた鬼丸は小狐丸にそう言うと、自分は空也達を引き連れて店の奥へと移動する。それに、空也達も続いていく。どうやら見せている店が古ぼけているだけで、奥は普通にかなりキレイな和風の住宅だった。それにモルガンが意外そうに感じていた。
「ふーん・・・意外と綺麗な家」
「店をああしておるのは単なる冷やかしの客を追い払う為よ。小洒落た形にすると若いのや何も知らぬ者が来てしまう。まぁ、それも悪うないがな。そう言うときにこそ、良縁がある場合もある。とは言え、大半この店の客はその筋の者よ。要らぬ者に見て興味を持たれてもかなわん」
どうやら、店の様子は敢えてそうされている様子だ。確かに表向きは普通の店屋を演じているが、実態として客となり得るのはかなり少ない。あまりひっきりなしに来られても困るのだろう。そうして、三人は奥の間へと通される。
「さて・・・それで、今日はどういう要件か聞こう」
「はい」
空也は鬼丸の求めに応じて、自分達が今陥っている現状を語る。ここら、ナイア――を通して相手方のニャルラトホテプ――に一応確認を取ったのだが、武器を探す為にカイトの知り合いに事情を語ったとしてもそれはルール内におけるカイトの知り合いに含まれるらしい。鬼丸達が標的に含まれる事は無いそうだ。
そうして、空也はしばらくの間、今自分達が大精霊の試練に挑もうとしている事、祢々達の事等を語る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




