第160話 異世界よりのメッセージ
イギリスの調査員見習いであるエリナ・フィルマが来訪し、それを出迎えた神宮寺財閥総帥・神宮寺御影。その彼が東京に来た理由は仕事だから、と言っていた。そしてそれは確かに正しかった。
が、その仕事について、彼は何も言及していない。する必要もないし、する意味もないと思っていたからだ。勿論、その仕事内容についての機密性が高い事も理由にはある。というわけで、彼は仕事について何も語らぬまま、エリナを彼女が日本で暮らす事になる家へと送っていた。
「ここらは大きな家が多いのね」
「ああ。ここらは天神市でも再開発により高級住宅地となっているエリアだ。その中でも特に天道財閥以外の者達が買うエリアだ。この一帯はその中でもエリナの様な外国人・・・日本人以外の方々が好んで買うエリアらしい」
移動の車中にて、エリナの言葉に御影が付近の住宅地についての説明を行う。ちなみに、そういうわけだからここにエリナも居を構える事になったらしい。
木を隠すには森とはよく言ったもので、ここらをエリナの様な外国人少女が歩いていても誰も不思議には思わないのである。勿論、治安も考えての事だ。ここらは天神市の中でも特に治安の良い一帯らしい。
理由は、ここの近くをカイト達が買い取っていたからであった。いくら彼でも自分のお膝元で揉め事を起こされたくはない。
「ここから少し市内の中心へ向かって歩けば、天道財閥の社員が主に購入している家が並ぶ住宅地が。西にしばらく移動すれば、蘇芳 村正の治める紫陽がある。これは覚えておきなさい」
「はい」
エリナは御影の言葉に頷いた。これはエリナも前もっての説明で聞かされており、再度の念押しになっていた。というのも、天神市から外に出て東京は奥多摩と呼ばれる地域の山中に入ると、そこには異族達が暮らす『紫陽の里』という日本でも最も大きな異族達の里の一つがあるのである。
そこを治めている人物は蘇芳翁で、これは世界的に知られている話だった。西の『最後の楽園』と東の『紫陽の里』。
この二つが日本で最大かつ、世界でも有数の異族達の領地だった。勿論、これについては日本政府が自治領として密かに認めており、結界で周囲とはきちんと隔絶されている。前者も後者も認めたのは徳川幕府であるが、どちらも明治政府がそのまま約束を引き継いだ為に今でも有効なのであった。
「さて・・・それで、ここがエリナの暮らす事になる家だ」
しばらくの移動の後。二人を乗せた車は住宅街の一つの家の前で停止する。家の前で停止した理由は外観を見せる為だけで、家には庭もあるし駐車場も完備されている。
庭は彼女が常日頃の鍛錬の為に結構な広さだし、駐車場は地下にある。更には趣味兼一応の仕事であるヴァイオリンの練習も可能な防音室も備わっている等、そこそこどころかかなりの豪邸だった。が、それを見てエリナは別に驚きもしなかった。というよりも、別の意味で驚いていた。
「小さいのね」
「エリナとシェリー達数人が暮らす為だけの家だ。あまり豪邸にしても維持が大変だろう?」
「あ、そう言えばそうだった」
エリナはここが実家ではない事を思い出して、てへっ、と照れた様に舌を出す。彼女の実家は伯爵家。それも英国が設立された当時からある名門中の名門らしい。しかもエリザベス一世の腹心だったそうだ。それ故、今でも裏の英国王室は彼らを最大の忠臣として万が一の場合には自らの保護を求める程だった。
彼女の実家はその初代伯爵が建てた物を使っており、正真正銘の豪邸だったのである。侍従は二桁で存在しているし、書斎は小さな図書館レベルらしい。王室を匿う関係で隠し通路も普通にある。なので日本の豪邸は平然と小さな邸宅と思ったのである。伊達にイギリス有数の名家と言われているわけではなかった。
「まぁ、詳しい話は先に入っているシェリー達に聞きなさい。私も用意はさせたが詳しい話は知らない」
「はーい」
照れくさかった様子のエリナは年相応の表情で御影の言葉に頷いた。そうして、それを受けて御影は運転手に命じて再び車を発進させて、エリナを家の地下駐車場に降ろした。
「ありがとうございました、伯父様」
「ああ・・・こういうのが正しいかどうかはわからんが、しっかりな」
「はい。では、伯父様もお仕事がんばってください」
「ああ」
御影はエリナの返事を聞くと、そのまま窓を閉じて車を再び発進させる。仕事に向かった――と言ってもこれも仕事だが――のだ。その一方、エリナは興味深げに周囲を見回していた。
「どうされました、お嬢様」
「あ、シェリー・・・ねぇ、引っ越しのお蕎麦って何時持っていくべきなのかしら」
「・・・それは落ち着いてからでようございます。お隣にもお隣の事情がありましょう」
エリナの問いかけにシェリーと呼ばれた若いメイドが頭を下げる。今回エリナの来訪に合わせてフィルマ家からやってきたメイドだった。
彼女は諜報員ではなくエリナの世話係兼護衛兼お目付け役兼教育係だ。彼女がこの業界に関わる事になってよりエリナの専属として与えられた人員だった。なので常には彼女が控えている事になっていた。
「そっか・・・それもそうね。じゃあ、とりあえずここらの地理を教えて頂戴な。伯父様の言う通り、まずは何事も身の安全の確保をしっかりとしてからね」
「かしこまりました」
シェリーはエリナの言葉に笑顔で応ずる。しっかりと学んでいるな、と満足だったらしい。教えたのは、彼女である。そうして、エリナが明言した。
「そしてそれから、引っ越しのご挨拶よ!」
「・・・はぁ」
どうやらエリナは引っ越しのお蕎麦にこだわっているらしい。それにシェリーは微妙な表情を浮かべて、とりあえずは仕事とエリナへと彼女らが見た周囲の状況等を教えていく事にするのだった。
さて、そんなエリナの一方で車を走らせた御影はというと、彼は一路都内まで向かい総理官邸へと移動していた。理由は簡単だ。総理大臣こと星矢から呼ばれたからだ。とは言え、呼ばれたのは彼だけではない。
この後には覇王も合流する事になっているし、他にも日本の裏を取り仕切る重要人物達は全員集まる事になっていた。その中の一人が、御影だったわけだ。天道財閥と比肩する大企業の長にして、『秘史神』の大幹部の一人。呼ばれるのは当然だっただろう。
「よく来てくださいました」
「いや。こちらこそ情報をいただき感謝する」
星矢の社交辞令的な申し出に御影も社交辞令的に応ずる。そうして、彼は与えられた席に着席する。
「神宮寺の。忙しい様子だったが、そちらは大丈夫だったのか?」
「単に姪の送り迎えをしただけです。そして先方の思惑はわかっての事でしょう?」
とある企業の会長の問いかけに御影が問いかけを返す。ここらは知らないとは言わせないし、言うのなら他の所から盛大に顰蹙を買う事になる。なので彼としてもそれについては何も言わなかった。
「勿論、知っておるとも。が、やはり気にしておくべきなのは、気にしておくべきだろう?」
「それは確かに。必要に応じて報告はしているはずです。まさか当家がイギリスを過剰に優遇しているとでも?」
「別に貴様の血筋を考えれば不思議はあるまい」
「まさか。私は日本人ですよ。生まれも育ちも、勿論血筋もそうだ。混じっているのは単なる政略結婚の結果でしょうに。それも100年前のこの会議で同意をしての事だ」
「が、今の貴様の妹はあそこの妻となっていよう?」
「それは、あれの考えです。あれもすでに神宮寺 理沙ではなくリサ・フィルマとして振る舞っている。日本国籍も抜いている。決して当家を第一として考える事はあり得ませんし、私もあれを当家の人間と考える事はあり得ません」
御影は天道家の分家に属する有力幹部としばらくの舌戦を交わす。神宮寺家と天道家はあまり仲が良くない。力に差のさほどない両家だ。どうしても、そういう所だけはつきまとう。特に御影は妹が外国の貴族に輿入れしている為、時折そこを突かれる事は少なくなかった。
なお、リサについては政略結婚ではなく恋愛結婚で、今ではアレクセイがぞっこんと言える程だ。が、それでも政略結婚の側面が無いではない。現に彼の娘はいとことなるアレクセイの子と結婚する事になっている。
とは言え、その当主である覇王と御影はそう言う家人達に辟易しており、良好な仲を保っている。そこが、なんとかこの会議が成立している理由でもあった。と、そこに一人の来訪者があった。こちらもまた、星矢に呼ばれた人物だった。
「おいおい。喧嘩は他所でやってくれねーかね。それともあれか? オレに喧嘩両成敗でぶっ潰してくれ、って話か?」
現れたのはカイトだ。彼は日本の裏社会の顔役の一人だ。来てくれ、と頼まれても不思議はない。そしてそもそも、来る事になった理由は彼の本体に関係する物だった。来なければならないのでもあった。
「・・・いや、そう言う話ではない。天道家と神宮寺家で少しやり取りがあっただけだ」
「そう捉えてくれて構わん」
天道系の幹部の言葉に御影も応ずる。ここでカイトに突っ込まれて良い話はどちらもない。なら、ここで切り上げておくのが得策だろう。
「そりゃ、助かるな。一瞬来る場所を間違えたかと思っちまった」
カイトは天道家と神宮寺家の軋轢を嗤いながら自らに与えられている席に腰掛ける。別に彼にとってすれば天道家と神宮寺家の軋轢なんぞ関係が無いの一言だ。これは喩え彼の身分が明らかになったとて変わらない。というより、変えられない。本体が色々としでかしてしまっているからだ。
「さて・・・それで? わざわざ兄弟子達の歓待の用意で忙しい所をホットラインを使ってまで呼び出したんだ。そこそこの理由、なんだろうな?」
カイトは努めて知らない、という風を装いつつ、その場の幹部達へと問いかける。この場での立場であれば、カイトは彼らより格上だ。裏組織の顔役の中でも二つの大組織に顔が利き、更にはその長達が傅いているかもしれない存在だ。更には、国家安全保障における最重要人物とさえ言われている。単なる一組織の幹部程度では相手にならなかった。それに、星矢が頷いた。
「それについては君に来てもらった事が間違いではない、と断言させてもらおう」
「ほう・・・一応、蘇芳の爺から少しばかり話は聞いているのだが・・・それに関する話と見て良いか?」
「その通りだ。それが、集まってもらった理由だ」
僅かに驚いた様子を見せるカイトに対して、星矢がはっきりと請け負う。どうやら、カイトの本体が送ったとされる手紙がきちんと星矢の下へと届いたと見て良いのだろう。
「それは良かった。それなら、オレとしても無駄足やくだらない会議に参加させられなくて済む」
「くだらない会議は無いのだがな」
「まぁ、そりゃそうだな。だが同時に意味のある会議に出来るかは、参加者次第。先代の総理である内藤殿の演説の時の様に、意味も意義もある会議にしたいものだ」
呆れた様子を見せる星矢に対して、カイトは道理を説く。それからしばらくの間、カイトと星矢は覇王が到着するまで雑談にも似た会話を行う。
基本的に星矢はカイトにとって親友の父親だ。立場上こういうやり取りにならざるを得ないが、決して悪くは思っていない。それは星矢もどことなく察しているらしく、積極的ではないものの間が持たない時などには会話に応じてくれていた。
「遅れたな。悪い、イギリスよりの客人を出迎えていた。ブルー。彼らについては一通りの入国審査を終えた後、紫陽に向かってもらった」
「それは助かった。もてなしは頼んでおいたが、後で挨拶に向かう。と言っても問題はあまりほうっておくとこっちに来かねん。さっさと会議を始めようか」
「ああ・・・星矢。頼んだ」
「わかった」
カイトの提言を受けた覇王の言葉を受けて、星矢が会議の開始を告げる。そうして部屋のモニターに映し出されたのは、一枚の手紙だった。そうして、星矢がそれについてを語る。
「これは、とある少年が私に送って来た手紙です。その少年の名は天音 カイト。私の息子の親友でもある。故に、彼がメッセージを、と。私の息子からも一言だけだが、メッセージが添えられていた」
「天音 カイトについてはウチ・・・この場合天道財閥に所属している天音 彩斗という男の息子だ・・・この筆跡については、彼に確認を取った。おい」
星矢の言葉を引き継いだ覇王が一つ頷いた。すると、モニターに彩斗の姿が映し出された。彼は帰国後すぐに天道財閥より連絡を受けると、一度家に帰って必要な物を持って本社の特別室に来る様に言われていたのである。
『はい、社長』
「ああ・・・悪いが息子さんの書いていたノートを出してくれ」
『はい』
彩斗はそう言うと、カイトの部屋から持ってきたノートを専用の機械の上に乗せる。それはいわゆる筆跡鑑定をデジタルで行う為の機械だ。それに文字を読み込ませていたのである。これについてはすでに結果が出ているので、全員の前でもう一度というわけである。
「・・・この通り、一致する可能性は95%と出た。これは彼本人が送った物で間違いではない。そして、紙の成分分析ではわずかだが未知の物質が含まれていた・・・天桜学園跡地と同じ未知の物質だ」
「ということは、これは異世界からのメッセージ、という事か」
「さすが、ブルーか。話が早い」
カイトの結論に覇王が頷いた。そもそも彼が送った物だ。わからないはずがない。が、一方の他はというと驚き、ざわめきを生んでいた。この場の少なくない数は家族が天桜学園の関係者で、共に消えたからだ。
「落ち着いてください・・・それで、その中身についてを話し合う為に集まってもらったというわけです」
ざわめく一同を星矢が落ち着かせる。そうしてしばらくして落ち着いた所で、本題に入った。
「書かれていた内容は、ほとんどありませんでした。そもそも向こう側もこれが届くかどうかは不明な状態で送った様子です。簡素に向こうには魔術という物があること、少しの活躍があり保護してもらっている国より世界を越えられる可能性のある道具を融通される事になった事等が軽く記されていました。これについてブルー、意見はあるか?」
「妥当だろうな。オレも一応異世界については聞き及んでいたが、異世界を越えたという話は事故以外に全く聞かない。おそらく国宝級かそれに準ずる物になるはずだ。何らかの活躍があり、特別にという事で間違いないだろう」
自分たちを除いては、と内心で告げつつ、カイトは星矢の問いかけに答える。そしてこれは推測としたが、真実だ。これはカイトが300年前に使った事のある国宝だ。滅多なことで融通される事は無いし、それが妥当だろう希少性を持ち合わせていた。が、そんなカイトの言葉に御影が問いかけた。
「だが、そんな物が存在しているのか?」
「しているだろうさ。でなければ、この手紙は何なんだ?」
カイトは笑いながら存在している、と断言する。
「ふむ・・・確かにそれはそうか」
「とは言え、量産性は皆無だろうな。でなければ今頃帰れていても不思議はないし、そもそももっと頻繁にメッセージが送られているはずだ。故に、国宝級というわけだ。それか、核兵器並に厳重に管理されているか、だな」
「ふむ・・・」
御影はカイトの言葉を道理と捉える。そうでなければ辻褄が合わないからだ。そうしてその納得を受けて、カイトが先を促した。
「それで、他には?」
「メッセージを送る為、回収を頼みたい、との事だ。ブルーにはその回収に際し、万が一が無い様に警備と守護を頼みたい。皆さんには、当日指定の場所にマスコミや要らぬ者達が近づかない様に対処を頼みたいというのが、日本政府からの要請です」
星矢が改めて、日本政府からの依頼を提示する。そうして、しばらくの間彼らはカイト達が送ってくるというメッセージについてを話し合う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




