第159話 来日 ――イギリスより――
ルナからのアドバイスを受けてイギリスより帰国した浬達一同。これについては転移術を使い一瞬で帰って来た為、修学旅行の帰宅に合わせて帰る為に彼女らは一時的に隠れ家で一夜を明かす事になる。
それから、およそ半日後。明け方になり、浬らが各々分身を回収する為に動き出していた頃。彩斗達が丁度日本へ到着していた。
「ここが、日本です」
「・・・思えば日本に来るのは初か?」
「話に聞いているから初めての気はせんが・・・そういえばそうか」
フェルグスの言葉にフィンがそう言えば、と思い出す。が、よくよく考えてそうではない事をクー・フーリンが指摘した。
「いやぁ・・・初めてじゃないだろ。そもそも10月の宴会、どこでやってると思ってんだよ」
「ん?」
「あれは、日本ですよ。と言っても神域の高天原という所ですが」
「おぉ、そうだったのか」
ディルムッドの言葉にフィンが初めて知った、という風に驚く。10月は日本の古来の言い方では神無月といい、その名前の由来は神様が出雲に一堂に会するから、と言われている。
というわけで、その集会に彼らもカイトの誘いで参加していたのであった。とは言え、これはフェルの転移術を使っての直接だ。なので表から日本に来る事はなかったのである。そんな気がしないのも仕方がないだろう。と、そんな一同の前に覇王が現れた。
「皆様、お待ちしておりました」
「お主が、覇王と言う者か?」
スカサハ――勿論分身――が覇王へと問いかける。今回の遠征隊の隊長は彼女という事になっている。故に、彼女が、というわけだ。オイフェには渋られたがカイトの事があった為、渋々了承されたらしい。
流石に形ばかりとは言え王の家族に不足があっては彼女らの面子にも差し障る。仕方がないと判断されたのであった。
「はい。今回はよくおいでくださいました」
「構わん構わん。古来より商人共の護衛は腕利きの戦士と相場が決まっておる。そう言う意味では儂らは持ちつ持たれつ。所詮、戦士なんぞと言う手も金稼ぎにそれを使うしか能のない輩よ。ただ守るか奪うかの差でしかない。お主らは金を払う以上は気にせんで良い」
スカサハは笑いながら覇王より差し出された手を握る。ここら、ドライではあるが彼女の見方は正確だろう。盗賊もある意味では己の腕で稼いでいるのだ。奪うか、守るかの差にすぎない。そうして手を離した彼女は、笑いながらその更に後ろに視線を向けた。
「で・・・バカ弟子二号も出迎えに来たか」
「は?」
覇王が驚いた様子で後ろを振り向く。そこには勿論、カイトが立っていた。そもそもランスロットより出迎えを頼まれていたのだ。来ないはずがなかった。
「おーう。悪いな、姉貴。伯父貴と兄貴も悪い。手間ぁ掛けさせた」
「あっはははは。構わん構わん。外をいつまでもお主とフリンに任せておくのも情けない。そろそろリハビリぐらいはせねばな」
スカサハは悪いながら労をねぎらうカイトに首を振る。そしてここらに嘘はない。なので素直にカイトも受け入れておいた。
「そら、どうも・・・で、オレ流のもてなしは用意しとく。後でいつも通り蘇芳の爺の里の方にも顔だしてくれ」
「さっすが。わかっておるな」
カイトの言葉にスカサハが笑う。酒を持ってきたというわけだ。酒盛りと戦は戦士にとって最も重要な事だ、と捉えているそうだ。が、一方の覇王は大いに驚いていた。
「ブルー・・・お前、いつの間に?」
「ついさっきだ。師匠と兄弟子が来るというのに来ないわけがないだろう?」
「・・・それはそうか」
覇王はカイトの言葉が道理であると頷いた。確かに礼儀として、弟子が師匠の出迎えを行うのは自然な事だ。幾らカイトが神を相手にさえ傲岸不遜だと言えども、そこを損なうとは思えない。というわけで、カイトが一応、謝罪はしておいた。
「まぁ、そういうわけで適度に動く事だけは容赦してやってくれ。こっちでもそれなりに出迎えの必要があるからな」
「ああ、それは勿論構わんが・・・出迎え等はどうするつもりだ?」
「・・・必要は?」
「ははははは。すまぬな、東の果ての長の一人よ。儂は先んじてこやつの所に来ておる。ま、適当に回収させてもらうし、明日には全員そちらに戻る。そういうわけで心配はするな」
「は、はぁ・・・」
覇王はスカサハから笑って告げられた事実に唖然となる。目の前で見ていてさえ、彼女が分身である事に気付けなかった。これが、彼女らの実力だった。十分に実力を示す一幕にはなっただろう。
「じゃあ、こっちは他に色々やらないといけないから戻るぞ。本当に伯父貴達が来るから、って顔見せに来ただけだからな」
「あ、ああ・・・」
言うだけ言ってそそくさと去っていったカイトに、覇王はどういうふうな反応を取れば良いかわからなかった。わからなかったが、それでもやるべき事はわかっている。というわけで、覇王は横の者達に幾つかの指示を与えて、フェルグス達の案内を行う事にするのだった。
さて、その一方。浬達の修学旅行と同じ飛行機に乗って一人の少女が来日していた。その名は、エリナ・フィルマ。彩斗達が出会ったフィルマ家当主アレクセイ・フィルマの実子にして、イギリスの調査員――正確には見習い――だった。
その容姿は西洋人形がそのまま実体化したかの様な愛らしさだ。金色の髪はサラサラで、金糸のように輝いている。スタイルこそまだ未成熟だが、すでに成長し始めていて女としての色は出始めていた。
「ここが、日本ね! と言っても瑞樹が居た頃には普通に来てたから別に感慨は無いんだけど」
エリナは一度笑って見せて、しかし即座に素面に戻る。そんな彼女を出迎えたのは、彼女に少し似たアレクセイより少し年上の男性だった。似ているのも当たり前で彼はエリナの母親の兄で、名は神宮寺 御影と言う。日本人離れした顔立ちに切れ長の目が特徴的な美男子と言って良い男性だった。
彼が日本人にも関わらず西洋人っぽい顔立ちで金髪なのは数世代前にイギリス人の血が混じっており、それが出ていたからだ。
なお、このイギリス人というのがエリナと同じフィオナ家の出身で、その縁で彼の妹が嫁いでいったとの事だった。というわけで、エリナは日本人とイギリス人のハーフだ。今回の日本渡航に関しては、母の故国を学ぶ為、というのが表向きの偽装だった。
「エリナ、来たか」
「あ、伯父様。お久しぶりです。わざわざ東京にまで出迎えて下さったのですか?」
御影に対してエリナはプリーツスカートの裾を僅かに持ち上げて淑女らしく一礼する。その様は幼いなれど淑女と言うに相応しい様相だった。
「ああ・・・と言っても偶然こちらで仕事が入ったからな。それで家についてはアレクの頼み通りの家を見付けておいた。住み心地は保証しよう」
「ありがとうございます」
エリナの返答にはランスロットの時とは違い、一切の淀みがない。ここら、やはりしっかりと教育されているらしくきちんと受け答え出来ていた。そうしてしばらくの社交辞令の後、二人は歩き始める。
「先にシェリー達は入ってもらっている。家の事については彼女達に聞くと良い」
「はい」
「それと、万が一の場合には天道家を頼れ。神宮寺家と双璧を成す天道家は知っているな?」
「桜とはお友達よ、伯父様」
エリナは笑いながら当たり前だ、と明言する。なお、神宮寺家と双璧を成す、と言った様に神宮寺家もかなりの名家だ。実際、御影も神宮寺財閥という巨大企業の総帥で、覇王と同等に例えられる人物だった。神宮寺財閥の本社は関西にあるのだが、大企業の総帥故に東京に居ても可怪しくはなかった。
「そうだったな。今回の案件では向こうも承知している・・・天道家への道のりは後であちらから誰か人が行くだろう。覚えておきなさい」
「はい」
エリナは御影の述べる注意を逐一胸に刻んでいく。今回が、彼女にとって初仕事だ。気合は十分と言えた。そうして、そんなエリナに御影は僅かに逡巡して、一応告げておく事にする。
「・・・それで、まぁ・・・アレクからは止められているが、一応言っておこう。天神市には今、第三勢力として御門一門という者達が居る。勢力と言ってもわずか十数人という所だが」
「御門一門?」
聞かない名だ。エリナはそう思いながらも何故父がそんな雑多な少数勢力の存在を黙っていたかわからず小首を傾げる。黙っていたという事は語る必要があり、それを語らなかったということだ。逆説的に言えば、少数だろうと見過ごせない勢力と言える。
「ああ・・・皇 皇花は知っているな?」
「ええ。その後の顛末も少しは」
「そうか。その彼女らが放逐された後に興した一門だ。が、重要なのはそこではない・・・うむ・・・まぁ、なんというか、彼の保護下にある者達だ」
「あの方の!?」
非常に言い難そうにした御影の言葉にエリナが俄然興味を滲ませる。あの方、とはカイトの事だ。事ある毎に彼女はカイトの手によって救われており、現在絶賛熱を上げている所なのであった。それに、御影が辟易した。こうなるのは目に見えた話だった。
「そうなるから、アレクも言いたくなかったのだ・・・唯一彼に常時渡りをつけられる存在が、この御門一門の長たる御門 刀花という少女だ・・・あー・・・うむ。決してむやみに彼女の側を張り込んだりはしないようにな。エリナ、これは仕事だ。決して、私事を優先しないように」
「はい」
言い含める様な御影の言葉にエリナはニコニコと笑顔で頷く。どこまでわかっている事やら、とは御影とアレクの後の言葉だ。
が、これを言い含めておかねばならないのだから、仕方がない。内心で御影はなぜ自分が、とアレクに愚痴っていたそうだが、それは横に置いておく。と、その一方でエリナが道理を述べた。
「でも、伯父様。あの方の正体にたどり着くのも、私の仕事でしょう?」
「・・・はぁ・・・そうだな。それはエリナが女王陛下直々に与えられた最優先事項の一つだろう。とは言え、どちらもやり過ぎない様に、というわけだ。ここは日本。イギリスではない。そしてこちらは我が神宮寺財閥の影響下の強い土地でもない。そこは、注意しなさい」
「大丈夫です、伯父様。並の戦士相手なら、決して遅れは取りません」
「そこは心配していない」
御影はエリナの言葉にはっきりと頷いた。まだ日本で言えば中学二年生の彼女であるが、魔術を使いこなせる事によって彼女の身体能力は並の軍人を上回っている。この街の不良程度であれば、喩え百人束になろうと勝てるだけの実力があった。が、心配なのはそこではない。
「だが、ここは日本だ。平然と異族達が闊歩している。中には血の気の多いヤツも居ないではない。特に例の事件の後、そこそこ日本は荒れている。彼も色々と奔走していたぐらいだ。そこの注意は、決して怠らない様に」
「はい」
エリナは興奮を一切見せぬ真剣な表情で頷いた。こればかりは事実だし、何度もアレクセイから口酸っぱく言われてきた。間違う事は無いし、忘れない様にしっかりと頭に叩き込んでいた。そしてそれは御影から見てもはっきりと理解出来た。なのでそれについては彼も頷くだけだ。
「よろしい。それについてはエリナを信用しよう」
「ありがとうございます」
エリナは今度は淑女として、スカートの裾を上げて感謝を述べる。どうやら、最も重要な事はしっかりと理解しているらしい。一応他国の人間ではあるが伯父と姪の関係である以上心配ではあった御影であるが、その様子に万が一が無い限りは大丈夫だろう、と納得する事にした。
「よろしい・・・わかっていると思うが、今回のエリナの最優先事項は生きて帰る事だ。任務達成はその次だ。今回、エリナの任務は情報収集。それもランスロット殿から情報を得る事だけだ。連絡員とも言える。もし危険があると察知すれば、即座に逃げなさい。私は日本人故に知らないが、他の事は他の者がやる事になっているのだろう。その者達の事も信用して、行動しなさい。決して、功を焦り下手を打たない様に」
「はい」
エリナは御影のアドバイスをしっかりと胸に刻んでおく。これからは、本番だ。今までの父と共に行った活動とは違い、一人での活動だ。勿論サポートはしっかりと居るが、それでも油断出来るわけではなかった。そうしてそこらをしっかりと言い含めた後、御影は仕事を終わらせる事にした。
「よろしい。では、ついて来なさい。家まで送っていこう」
「はい」
御影の後に、エリナがついて歩いて行く。そうして、二人は一時間程車に揺られて、天神市へと入る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時の投稿です。
2017年12月17日 追記
・誤字修正
『御影』が『御門』になっていた所を修正しました。




