第164話 決断
ルナよりの提案である、契約者となるという事。それに対してカイトの反論を受けたわけであるが、その結論そのものは、浬らに委ねられる事になった。なったわけだが、これは言ってしまえば結論ははじめから出ていた様な物だった。
「コンマ数%の生存確率に期待するか、今後も覚悟してこの力を受け入れるか・・・お前らは、どうしたい?」
「どうしたい? って言われても・・・」
浬は困惑するしかない。そして周りを見ても、全員困惑していた。なにせ答えは一つしか無かったからだ。そうして、彼女は相手が兄という事で代表して不満げにカイトへと告げた。
「・・・それ、答え一つしかないじゃん」
「・・・だから、一応はそう言った」
ルナは改めて明言する。そしてその通りで、そもそも生き延びたいのであれば答えは一つだけだ。受け入れなければ、コンマ数%の可能性に賭けるしかない。それもこれは全員が生き延びられる可能性ではない。一人あたり、だ。全員が生き残れるとなると最早天文学的な確率になるだろう。であれば、先の苦難を承知で力を受け入れるしかないのだ。
「そもそも貴方達が今のままどれだけ頑張った所で彼らには届かない。彼らは百年の時を平然と生きた者達。中にはカイトが封じた者も居る・・・貴方達では勝ち目がないのではなくて、日本の陰陽師達でも勝ち目は殆ど無い。少なくとも一人ひとりが数百人編成の部隊を差し向ける様な相手」
ルナは改めて事実を事実として明言する。それに、これから浬らは挑んで勝つか封ずるかしなければならないのだ。その時点で答えは見えていたようなものだ。
「・・・で、私達がやるしかない、んでしょ?」
「そうしないと世界中でテロやらなんやらが起きて今の世界は完全に破滅する」
不満げな浬は改めて前提条件を明らかにする。これは、絶対条件だ。今彼女らの肩に乗っているのは世界の秩序だ。もし彼女らが祢々の言う『ゲーム』に負ければ、その時カイトや清明が封じていたという強大な魔物が一気に世界に放たれる。
勿論、それだけならば問題はない。が、もしそれでテロでも起きてしまえば、世界的な大混乱は免れないだろう。少なくとも異族や魔術の存在、教会が行ってきた本当の迫害の歴史等は詳らかにされてしまい、世界は一変する。後者に至っては現在進行系なのだ。確実に教会さえ大きく割れる事態に陥るだろう。
これについては実はカイトやそれに協力する各国の政府機関が幾重にも渡って公表の為の下準備をしているが、それでも準備を始めたのは今から数年前だ。どうがんばっても未曾有の混乱は避けられないだろうというのが、カイト達の推測だった。であれば、答えは出ていた。
「・・・飲むしかないじゃん」
「そうなる」
浬の不満げな言葉にルナが頷いた。浬の口調は悪いがそこはこういう状況だし、相手も気にしていない。というより、実は大精霊達の望みとしては、素の口調で接してもらう方が良いらしい。なので問題は無いと言って良いだろう。
「・・・というわけで決定」
「へいへい。わかりましたよ、帰ってからオレが頑張りゃ良いんでしょ」
「まぁ、契約者になればそこらの政治的な話は私達も圧力掛けられるし」
ルナがあっけらかんと実情を語る。実のところ、本当は彼女らが一言言いさえすればそこらの政治的な圧力の大半はどうにでもなるらしい。
と言うより、契約者の存在が明るみになれば、それはすなわち大精霊の存在が明らかになるのと同義だ。であれば、その時点で彼女らの意向は国家間の軋轢云々よりも遥かに優先される事柄になる。浬らも味わったが、大精霊とは本当にすごいのであった。そうしてそこらが固まった事で、煌士が問いかけた。
「それで、今から試練は始められるのですか?」
「・・・」
ルナは煌士の問いかけにフルフルと首を振る。そうして、これにカイトが説明をくれた。
「ルナも言ったが、光と闇は二つで一つだ。故に二人揃わなければ試練は始められない。まずどちらかに目通りして、もう一方の所でも許可を得て始められる」
「それに、誰が契約者となるか決めないと駄目」
カイトの言葉に続けて、ルナは契約者が決まっていない事を一同に告げる。が、これに煌士が少し首を傾げた。
「む・・・? 我々全員で、という事は不可能なのですか?」
「無理。原理原則として契約者は一人。集団で契約というのは受け付けてない。試練はその人の内面を見る物。それ故、集団での行動理念より個人の行動理念を優先する。それにその後に集団に入ってきた者やなんらかの理由・・・例えば仲間割れや死亡によって集団から一人でも欠員が出ると面倒」
煌士の問いかけにルナは自分達大精霊の考えを告げる。なお、彼女は面倒と言ったが実際には契約の履行が不可能になる為、という事情だ。この大精霊の契約はいい加減に見えて、実は意外としっかりとした契約らしい。
「面倒?」
「例えば集団で契約した場合、私達はその集団全員が揃って認めた事になる。だから、もし誰か一人でも欠けたり理念に反したり、それ以外にも何らかの理由で集団を二つに分けた場合にも使えなくなる」
「それはなぜですか? 確かに理念に反していたりした場合に使えなくなるのはわかるのですが・・・」
「一つの集団で複数の契約者が居ると見做せてしまうから。それに集団の場合、誰が私達の力を借り受けるの? その集団のリーダー? それとも魔術に特化した人物? 契約の力はあくまでも個人に与えられる物。全員が一斉に使えてしまうのは駄目。それに、付け替えも身体への負荷がひどいから、貴方達程度では止めておいた方が良い」
煌士の二度の問いかけにルナは道理を説く。どうやら、集団で幾つもの大精霊と契約しておいてその時々に応じて必要な力を使い分ける、という事は出来ないらしい。そうして、煌士は己の考えを見透かされていた為、納得した様に己の意見を取り下げる事になった。
「なるほど・・・確かに、それはそうですね。失礼しました」
「うん・・・まぁ、そこらはおいおい考えるで良いと思う」
ルナは煌士の取り下げに頷いて、誰が契約者となるかについては横に置いておく様にアドバイスを送る。別に今すぐ試練に臨むわけではないのだ。であれば、今決める必要もなかった。そしてそれはカイトも認められる事だった。
「それはそうだな。特に今はまだこいつらの修行もまるっきり終わっていない。試練に挑むにしても流石に力が足りなさすぎるし、更には修行の中でどれが最適か見える事もあるだろうさ」
「うん」
「よっしゃ。ま、それが分かればとりあえずはそれで良いか。とりあえずソルの方はどうにか考えてみる」
「そうして・・・あ」
カイトの言葉に応じたルナだが、そこで何かにはたと気付いたらしい。ぴたっと動きを止めた。
「カイト・・・貴方今、使い魔?」
「ああ。だから、お前らを呼べないんだからな」
「大神殿の場所・・・感知、出来る?」
「・・・あ」
カイトはルナの指摘を受けて、目を丸くする。すっかり彼も忘れていたが、今の彼には普段出来る事が出来ないのだ。彼自身が本物ではないのだから致し方がない。そしてそこに気付いた彼は、もう一つ別の問題にも気付いた。
「ってことは、ソルの所に行ってもお前呼べないよな・・・ルナ、悪いがオレの本体を通してこの使い魔と一時的な代理契約は可能か?」
「可能。というより貴方の使い魔を限定的に向こうの貴方と繋げる事で貴方の側に顕現する事が可能」
「すまん、ならそれで頼む」
「りょーかい」
ルナはカイトの申し出を受けると、カイトの頭に手をかざす。そうして闇色の光が光り輝くと、それで全てが終了した。
「一応、空亜に頼んで貴方と本体を微妙に繋げてもらった。と言っても私達がわかる程度のシステムの裏側に位置する小さな小さなレイラインだけど」
「そうしないと良くない存在に目を付けられかねん、か。すまん、助かった」
カイトはルナの対処に頷くと、礼を述べる。なお、これで使い魔のカイトがカイト本体と連絡を取り合ったり力の融通をしたりする事は出来ないらしい。
本体の方もこんな事が行われたとは気付いていないそうだ。彼の言う通り、異世界にいる彼本体からこちらへ良くない存在を呼び寄せてしまいかねないからだそうだ。
なので今の対処は敢えて言えば、このカイトの使い魔を大精霊達の顕現する為のマーカーとしなる様に改良したと思えば良いだろう。地球にいる大精霊達からの信号を受け取ったエネフィアの大精霊達がカイトへと信号を送る事で、その側で顕現出来る様になるらしい。面倒であるが、それをしないとより面倒になってしまうので仕方がないらしい。
「他の大神殿については、どうするかね・・・」
対処を終えたカイトはそうなると、と他の大精霊達の居場所を考える。カイトはエネフィアの方の大神殿は全て知っているそうなのだが、地球の方は行く必要がなかったのであまり知らないのだ。
そしてその気になれば彼はその持っている権限を使ってバックドアの様な形で直接大神殿まで行けるらしい。なので、気にする必要も無かった。が、ここではそれが悪く働いていた。浬達にはそこまで出向かせなければならないのである。と、いうわけで煌士が再度問いかけた。
「闇の大精霊様はご存知ないのですか?」
「知ってる。でも契約しようと望む者への口外は禁止されている。大神殿の在り処を探す事も試練だから」
ルナは僅かに申し訳なさそうに首を振る。それに、空也が疑問を得た。
「? 光の大精霊様の大神殿とやらは教えていただけましたが?」
「これについては特例としてカイトの弟妹の命を救うという事を前提に教えられた。他は、カイトの知り得ている所以外は教えられない・・・試練だから」
ルナは改めて試練だから、と明言する。そもそも本来はここを探し出す事さえ試練なのだ。それの手間が省かれている時点で十分にズルしていると言える。これ以上は望むべくもないのだろう。
「となると、今だわからないのは水、雷の二人か・・・」
カイトは指折り数えて自分が知らない大神殿の場所を思い出す。この全員とカイトは地球でも縁を得たが、この三人は向こうから来た類の大精霊だ。それ故大神殿までは赴かなかったのである。そんな兄に、浬が問いかけた。
「それ以外はわかってるの?」
「ああ。実は山頂に光と火がある事は知らなかったんだが、富士山の地下には氷の大神殿がある事は知ってた。そっちは行ったからな。それ故、上にもあるとは盲点だったわけだ。富士山がこの世界でも有数の霊地だとは知っていたが・・・まさかそこまでとは思ってもいなかった」
カイトは改めて自分が光の大神殿がそこにある事を知らなかった理由を告げる。まさか富士山に三つも固まっているとは思わなかったらしい。
「他にも風はオーディンの所にあるし、土はアメリカのグランド・キャニオンにある事は知ってる」
カイトは一応、今わかっている大神殿の場所を明言する。なお、ここら以外にも大神殿に移動出来る場所はある。ただ単にカイトが把握しているのがここと言うだけだ。
「まぁ、それはそれで良いか。とりあえず、これでここに用はないな」
「ん・・・じゃあ、戻る。別に私カイトの方行けるし」
「おーう。せいぜい向こうのオレを大いに引っ掻き回してくれや」
ルナの言葉にカイトが手を振る。このルナもエネフィアに居るというルナも同一個体と見做される。というわけで、ここに居る彼女もエネフィアにいる彼女が見ている物を見ているし、やっていることを知っている。なので彼女からしてみれば常にカイトと一緒に居たような物だ。こちらでも所要があって呼び出された、というだけなのだろう。と、そうして帰ろうとした所で、鳴海がおずおずと問いかけた。
「あ、あのー・・・少し良いですか?」
「ん?」
ルナが立ち止まって鳴海の方を向く。彼女はどうしても、聞いておかねばならなかったらしい。
「その・・・その服装は・・・? と言うか、その・・・目のそれ・・・」
鳴海が首を傾げる。実のところ、全員スルーしていたがルナの服装はなんというか、奇抜だった。いや、着ている服そのものに珍しい様子はない。古いドレスというだけだ。この程度ならエリザもドレスなので今更彼女らは驚く事はない。そして容姿についても可怪しい所は一切無い。敢えて言えば息を呑む様な物凄い美女というだけだ。
が、その顔にはおかしな所があった。まるで目隠しの様に布が目の部分に巻かれていたのである。つまり、ルナはずっと今まで誰とも目を合わせていなかったのである。
「これ・・・カイトの趣味」
「冤罪やめーや!? オレとこっちで会った時にはすでに付けてましたよねぇ!?」
ルナの返答にカイトが怒鳴る。そして残念ながら、これは事実である。カイトの方も平時にまで目隠しをする趣味は無いらしい。
「はぁ・・・実際にはこれを使うと遠くの事が見れる様になる、って魔道具の一種だ。封印にも使えるけどな。別にこいつらには必要無いけどな」
カイトはため息混じりに逃げようとするルナを捕獲しながら明言する。どうやら、魔道具の一種だったらしい。と、それを聞いてモルガンがふと何かを思い出したらしい。
「あの眼鏡と一緒?」
「それ。そういうこと。あれと対になるのが、これってわけ」
「あれはソルの『遠見の眼鏡』。こっちはそれと対になる『不可視の布』。まぁ、対だからどっちも同じ効果あるけど。主に魔眼封じの用途。私としての使い道はない」
カイトの言葉に続けて、ルナが断言する。彼女らは魔眼を持っていない。無くても良いからだ。なので敢えてファッションで使っているらしい。というわけで、そんなルナと更にしばらく雑談をして、この日は帰還する事になるのだった。
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