第161話 森の奥へ
森の入り口での騒動を終えて、更に妖精達の里を抜けた浬達一同。彼女らはそのまま、更に森の奥へと進んでいた。が、そこは本当に薄暗く、昼だというのにほとんど光の届かぬ空間だった。
「何、これ・・・」
「薄気味悪いね・・・」
鳴海の言葉に応ずる様に侑子が顔を顰める。一応、光が無いわけではない。なので真っ暗闇というわけではない。が、その真っ暗闇ではないというのが、なおさら悪かった。薄暗い故にその先が僅かに見え、恐怖が増幅される。そういうような微妙な暗さだった。
「ふむ・・・少し便利系の魔術も覚えさせるべきか」
「便利系の魔術? そんなものがあるのか?」
「ああ・・・<<灯り>>」
煌士の問いかけを受けたフェルは指の先に明かりを灯す。それはぼんやりとした物ではあるが、確かな光源になってくれていた。
「<<灯り>>・・・攻撃力は一切無いが、それ故魔術の消費量としては極微小で今の貴様ら程度でも数十時間連続して光らせる事の出来る魔術だ。構造は簡単。構成されている物についてもほとんど無いからな。子供でも出来る魔術の一つ、と言える」
「ほぅ・・・」
煌士が興味深げにフェルの指先にある<<灯り>>というらしい魔術で生み出された光球を観察する。魔術の構造そのものは非常に簡単らしい。
「ふむ・・・そうか。そう言えば貴様にはそこらも覚えさせるべきなのかもしれんな」
「そこら?」
「見ただけで魔術を覚える事だ」
「謂わば魔術の構造解析と言うところでしょうか」
フェルの言葉に続けて、アテネが煌士の疑問に答える。そうして、彼女は続けた。
「通常、魔法陣を生み出したり詠唱をしたりして戦う事はあり得ない。それは知っていますね?」
「ええ、まぁ・・・使っている暇も無いという事は幾度となく実感させられました」
アテネの言葉に煌士は今まで戦ってきた強敵達の事を思い出す。例えばゼウスの神獣。あれは空也や彩斗が必死で時間を稼いでくれた結果、彼は幾つもの魔法陣を記せるだけの時間を得られたわけだ。
そして例えば、藤原千方。こちらはもっと顕著だ。あの時もし一瞬でも魔術の構築が遅れたりしていたら、確実に死人が出ていただろう。
他にも、昨日の初陣だ。あれはゴブリンという最弱の魔物が相手だったが、詠唱や魔法陣を生み出せたのは相手が最弱と呼ばれる程に弱く彼我の距離があったからだ。乱戦の最中に戦闘中に詠唱や魔法陣を構築している暇はどこにも無いのだ。
「そうですね。基本的に、詠唱をしたり魔法陣を構築している暇は一切無いと考えて良いでしょう。が、それと同時にもう一つ、理由があります。これは戦う上で気をつけるべきことです」
「気をつけるべきこと?」
「魔法陣も詠唱も基本的には次に自分がこれから何をするかを示している様な物だ。相手に攻撃を宣言して、しかも何をするか、と言いながら戦う阿呆が何処に居る?」
「あ・・・」
煌士は指摘されて、はたと気付いだ。確かに、それはそうだ。特に魔法陣はその形式上、使用する魔術に関する内容がかなり書かれている。それは言ってしまえば相手にも何を使うかわかるようにしてしまっているようなものだった。
「そういうことだ。つまり、今の貴様らでは相手に何をするか宣言しながら戦っている様な物でもある。故に魔術の基本は無詠唱かつ無口決というわけだ」
「ですが、それで決して相手の魔術を理解できぬわけではないのです」
フェルの言葉を引き継いで、再度アテネが告げる。そうして、彼女はいくつかの魔術を生み出した。水球や光球、闇の珠等属性も魔術も統一されていない。とは言え、どれもこれも煌士からしても弱々しい力を持つだけの物だ。
「これらは無詠唱で行い、なおかつ今何をしたかというのは私以外には知りません・・・ですが。ベディ」
「あ、はい。なんでしょうか」
周囲の警戒を行っていたベディヴィアへとアテネが唐突に水を向ける。ここら、フェルでは示し合わせていたのでは、と思われない為だったそうだ。
「これと同じ物を複製可能ですか?」
「え、ええ・・・これで良いですか?」
アテネに促されたベディヴィアは何ら迷いなくアテネが使ったと同じ魔術を行使する。
「さて、ベディ。貴方は今どうやって、私が使った魔術を理解しました?」
「はぁ・・・普通にアテネ殿の使われている魔術の構造を視て、ですが」
何をそんな基本的な事を、と訝しがるベディヴィアはそのままを答える。
「はい、ありがとうございます。ああ、もう警戒に戻ってください。ただ、少々説明に必要だっただけです」
「わかりました」
ベディヴィアはアテネの説明に頷くと、そのまま再び周囲の警戒に戻る。ここらはすでに妖精達が治める里と森の外だ。魔物は普通に存在しているらしい。出会う事は稀だが、だからといって警戒を怠って良いわけではない。
「というわけです。他にも敵の魔術を<<解呪>>したいのならその解体の為にはその魔術の構造を解析してきちんと視なければなりません」
アテネはそう言うと、浮かべていた幾つもの属性の球を消滅させる。とは言え、そう言われて困るのは煌士だ。どうやれば良いか、なぞさっぱりなのだ。とは言え、だから教えているのである。
「さて・・・そう言ってもどうやればよいか、というのはわかりませんね。そこで重要なのが、視る力です」
「視る力・・・」
「霊視暗視透視etcetc・・・これら全て大雑把に言ってしまえば視る力に由来した力と言えます」
「魔眼、というわけですか?」
「そうとも言えます。魔眼はそれが生まれ持って与えられている力と言い得るでしょう。魔眼とは対象を視て発動させる力。故に視認不能では効力は一切発動できません」
煌士の問いかけにアテネははっきりと頷いた。視るだけで発動可能というのはある種チートじみているわけであるが、それは逆説的に言えば視られなければ発動不可能という事でもある。強力であるが故に、同時に大きな弱点も抱えていたのであった。
「故に、最も単純な魔眼から逃れる力は物陰に隠れてしまう事です。まぁ、これは覚えておくだけで良いでしょう」
「とは言え、単に物陰に隠れても通用するのはせいぜい海瑠程度の実力者だけだ。魔眼持ちの奴らは普通に物陰の先を見通してくる。対策忘れました、で負けは情けないぞ」
アテネの言葉にフェルが海瑠の頭をぽんぽんと叩きながら続ける。そもそも海瑠の場合魔眼が何なのか未だに不明だ。そこがわからなければ使えないも同然だった。
「うぅ・・・」
「わかったら貴様はせめて物陰の先ぐらいは見える様になれ」
「はい・・・」
海瑠はフェルの言葉にうなだれて頷くしかなかった。実のところ、これについては海瑠が口酸っぱく学ぶ様に言われていたらしい。が、この様子だと成果のほどはいまいちなのだろう。魔眼が使えない為、仕方がないのかもしれない。
「まぁ、それは良いか。で、とりあえず魔術の構成要素の見方だな。これについては、実は簡単に出来ると考えて良い。勿論、かなりの高位魔術や高位の魔術師が使う魔術になるとこちらもそれ相応の実力を要求されるのは当たり前の話なので、それは置いておくぞ」
フェルは改めて、自分の実力も磨く様に言い含める。見方がわかって見れる様になったとて、一気に全てが見れる様になるわけではないのは至極当然の話だ。
まぁ、ここで語られてはいないがそういう解析の為の魔術もあるらしい。それを使えるのなら、それが可能な範囲では全て理解可能だそうだ。が、ないものねだりになるのでそこは言及されていない。
「それでその見方だが、一言で言えば目に力を貯めろ。そして魔力の流れを視ろ。このやり方は教えたな?」
「はい」
フェルの指摘に煌士は頷く。魔力の流れを視るというのは、煌士だけではなく他の全員が学ばされた。魔力の流れが分かるだけでも危険がわかりやすいからだ。そうしてそこに同意を得てから、フェルは更に本題に入った。
「であれば、そこから更に集中を続けろ。すると、魔術の中に細かい模様の様な物が見える様になってくるはずだ」
「・・・」
煌士は言われた通り、目に力を溜め続ける。すると海瑠がよく視ているという魔力が見え始めた。
「・・・魔力は見えました。これより更に溜めれば良いのですね?」
「そうだ。そこから、更に集中をし続けろ」
フェルは右手の人差指の先に光球を浮かべながら、煌士の言葉に頷いた。まず試しにこれを視える様になってみせろ、という事である。これは彼女が言う通りものすごく簡単かつ簡素な構成で出来ている物だ。練習には丁度よいと言えるのだろう。
「・・・何か・・・模様の様な何かが・・・それを中心として光っている・・・? 模様は二種類・・・か?」
煌士は集中していると、光球の中に何か模様の様な物が浮かんでいる事に気付いた。それを中心として、光が浮かび上がっている様に見えたのである。
「そうだ。それが、この魔術を構成する魔術式と呼ばれる物だ。これは本当に簡単な魔術式で出来上がっている。光と球。その二つでこれは出来ているわけだ」
「なるほど・・・」
煌士は額に汗を浮かべながらもしっかりとその魔術式とやらを見覚える。どういう文字かは煌士の語彙力でも説明はし難いが、それとコピー出来るか否かは違う。喩えどういう形か説明出来なくとも、これをコピー出来るのである。
そうして、5分程試行錯誤した結果、煌士はフェルの浮かべた光球の中に浮かんでいた物と同じ模様を魔力で構築する事に成功した。
「・・・こう、か?」
「そうだ。基本的なやり方はそれで良い」
フェルは煌士が生み出した光球を視ながら頷く。これで、後は煌士がこの魔術を忘れなければ彼はこの魔術を何時でも使える。まぁ、こんなに簡単に出来たのはこの魔術が非常に簡単な物で、更には煌士に分かるようにやってもらえていたからだ。普通はここまで簡単に行かないということは、念のために述べておく。
「ふぅ・・・とは言え、非常に疲れるな、これは・・・」
「当たり前だ。だが、これを戦闘中に出来る様になるのは魔術師の基本だと思っておけ。謂わばイロハのイだ。基礎の基礎と考えても良い」
疲れた様に深く息を吐いた煌士に対して、光球を消してフェルが告げる。やはり魔術という現象が起きている所からそれが起きるシステムそのものを視る事は非常に精神的な疲労をもたらす作業らしい。
が、これが出来なければ魔術師として二流どころかド三流と言われかねないのが、魔術師という業界の闇の深さと言えるだろう。そうしてそう明言してから、アテネが更に告げた。
「基本的に、魔術師という業界は大半が見覚える、もしくは師の技術を盗む事でしか魔術を増やせません。ああ、勿論、そう言う魔術を教えてもらう師弟関係を結んでいたり一族で伝えていく様な場合は別です」
「? 超高度な魔術を記した魔導書は無いのですか?」
「ええ、ありません。いえ、存在はしているでしょうが、この世に何冊ある事やら、という領域です」
「まぁ、数多世界を回った私が言わせてもらえば、私でさえ100冊も知らないな」
アテネの言葉に次いで、フェルが明言する。ここらが、魔術師として悩ましい所らしい。と、そんなフェルの物言いに何か薄ら寒い物を感じた煌士は、一応聞いておいた。
「・・・それはまさか、他の世界も含めて?」
「ああ、そうだ。全ての世界を含めて、だ。まぁ、私の一族は色々な世界に行く事も多い。そこに居た時代に父から聞いた程度も含んでいるがな・・・が、それでこれだ。この地球上にどれだけあるかは、察するに余りあるだろう」
煌士は非常に嫌な現実を聞かされて、流石に頬を引きつらせた。現実にはレベルアップで魔術を覚えるなどという事はあり得ない。そして魔術を覚えられる魔導書もほとんど無いのだという。
彼の道のりは実のところ、このメンバーの誰よりも一番むずかしい道でもあったのであった。だからこそ、煌士には是が非でもこの視る力とやらを学ばせる必要があったのであった。そうして煌士をある意味で戦慄させておいて、フェルは今度は近くの空也に視線を向ける。
「そしてその上で・・・空也。貴様、聞き耳を立てているな?」
「あはは。すいません、お気づきでしたか」
「構わん。良い姿勢だ・・・アテネ」
「はい」
フェルとアテネは頷き合うと、フェルが再び火球を生み出す。こちらも最下級の<<火球>>だ。それを浮かべて、解説を再開した。
ちなみに、なぜ空也が話を聞いていた事を理解していたかというと、彼の目に魔力の集中が見られたからだ。密かに彼も魔術式を視ていたのである。なお、他にも海瑠が視ていた。
「魔術式は視えるな?」
「はい」
「良し。先程、私達はこの魔術式を煌士に対して見覚えろと言った。それはコピーする為だな・・・が、これとは別に空也。貴様も可能であればこれを即座に見れる様になった方が良い」
「まぁ、何かを言う前に見せた方が早いでしょう。ルル殿」
「わかった。ゆっくりとやるから、しっかりと視ておけ。詩乃、貴様もだ」
アテネの促しを受けて、フェルは追加で5つ程の火球を生み出す。全て同じ魔術だ。そうして、フェルがゆっくりとそれをアテネへと投じた。
「・・・ふっ!」
アテネは詩乃と空也が見ている中、片手剣を取り出して火球を切り裂く。それを繰り返す事、6回。それで何を言いたいかを、空也が理解した。
「模様が・・・かき乱された?」
「というよりも豪快に吹き飛ばされたようにも見えましたが・・・」
空也の言葉に続けて、詩乃が自らの意見を述べる。そして実は、これはどちらも正解だ。ただ単に二つのやり方を見せて、その二つのどちらを視る事が出来たか、というだけにすぎなかった。
「どちらも正解です。奇数回では魔術式をかき乱し、偶数回では魔術式を強引に力技で吹き飛ばしました」
「わかったか? このように、剣技やそこらの体術等で実のところ魔術に対抗する事は可能だ」
「では、二つやったのは?」
フェルの言葉を聞いた上で、空也が疑問を提示する。二つの方法を示したということは、そこには何らかの意図があるわけだ。そこを知るのは重要だった。
「簡単だ・・・さて、今はまだ<<灯り>>や<<火球>>だから良い。今私がやった魔術式にしてもかなり・・・そうだな、敢えて言うのなら柔らかい。が、これが高位の魔術師が使う魔術になると超複雑な魔術式になり、何処をかき乱せば攻撃を消し飛ばせるか、というのはわかりにくくなる。勿論、魔術式そのものもかなり強固な物になりかき乱しにくくなるだろうな」
フェルは今の自分の魔術と敵が使ってくるだろう魔術の差を述べる。これは見せる為にわかりやすくやったのであって、決して簡単ではないのだ。
「では、そう言う場合にどうするか。それが、後者の吹き飛ばすという力技だ。これは相手の魔術式に込められている力を上回ってそこに己の魔力をぶち当てて、魔術そのものを無力化するわけだ。これに詳しい説明は不要だろう。どちらも覚えておけ。魔術を切り捨てられるというのは貴様ら近接向きの奴らにとっては悪い話ではないはずだ」
フェルはそう言うと、何処からともなく剣を取り出した。
「さて・・・まずは何事も見て学べ。トリスタン、ベディヴィア。貴様らはこいつらの直援をやれ。アテネ、私と貴様で敵を屠る。なるべく視える様に戦え」
「わかっています」
話を向けられたアテネはすでに戦装束で盾と槍を構えていた。それを受けて、トリスタンとベディヴィアが場を譲る。
「浬! 敵だ! 全員止まれ!」
フェルの指示で話を聞いていなかった――隊列の問題で聞けなかっただけ――浬達も足を止める。そうして、煌士達の為にアテネとフェルが木々の間から出てきた魔物と戦うのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時投稿です。そしてついに大精霊も登場です。




