第159話 商談
スカサハの案内を受けた後にたどり着いた会議室にて、遂に天道財閥とスカサハを頂点とした『影の国』の面子との商談が始まった。と、始まったは良いのだが、その前にスカサハは忘れていた事を思い出して先にそちらを済ませておく事にした。
「っと、そう言えば紹介しておらんな。あっちのショートカットの女がオイフェ。儂の妹よ」
「オイフェだ。常にはこの街の外にある別の街を治めているが、事の次第を聞きやってきた。横のは息子のコンラだ」
「コンラです。以後、お見知りおきを」
「ちなみに、俺のガキな」
クー・フーリンが笑いながら己の息子というコンラの言葉に補足を入れる。ここらは三柴達は前もってきちんと情報を仕入れていたので、しっかりと理解していた。
「さて。で、これらの紹介も終わった事で商談を始める事にしよう。っと、流石にあのまどろっこしい紙の受取は無しだぞ」
スカサハが音頭を取る。ここら、商談と言っても企業同士のやり取りではない。しかもここは現代のルールが通用する場でもない。普通ならあるだろう名刺交換等は一切無かった。と、そうして口火を切ったのはフェルグスだった。
「と、それは良いのですがスカサハ殿。こちらの商品価値を見せんで良いのですか?」
「おお、それはそうよな。見せておく必要があろう・・・と言いたい所ではあるが」
「ふむ?」
「見てもわかるまい」
首を傾げたフェルグスに対して、スカサハがため息混じりに首を振る。そうして、彼女は何処からともなく唐突に果物ナイフを取り出してそれを投げた。ただし、三柴達にはわからない領域で、だ。
「ほらのう」
「むぅ・・・確かに商人達に我らの腕を披露した所で理解し得ぬのは道理ですな。すごい事がわかっても、どうすごいかわからねば適切な評価は下せん、という事ですか」
フェルグスはスカサハの行動に一切の反応を示さなかった三柴達を見て、僅かに残念そうな顔で首を振る。そうしてその一方、何かが起きたらしいという事は理解した三柴達は首を傾げていた。
「・・・? 一体何が・・・」
「やれやれ・・・もうちょい、目は鍛えておくべきかもな。ほらよ」
クー・フーリンは僅かに呆れながらも立ち上がり、入り口の側に突き刺さっていたナイフ三本をスカサハへと投げ渡す。こちらも殺しに行くのではないか、と思える様な速度だ。が、それをスカサハは器用に受け取って、再びどこかへと収納した。
「先程の一瞬で儂はナイフを三本投げた。お主らの横を通る様にしてな・・・頬の横を通っても気付かぬでは儂らが腕を見せてもわかるまい」
「商人にわかられても困りましょう。我らは幾重にも渡る死線を越えて来た。それが銭勘定を生業とする者達にわかっては我らの立つ瀬がない」
「確かに、それはそうか」
ディルムッドの指摘にスカサハも笑って同意する。音速を超えた速度での戦いは彼らが無数の修練と戦いを経た果てに手にした領域だ。そこに対応できても困るのはそれはまた道理であった。
「さて・・・とは言え、全員今の動作が見切れる程の腕は持ち合わせてはおる。こちらの商品価値は、これで見えたと言えよう。さて、その上で、そちらは何をこちらに差し出す」
スカサハはとりあえずこれでこちらがすごいのだ、という事は示せたと見てボールを三柴達側へと投げ渡す。それに、何が起きたかわからず呆けていた三柴はようやく我を取り戻した。そうして考えたのは、相手が自分達の商品価値を提示した以上、こちらの商品価値を提示する事だった。
「っと・・・天音」
「はい・・・こちらを」
三柴の促しを受けた彩斗はブリーフケースの中から日本で作ってきた資料を全員に配布する。それは簡易的にだが天道財閥とその母体である天道家について記された物だった。それに目を見開いたのは、やはりスカサハだった。とは言え、驚きと同時に笑みも浮かんでいた。
「ん? オイフェ! 3ページ目の中ほどを見てみよ!」
「ん? どれだ?」
「ど真ん中よ、ど真ん中」
「む? ああ、これか」
スカサハの言葉を受けて該当の部分を見付けたオイフェが笑う。どうやら、何か面白い事があったらしい。それに、資料を作成した彩斗が問いかけた。資料は表向きの天道財閥が出しているパンフレットではなく、裏の天道家としての異族達とのつながり等が書かれている物だ。
故に彩斗のお手製だったのである。なお、彼は全文英語にしようと思ったのだが、その前にブルーに扮したカイトがアドバイスとして英語は読めないし日本語でも向こうが魔術で勝手に翻訳してくれる、と言っておいたので日本語である。なぜ英語が読めないかというと、そもそも彼女らが英語が出来るより前の人物だからだ。使えるのはケルト語か古英語――今の英語の元祖――らしい。
「どうされました?」
「ああ、いや。少し知り合いが居たのでな。そうか、名に天の文字が付く貴様らはあれの子孫か」
オイフェも楽しげに笑いながら彩斗と天ヶ瀬兄妹を見る。どうやら、彼らの祖先となる龍は知っていたらしい。それはオイフェの言葉から全員が理解できていた。と、その視線を向けられた彩斗が一応断りを入れた。
「あ、いや。自分は入婿ですので・・・天道家とは違います」
「ふむ。まぁ、それは良かろう。にしても、あの天然娘に子とは・・・どんな母親となったのであろうな」
「さて・・・意外とそのままかもしれん」
スカサハとオイフェの姉妹は楽しげに大昔に会ったという誰かの事で盛り上がる。ここらは思い出話という所だろう。そうして、一頻り笑った後、スカサハが気を取り直した。
「ああ、いや。すまぬな。つい懐かしい名を見たので楽しくなった。ふむ、たしかにそう思えば何時の世も豪商達が力を持つのは変わらぬか」
「俺の時代もそうだったなぁ・・・」
「ふむ・・・」
クー・フーリンのボヤキに全員がどこかの苦笑を滲ませる。やはり金銀財宝を持ち合わせている者達というのは、武力とは別の意味で強い。これは何処の世界でも変わらないある種の真理だ。金持ちは別の意味で強いのである。事実西洋だけではなく、東洋だって古くから語られている。
何をするにもお金は必要だ。それは軍事行動だって変わらない。例えば中国は三国志では劉備は豪商達より支援を受けていたし、他にも苦難にありて豪商達を頼った例は数知れない。日本でも徳川家康は本能寺の変の後の神君伊賀越えにて土地の商人に助けられている。
他にも何処の君主だって筆頭に軍を興す為に金子を融資してもらった、というのはよく聞く話だ。軍事行動というのはお金が掛かるのである。そう言う意味では、戦士と商人というのは切っても切れない関係と言える。もちろん、カイトだって戦中は融資を受けたしその商人には今でも頭が上がらない。
「そう言えばお主の名はクランから来ていたのだったか」
「ああ・・・と言ってもあの人は鍛冶師だぞ?」
「おぉ、そう言えばそうか」
「まぁ、あの犬は本当にヤバかったなぁ。ハーリングでぶちのめした奴らよりあれ一匹の方がマジでヤバイ、ってのはどうよ?」
スカサハの言葉にクー・フーリンは笑いながら自らの名とあだ名の由来となった鍛冶師クーリンの番犬一幕を語る。彼の幼名はセタンタ。まだそれを名乗っていた頃に彼は彼の生まれた国の王であるコノア王の命令で鍛冶師であるクランの館に招かれて、そこでの手違いにより猛犬と知られたクランの番犬を一人で絞め殺したのである。
その際、彼は自慢である番犬を絞め殺され嘆くクランに対して、己が殺した番犬の代わりに自らがクランの番犬となる事を申し出たのである。これが、彼がクー・フーリンと呼ばれる様になる切っ掛けだった。
とまぁ、そんな話をしたわけであるが、それで奇しくも全員が商人が自分達戦士達にとっても重要な取引相手である事を思い出した。
「ふむ・・・と、まぁそれは良いわ。とりあえず、世界で有数の豪商である事は儂らも理解した。フリンのヤツからもそこらは聞いておったしな」
スカサハはとりあえず天道財閥が取引に足る相手である事を認めて頷いた。別に気にする必要は無いが、今回は連れて行く数が数だ。更には彼らにとって千年ぶりの大遠征でもある。色々と気にするべき事はあったのだ。
「っと、そう言えば言うておらんかったな。当たり前ではあるが、儂らとて今の世に奴隷だの何だのと使えぬ事は知っておる。というわけで、何も外においては法外な報酬は要求はせん。と言うて今何が欲しいか、となるとまだ定まらぬがな」
「そうですか。それはありがとうございます。我々としても流石に奴隷や美姫を差し出せ、と言われましても困るものがありましたので・・・」
スカサハの明言に三柴が安堵の表情を見せる。ここだけは、本当に天道財閥としても不安だった部分だ。他の事なら日本政府をも動かせる彼らならばなんとか出来るが、流石に人身売買もどきの事は手を出せない。そこら、時代の差でどうなるか不安だったのである。こればかりは仕方がないだろう。そんな彼らに、スカサハは明言した。
「ははは。まぁ、実のところこの『影の国』には奴隷はおらん。ここは元々死者の国よ。『マグ・メル』の管理人から管理権限をぶんどったは良いが、そこらを変えてはおらん。死してまで虐げられる事はありえてはならん。故に、奴隷はおらんし持ち込む事は厳に禁じておる」
「はぁ・・・」
「ま、それは良かろうな。とりあえずお主らが出せる物についてはおおよそ理解した」
そうなのか、と生返事の三柴に対して、スカサハは三柴達の持つ手札を理解して頷く。が、ここから彼女は少しだけ笑った。
普通、こういう交渉であれば天道財閥は外資を手札として出すのが上策だ。一千年引きこもっていて外と隔絶されていた彼女らにとって、外で使える金銭というのは必要となるものだ。それは欲しいだろう。が、実はこれについては目処があったのだ。
「とは言え・・・まぁ、実はのう。外とのやり取りに必要となるであろう金についてはさほど困ってはおらん」
「は?」
「あはは、すまぬな。儂のバカ弟子二号。あれが今どれだけの資産を保有しておるか知っておるか?」
「一応、噂程度ですが」
三柴はスカサハの問いかけに頷いた。カイトの個人総資産はおよそ数百億だというのが、各国政府が試算した結果だ。勿論、この大半は彼が今も隠れ住んでいる異族達やスカサハ達特殊な事情のある者達の為に使われる物だというのは把握している。が、それ故、ここから出してもらえるというわけだ。
しかも、実はカイトが使える予算というのはこれだけではない。実は彼と懇意にしているとある人物の金銭も借りられたりする。
その人物の保有する資産は、総額でこの地球の先進国全ての10%。それを彼はたった一人で保有していた。それもカイトは万が一には使えるのだ。実質カイトが使える資産は兆単位になるのであった。
「およそ数百億。円だかドルだかポンドだかは知らんがな。まぁ、この『影の国』内部の人口はおよそ十数万という所よ。それぐらいなら大丈夫であろうな・・・それにイギリス政府より支援も受けられておる。勿論、おんぶに抱っこは流石に恥ずかしいのでどちらにもあまり頼るつもりはないが」
スカサハは笑いながらそう明言する。そして同時に、これは金銭だけでは動かないぞ、という明言でもあった。というわけで、三柴が次の札を切る事にする。
「そうですか・・・では、こちらはどうでしょうか。これは我が国に居るとある方々のリストです」
三柴が彩斗に命じて取り出させたのは、また別の書類だ。と言っても今度は人物名と顔が印刷されている物だった。こちらはこうなる事が先行して交渉をした者達から寄せられた情報でわかっていたので、手札として作った物だった。
「ふゅー・・・」
「これよ、これ」
クー・フーリンが口笛を吹き、フェルディアが笑みを零す。そしてフィンとディルムッドが僅かにほくそ笑んだ。それを、三柴達は見逃さなかった。とはいえ、一応の明言は必要だ。なのでスカサハが問いかける。
「ふむ、これは?」
「我が国が誇る異族達の猛者達です。その中でも、皆様なら戦っても良いと明言された方々と」
「ふむ・・・」
スカサハが興味を見せる。彼女も戦士だ。そして、そんな彼女の性質は当然先行していた交渉役達が三柴達に伝えていた。そこから、彼らは天道財閥の伝手を使って各所の異族達に声を掛けて事情を説明し、戦いたい、もしくは申し出があれば戦っても良いというのを聞いて回っていたのであった。
「この筆頭の茨木童子とはどういうヤツなのだ、フリン」
「ああ、こいつか・・・こいつとは一度やりあった。片腕で俺の本気の一撃を防ぎやがった。ヤツは死ねないらしくてな。生き残る事に特化した戦い方だったが・・・もし大昔に語られるヤツ本来の戦い方をしてたなら、下手したら俺が大怪我させられてたかもな」
「ほぅ・・・それほど、か」
クー・フーリンの言葉にフィンが笑う。その顔は王や騎士よりも、戦士が前面に出ていた。彼もまた、英雄なのだ。まだ見ぬ猛者を前に血が騒いでいたのだろう。
「それより、師匠。これ見ろよ。二枚目の真ん中」
「どれだ?」
「爺だ・・・おい、あんたら。これ、マジか?」
クー・フーリンが隠しきれぬ獰猛な笑みを浮かべながら、三柴達へと問いかける。
「どなたですか?」
「塚原卜伝だ。マジで、この爺さんが乗ってくれたってのか?」
目をらんらんと輝かせながら、クー・フーリンが問いかける。そう、実は天道財閥はこの話を卜伝にも持っていったらしい。そしてオーケーを貰っていたのであった。
「ええ。自分の下には戦う事が止められず修羅道に堕ちた者達がたくさんいる。そのような猛者との戦いならば拒む理由もない、と」
「・・・伯父貴! ウチは俺一人でも受けるぞ! この卜伝と戦う為にどれだけ伝手を探したか!」
「ほう! そこまでの化物か!」
クー・フーリンが即断した様子を見て、フェルグスが破顔する。日本で暮らしていたクー・フーリンが即決だ。その敵の力量は、考えるまでもなかった。とは言え、わかっているのは彼だけだ。なのでスカサハへとクー・フーリンが問いかけた。
「師匠。ウチの弟弟子のもう一人の師匠は知ってるな?」
「うむ。知っておる。東の剣神よな」
「ああ・・・その剣神が、唯一のライバルと認めているのがこの爺さんだ。人の身で、たった数十年で剣神の領域にまで立った下手すりゃ俺たち以上の化物だ」
「「「・・・」」」
ぞわり、と部屋の空気が一変した事を三柴達が理解する。東の剣神、西の女王。これが、今の地球の裏世界の中でもカイトに関わるコミュニティでまことしやかに語られている内容だ。
その意味は、この二人は武芸者として圧倒的で敵う者無し、という意味だ。技量であれば、東の上泉信綱。戦闘であれば、西のスカサハ。この二人が頂点でありほぼほぼ互角であるという事を示した言葉だった。そしてその片方が互角と認めた程の猛者だというのだ。
それと、公然と戦えるというのだ。それが彼らにとってどれほどの幸運なのかは、彼らでなければわからない。と、そうして一変した空気を察したオイフェが呆れながら、気配を変えていた猛者達に向けて水を掛けた。
「はぁ・・・バカどもが。鎮まらんか」
「オイフェ殿・・・これが鎮まれる様な事では無いではないですか」
「左様・・・スカサハ殿をして技量であれば決して及ぶまいと言わしめたかの剣神・・・それが互角と言わしめる程の猛者とあっては、血が騒がずにはいられまい」
フェルグスの言葉に続けて、フィンが静かに告げる。冷水を掛けられた程度で、彼らの血の猛りが鎮められるはずがなかった。これが、彼らの本能だからだ。彼らは現役時代も死んでからも、我らの武名はここにあり、と謳い上げる為に強く成り続けた。そしてその頂点がスカサハであり、信綱なのだ。
その信綱をして、同格と言わしめる相手。それと戦えるという事は彼らからしてみれば、どんな一国一城の主よりも大きな宝だった。もし倒せれば、とてつもない勲となる事は間違いない。それに挑まずにはいられなかったのである。
「フリン。素直にこの時ばかりは、俺は貴様が羨ましくてならんぞ。なぜ貴様、俺も外の旅に誘わなかった」
「だろう? 本当に、日本は楽しい所だったぜ。一度剣神とも戦った。ありゃ、師匠と同じ化物だ」
悔しささえ滲ませたフェルディアの言葉に対して、クー・フーリンが笑顔で頷く。彼は日本に渡り、何度も何度も猛者達と矛を交えた。その彼が、断言する。
「日本はな、人間ばっかのギリシアともお上品な俺達の後代とも違う。俺達が生きていた時代にあった異族の猛者達が、今も生きていやがる。敢えて言わせてもらおうか。行く価値は、あると思うぜ?」
クー・フーリンの言葉に英雄達が今までに見たことも無い程に獰猛な笑みを見せる。それは、全員が内心でこの話を受諾しよう、という方向で固まった事に他ならなかった。とはいえ、それですんなり商談成立というわけにもいかないのが、商談というものだ。
「ふむ・・・まぁ、乗り気である事はあるか。とは言え、やはりそんな気ままに行ってはどちらにとっても不都合があろうな。日本で暮らしておるフリンはまぁ、良いとしても我らには国籍も何も無い。住む家も必要だし、訓練のスペースも必要よ。そこらは打ち合わせねばならんだろう」
「わかりました。では、話し合いを続ける事にしましょう」
三柴は確かな手応えを感じ彩斗と桐ケ瀬と頷き合いながら、更に交渉に臨む事にする。元々話し合いは先行していた天道財閥の社員達が詰めていてくれたのだ。ここまではすんなり行く事はある意味、想定内であったとも言える。
本当の勝負はここからだった。そうして、彼らはスカサハ達との交渉を取りまとめるべく、これより数日に渡って何度も会議を重ねる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時の投稿です。




