第14話 兄が見ていた世界
「まあ・・・簡単に言うと、だ。俺ら神様や人間じゃ無い奴らの取り纏めをやってるんだよ。お前らの兄貴は」
フェルによって連れて来られた部屋で、御門が口を開いた。それに、浬が首を傾げる。
「と、取り纏め?」
「まあ、あんま良い話じゃ無いんだが・・・ちょっと俺らの世界でも色々あってな。交流が殆ど無かったのよ。ほんの3年程前までな」
「3年・・・お兄ちゃんが変わったのと一緒だ・・・」
御門が告げた年数に、海瑠が目を見開く。それは、兄が変貌を遂げた時期と一致していたのだ。それに、御門が笑う。
「だろうよ。あいつが勇者として地球に帰還したのが、3年とちょっと前。そっから紆余曲折あって、俺らの取り纏め・・・つーか、まあ、あれだな。交流会の主催者みたいなとこだな」
「勇者として帰還? 主催者?」
「取り敢えず、聞かせる方が早いか。来てんだろ。出てこいよ」
頭に幾つもの疑問符を浮かべる4人を見て、御門が声を上げる。そうして部屋に入ってきたのは、これまた4人だ。ただし、学生等ではなく、数日前に御門とフェルの前に傅いていた4人だ。
「あー!」
大声を上げたのは、鳴海だ。それもそのはず、入ってきた4人は全員芸能人。それも、3人は世界的に有名で、誰もが知っている面々だった。
「知っておったようで、芸人冥利じゃな」
そう言って笑みを浮かべるのは、蘇芳翁だ。彼はにこやかに笑みを浮かべて、頷いた。
「か、海瑠! 何かハンカチ無い! というか、誰かハンカチか色紙!」
何故海外に居る筈の二人がこの場に、よりも前に色紙やハンカチ等のサインを書ける物を探す浬だが、それもそのはず。彼女の目の前には、彼女が大ファンを自称するエルザとエリザが居たのだ。そうしてそんな浬に呆れつつ、エリザが口を開いた。
「サインなら後で好きなだけしてあげるから、まずは落ち着きなさい」
「え、あ、はい!・・・日本語!?」
普通に流暢な日本語で話したエリザに、浬が目を白黒させる。彼女は名前からも分かるように、外国人として、通していた。まあ、確かに外国人である事に違いはない。が、これにはちょっとした理由があった。
「普通に数百年単位で日本に住んでいれば、日本語も覚えるわよ」
「数百年単位で・・・住んでる? 日本に?」
「そうだけれど・・・別にそんなことは後でいいわ。その前に、これよ」
何処か鬱陶しげなエリザが差し出したのは、一つのボイス・レコーダーだった。それは何処にでもあるボイス・レコーダーの様で、何ら変わった所は見えなかった。
「これは?」
「再生するわ」
侑子の問い掛けを受けたエリザが、再生を開始する。そうして流れてきたのは、浬と海瑠の兄、カイトの声だった。
『・・・これを聞いているのは、エリザ、エルザだろうと思う。まあ、爺か菫さんの可能性も無くはないだろうが・・・取り敢えず、お前ら二人という想定で話をする』
「兄と知り合い・・・何ですか?」
「聞いてなさい」
兄がはっきりと二人の名前を告げたのを聞いて、浬がエリザに問い掛けるが、エリザの答えは黙って聞け、であった。そうして再生が続く。
『まずは、此方は無事だ。大して問題は無い。いや、あるにはあるが・・・まあ、うん。いつも通りだ。うん・・・はぁ・・・』
いきなり苦笑交じりに始まった兄のセリフに、エリザやエルザだけでなく、フェルまで溜め息を吐いていた。どうやらいつも通りの意味をしっかり完全に理解出来た様だ。
『・・・まあ、取り敢えず。どうやら転移先はエネフィアだった。オレの地位とティナの知識が使えるから、取り敢えず学園の面々については保護が確定した。クズハやユリィも問題は無いし、幸いにしてオレやティナの武名と威名は健在だった。お陰で今代の陛下にも何とか学園の保護を約束させる事が出来た』
『あ、ねぇ、カイトー。それ何ー?』
『あ、馬鹿! 録音してんだから勝手に入り込むな! 機械で出来たボイス・レコーダーだ!』
『これが、ねぇ・・・どっか送るの?』
『単なる記録! いいからあっち行ってろ!』
『あ、ひどい! いいじゃん、記録なら!』
『あ、取るな! おいこら・・・』
「こんな感じで5分ぐらい続くから、飛ばすわ」
誰かが割り込み、兄がドタバタコメディを繰り広げている様子が記録されていたのだろう。エリザが苦笑して少しだけ早送りを行う。
『ったく・・・』
『うー。鎖はやだー。カイトのヘ・ン・タ・イ♪ こんなので縛っちゃってー』
『縛られんの嫌だったらしばくぞ!』
『きゃー!』
かしゃん、という鎖が落ちる音が響き、楽しげな声が遠ざかっていく。それに、カイトが怒声を飛ばした。
『あ、くそ! ユリィ! 後でお仕置きだからな!・・・悪い、続けよう。あー、どこまで話したっけ・・・取り敢えずこっちはエネフィアだ。爺、取り敢えず竜胆は無事。爺の方は来なかった。が、まあ、問題無い事は確かだろ。あの爺が死ぬとは思えん。世界が終わる方が早い。他の面々にしても然り。オレが去ってから300年だった。まあ、問題はない日数だな』
「爺?」
「儂じゃ。もう一つの爺は儂の弟じゃな」
海瑠の疑問に、蘇芳が苦笑して手を挙げる。それに突っ込んだ事を聞く前に、カイトの言葉は続く。
『取り敢えず、そっちの事は任せたい所なんだが・・・厄介な奴らが暴れないかどうかだけ、まあ、見張ってくれ。最悪誰かに頼れないかやってみてくれ。ヒメでもスサノオでも・・・まあ、スサノオが安牌か。後々面倒だから、インドラは呼ぶな。女をナンパするだけだ。もし来た場合は、後始末だけは確実にさせてくれ』
「言われているぞ」
「・・・初めて聞いた時にゃ、奴は異世界から見てるのか、と思ったな」
楽しげにフェルが御門に告げる。つい数日前にも女性をナンパして、一夜を共にした後だ。御門には何も言えなかった。
『と言っても来るのがおっさんだろう。ああ見えて面倒見が良いからな。聞いてるなら、こっちの神酒持って帰ってやる。意外と酒飲み多いからな』
「お、わかってんな」
『さて・・・次に来そうなのは、スサノオか悟空か。お前らが来た場合は・・・』
そうして何人かの言付けがあるが、今は居ないし関係が無かったので、エリザが早送りで飛ばす。どうやらフェルは無い様だ。
とは言え、フェルは不満そうでは無かった。彼女もカイトがさすがに自分が来るとは予想していないであろう事は理解出来ていた様だ。
『さて・・・此処から先。オレは再生されない事を切に祈る。もしも万が一。浬や海瑠に危機が迫り、最早裏から逃れられなくなった場合にだけ、あいつらに聞かせてくれ』
そうして、ついに本題に入るらしい。兄の声が今までの何処か穏やかだったのに対して、何処か固く、嘆く様な感じに変わる。
『・・・おそらく。これを聞いているということは、日本が大荒れしているんだろう。まずは、知っておいて貰いたい事が幾つかある。この日本には・・・いや、地球には、様々な妖怪や異族・・・まあ、お前らにわかりやすく言うと、エルフや妖精とか種族的に人間じゃ無い奴らの事だ。それを総じて異族、とオレ達は呼んでいる。それに加えて、神様達も沢山居る。これらに人間種を合わせて、人、とオレ達は定義しているな。まあ、既に何かに出会った後だろうから、信じるに足りる事だとは思う』
浬達が追われたのは、鬼だ。あれが造られたCG等では無いであろう事は簡単に理解出来たので、カイトの言葉は納得は出来ないまでも、信じて理解をするしかなかった。そして、兄の言葉は、更に続く。
『それと共に、この世界には地球以外にも様々な異世界が存在している。オレが今居るのは、その中の一つ、エネフィアと呼ばれる異世界だ。まあ、一度やってるんで帰還は可能だが、今直ぐに、となると不可能だ。が、安全は確保されているし、死亡者は居ない。取り敢えずは安全が確保されている。安心してくれ』
こう告げられた浬達だが、それが真実かどうかを確かめる術は無い。これもまた、結局はカイトの言葉を信じるしか無かった。
『さて・・・取り敢えず、今お前らが巻き込まれているであろう出来事について、いくつかの状況が想定される。その1、オレに恨みがある奴によって襲撃された。その2、オレが消えた事で日本全体のパワーバランスが乱れ、そのゴタゴタに巻き込まれてしまった。その3、地球にて異世界の存在が立証され、それに伴い魔術の存在が公表された。その4、その他・・・っと、すまない。少し来客だ』
ここで、一度カイトの声が途切れる。どうやら来客があったらしく、応対に出ている様だ。切れる直前に、澄んだ女の子の声が小さく録音されていた。
『さて・・・続けようか。その3はオレにはどうしようもないのでスルーする。その1の場合は、悪い。色々やってたら恨み買った。もう適当にブチのめしてくれたと思うから、まあ、今後はそれに頼れ。誰が来たかしらんが、取り敢えず頼む』
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 軽すぎない!」
「気にするな。奴は大量に恨みを買っている」
「ちょっと! 不安になるって!」
「慣れれば楽しいぞ? 奴と共に居るのは」
明らかに不安になるようなセリフを楽しげに吐いたフェルに、心底不安そうな浬が怒鳴る。それに、フェルは楽しそうに笑うだけだった。そんな妹はスルー――録音なのでそれ以外に何かあるわけが無いが――して、カイトの言葉は続く。
『まあ、問題はそっちじゃない。その2の場合だ。この場合だけは、運が悪いと思って諦めてもらうしかない。さすがにオレが事故に巻き込まれている以上、日本が荒れるのは致し方がない・・・と、言って、何故オレが、となるのが普通だろう』
当たり前だった。それがずっと、4人には疑問だったのだ。一介の高校生がなぜ、日本だけでなく世界にそれほどの影響力を行使出来るのか。それこそが、最もの疑問だった。
そうして、暫くの間。それこそ録音がここで終わったのでは無いか、と思えるほどの時間、カイトの呼吸だけが録音されていた。だが、ある時。深くカイトが息を飲んで、語り始めた。
『・・・なあ、海瑠。約束、覚えてっか? 3年前のあの日、交わした約束』
ようやく語り始めたカイトの言葉に、海瑠がこくん、と頷く。忘れたことは無い。
『あの一ヶ月と少し前。オレ・・・な。異世界行ってた。ざっと十年以上。まあ、分からないのは無理無いよな。簡単に言うと、二つの世界の時間の流れは違うんだ。向こうで十年以上経過しても、こっちではたったの一時間と少しだった。何があったのかは、まあ、オレが帰ってからのお楽しみだ。楽しみにしとけ。曲がりなりにも、勇者とまで謳われたんだ。それなりにゃ、面白おかしい冒険譚は語れるからな』
「うん!」
そうして脳裏に浮かんだ兄の笑みに、海瑠も笑みを浮かべる。約束を覚えていてくれて、尚且つ守ってくれるつもりなのなら、海瑠はそれを楽しみに待つだけだった。
『・・・つーわけで。オレ、勇者になったわけで。ざっと世界と・・・って、地球の方な? やりあってよゆーで勝てるだけの力を手に入れた。あ、後ティナ、あれであっちの大天才の魔王な。地球に帰って来る時に連れ帰った』
「・・・は?」
あっけらかんと結論と隠された真実を語った兄に、なんとなく理解出来たらしい海瑠はともかく浬やその友人たちは唖然となる。だが、当然これは録音なので、詳細を語ってくれる事は無い。
『まあ、そういうわけでティナと地球に帰って来てから色々やってたら、多分そこに居るだろうエリザやエルザ、爺に出会ったわけだ。もしかしたら菫さんも居るかもな。でだ・・・まあ、ホントはその4人が取り纏めやってる集団があるんだが、色々あってオレがそこの一番上だった。ここは長くなるから省く。もし聞きたいなら、その4人に聞け』
「聞きたいなら、後で教えてあげるわ。でも、先にこっちよ」
エルザを窺い見る様な4人に対して、エリザが一度再生を停止して答えた。そして、再び再生を再開する。
『で、まあ・・・そいつらの里を取り纏めたのは良いんだけど、今度は日本の神様に出会って、聞いたら世界中に色々と居るらしいって聞いたんだよ。神様。で、まあ、ちょっと色々あって、世界中を巡って色々と神様に会ってた。そこで出会ったのが、いろんな神様なんだが・・・まあ、ちょっと神様達もワケありでな。隠れ住んでいたり、表向き普通の人間としてやってたりするんだが・・・まあ、時折、ぼっちの神様がいるわけで・・・2年ぐらい前から、そういったぼっちの神様を見付けて、日本に移住させたりするの斡旋することになった。ついでに、今まであんま交流の無かった神様同士を交流させる目的で、ネットでコミュニティを作ったりなんかもしてた。他にも英雄の死に損ないも居るが・・・まあ、こっちはいいか』
「コミュニティってもしかして・・・キズナサーバーのこと?」
「ええ、そうですよ。だから、カイトが発起人なんです。彼が皆を集めたので。」
浬がふと気付いた事を、エルザが認める。カイトでなければならなかった理由が、きちんとあったのだ。そうして、再生は続く。
『まあ、そっちは良い。だが、問題なのが、あんまり良くない奴らだな。例えば食人鬼なんかがその例だ。なるべくは対処してきては居るんだが・・・中には封印を施したり、オレが強引に力で抑えてた奴らが結構居る。そいつらについては、どう足掻いてもオレが抑えていたが故に、オレがいなくなれば暴れる。で、今回の一件は元々予定されていた物じゃ無かったから、どうやっても混乱が起きるだろう。それこそ、そいつらはオレが居ないと分かれば、これ幸いと暴れ始めるだろうよ。一応、日本にもそういった関係の警察みたいな存在は居る。だが、そいつらじゃ抑えられん。弱いからな。まあ、というわけで、諦めてくれ。以上。じゃ、取り敢えず何とか学園と一緒に帰るから』
そうして唐突に終わったカイトのメッセージに、全員がぽかんと口を開ける。
「・・・え? いや、ちょっと待って下さい! 警察が弱い!? じゃあ、どうするんですか!?」
そうしてようやく意味が理解出来たらしい侑子が、目を見開いて御門に問い掛ける。ちなみに、御門が多いのは一応彼が教師だからだ。だが、彼の答えはあっけらかんとしていた。
「いや、当たり前だろ。カイトは俺・・・即ち軍神インドラや玉藻の前が強いと認める化物の中の化物。最も新しい英雄で、キング・オブ・ヒーローだ。それに対して、この国のそういう意味での警察に当たる奴らは、帝釈天の力を借り受けて、力を行使しているわけだ。差は歴然だろう?」
「あ、じゃあ・・・御門先生はお兄ちゃんが居なくなった後の日本を鎮めるために来てくださったんですか?」
海瑠の問い掛けに、御門が少しだけ苦々しい顔で、首を振るのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
2016年6月14日 追記
・誤字修正
『息災』となっていた所を『問題』に変えました。息災の意味を履き違えていました。申し訳ありませんでした。