第154話 影の国の女王
浬達がティターニアとの会合を得ていた一方。『影の国』の女王スカサハとついに会合を果たした彩斗達。彼らはドレス姿のスカサハに出迎えられたわけであるが、彼女の方は商談にも関わらず何か気にした様子は一切なく堂々としていた。
「さて、お主らの名は?」
スカサハが問いかける。それに、三柴が頭を下げて名刺を差し出した。そしてそれに続けて彩斗と桐ケ瀬が名刺を渡し、若者達を紹介しておいた。
一応若者勢の方も名刺は持ち合わせているが、桐ケ瀬の段階になった所でもしかして逐一これを全員やるのか、とスカサハが嫌な顔をして止めたのである。一応礼儀作法も何もあったものではないが、ここは王政なのだ。これが許される土地ではある。
「ふむ・・・」
名刺を見ながら、スカサハがとりあえずの顔と名前を一致させる。
「なるほどのう・・・くっ」
「どうしました?」
唐突に思わず吹き出したスカサハに対して、三柴が問いかける。50代も中頃のおっさんが20代も前半から中頃の女に丁寧な言葉を使うのは見ようによっては違和感があったが、残念ながらスカサハは余裕で四桁らしい。圧倒的に目上なので、これが正しい。
「いや、なんでもない」
スカサハは口端に笑みを浮かべながらも首を振る。その時に一瞬だけ、彩斗を見る。
「?」
「ま、お主らの話は前々から聞いておる。儂としてもそこらについては同情しておるよ。今は数年前に起きた事件の余波で情報のあまり入って来ぬこの国であるが、流石にあの出来事はここまで響いてきていた。この国でも知らぬ者はおるまい」
スカサハは一瞬困惑するも気の所為と思う事にしたらしい彩斗を横目に、とりあえず用件は聞いている事を告げる。逐一改めて説明されるのは時間の無駄だ。敢えて聞く必要は無いと考えていた。
「ありがとうございます」
「うむ・・・さて、それでお主らの用件であったな。と、まぁ早速商談に入っても良いが・・・うむ。流石にその様子は少々見過ごせぬ」
「はい?」
「くくく・・・お主らも一応注意しておる様子であるが、少々酷い顔よ。時差ボケにここまでの道中の戦闘に、と些か疲労が積もっておろう。夕食時にはまた呼ぶ故、一度休憩を取ってこい」
困惑する三柴に対して、スカサハは強制的に休息を取らせる事にする。一応、どこかに怪我が見えることはない。無いが、実のところ数人動きに変な所――打ち身などで庇っていた――が見えたのだ。武人として、彼女はそれに気付いていたのであった。
「おい、誰かおるな! 客人を医務室に連れていけ! とりあえず挨拶は終わらせた! 儂が滞在に許可を出そう!」
「はい。皆様、こちらへ。医務室へとご案内させて頂きます」
スカサハの手配を受けて、いそいそと彼女の配下らしい女官が三柴達を治療の為に連れて行く。一応全員先に挨拶を、という事で礼儀を通したのだ。ならば王としては、そこを勘案して治療してやるのがこちらも筋だろう。そうして、残るのはクー・フーリンとスカサハの二人だけだ。
「くくく・・・あーっははははは!」
そうして二人になった途端、スカサハが大笑いする。
「いや、儂もまだまだ子供よな! あっはははは! いや、ついうっかりお義父さんとか言おうと思うたわ」
スカサハは楽しげに笑いながらそんな事を告げる。実のところ、数年前の出来事の折にスカサハとカイトの間で一悶着あったらしい。その結果、彼の現地妻の様な立ち位置に収まったらしい。様な、なのは当人が好き勝手にカイトを振り回せる立場だからだ。そんな彼女にクー・フーリンが呆れる様に笑った。
「つい、うっかり・・・ねぇ」
「いや、ほんとほんと。ついうっかり言ってやろうかと思うた」
「止めてやれよ」
クー・フーリンが呆れ返る。ここでスカサハがカイトとの関係を暴露しても面倒になるだけだ。一応すでにここまで至ればカイトの家族の身の安全はほぼほぼ担保されている――スカサハはルイスに次ぐ実力者で表向きに出れる面子では最強――も同然であるが、それとは別の意味で家族会議が開かれる事になるだろう。
「儂とカイトであれば儂のが上よ。師と弟子故な・・・改めて思えば弟子に輿入れとは。可笑しな話よ」
「自分のケツを自分で拭いただけだろ」
「ま、そうよな。が、悪いわけではない。目の前のバカ弟子一号に負けんかっただけ良しとせねばな」
スカサハは笑う。さて、具体的に何があったか、という事なのだが、スカサハはかなり大昔に『誓約』というケルトでは比較的有名な契約の様な物を公表していたらしい。で、この『誓約』というのが曲者だった。
その『誓約』というのは、もし自分の心臓を貫ける者が居ればこの国、即ち『影の国』とその女王である己をその男にくれてやる、という物だったのである。まぁ、これはこの当時の彼女の様々な思惑があったわけだが、実力としてはカイトさえ戦いたくないという程の女傑だ。それ故、誰も達成どころか成し遂げようと考えてもいなかったらしい。
それ故これが行われてからおよそ一千年程誰も達成しなかったわけなのだが、この『誓約』の事を知らなかったカイトがこれを達成してしまっていたのである。
となると、彼女はカイトの妻とならざるを得ず、この国もひいてはカイトの国――流石にイギリス政府には隠した――となってしまっていたのである。
勿論、スカサハとしても別にカイトが嫌いというわけもなく、更にはカイトのハーレムには彼女が昔から懇意にしていた者も多いらしい。今ではその立ち位置を含めて気に入っているそうで、婚約破棄はする気はないそうだ。
なお、彼女の娘のウタアハについては当人も嫁に出ているし彼女の夫――クー・フーリン――がカイトを気に入っている事もあり好きにしろ、だそうである。そうして、一頻り笑った彼女はとりあえず治療の間に実務的なお話に入る事にした。
「まぁ、良かろう。とりあえず商談の前に商品を見せねば商談にもなるまい」
「わかってると思うが、ウチは好きにさせるぞ」
「おう、それで構わん。儂が言える立場でもあるまい。いや、立場ではあるがな」
クー・フーリンの言葉にスカサハは許可を下ろす。クー・フーリンは一応『赤枝の戦士団』の団長だ。スカサハの弟子で今は全員揃って『影の国』に帰参しているとはいえ、組織としては別になっているらしい。
これはフィンの『フィアナ騎士団』も一緒だ。一応女王として弟子達にそこらを停止させる事は出来るが、彼女は滅多にそんな事はしないのであった。戦士故、戦場をくれるというのに断る道理がない、ということだそうだ。
「ああ、行くならフィンの奴にも同じ事を言っておけ。儂がわざわざ伝えに行く必要も無いだろうがな」
「おう・・・ま、ウチは今回の話を受けるつもりだ。流石に今回ばかりは、な」
クー・フーリンがスカサハに背を向ける。今回ばかりは、というが流石に彼も僅かばかり責任を感じているらしい。彼の教え子の一人が彼の推薦で天桜学園に入学しているのだから、むべなるかな、という所だろう。
「そうか・・・ま、好きにせい。儂は儂で動こう」
「あいよ」
クー・フーリンはスカサハの許可を受けると、彼女の執務室を後にする。自分の率いている戦士団の幹部達と話をするつもりだった。
「ふむ・・・誰かおるか!」
「はい」
「フェルディアの奴へ伝令に行け」
「こちらに」
スカサハが城の職員に伝令を頼もうとした所、フェルディアが顔を出した。どうやら来るだろうな、と思っていたらしい。
「おお、ちょうどよい。ま、わかろうな」
「はい、オイフェ様の所へ出向け、という事ですね」
「うむ。少々申し訳ないがコンラと共にこちらへ来てもらってくれ」
「わかりました。オイフェ殿とコンラです故、明後日の朝には戻れるかと。あちらも用意はしていらっしゃるでしょう」
スカサハの指示を受けて、フェルディアが執務室を後にする。オイフェとコンラ――クー・フーリンの息子にしてスカサハの甥――を呼びに行ってもらったのだ。まぁ、彼女が外に出る事になる可能性が高い為、その間の留守を頼むつもりだった。
「さて・・・この程度でなんとか、かのう・・・」
スカサハは目を細める。そうして、何処からともなく真紅の槍を取り出した。と言っても誰かと戦うわけではなく、魔術を使う為の媒体にするだけだった。そうしてしたのは、地面を叩いただけだ。
「ふむ・・・良し。調律開始・・・」
スカサハが叩いた地面から、楕円状に闇が立ち上がる。そうして彼女は何かを行っていく。
「時空間・・・調律良し。ふむ・・・これは・・・なるほど。二つの世界に対して時間の調律が行われておるか・・・やはり大精霊様方があれのわがままを聞いたか」
スカサハは何かを理解したらしい。一人笑う。が、それもしばらくして再度トン、と地面を叩いた。すると、闇がゆっくりと渦を巻き始め、透明になっていく。
「聞こえとるな、バカ弟子二号」
『っと、姉貴か?』
透明になった闇の先に、カイトが映し出される。どこかの部屋の様子だった。とは言え、少なくとも『騎士王の城』ではない。であれば、これは彼の本体の方だろう。
「うむ・・・ちょいとこちらにお主の親父殿が来られてな」
『っ・・・いや、まぁ、そうか。天道財閥の大凡はわかってる。時々ルイスの奴が来るからな』
「うむ・・・にしても、少々わがままを言うた様子よな」
『あはは・・・流石に避けれるのなら、避けてやりたいさ。オレと同じ悲しみは流石に、な。離別なんぞそう経験すべき事じゃねぇよ』
スカサハの指摘に対して、カイトが笑う。どうやら、何らかの理由があっての事だったのだろう。と、そこらの話もそこそこに本題に入る事にした。
「で?」
『はぁ・・・お願いします』
「ははは! 道理は心得ておるな!」
しっかりと頭を下げたカイトに対して、スカサハが笑う。当たり前だが弟子と師匠である以上、何かを頼むのならそれなりに筋は通さないといけないだろう。
「ま、よかろう。どうにせよこちらの世界もそれ相応にはやっておるよ。で、そちらは?」
『ああ、こっちか。丁度少しの伝手が手に入りそうだ。なんとか、地球に公的なメッセージを送れそうだ、という所だ』
「ほう」
『ルイスの兄貴が遺した秘宝が実はこの世界にあってな。それを使えば、地球へメッセージボックスを送れる可能性がある。一応、送る前には蘇芳のジジイに日本政府への伝言を頼むつもりだが・・・』
「ふむ・・・」
スカサハはカイトから教えられた現状を聞きながら、とりあえずの己の方針を考える。と、気になった事があったようだ。
「お主の名で、か?」
『しかないだろ。まぁ、そこらは色々と隠蔽はするさ。先に試作品とかが出来た、とでもしてな』
「ま、そこはよかろう。そこらはお主がお主で考えろ」
『アイマム。じゃ、日本旅行でも楽しんでくれ。親父達はよろしく・・・間違っても結婚してますとかいうなよ』
「さぁ、それはどうするかのう。私次第、としておこう」
会話が終了したのを受けてスカサハが少しいたずらっぽくトン、と再び地面を叩く。すると、カイトの映像が消失して闇になり、その闇も再度スカサハが地面を叩いただけで消失した。と、そんなこんなを色々とやっている内にそれなりの時間が経過していた。なお、私と言ったのはカイトの前だかららしい。彼女なりの考えだそうだ。
「ふむ・・・飯の時間か。仕方があるまい。行くとするか」
どうやら、色々としている間に程よく時間が経過したらしい。スカサハは立ち上がって一度自室に戻る。ドレスはそもそも執務用の仕事着らしい。というわけで、自室でスカサハは無地のTシャツとジーパンに着替えた。
かつてカイトが滞在していた時に彼から献上という名で強奪した物である。更に髪もポニーテールにまとめれば、何時もの彼女の格好である。健康的な美脚と豊満な胸、時折見えるへそが眩しかった。
「さて・・・バカ弟子の頼み故に仕方がない。更には名目上と言えども王は王。仕方があるまいな」
スカサハは部屋に飾られたカイトやその他弟子達の集合写真を軽く小突くと、笑いながら部屋を後にする。そうして向かったのは、会食用の部屋だった。そこにはすでに彩斗達が待っていた。
「ふむ。全員揃っておるな」
「このような場を設けていただきありがとうございます、スカサハ殿」
「構わん構わん。儂もたまには他の者と囲んで食うというのも悪くはない。服はこれで勘弁しろ。流石に儂も仕事用のドレスで会食というわけにもな」
三柴の謝礼にスカサハが首を振りながら、上座に腰掛ける。そうして彼女が着席すると同時に、料理が運ばれてきた。
「これは・・・」
「生ハムと無花果を使った前菜です」
千年もの間閉ざされていた世界の料理という事でどんなものかと少し怯えていた彩斗だったが、出て来た料理は普通にコース料理だった。今振る舞われたのは丁度前菜にあたる料理で、生ハムに無花果、玉ねぎを使ったサラダの様な料理だった。と、そんな普通と言えば普通な料理を出されて彩斗達が唖然とした様子を見せたので、スカサハが肩を竦めた。
「ウチのバカ弟子二号が料理好きでな。色々とレシピを残していった、というわけよ。多少日本風のアレンジがされておるが、それはお主らにとって幸いではあろう」
「は、はぁ・・・」
カイトの意外な一面――と言ってもブルーという認識だが――を知らされて、彩斗達が微妙な表情を浮かべる。どうやら彼らは恐ろしい男の様な印象を持っていたらしい。
まぁ、千方の一件を知っていればそう思うのも無理もないかもしれない。が、意外と料理好きな一面もあるのか、と思ったようだ。と、そうして一口口にして、渚が目を丸くした。
「・・・美味しい。生ハムの塩気に無花果が負けてない・・・」
「であろう? あれは妙にこだわる男でな。こんなおしゃれな料理も作る。この城の都市開発にも一役買っておるよ」
「へー・・・」
スカサハが上機嫌に語りながら、彼女も前菜を口にする。そうして、この後も会話を行いながら少しの間、会食が行われる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




