第151話 妖精女王
ヴィヴィアンの館に招かれて紅茶を振る舞われた浬達。彼女はその後もしばらくの間はヴィヴィアンの館にて滞在していた。
「ということは、あの湖で、外の世界とやり取りをしたのですか」
「うん、そうだよ。ほら、最期手が出てきて、って言うでしょう? あれ、エレインが色々とあって手だけを出したから、なんだよね」
「あの時色々とあったのよ」
「うん、ごめん」
エレインの言葉にニムエが謝罪する。語られることは無かったが、喧嘩して頬が腫れていたらしい。表は戦争の真っ只中であったが、裏はそんなの関係なしに平穏だった。
当たり前というかなんというか、今でこそ『常春の楽園』はアルトが治めているわけだが、その当時の統治者は別だ。イギリスが戦争中だからといって裏のこちら側まで戦争中なわけがない。というわけで姉妹喧嘩の真っ最中だったらしい。二度現れなかったのも、実の所喧嘩してたからだそうだ。
「あれホントに痛かった」
「お姉ちゃんのよりマシ」
「それはマシだけどさー」
「マシなんだ・・・」
エレインとニムエの言葉に浬は頬を引き攣らせる。三人は各々得意分野が異なっており、エレインは政略、ニムエは魔術だ。そしてヴィヴィアンが、剣術等の肉体的な戦闘だ。つまり、ヴィヴィアンの殴りはシャレにならないらしい。
「実際、お姉ちゃん怒らせると怖いよー? 基本的に考えるよりぶん殴った方が早いとかいう人だからさー」
「エレイン?」
「・・・ご、ごめんなさい」
にこにこと笑顔を浮かべたヴィヴィアンに名を呼ばれ、エレインはそれで黙ることにする。確かにヴィヴィアンは目も顔も笑っていたが、雰囲気が笑っていなかった。敢えて漫画チックな表現をするとするのなら、額に青筋が浮かんでいる、という感じだろう。と、そんなエレインは大慌てで話題の転換を試みることにした。
「え、えーっと。そ、そうだ。それで結局今回はなんで帰って来たの?」
「あ、今回? 今回はこの子達の用事」
エレインの言葉にモルガンが浬らを指差す。なんだかんだと雑談が長引いたが、本題はそう言えば一度も語っていなかったことを思い出したらしい。
「ああ、例のアレ? でもなんでこっちに?」
「解呪・・・目処立ったんじゃなかったっけ?」
エレインとニムエが問いかける。浬達の現状は時折モルガンがネット上に流しており、その流れで二人も知っていたらしい。それに、ヴィヴィアンが答えた。
「だから、その目処で来たんだよ。この森の最深部に湖あるでしょう?」
「誰も行かない湖のこと?」
「モルガンがめそめそ泣いてたあそこ?」
「っっっっ」
モルガンが顔を真っ赤に染める。実は彼女は知らなかったのだが、彼女があそこで泣いていたことはこの里ではかなり有名らしい。
「・・・あれ? 知られてないと思ってた?」
「滅多に行かないだけで一切行かないわけではないよ」
「・・・しくじった・・・」
モルガンが二人の言葉にずーんと膝を屈して落ち込む。今の今まで闇の大精霊を除けば誰にも見られていないと思っていたらしい。
「あはは。それでも今まで誰も何も言わなかったんだから、良かったじゃない」
「良くない! あー・・・こっ恥ずかしい・・・」
耳まで真っ赤にしたモルガンは再び小鳥の姿になっていたカイトの羽毛の中に埋もる。流石にこれは恥ずかしかったのだろう。
「あはは・・・まぁ、そこに行く必要があるんだって」
「じゃあ、カンテラとか用意しておかないと・・・」
「油、あったっけ・・・」
ヴィヴィアンの言葉を受けて、エレインとニムエが用意に入る。そんな二人に、カイトが小首をかしげた。
『ん?』
「あ、暇だから」
「丁度帰ったばかりだから」
どうやら、一緒に来るつもりらしい。二人共手でお気遣いなく、と示していた。
「んー・・・良いかな?」
『まぁ、別に。道案内必要な程でもないんだろ?』
「うん。ちょっと遠いぐらい。それに二人の腕なら十分に大丈夫だよ。流石にあっちの道は誰もいたずら仕掛けないしね」
『なら、好きにすれば良いさ』
ヴィヴィアンの返答にカイトは許可を下ろす。別にこの異空間なら大精霊の姿を誰か見られてまずいわけでもないので、彼女らが付いて来ても問題があるわけではない。と、そんな会話が始まった頃に、館の扉がノックされた。
「あ、はーい」
『モルガン殿、ヴィヴィアン殿! トリスタンです!』
「ちょっと待ってね。すぐ鍵を開けるよ・・・はい、開いたよ」
ヴィヴィアンは魔術で館の扉の鍵を開ける。そうして、すぐに彼女らの案内を受けたトリスタンがこちらに姿を見せた。
「これはエレイン殿、ニムエ殿。お久しぶりです」
「うん、久しぶり・・・元気?」
「はい・・・出来ればお話したい所ですが、今は先にティターニア様のお話を終わらせませんと」
「そう・・・どうぞ」
トリスタンは一同の前にひざまずくと、本題を語り始めた。
「ティターニア様が何時でも良い、と」
「その割には、時間が掛かってた様子だねー・・・あのクズがまた何かやったか」
カイトに埋もれていたモルガンが一気に何処かを睨みつける。それに、トリスタンがおずおずと口を開いた。
「それが、その・・・また何処かの少女とイチャついてたと・・・丁度昨夜見付かったらしいです」
「ちっ・・・カイトー、本気で一回あいつ殺しちゃ駄目? 浮気男はいっぺんぶっ殺すことが重要だと娘の私は思うわけ」
『オレに言うな。後流石に駄目だろ』
カイトはうざったげにモルガンの申し出を却下する。流石に身内の問題までこちらに持ち込まないで欲しかった。
「はぁー・・・ヤダヤダ。なんであんなのが実父なわけ・・・と言うか、この年代の父親ってクズしかいないのかって・・・」
モルガンは腹に据えかねる物があるらしく、一人グチグチと愚痴を言う。とは言え、そうも言っていられないのが現状だ。というわけで、カイトがモルガンを乗せたまま、浮かび上がった。
『ほら、行くぞ』
「皆も行こう。流石に女王様を待たせたら駄目だからね」
ヴィヴィアンが一同を促す。そうして、一同は再び妖精達の里にまで戻り、先程は行かなかった湖の側の屋敷へと足を伸ばすことにするのだった。
というわけで、それから数分後。一同はフェル、アテネと合流してティターニアの館の前に立っていた。勿論、こちらにはベディヴィアも一緒だ。
「ああ、来たな」
「では、行きましょうか」
アテネはそう言うと、扉の側にいた妖精に扉を開けるように命ずる。そのアテネの指示を受けて、屋敷の扉が開いた。
「中は少々散らかっていますが、ご了承を」
「わかってるから良いよ、そんなの・・・」
モルガンがしかめっ面で妖精の言葉にため息を吐いた。が、そんな一同の目の前には多少という程ではないぐらいに散らかっていた。
「気にしないで。単なる痴話喧嘩の影響だから。ティターニアも女。浮気されりゃ怒るでしょ。まぁ、今回はイチャイチャ止まりだからこれで済んでるんだろうけどねー」
「「やれやれ・・・」」
モルガンの言葉に今度はフェルとアテネはため息を吐いた。これだけでおおよそを理解出来るあたり、相当有名な話なのだろう。と言うより、アテネから苦言が出てこないあたり、相当広がっているようだ。
「まぁ、良い。痴話喧嘩での女の癇癪なぞ目も当てられん」
「フェルちゃんも女なんだけど・・・」
「私はそこまで嫉妬はせんよ。そもそもハーレムを築いている男のハーレムに入って嫉妬満載なぞ、生きていけんぞ」
鳴海の苦言にフェルは呆れ混じりに肩を竦める。これはこれで真理だろう。と、そんな一同はモルガンによって若干荒れた屋敷の中を歩いていき、一つの部屋の前まで案内された。
「ティター。入っていいー?」
『はいはい、勝手にどうぞー』
モルガンの言葉を受けて、非情にやる気なさげな女性の声がする。声の色合いから考えて、年の頃はだいたい大学生程度という所だろう。そうして部屋の中に入ると、案の定大学生程度のキレイ系の美女が椅子に腰掛けていた。背中には半透明の羽根があり、妖精族だと分かる服装をしていた。
「はーい、いらっしゃい。アテネ様もお久しぶり」
「・・・まぁ、今回は良しとしておきましょう」
だらーん、とした様子のティターニアを見て、アテネは今回ばかりは流石に仕方がないと許可を下ろす。流石に浮気された次の日にアポなしの来客だ。非はこちらにある。
「あー・・・モルモルー。またストレス解消付き合ってー。昨晩もエレインとニムエに付き合ってもらったけどストレスマッハ」
「わかったから・・・とりあえずお客さん」
モルガンはティターニアの様子にとりあえずため息を吐きながらも後ろに居たカイト達を紹介する。
「こっち、カイトとその妹弟二人、こっちの二人は例の呪われた子たち。こっちの男の子二人とメイドちゃんはその協力者」
「ふーん・・・で、そんなやばい状況の時にわざわざあのゴミがいるかもしれないここに帰って来るんだから、何かあったわけ?」
ティターニアは挨拶をそこそこにやる気なさげに問いかける。それに、フェルが代表して答えることになった。
「この奥に大精霊の顕現可能な魔力の集積地の一つがある。そこに闇の大精霊が顕現出来るはずだ。そこへ向かうつもりだ」
「え゛」
フェルの言葉にティターニアが頬を引き攣らせる。彼女もどうやら大精霊の近くで暮らしていたとは知らなかったらしい。
「うっはー・・・今度からお参り欠かさないようにしないと・・・」
「で、行っていいのか?」
「あ、ええ。そっちは良いわ。大精霊の友の弟妹とその友人。その命の危機とあって大精霊への接見の拒絶は厳禁として良いでしょう。風の大精霊様にも怒られちゃうものね」
ティターニアはどうやら、大精霊の話が入ったことで一時的に気が紛れたらしい。少し女王らしい風格が戻っていた。
「風の大精霊?」
「私達妖精は風の大精霊様の眷属。エルフも似たような感じね。基本的に私達は彼女達のお力をお借りして、生きているの。創造主とは少し違うけど、それに似た相手。私達の総トップと考えても良いかもしれないわね」
「そんな凄いんだ・・・」
大精霊という存在がどういうものなのかわかっていなかった浬が実は本当にものすごく凄い相手であることをようやく把握する。と、そうなると、気になることがあった。
「凄いすごくない、という話で言えばとてつもなく凄い方よ。この地球上の表組織では誰も知らないのだけれどもね」
「そうなんですか?」
「ええ。どういうわけか、大精霊様はあまり地球では俗世に関わろうとなさらないのよ。まぁ、地球のサイズの関係であまり滅多なことでは顕現出来ないという事情があるそうなのだけどもね」
ティターニアは大精霊という存在があまり語られない理由を語る。
「顕現出来ない?」
「この星の魔力の総量はやはり星の大きさに由来するの。もっと大きな星だと、自由自在に顕現出来ると思うわね」
『と言ってもどこまでそれが本当なのやら、とは思っておけ。あいつら、さも平然と何処にでも現れるからな』
「貴方の場合は貴方自身が大精霊様の召喚の媒体に成りえる、という所を覚えておくべきね・・・」
カイトに対してティターニアは一応の所の苦言を呈する。そして現に歴史上大精霊がほとんど確認されていないのは事実だ。と、そんな二人に対して、アテネが口を開いた。
「まぁ、最大の要因は排斥されることになるから、という所でしょう。あれは異なる力の象徴のようなもの。安易にあの暗黒時代に大精霊様が力を授けてしまうと最悪の状況さえあり得た。心苦しいけれども、という所でしょう」
「アテネちゃんまで様付けするの?」
「神々より大精霊様の方が上です。我々は星に生み出された存在。それに対して彼らはこの世界全体が生み出した存在。いわば上司の更に上司にも近いですね。敢えて言えば私達が子会社の役員、彼らは親会社の役員という所ですね」
アテネは自分達と大精霊を会社にたとえて説明する。大体これで一同にはどれだけ偉いかわかったようだ。本当に凄い人に会いに行く、と分かったらしい。と、そんな一同に対して、再びティターニアが口を開いた。
「とは言え、この森の奥はかなり薄暗いし人間の足では少し遠いわね。向かうのは流石に明日にしなさい」
「元々そのつもりだ。大精霊の現れる付近は転移術は不可能だからな」
「それが良いわね。宿泊は?」
フェルの言葉にティターニアはなら何も言う必要が無いか、とその他のことについて問いかける。それには、カイトが答えた。
『それはアルトの所に頼んでいる。ヴィヴィの家がどうなってるかわからないし、ここに親父達来ると面倒だからな』
「そう。まぁ、ヴィヴィの家はそこまで大人数が泊まれる容量も無いし、この間までエレインもニムエも出かけてたから食料の備蓄もほとんど無いでしょう。それが良いわね。移動の時間は掛かるけど・・・そうね。出迎えの森については結界から除外するようにしておくわ。自由に入りなさい。後、ガラハッドと連絡を取って向こうが戻ってくる際には一報を入れるようにしておくわ」
『感謝する』
ティターニアの配慮にカイトが感謝を示す。そうして、この後は少しの間そこらの手はずを両者の間で整えるべく、話し合いが行われることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日の21時からになります。




