第150話 観光 ――妖精の館――
マーリンの幽閉された塔を後にした浬達。その後彼女らは進み続け、少し大きめの湖の側へとやってきた。そこには、一つの館が存在していた。
「ここが、私の家・・・ついでに言えばランスロットの育った家でもあるかな」
「今は滅多に帰らないけどねー」
「というより、帰らないよ。彼は今はもう外を家としてしまってるからね」
モルガンの言葉にヴィヴィアンが笑う。伝説によればランスロットはヴィヴィアンに育てられたとされている。育ての親だ。実母はエレインという女性だ。そこら話によってはヴィヴィアンが奪っただのなんだのと言う話があるが、実際としては預けられた、というのが答えらしい。
「・・・なんか普通のお屋敷?」
そんなヴィヴィアンのお屋敷を見て、浬は何処か鼻白んだ。まぁ、仕方がない。ここは本当に普通のお屋敷だ。何か変わった所があるのか、と言われても何もないとしか言えない。
「しょうがないよ。だって私達は普通にランスとも暮らしてたし、ちょっと色々とあって普通のお家が良かったから」
「ちょっと色々?」
「ちょっと色々」
ヴィヴィアンは柔和だが、少し秘密を抱えた様な笑顔でそう言うだけだ。どうやら、何か隠していることがあるのだろう。
「まぁ、それは良いから早く入ろうか。紅茶、出すよ」
「あ、うん」
ヴィヴィアンの促しを受けて、浬達は再び歩き始める。そうして彼女の招きを受けて、浬らはヴィヴィアンの館の中へと招き入れられた。
「お帰り、お姉ちゃん」
「お帰りー」
そんな一同を出迎えたのは、ヴィヴィアンと同じく水色の髪を持つ二人の妖精だ。ヴィヴィアンの妹にして物語では同じく『湖の妖精』と語られるエレインとニムエであった。
二人共、ヴィヴィアンと同じでおっとりというかゆったりというか、そういう少し不思議な様子があった。顔立ちは姉妹だからか似ており、しいて三姉妹の違いを言うのならヴィヴィアンが最も雰囲気的に落ち着いた風があり、顔立ちも柔和だ。エレインは少し元気な様子があり、ニムエは更にのんびりとした様子があった。なお、髪型はエレインはショートヘア、ニムエはロングのストレートだ。
「ただいま、エレイン、ニムエ」
「久しぶり、二人共」
ヴィヴィアンとモルガンはそんな二人の妖精に対して、軽く挨拶する。と、そんな二人の妖精は次にカイトの方を見た。
「や、お久しぶり」
『ああ、久しぶり・・・と言ってもこの姿で久しぶりと言う訳にも、って感じなんだがな』
「それね。普通に使い魔と挨拶交わすの初めてだわ、私も」
エレインが笑いながらカイトの言葉に同意する。ちなみに、こんな感じの彼女であるが、ランスロットに政略を教えたりしたのは彼女である。というわけで三姉妹の中では一番賢かったりする。
「そんなこと言い始めたらこんな精巧な使い魔を見るのも初めてだけど」
「あっははは。そりゃそうね」
エレインはニムエの指摘に笑って同意する。雰囲気がおっとりしているだけで、エレインの性格としてはおっとりしているわけではないのだろう。
「そんなに凄いの?」
「そんなに、っていうか・・・多分地球で出来るの早々いないよ、こんな精巧な使い魔は」
浬の問いかけを受けたエレインは快活に笑いながらそう断言する。一応一時的に本人の意識の無意識領域を間借りした様な形で本人の意思と同じ物を持つ使い魔を作ることは出来るらしい。そしてこれなら、さほど苦労もせず創り出すことは出来るそうだ。
が、術者その人がこの世界に存在していないのにほぼほぼ本人と同じ意識を持つ使い魔を創り出せるのは相当に凄いことのようだ。
「あはは。カイトは色々あるから」
そんな会話をしている所に、ヴィヴィアンが紅茶を入れて戻ってきた。
「これ、紅茶。銘柄は当ててみて?」
ヴィヴィアンは楽しげに、そして少しいたずらっぽく笑いながらお茶を一同に振る舞う。そうして入れられた紅茶をとりあえず一同は口にしてみることにした。
「あ・・・やっぱり本場の紅茶って違う・・・」
「凄いね、これ・・・」
鳴海と侑子も本場の紅茶というのもが理解出来る舌を持ち合わせていたらしい。一口飲んで、自分達が何時も飲むペットボトルの紅茶と違うことが理解出来たらしい。
と、そんな一方紅茶はほぼ毎日飲める煌士と空也はせっかくの挑戦なのでヴィヴィアンの言葉に沿って紅茶の銘柄を当てるべく頑張ってみることにした。
「ふむ・・・これはかなり良い銘柄・・・」
「でも私の記憶には無いな・・・可怪しいな。これでもニルギリ、キャンディー、果てはリゼなんかのあまり有名ではないのも飲んでるんですが・・・」
「ふむ・・・確かに我輩の記憶にも無いな・・・詩乃、お前も飲んでくれ。我輩以上にお前は紅茶の知識がある。その舌を見込んで頼む」
煌士は自分の記憶に該当する物が無かったこともあり、ヴィヴィアンと共に給仕を行っていた詩乃へと告げる。詩乃は従者であるが、従者であるからこそ主以上の知識が求められることもある。特にこういう紅茶等のもてなす方向の知識は従者であればこそ、主である煌士以上に求められることであった。
どういう物をどういう状況で主と客人に出すのか。それをしっかり理解する為には、自分で味を知らねば出来ないことだった。
「はぁ、かしこまりました」
「あ、カップは用意してあるよ」
「ありがとうございます」
詩乃はヴィヴィアンから差し出されたカップに紅茶を注ぐ。そうして、自分でも一口飲んでみた。
「これは・・・ふむ・・・」
詩乃は口に含んで鼻から感じる香りを感じ、そして一瞬だけ、目を見開いた。味わったことのない味だったらしい。
「どうかな?」
「美味しいと思われます」
「銘柄は?」
「・・・」
「ほぅ・・・詩乃でもわからんか」
「はい。飲んだ記憶がありません」
詩乃の少し困った様な表情に、煌士が逆に笑みを浮かべる。それは自分の推測を裏付ける物だからだ。そしてしばらく詩乃は何も言わず、一同はその詩乃を見守るだけになる。そうして30秒程悩んだ後、詩乃は何らかの答えを出したらしい。口を開いた。
「・・・おそらく、ですが・・・いえ、煌士様にお譲り致しましょう」
「む・・・?」
「煌士様はおそらく、私以上に先に答えにたどり着いておられるのかと思われます」
詩乃はヴィヴィアンのニコニコとした笑み、そしてカイトの何処か困った様な顔、煌士が自分の無言を見た後に浮かべた表情等から推測して答えを出したらしい。それ故、煌士が自分と同じ答えを得ていると判断したようだ。
「ふむ・・・では、詩乃も同じ答えと見たか?」
「ええ・・・申し訳ありません。私では銘柄はわかりませんでした」
「やはりか。うむ、我輩もわからなかった!」
「「「あらららら」」」
答えのわからない浬達全員が煌士の堂々とした態度でのわからない発言にたたらを踏む。というわけで、気を取り直した浬が半眼で睨んだ。
「そ、それは威張っていうこと・・・?」
「うむ、言うことであろう・・・それが、正しい答えなのだからな」
煌士は笑ってこの問題が引っ掛けであることを明言する。わからない、というのが正解。ここら、彼が賢い所だった。そんな煌士に対して、鳴海が首を傾げた。
「わからない、が正しい回答? でもそれなら全員正解じゃん」
「いや、違う。我輩と詩乃はなぜわからないかを理解した上でのわからないという回答。それに対して木場くんらは素直にわからないという回答。微妙に違うのだ」
「?」
わからないのだからわからないと言った鳴海達と、煌士達の差。それが理解出来ず問いかけた鳴海だけでなく浬達も顔を見合わせて首を傾げる。そうして、煌士が答えを開陳した。
「我輩、自慢ではないが天道の子として世界中の紅茶は口にしたことがあると自負している。そして詩乃には従者として、各種の教育の中で世界中の紅茶・・・我輩よりはるかに多くの銘柄を記憶させていると天道の子として明言する」
煌士の断言に詩乃は頭を下げる。確かに学力なら煌士は凄いが、決してそれ以外もずべ抜けているわけではない。彼は自分が学問という意味での神童であると理解していたのだ。それ故、各分野のプロフェッショナル達には及ばない、とわかっていたのである。そしてそこまで説明されて、空也も理解したらしい。
「ああ、なるほど・・・そういうことだったのか。詩乃さんがわからないからこそ、の答えになるのか」
「うむ、そういうことだ。詩乃でわからない、ということはすなわち、ということよ」
「どういうこと?」
空也の言葉に同意した煌士に対して、侑子が問いかける。ここらはわかる者だからわかるわけで、未だに答えにたどり着けない彼女らにはわからなくても無理はない。
「言ったであろう? 詩乃には大半の銘柄を飲ませた、と・・・その詩乃が僅かな取っ掛かりも得られんのだ」
「普通、一度でも飲んだことのある銘柄なら心の何処かに引っかかりがあるはずだよ。例え銘柄の名前を覚えていなくてもね。でも詩乃さんは一切わからない、と明言した・・・それはすなわち、飲んだことがない、ということだ」
「あまり自慢というわけでもないですが、これでも飲んだ紅茶を忘れることは無いと思っております。それでも、私は飲んだことがないと思ったのです」
空也の言葉に続けて、詩乃が自分の見立てに自信があることを明言する。そうして、そんな彼女が断言した。
「とは言え、勿論私も世界中のありとあらゆる茶葉を飲んだとは明言致しません・・・しかし、このような名のあるだろう茶葉を飲んだことが無いとは決して思いません」
「うむ、我輩もここまでの素晴らしい茶を飲んだことがないとは思わん。そして、有名でないとは思わない」
詩乃の言葉に同意するように、煌士は再度紅茶を口にしてその爽やかで突き抜ける様な清涼感のある香りを楽しむ。
「うむ・・・この何処かハーブにも似た清涼感、そして爽やかさ。この様な特殊な茶葉を一度飲めば忘れることはあるまい」
煌士は笑いながら、カップをソーサーに置いた。そしてこの言葉には、浬達も素直に同意したい所だ。高級な紅茶に馴染みのない鳴海や侑子達でさえ、一口でこれが違う物なのだ、と理解出来たのだ。決して、高価な品ではないとは思わなかった。そうして、詩乃にもう一杯注いでもらった煌士はそれで口を潤わせつつ、答えを提示した。
「ふぅ・・・うむ。であれば、答えは一つ。この銘柄の名を我輩どころか空也も詩乃も聞いたことはない。が、聞いたことがある方は居る・・・カイト殿。おそらく貴殿はこの銘柄を存じ上げているのではありませんか? そして産地も知っていると我輩は見ています」
「ああ、ある。オレのお気に入りの銘柄だからな」
煌士の問いかけにカイトは紅茶を一口飲んで頷いた。が、兄にお気に入りの銘柄まであったことに、浬と海瑠が驚いていた。
「え・・・お兄ちゃん、紅茶飲むの?」
「一応これでもガチのお貴族様だよ、オレ! 飲みますよ!? ガブガブ飲みまくってましたよ!?」
「・・・うっわー」
「ごめん、お兄ちゃん・・・これは僕も擁護出来ない」
「ドン引きすな!」
浬と海瑠に揃ってドン引きされたのを受けて、カイトが再び声を荒げる。そうして、気を取り直して彼は答えを述べることにした。
「ったく・・・これはウチの領土の特産品。地球では生産の見込み一切無しの超レアな紅茶だ。そりゃ、自分の所で取れる茶葉なら飲むだろ。領主が自分の所の特産品飲まなきゃ流石にまずいっての」
カイトは口を尖らせながら、それもまた仕事であることを明言する。別に紅茶に特別なこだわりがあるというわけではないが、飲んでいるうちにうんちくが語れる程の知識は得ている。
「なるほど・・・とは言え、これはつまり異世界の銘柄だ。地球には存在していない銘柄。それが、答えなのだ」
煌士はカイトの言葉を聞いて、やはり、と断言する。それにカイトが言葉を引き継いだ。
「銘柄は『魔女達の秘薬』。その名の通り魔女達が育てている紅茶だ。オレの領土の中にエネフィア唯一となる魔女達の自治区がある。そこでしか育てられない、正真正銘我がマクダウェル家でのみ収穫される特産品だ。オレが地球に帰って来た際、茶葉だけは持ち込んだ。で、ここに瓶詰め幾つか置いておいた、というわけだ。それの一つをここで供じた、というわけだろう」
「正解」
カイトの答えを聞いて、ヴィヴィアンが笑って頷いた。少々人が悪いが、こうでもないと煌士達にとっても面白くないだろう。そんな兄が持ち込んだ異世界の紅茶を、浬はもう一口口にする。別にだからと言って何か感慨があるわけではないが、異世界の品と言うと不思議な感覚があった。
「へー・・・これ、異世界の紅茶なんだ・・・」
「そう・・・楽しんでもらえたかな?」
ヴィヴィアンは一同に問いかける。それに、一同は奇妙な感慨を得つつも、しばらくそこで異世界の紅茶を楽しむことにするのだった。
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