第147話 初陣?
イギリスは異空間『常春の楽園』の『騎士王の城』外にある草原にて半強制的にゴブリンという魔物と戦わされる事になった浬達一同。多少の掛け合いの後、浬はもう逃げられない事を悟ってやけっぱちに気合を入れていた。
「・・・こんちくしょう! 良いわよ、やってやるわよ! やりゃあ良いんでしょ!」
浬は気合を入れ直すと、カードを構える。やらねば殺られ、最悪は犯られるのだ。貞操の危機である事も相まって、肝が据わったらしい。
『おぉ、良い気迫』
「初陣だから、というよりもまぁ・・・少々発破をかけ過ぎましたね」
らんらんと漲る赤みがかった虹色の魔力にアテネが苦笑気味に笑う。初陣故に気合が入っているのではなく、これは明らかにやぶれかぶれになっただけだ。仕方がない。望まず戦わされるのはこれで何度目か、という領域だ。やけっぱちになりたくもなる。が、そんな風に笑っていられるのは、ここまでだった。
「カード!」
「「『あ』」」
気合の入りまくった浬はガサガサと蠢く草むらを睨みつけながら、見敵必殺とばかりにカードを大量に配置する。一応、ここしばらくの訓練のお陰で同時に複数枚展開しても問題の無い魔力保有量にはなっているのだが、その力の入り方と込められている力の量から、かなり本気である事が見て取れたのだ。
そうして、その次の瞬間。ゴブリン達が一斉に草むらから姿を現して、待ち受けていた彼女らの姿を見て思わず足を止める。
「いっけー!」
先手必勝。一撃必殺。まさにそんな言葉が良く似合う様相で、浬が一気にカードに魔力を注ぎ込んで総計6個の属性による飽和攻撃を行う。そうしてぶっ放された威力は、まぁ敢えて言えば蟻に消防車のホースの水をぶっかける様な物だ。ゴブリン達には防ぎようも無いし、数が数である為消し炭も残らなかった。
「・・・あれ?」
そんな光景に、他ならぬ浬が首を傾げる。こんなものでは倒せないだろうな、と思っていたらしい。らしいが、現実としてはこの三分の一もあれば余裕でゴブリン達は消し飛ばせる。その三倍ともなれば消し炭も残らないのは当たり前である。なお、倒すだけなら十分の一もあれば余裕だそうだ。明らかな、格下なのである。
「当たり前だ、バカ。敵は最弱も最弱。新兵が初陣で戦う相手。夏場の黒光りするあれと同等の数だけが頼りの魔物だ。そんな奴に貴様は手榴弾を投げ込んだ様な物だ」
やれやれ、と肩を竦めるフェルが車を下ろして当然である事を告げる。が、その一方で浬は大いに驚いていた。
「あんな簡単なの!?」
「雑魚も雑魚、魔力による強化が無くても倒せる相手だぞ・・・身体能力だけに限れば、喧嘩が強ければ素人でも倒せる。普通に戦えば貴様らでは敵ではない相手だ」
「それ故、初陣に最適なのです。素人や一般人程度の力しかない。そんな相手に訓練された者が苦戦するはずもない。本来は、初陣に十分な相手なのです」
さすがのアテネも苦笑いだ。本来なら全員で一体ずつ討伐出来ればな、と思っていたらしいのだが、浬があまりに流れるように討伐してしまった為制止する事も出来なかったのである。
「やれやれ・・・今、見ただろう。所詮魔物とは強大にならない限りは恐れるに足る相手ではない。本来は今の10%も必要がない。初陣という事で格下も格下の相手と戦わせる事にしたのだが・・・そうだったな。貴様らは初陣は終えていたのだったか」
フェルは今更ながらの事を思い出す。生命の危険がある初陣という事で手を抜いても勝てる相手、生命の恐怖に晒されてやぶれかぶれになっても勝てる相手を選んだわけだが、逆に言えば普通に戦えるのなら確実に勝てる相手だという事だった。と、そんな彼女の発言に鳴海が首を傾げた。
「初陣を終えていた?」
「今にして思い出してみろ。貴様ら、今まで何と戦った?」
「えっと・・・」
フェルに言われて、鳴海はとりあえず今までに交戦した相手の事を思い出す。まずはじめは、月影山の鬼。その次は水鬼。そして藤原千方。どれもこれも超が付くほどの強敵だった。特に水鬼を除けば命を狙われて生きていられるのが幸運という相手と言える。
「そいつらが羽虫を叩き落とす程度にしかならないのが、ゴブリンだ」
「・・・あれ、それ・・・楽勝?」
「だから言っただろう。楽勝どころか今の貴様らからしても余裕だ。今の貴様らの身体能力は下手な軍人を遥かに上回っている。この星の何処の国の軍人に自動車並の速度で走れる奴が居る。そんな事が出来るのは裏世界に属している奴だけだ」
フェルは改めて、事実を事実として提示する。身体能力の高さは空也、詩乃、侑子、浬の順に高いわけであるが、それ以外も低くはない。遠距離しか考えない海瑠でも一般的な中学生に比べてみれば段違いの運動神経を持ち合わせている。負けるわけがなかった。
「やれやれ・・・本当ならばもっと苦戦するはずだったのだがな。想定外だったか。おい、アテネ。適当にゴブリン共を呼び寄せてやれ」
「仕方がありませんね。数はこちらで間引く事にしましょう」
フェルの求めを受けて、アテネが少しだけ集中して周囲の気配を探る。ここらは、高位の武人になれば誰でも出来る芸当らしい。ではなぜそれをやらず移動を続けてここで戦う事になったのかというと、ただ戦いやすい所を探した結果、ここになっただけだ。魔物の群れを探した結果ではない。そうして、今度は背丈の低い方向から、ゴブリン達の群れがやってきた。
「ほら、もう一度呼び寄せてやったから後はきちんと戦え」
「え、私も?」
「そうだ・・・と言ってもどうせ貴様はもう一撃で吹き飛ばすだろうがな」
浬の問いかけを認めたフェルは呆れながら再び車を浮かせて避難させる。結果は見えているが、どうせなら経験をより積ませたいのも事実だ。というわけで、一同は緊張が消し飛んだ様子でゴブリンの群れをしっかり見据える。
「え、えっと・・・とりあえず普通にやれたわけ?」
「うん」
鳴海の問いかけに浬が頷く。避ける素振りさえ見えなかった。彼女自身、もっと力を抜いてもやれるとわかってしまっていた。
「ふーん・・・じゃあ、このぐらいでも良いわけかな」
そんな会話を横で聞いていた侑子がとりあえず適当に魔力を固めて光球を創り上げる。それを適当にぽんぽん、と弄ぶと、とりあえず物は試しという感じでゴブリンの一体に向けて投げつけてみた。
「・・・へ?」
今度は侑子が目を見開く。あれで倒すつもりは無かった。敢えて言えば少し勢いを弱めてやるだけのつもりだった。が、そんな一撃でもゴブリンは大きく吹き飛び、完全に動かなくなっていた。と、それにゴブリン達が足を止めた隙を狙って、空也と詩乃が切り込んだ。
「詩乃ちゃんは右を」
「かしこまりました」
「では、我輩は中央をやろう!」
両翼を切り散らせる事にした詩乃と空也を見て、その意図を即座に悟った煌士が魔術を起動させる。両翼に切り込む事で散らばった敵を中央に集め、その中央を広範囲の魔術で消し飛ばす事で一掃する事にしたのである。そうして、空也はものの数瞬で最左翼のゴブリンへと肉薄する。
(遅い・・・)
最大限身体能力を上昇させた空也は、敵のあまりの遅さに愕然となる。ゴブリンの速度はカイトはもとよりヴィヴィアンだけではなく、魔術師タイプとして身体能力はさほど優れていないモルガンよりも遥かに遅かった。
魔術師よりも遥かに遅い速度。つまり、今の彼からすれば取るに足らない速度でしかなかった。高速化した今の彼の動体視力と認識では、ゴブリン達が呆気にとられる様子がはっきりと見えていた。
「はっ!」
空也は肉薄すると迷いなく、居合い斬りを放つ。その彼の手に、何かガラスが砕ける様な感覚と肉と骨を切り裂く嫌な感触が返って来た。それに、彼は顔を顰める。が、躊躇うわけにはいかない。己の選んだ道だからだ。
「ふっ」
空也は返す刀で袈裟懸けにゴブリンに切りかかり、その胸にバツ印を刻み込む。そうして、敵が確実に倒れ伏したのを確認する。
「次は?」
空也は次を見据えて右側を見ると、ようやくゴブリンが反応していた頃だった。が、その反応は一様に驚きに近く、警戒して陣形の中央方向へと距離を取っていた。
「ふむ。ここまで見事に決まるとはな」
中央へと距離を取る。ということはすなわち、こちらの想像通りだったわけだ。というわけでその頃には詠唱を終えていた煌士が魔法陣を展開していた。
「<<火球>>!」
煌士の口決に合わせて、十数個のこぶし大の火球が現れる。威力は先程までの一連の流れを見て、そこそこだ。その代わり確実に当てられる様に数を重視したわけである。
最悪、どれかをやりきれなくても空也達が仕留められる。そういう考えだった。が、その考えは杞憂だった。彼の攻撃でも余裕で、火球の雨を受けた魔物達はそれだけで動かなくなってしまった。と、その一方で別の方向からやってきていたゴブリン達の群れに対しては、浬達が向き合っていた。
「・・・すぅ・・・」
海瑠は深呼吸して、恐怖を宥める。まず何よりも気を落ち着ける事。それが一番重要。それを、海瑠はわかっていた。そうして彼は気を落ち着けて、意識を高速化させる。
「・・・見えた」
海瑠はゴブリン達の一挙手一投足を見極める。わかってしまえば、どうという事もない速度だ。なら、狙い撃てる。
「えっと・・・初撃は速度重視で威力を抑えて・・・」
海瑠は魔銃を構えて、銃口を向ける。魔弾の全ては海瑠の意思一つ。威力を決めるのも、その魔弾の性質を決めるのも、全て海瑠の意思だけでなせる事である。そう彼は教えられていた。それ故、今はまずは牽制を行う事を決める。
「銃弾は貫通力より弾き飛ばす事をメインに・・・」
海瑠は魔弾の性質を決める。別に倒せるのなら倒して良いのだが、いまいち自信は無い。なら、足止めをして確実に仕留める。そう決めたらしい。そうして、引き金を引いて狙い定めたゴブリンが大きく後ろに吹き飛んだ。
「良し」
吹き飛んでいくゴブリンを見ながら、海瑠は次の性質の魔弾に意識を切り替える。考えたのは、高火力な一撃だ。速度は無くて良い。その代わり、確実に当てられるイメージを行う。
魔弾は魔の弾丸だ。普通の弾丸とは違い直進するだけでなく、その軌道を曲げる事も可能らしい。まぁ、流石に自由自在には海瑠では無理だが、イメージする事は重要だ。
「行け!」
海瑠は迷いなく、吹き飛んでいくゴブリンへと引き金を再び引く。それは速度こそ先程よりも遥かに遅かったものの、それでも吹き飛んでいくゴブリンよりは速くゴブリンが地面に激突するとほぼ同時に命中して、巨大な閃光と共にはじけ飛んだ。
「・・・曲がってたらいいなぁ・・・」
完全に敵を消し飛ばした事を確認した海瑠が、半ば困った様に頬を掻く。ゆっくり動く様にしたので、多分曲げる事が出来るのではないか、と思っていた。が、心持ち僅かに下に曲がったかな、程度だった。
ゴブリンを相手にするには過剰な火力だとは思ったが、万が一に備えた事と彼には余力が大きい事が大きい。一人だけ残る全員を合わせたとて桁違いの量を持っている。それを活用しない手は無かった。
「他は・・・」
しばし困った様子を浮かべた海瑠だが、即座に他の敵を見る。が、その頃には吹っ切れた浬に引きづられる様に吹っ切れた侑子が両手の篭手から発射される魔弾の連射によって敵陣の左右に攻撃をしており、煌士と同じ作戦を立てている様子だった。
「うーん・・・こんだけ撃ってるんだけどさ。誤射とか大丈夫なのかな?」
『ああ、それですか。それはご心配なく。その為に二人の騎士が周囲の警戒をしているのです。彼らは敵が不用意に近づかない様にすると同時に、不用意に無関係の者が近づかない様な人払いも兼ねているのですよ』
侑子のつぶやきにアテネが説明を行う。どうやら、しっちゃかめっちゃか撃っても大丈夫だそうだ。そして実は彼女らは気付けなかったのだが、ゴブリン以外の強い魔物については彼女らがしっかりと討伐してくれている。なので安全に戦えているのだが、そこはまだ気付かない事だった。
「こんなもんで大丈夫かな」
鳴海は適度に陣形が狭まったのを見て、浬と頷き合う。威力が過剰なのはわかっているが、範囲が範囲なので二人共全力で撃ち込むつもりだった。ここら敵の力量に合わせて手を抜ける様になれば、戦闘に慣れてきたと言えるだろう。初陣の彼女らに望むべくもないことであった。
「こっちで合わせる」
「わかった」
浬の言葉に鳴海はタイミングを見計らう。時折ゴブリン達は飛び跳ねる様にして移動しており、タイミングを見計らわねば避けられる可能性はあった。そうして、あるゴブリンが着地したのを見て、合図を送る。
「今!」
「いっけぇ!」
鳴海の合図に合わせて、浬と鳴海は同時に攻撃を放つ。それは予めわかっていた事だが過剰な火力で、敵は先程の浬の攻撃の時と同じく跡形もなく吹き飛んでしまう。
「これで・・・全部かな?」
「多分・・・」
鳴海の問いかけに浬は煌士達側を見て、そちらも完全に討伐されている事を確認する。これで全部であるのなら、討伐は完全に終了だろう。そうして、浬達の初陣と言える初陣は終了することになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回投稿は来週土曜日の21時です。明日からの断章もよろしくお願いします。
2017年8月7日 追記
・誤字修正
『浬』とすべき所が『海瑠』となっていたのを修正しました。




