第142話 小休止
さて、浬達が『騎士王の城』での生活を開始した頃。ランスロットの案内を受けた彩斗達はというと森の中に居た。
『くすくすくす』
『きゃっきゃっ』
周囲に響くのは子供の笑い声だ。薄暗い暗闇と合わせておどろおどろしい事この上ないが、聞けばこれは妖精たちの悪戯らしい。
「やれやれ・・・大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・いや、大丈夫かどうかと言われると些か大丈夫ではないが・・・」
呆れ顔のランスロットに問われた三柴が半笑いで頭に付着したオナモミの実を取る。たった今、彼の頭上から大量のオナモミの実が振ってきたのである。
「スーツは着ない方が良いとは聞いていたが・・・色々とすごいですな、妖精達というのは・・・時と場合によっては怒られないのですか?」
「あはは・・・私はあまり何も言えませんね・・・」
「っと・・・失礼した。そう言えば貴殿は・・・」
ランスロットは再度の出発の用意を整える三柴を待ちながら笑うしかなかった。そして、三柴はそれに慌てて謝罪する。というのも、ランスロットの育ての親は妖精だからだ。そういった縁から妖精達との関わりが深く、その性質を知る者として怒りにくいのだろう。
「ああ、いえ。お気になさらず。私を育ててくださった<<湖の妖精>>の方々は変わり者でしたので・・・悪戯らしい悪戯はあまり」
「<<湖の妖精>>って言うと・・・確かヴィヴィアンでしたっけ?」
ランスロットの言葉に彼の来歴を思い出していた渚が問いかける。
「正確にはヴィヴィアン、ニムエ、エレインの三姉妹です。<<湖の妖精>>は複数体ですからね」
「そう言えば、彼女らもこの先に?」
「ええ、一応は・・・と言っても、今ヴィヴィアン殿はご不在なのですが・・・」
「そうなんですか?」
「ええ、まぁ・・・と言っても詳しい事は特には。私も彼女もお互いに良い年齢ですからね。流石に年齢も四桁を越えて母の動向を逐一把握、というのも些か・・・ね?」
ランスロットは彩斗の問いかけに対して笑いながらかなり体の良い言い訳を行う。ランスロットはすでに成人済みだし、ヴィヴィアンにしたって一説には西暦より前の時代から生きているとされる妖精だ。お互いにすでに自分の時間を持っていても不思議はなかった。
「と、そんな事を言えばエレイン殿もニムエ殿もいらっしゃるかは不明です。彼女らも良く出歩いていらっしゃいますからね」
『あ、二人とも昨日帰って来たよー。後、ランスロットもおかえりー』
「はい、ただいま」
どうやら妖精たちも会話を聞いていたらしく、ランスロットの言葉を補足してくれた。それにランスロットも笑顔で挨拶を返す。
ちなみに、一つ言っておく。悪戯を仕掛けられる彩斗達一同であるが、これはランスロットが道先案内人に含まれているからオナモミの実が降り注ぐとか落とし穴を仕掛けられるとか程度で済んでいる。
彼はいわば同類と言うか元々はこの里で育った子供、という所で仲間やそれに近い家族と思われているらしい。これが妖精達に懐かれるカイトであっても大歓迎になる。
「と、言うわけらしいですね。皆さんお元気そうでなによりです」
『あ、後オベロンは出掛けたし、女王様はまたご機嫌斜めだから近寄んない方が良いかもねー』
「またですか・・・今度は何をなさったのですか?」
『さぁ? 何時も通り浮気しただけじゃない?』
「どちらにせよまたですか・・・」
ランスロットは妖精達と話しながら、妖精たちの王様に対して呆れ返る。ちなみに、女王とはティターニアの事だ。
「う、浮気・・・」
「し、しかもまた・・・」
そんななんというか妖精にあるまじき会話に渚と薫が頬を引き攣らせる。少しだけ幻滅していた。が、これに対して三柴は笑っていた。
「ははは。『真夏の夜の夢』は知らん様だな。まぁ、浮気者として書かれているわけではないが・・・かなりのいたずら好きで奔放な者だとは書かれているぞ」
「あ・・・すいません・・・」
「ウィリアム・シェイクスピアの名作だ。読んでおいて不都合は無いぞ。オベロン王とティターニア女王の周辺で起きる問題をコメディとして書いた古典芸能の名作だ」
すまなそうに頭を下げた若者勢に対して、三柴が笑いながら別に問題はない、と告げておく。ここらは一般教養の範疇だ。これから培っていくだろう若い者達が知らなくても仕方がない。
なお、彩斗と桐ケ瀬については名前と大まかな内容ぐらいは知っていた様子だ。彩斗については三柴と家族ぐるみの付き合いがある為、まだ新人の頃に言われて調べた事があるそうだ。それに対して、ランスロットは何処か黄昏れながら呟いた。
「あははは・・・現実はもっとひどいのですけどね・・・」
「そ、そうですか・・・」
流石にランスロットのつぶやきには物語しか知らない三柴も頬を引き攣らせる。これは想定外だったらしい。それに、ランスロットは首を振って気を取り直した。
「いえ、行きましょう」
ランスロットが歩き始めたのを受けて、彩斗達も再度歩き始める。そうして、歩き続けることおよそ30分。彼らは森の最奥にあるという妖精達の里へとたどり着いた。
「いらっしゃーい!」
「おはよー!」
出迎えてくれたのは、無数の妖精達だ。朝一番からいたずらをヤりまくったというのに、彼らは非常に元気な様子だった。ちなみに、里まで入れば悪戯される事はないらしい。あれは出迎えの挨拶の一環であって、直に出迎えるのなら別に良いそうだ。
「「「うわー!」」」
それに、薫を除いた若者勢が全員歓喜の声を上げる。どうやら、適度に感動はしてもらえたらしい。
「これ、暦に見せてあげたかったなー・・・」
「そうね・・・」
うっとり、と言った具合に妖精達の舞い踊る幻想的な里の様子に甘粕と渚が見惚れる。そこは本当に幻想的な様子で、木々をくり抜いて出来たのだろう妖精達の家があったり、そこら辺を普通に妖精達が飛び回っていたりしたのである。
「いや、暦の場合は普通に向こうで見ているんじゃないか? というか、こっち以上に色々と見ている様な気がするんだが・・・」
「こういうのは気分なの!」
薫の一言に渚が怒鳴る。異世界で普通に生活していることは彼らも知っている。なので見てみても不思議はないと思っていた。が、こういうのは彼女の言うとおり気分である。敢えて現実を言うのは無粋だろう。
「まだまだ結婚には遠そうだな、天ヶ瀬兄は」
「「ははははは」」
そんな和気藹々とした様子の若者勢を見ながら、中年勢は腰を下ろして休憩していた。流石に1時間近くも森の中を歩いていると疲れたらしい。どちらにせよここで小休止を挟むのは大本の予定にあったので、誰も何も言うつもりはなかった。と、そんな彼らの所にも妖精達は寄って来た。
「おじさん達はおつかれ?」
「やっぱり若いのには体力では勝てないの?」
「「「ぐっ・・・くくく・・・」」」
三者三様にむせ返り、同時に顔を見合わせて堪え笑いをする。確かに、現実として若者勢がワイのワイのと楽しんでいる所に腰を下ろして疲れた様子を見せていれば、そうとしか言えなかった。
「こーら、あまりそう言う事を言うべきではありませんよ」
「「「きゃー」」」
ランスロットの笑いながらの叱責に妖精たちが笑いながら蜘蛛の子を散らす様に飛んでいく。が、少しして――わずか十秒足らず――まるで何事もなかったかのように戻ってくるのが、彼らだった。
「ねぇねぇ。お菓子ちょーだい?」
「星のお菓子が欲しいー」
「僕あの噛み噛み出来るアメー」
妖精達は戯れる若者勢に対して、中年勢に対してはお菓子をねだる。それに、若者たちが遊んでやっているのに何も出来ない事を見た三人は、顔を見合わせた。が、これでお菓子をあげて良いのかどうかはわからない。というわけで、彼らはランスロットを見る。
「・・・良いですか?」
「あはは・・・どうにも定期的にお菓子をくれる人が居るのが問題なのでしょうね。まぁ、小さく小分けにしたものぐらいなら、と言うところです。私もお菓子を持ってきているのですが・・・何処に入れたか・・・」
ランスロットは笑いながら自らも自らの荷物を探りながら許可を下ろす。念のために言えば、人間が食べられるお菓子であれば健康への害は無い。なお、定期的にお菓子をあげる人とはカイトの事だ。それに、三人は適度に摘める甘味を探す。
「うーん・・・」
「お星様ー」
「噛み噛み」
妖精達が急かす。ちなみに、妖精が一人彩斗の髪を喰んでいた。と、そうして少し考えていたのだが、ふと彩斗が疑問に思った。
「というか、お星様ってなんや?」
「お星様はお星様だよー」
「色とりどりであまーいの」
「で、ちょっと固いの」
「蒼い髪の人が何時もくれるのー」
彩斗の問いかけに対して、妖精達が答えてくれる。
「蒼い髪の人?」
「モルガンとヴィヴィアンのお気に入りの人ー」
「名前はねー」
「こら。言っちゃ駄目って皆言ってるでしょー」
「あっと」
妖精達が慌てて口を噤む。が、それに彩斗達は目を見開いた。
「まさかそれ・・・あのブルーか?」
「人間達は皆そう言うね。彼にも普通に名前があるのに・・・」
「どうしてなんだろうね?」
彩斗の問いかけに、妖精達が首を傾げる。ここの妖精達は周囲と隔絶されている。好んで外に出ない限りは外の情報なぞ入ってこないのだ。そして好んで出る事は無い。
対して、ここに定期的にやってくるカイトもここでは普通に振る舞う。妖精達に無理強いはしない。そして、ここまで意図して来るのは彼の知り合いぐらいだ。正体を隠してはいない。と言うか、隠したら逆にそこで不興を買う恐れがあるし、楽しんで教える可能性もある。なので全ては、彼らの一存だった。
「なぁ、それ教えてくれんか? なんでもええんやけど・・・」
「うーん・・・」
妖精達は彩斗の申し出に悩む様子を見せる。
「おじさんになら、良いのかもしれないけど・・・」
「どうなんだろ?」
「駄目じゃないかな? 彼、お友達にも秘密にしてるみたいだから・・・」
「うーん・・・ヴィヴィアンかモルガンに聞くべきじゃないかな? あの二人はわかるだろうし」
妖精達は口々に良いのか悪いのかわからない様子を見せる。ここら彩斗が居るからこそ、妖精達は悩んでいた。自分達の友達であるカイトと彩斗の血縁関係を本能的に理解していたのだ。だからこそ、彼らは悩んでいたのである。が、その僅かな異変を、彩斗は感じ取った。
「俺なら・・・?」
何故、自分なら良いのか。彩斗は眉をひそめる。妖精達は三柴でも桐ケ瀬でもなく、彩斗を見ながら言っていた。それも一部ではなく、周囲のほぼ全員が彼を見たのだ。
それはつまり、彩斗だとわかっての発言にほかならないのだ。そうして彼が同じく気付いた三柴と僅かに顔を見合わせて更に突っ込んで聞いてみるか一瞬の悩みを見せた瞬間、ランスロットが口を挟んだ。
「ああ、あったあった。皆さん。金平糖、ありましたよ」
「「「あ! お星様だー!」」」
議論をやめて、妖精達が一斉にランスロットの取り出した小粋な瓶に群がる。タイミングは明らかに、意図的だった。まぁ、ランスロットはこうなる万が一を考えて、敢えて探すフリをしていたのである。
「いやぁ、すいません。金平糖を持ってきたのですけど、何処に入れたかすっかり忘れてしまいまして・・・少々皆さんにお手を取らせました」
ランスロットが笑顔でそう告げる。が、この言外の意味を、彼らは理解していた。
「何も聞くな、言うことか」
「? 何のことでしょうか」
ランスロットは三柴の小さな言葉に柔和な笑顔を浮かべるだけだ。そして、その有無を言わせない笑顔が、全てを物語っていた。
「・・・いえ、なんでもありません」
「そうですか。では、しばらくはここで休憩になりますから、ゆっくりと足を休めてください。クー・フーリン殿と合流した後が皆さんにとっては本番。そちらで疲れを残されても大変ですよ」
ランスロットは三柴が了承したのを受けて、休む様に勧める。が、それに対して三柴と彩斗は小声で話し合う。
「三柴さん。俺の近辺でなんや出ました?」
「いや・・・インドラ神だけだったはずだ」
彩斗の問いかけを受けた三柴は調査結果を思い出しながら首を振る。彩斗とインドラが飲み友達だった事を知らされた天道財閥は、改めて部の全員の飲み友達を含めて身辺調査を行った。
が、そこで出た結果は他には何も無しだ。アマテラスにはたどり着いていない。残念ながらアマテラスはカイトを通して知り合った綾音の友人で、彩斗はほぼ知らないのだ。
そういう友人が妻の友人として居る、とは知っていても詳細は何も知らない。カイトを通して知り合った事さえも知らないのだ。一応、倒れた綾音の御見舞に来てくれた事があるので彩斗も見知っているのだが、それだけだ。そして相手が繋がりを隠している。なので天道財閥も調べる事は出来なかったし、この時点では存在を忘れてもいた。
「後会社以外で良く飲みに行くのは警察の小鳥遊って人だったか?」
「ええ・・・インドラさんの話やと、今も時折飲みに行ってるらしいですわ。ああ、そういやイギリスでも誘われましたわ」
「行け。会社命令だ。サボればボーナスは覚えておけよ。行けば色付けてやる」
「ぐっ・・・えらい怖い事言いますわ・・・」
三柴は少し茶化す様にしながら、彩斗へと告げる。それに、彩斗は頬を引き攣らせるだけだ。御門との飲み会なぞ今となっては畏れ多い事この上ないが、断っても無礼だし会社命令にもされてしまった。覚悟を決めるしかないのだろう。
ちなみに、この小鳥遊というのはカイトの同級生の父親だ。居候であるティナの親友の父親なので、娘の方は天音家でも知られている。父は一応殺人等を捜査する部署の所属らしいのだが、重役でもなく普通の警視レベルらしい。なので完全にこちらの世界の事はほぼ知らない。
「まぁ、とはいえ・・・大方似ていたとかそう言う話、なのかもな」
「そう・・・やと俺も思いますわ」
まさかその正体が自分が見知った少年と自分の息子だとは思わない二人は、偶然似ていただけなのだろう、と思う事にする。と言うかそれ以外に思い当たる節がないのだ。そうして、僅かな疑念を得た二人だが、それは単なる無邪気さ故の必然としてスルーすることになって休憩に入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




