第140話 常春の楽園
『常春の楽園』。それはアーサー王伝説の最後に語られる伝説の地だ。そこは美しいリンゴで名高い楽園であったと言われ、アーサー王が眠る地とされている。
が、それも今は昔のお話だ。いや、正確にはまだりんご園は残っているそうだが、とりあえず浬達が辿り着いた『常春の楽園』の周辺は、普通に外のオフィス街や住宅街がある街の町並みだった。
その中でも彼女らの入ったストーン・ヘンジは住宅街に位置しているらしく、周囲には人影がかなり多く確認された。時刻はおよそ8時頃。学校や会社が近所にある学生や会社員達が少し急ぎ足で登校を始める頃だろう。
「うわー・・・普通・・・じゃない!?」
浬は案外普通の町並みに幻滅しそうになり、そこに歩く住人達を見てここが普通でない事を理解した。例えば普通にそこら辺を耳の尖った女性――所謂エルフ――が歩いていたり、獣耳の男性――所謂獣人――が歩いていたりしたのだ。明らかに普通ではなかった。
「うおー・・・これはなんとも素晴らしい・・・」
「あっはははは。素晴らしい、って所はやっぱ日本人だな」
煌士の感想にガウェインが気分良さげに笑い声を上げる。基本的にエルフや獣人となると欧州では排斥されてきた歴史を持つ。なのでどんな異族でもあまり外の人々には受けが良く無いのだ。
特に魔女族やサキュバスやインキュバスら淫魔族を例として魔族と一括りにされる種族――実際には百種族以上居るが――については悪魔的な本体を持つ者も多く、受けがよく無いどころの騒ぎではないらしい。
が、そこはやはり日本という所とそもそもフェルというかルシフェルという堕天使と関わるが故、なのだろう。彼女らにはちょっと容姿が違うだけで何も変わらないと受け止められていたようだ。と、そんな所に一つの可愛らしい音が鳴り響いた。所謂、腹の音だった。
「あ・・・ごめんなさい・・・」
発生源は侑子だ。彼女も流石に恥ずかしかったらしく頬を真っ赤にしていた。
「あー・・・仕方がないよな。育ち盛りなんだから・・・ちょっと待ってろ」
侑子のお腹の音にガウェインはスマホを取り出すと、何処かへと連絡を入れる。
「おーう、ランス。そっちまだまだ時間掛かる? 今車置いた所? って事はこれから妖精達の所か。わかった。じゃあ、もうしばらくありそうだな」
どうやら電話相手はランスロットらしい。彼はティターニアという妖精の女王様が治める里から彩斗達を送り届ける事になっており、今はそちらに入った所だそうだ。そこまでは車を使えたのである。
そして実のところ、今回の浬らの目的地はそこも含まれている。なのでブッキングを防ぐ為にも同時に入るわけにはいかなかったのだ。そしてそれ故、彼女らが後だったのである。先に入れば後から来る彩斗達と鉢合わせしかねなかったのだ。
「来いよ。朝飯、まだだろ? 名物ってわけじゃあないが、今の時間ならまだ『騎士王の城』の食堂が開いているだろうからな」
ガウェインはそう言うと、再び先導する様に歩き始める。と、そんな最中、一人身体を震わせていた煌士に対して侑子が『騎士王の城』について聞いてみる事にした。
「『騎士王の城』?」
「アーサー王の居城とされる城だ! かつて騎士達が集ったとされるまさに騎士達の本拠地だ!」
「と言っても、今はそんなもんじゃねぇけどな。想像と違うし、まぁ、ほら、見えてるだろ? あの純白のビル群だ」
「む・・・」
どうやら煌士は歴史的な城――例えばノイシュバンシュタイン城の様な――をイメージしていたらしい。少しだけ不満げに口をとがらせていた。が、これにガウェインは笑った。
「なぁ、坊主。当たり前だぜ? 『騎士王の城』は戦いで滅んでんだぞ? しかもここじゃねぇしな」
「あ・・・」
煌士も言われてはっとなった。物語の最後でアーサー王はその子モルドレッドとの戦いにより国内を完全に二分した果てにほぼモルドレッドと相打ちの様な形で戦いを終える。その後に語られるのはベディヴィエールとアーサー王によるかの聖剣の返却の物語だけだ。
であれば、この後にすぐに『騎士王の城』とて焼かれた事は想像に難くはない。いや、もしかしたらその前に燃えていたかもしれないだろう。
焼失してしまっている以上、最早どんな手立てを使っても元には戻せないのだ。そして、そこにあるだろう想いを穢した様な形になってしまった煌士はガウェインへと頭を下げた。
「これは失礼をした・・・不躾でした」
「あっははは。今更そんなこと気にするのはお前ぐらいなもんだな!」
ガウェインが気分良さげに笑う。基本的に、彼はサバサバとした気の良い兄ちゃんという様な感じのようだ。それに、何処か彼は今は異世界へ飛ばされてしまった幼馴染の兄の姿を思い出した。が、それは置いておいて、とりあえず一同は歩き続ける。
「さて・・・今の時間だと空いてるとは思うんだけどな・・・」
ガウェインは食堂へと向かいながら、そうつぶやいた。ちなみに、聞けば『騎士王の城』は会社としてもあるが基本的には王城として扱われている為、普通の会社の様に何時から何時まで、という仕事時間は無いらしい。なので何時でも食堂でご飯を食べている者はいるそうだ。
と、そうして歩いていると、現代の『騎士王の城』であるビル群の中央にある建物の前にたどり着いた。
「円状・・・円卓をイメージしているのですか?」
「おう。俺達といえば、円卓だろ?」
煌士の問いかけにガウェインが快活に笑って頷いた。アーサー王といえば円卓とそれに集った騎士、即ちかの有名な彼ら『円卓の騎士』だろう。どうやら、ビル群は円状に配置されており、円卓をイメージしているらしい。確かに彼ららしいビルの配置と言えるだろう。
「こっち研究棟、あれがここに勤めてる奴の個室がある寮、俺達騎士が勤めてる騎士棟・・・なんか色々ある。が、まぁ、客間がある棟以外は行かねぇか」
ガウェインは笑いながら一通りのビルを説明する。どうやら役割ごとで分けていたのだろう。そうして、彼は最後に出勤者らしい者達が出入りする目の前の建物について説明してくれた。
「そしてここが、現代の『騎士王の城』の本丸。アーサー王の居城さ」
円形に配置されたビル群の中央。一切の染みのない純白に輝く建物。それを、ガウェインは誇り高く高らかに掲げる。それは確かに、形こそ城ではないにせよ彼らの『城』だった。
「おぉ・・・これが伝説に語られる騎士達の城か・・・詩乃・・・我輩、興奮してしまうかも、と思ったがまさか感動して興奮も出来んとは・・・」
「それはようございました」
煌士は『騎士の城』を幻視して思わず感極まったらしい。そして、そんな煌士にガウェインは僅かに苦笑しながらも笑いかけて、先を促した。
「さて、じゃあ、行こうぜ。ここに立ち止まっても他のやつに迷惑だからな」
「っと、これは失礼した」
煌士は謝罪して周囲の出勤者達に迷惑になっていた事に気付いて歩き始める。そうして警備員――と言っても『騎士王の城』の軍服だが――の所にまでたどり着くと、警備員は僅かな尊敬を見せながらも一同の足を止めた。やはり仕事なので顔パスとはいかなかったらしい。
「ガウェイン卿。おかえりなさいませ。そちらは?」
「王の客人だ。あいつの妹達だ・・・話は伝わっているだろ?」
「彼の?」
警備員達はガウェインの言葉を受けて、とりあえずメイド服を着ている詩乃を除いた三人を観察する。
「ポニテのだ。弟は後から来る」
「わかりました。『番外の騎士』のご家族であれば、強いて何も言う必要は無いでしょう。『騎士王の城』の名において、彼らの入城を認めましょう」
ざんっ、と背筋を正して敬礼で応じた警備員達は扉を開けて浬達を通してくれた。その際、浬が注視されていた為、彼女は少し居心地が悪そうだった。
「お兄ちゃんは何したわけ・・・?」
「ああ、アルトの奴から『騎士王の城』の騎士としての位階を貰ってんだよ、あいつ」
浬のつぶやきに対してガウェインが解説を入れる。ここらは、彼らの出会いに関連しての事らしい。
「詳しい話は俺も知らね。どうにも聞けばマーリンのクソ爺が何かやって、まだ旅してた時代のあいつを見たんだと。で、再起するきっかけになったそうだ」
「旅してた時代?」
「異世界時代、って奴だ」
ガウェインはあくまでも又聞きだ、とした上で浬の質問に答える。どうやら、かの有名なマーリンが何らかの手段を講じて眠りに就いたアルトの為に一手打っていたようだ。
その結果、偶然にも異世界で旅をしていたカイト達の旅路を目撃していたらしい。それが巡り巡って、今のアーサー王復活へと繋がっていたらしい。そこからカイトの事を信頼しているらしく、外側から自分を監視する為のいわば第三者としての役割を頼んでいた、との事であった。
「まぁ、第三者委員会みたいな感じ、か。俺達は一度失敗してるからな。第一世代の奴らはやっぱり全員がどっかで恐れてるのさ・・・また、やっちまうんじゃないかってな」
失敗したが故の恐怖。ガウェインはそう朗らかに告げた。だからこそ、彼らも外に制止の手を求めたらしい。自分達が間違えたのなら、間違えている、と堂々と言ってくれる存在をだ。
そう言う意味で言えば、己の道しか行けないカイトは最適な存在だったそうだ。どちらが間違えていても、どちらかが止められる。ある意味彼らは暴走しかねないお互いの為の抑止力だったのだろう。
「俺はかつて、正しいと思う道を進んだ。けどまぁ、それは俺が正しいと思う道であって、ランスやベディ・・・親父の方が正しいと思う道じゃなかったのさ。俺達は俺達が一人一人別人だという事を忘れた。同じ騎士だと思っちまった。騎士という符号。それに成り果てたと思っていた。だから、やっちまった。各々の騎士道の違いを認められなかったんだよ」
ガウェインもまたかつて失敗した者として、また忘れない為に外側からの手を望んだのだろう。そんな物語に語られる英雄としての視点に、煌士は尊いものを見た気がした。
そんな事は当たり前だ、知っている、と言う事は出来る。が、彼らの様に心の底から理解しているとは、煌士には口が裂けても言えなかった。彼らは心の底から、その理解しあう事の大切さ、他人と自分が違う事を理解していたのだ。それを前に、特別変わった物を見たわけでもない少年が何かを言う事なぞ出来るがけがなかった。
「さ、行こうぜ。外よりは、飯は悪くはないはずだ。今は一応外からコック招いてるからな」
「あ、はい!」
まるで何事もなかったかの様なガウェインに促されて、呆然としていた一同は再び歩き始める。そして、彼らはようやく理解した。ここは、本当に英雄達が集う異空間なのだ、と。そしてそれは別の意味でも、理解出来た。食堂に入るとそこには多くの人が居たわけだが、そこは本当に多種多様だった。
「おう、悪いな嬢ちゃん。少し通してくれ」
「あ、はい」
浬はメニューを見ながら悩んでいた所を、横から大男が割って入る。肌は日に焼けた様に浅黒く、筋肉美とでも言うべき筋肉の鎧を纏った大男だった。
「お、パロミデス。鍛錬終わりか?」
「おう。ちょいとガトリングの調子試しててな。何時もより長引いちまった」
ガウェインの問いかけにパロミデスというらしい大男が笑う。どうやら知り合いらしい。そしてどうやら、彼も物語に語られる者だったようだ。煌士が小声で教えてくれた。
「パロミデス卿。ランスロット卿の説得に応じてアーサー王に帰参された騎士だ」
「へー・・・」
浬がそうなんだ、と少しどうでも良さげに頷いた。と、その次の瞬間。鳴海と侑子が同時に悲鳴を上げた。
「「きゃああああ!」」
周囲の視線が集まる。それに、パロミデスも驚いて問いかけた。
「どしたぁ、嬢ちゃん」
「ら、ライオンが・・・」
鳴海が腰を抜かしながら、入り口の方を指差した。そこには一人の少年と勇ましい獅子が悠然と歩いていたのだ。しかし二人に注目した周囲の者達はそれを見て、時折ある事、とでも言わんばかりに鳴海と侑子への興味を無くした。が、近かったからかパロミデスが問いかけた。
「あん? お前ら、ここは初めてか?」
「ほら、この間の報告で言ってただろ? あいつの妹とそのダチだ」
「おぉ! あいつのか!」
ガウェインの言葉にパロミデスが豪快に笑みを浮かべる。彼もどうやら円卓に名を連ねる騎士らしく、カイトの事は知っていたらしい。
「ありゃあ、ユーウェインの坊主とそのお目付け役の獅子だ。ま、よほど無礼を働かねぇ限りは取って食われる事はねぇ。安心しとけ」
パロミデスの言葉を示す様に、ユーウェインと呼ばれた少年の横の騎士は鳴海と侑子を一瞥するだけでスルーしていった。どうやら慣れているらしい。ちなみに、坊主というわけなので彼も第二世代の騎士らしい。正確には先代ユーウェインの息子だそうだ。
「パロミデス卿。でかい図体でそこに止まっていると邪魔ですよ」
「っと、悪いなトリスタンの嬢ちゃん。あとでかい図体はひでぇな」
更にそんなパロミデスの後ろから声を掛けたのはトリスタンと言うらしい少女だ。年の頃は浬らと同等に見えるが、少し童顔なのでそう見えるだけかもしれない。もしかしたら年上の可能性もあった。
彼女はかつてランスロットが語った様に、トリスタンとその妻『金髪のイゾルデ』の娘だ。息子の方はトリスタン2世として語られる為、その語られていない方だと思えば良い。
そんな彼女はシャワーを浴びていたらしく、金色の髪にはまだ少し湿気があった。なお、ユーウェインとトリスタンの二人でパロミデスに挑んでいたらしい。なのでこの三人がほぼ同時にここに来た、というわけである。と、そんなトリスタンはガウェインが引き連れていた浬らに興味を持ったようだ。
「ガウェイン卿。そちらの方々は?」
「ああ、こいつらは・・・」
再びガウェインにより浬らの説明がなされる。と、そんなこんなで結局、色々とこの時間帯に朝の訓練を終えた騎士達が集まってしまい、浬達の朝食は更に遅れる事になってしまうのだった。
お読み頂きありがとうございました。




