第139話 それぞれの地へ
実はイギリスには非常に例外的に、小さな国土の中に二つの特異な異空間を抱えていた。いや、特殊な異空間がある事が珍しい、と言っているわけではない。それが小さな領土の中に二つ以上あるのが珍しい、という事だ。
大抵の国には異空間と言ってもその地元の神様が治める神域だけというのも珍しくない。その神様が統治していない異空間、それこそ表の国とは別の統治機構を持つ異空間を有しているのは、非常に珍しいと言えた。
その一つは、アルトリウス・ペンドラゴンが統治している『常春の楽園』。これはアーサー王伝説での話をすると、モルガンら『楽園の九姉妹』と呼ばれる妖精達が治めていた土地だ。
もともとはモルガンが統治していたのだが、アルトの復活に伴って統治を彼へと移譲、以後はアーサー王復活の地ではなく、アーサー王の統治する土地として栄えている。こちらは浬達が向かう事になる場所だ。
もう一つは、女王スカサハが統治する『影の国』。わかりやすく言えば黄泉平坂などのあの世との境目と考えれば良い。こちらは元々ケルト神話の神々が治めていた『マグ・メル』という冥界だったらしいのだが、女王スカサハが所以によりこれを領有。楽園は無いだろう、という彼女の一言により『影の国』へと名を変えたらしい。
「で、俺らが行くのは、その『影の国』か」
三柴がため息を吐いた。アルトとアレクセイとの会談の翌日の早い段階だ。朝日が登らない時点で、三柴達はランスロットと合流していた。これはランスロットの仕事の問題もあるし、何より『影の国』への道のりを考えた際この時間から出発しないと大変な事になってしまうらしい。
「ええ・・・流石にこの時間ですからね。朝早いですが、皆さん体力の方は大丈夫ですか?」
「これでも、ここ当分は鍛えている方ですよ」
ランスロットの問いかけに彩斗が爽やかさを心がけて笑顔を浮かべる。一応、余裕を見せるつもりだったらしい。
「あはは。それは頼もしい・・・では、少々移動しましょう。車を待機させてあります」
ランスロットはそう言うと、一同を先導するように歩き始める。と、そんな一同の前に御門が顔を覗かせる。
「よう」
「あ・・・インドラさん」
「おや、インドラ殿・・・どうされました?」
「ま、顔見せにな。ガキも居る親が居る事だし、一応な」
御門は気軽に片手を上げる。どうやら、わざわざ見送りに来てくれたらしい。ちなみに、アテネの方は流石に関わりが薄いからか顔を覗かせる事はなかった。が、そもそも彼女は現在ホテルには居ない――フェルと共に先んじて『常春の楽園』を観光中――のでどちらにせよ来なかっただろう。
「こっちで預かってるガキどもに関しちゃぁ、ウチでしっかりと面倒を見る。まぁ、修学旅行だから少しぐらい羽目を外すのは勘弁してやれ」
「ありがとうございます」
彩斗は明らかに己に向けられている言葉だと気付いていた為、頭を下げた。この面子の中で身内がこの修学旅行に参加してイギリスに居るのは浬だけだ。誰だってわかった。
「おう・・・じゃあ、しっかりな。あそこは俺達やそこの騎士様の影響力が及ばない魔境だ。そして女王スカサハと言えば裏社会でも最強クラスの戦士だ。一瞬の油断が命取りになりかねん。注意だけは、怠るな。それが軍神インドラとしてのアドバイスってやつだ」
「はい、ありがとうございます」
今度は全員に向けられたものだとわかっていたため、三柴が代表して頭を下げる。そうして、彼らは御門に背を向けてその場を後にする。
「・・・大丈夫かねぇ、あそこ・・・」
『まぁ、なんとか、だと思うんだがな・・・一応、姉貴にゃフリンの奴が先んじてオレの親父が行く、って話持ってってくれてるんだが・・・』
御門のぼやきに対して、カイトが声を返した。彼も実は小鳥に扮してこの場に潜んでおり、今の一連の流れを見ていたのである。
ちなみに、姉貴と彼が呼んだのはスカサハの事だ。スカサハに弟子入りしている彼だが、異世界での旅路で出会った命の恩人と彼女が似ていた為、彼女の事をその恩人になぞらえて姉貴と呼んでいるらしい。
「といっても、後は何も出来はしない、か。浬ちゃん達は?」
御門はこの少し後に密かにホテルから出発させる事になる浬達についてを問いかける。が、カイトは無言で呆れ顔で肩を竦めるばかりだ。時差も手伝って眠いらしい。
「やれやれ・・・そっちもそっちで大変そうだな。日本の側は?」
『そっちもそっちで大変だ。海瑠と空也の出かけの用意を密かにしないといけないし、母さんや学校にゃバレない様に隠蔽しないといけないし、だからな。時限制のかなり高性能な使い魔を更に二体追加だ。記憶のサルベージも出来る奴な』
カイトはやれやれ、と再度肩を竦める。とはいえ、これでもまだマシだろう。
「何処もかしこも厄介だな・・・まぁ、こっちは任せとけ。バレない様に隠蔽はしておいてやる」
『頼んだ・・・こっちはこっちで為すべきことを為す』
「ああ、そうしろ」
御門とカイトは同時にため息を吐いた。が、呆れてばかりではいけないのが、現状だ。そうして、カイトが再度浮かび上がり、御門はホテルの中へと戻っていくのだった。
さて、一方の日本ではというと、空也と海瑠が授業を半日で抜け出して今回の為に作られた特製の使い魔に任せて隠れ家に集合していた。が、こちらは寝ぼけ眼らしい浬達とは違ってすでに午後という事もあり、一切眠そうではなかった。
「こんにちは、空也さん」
「ええ、こんにちは」
とりあえず移動までの間に二人は挨拶を済ませておく。その際海瑠が何処か楽しげだったのは、おそらく授業をサボるというある意味の冒険的な事をしているからだろう。
「そう言えば空也さんってイギリスに行った事あるんですか?」
「イギリス・・・そう言えば無いですね、イギリス」
海瑠からの問いかけに空也は思い出す様に宙を見ながら答える。彼は名家の子であるが故か夏休みには海外へバカンス名目のコネ作りに奔走させられており、比較的海外旅行はしている方だった。が、それでもイギリス行きはなかったらしい。
「じゃあ、初めてなんですね、空也さんも」
「そうですね。そうなります」
「じゃあ・・・」
「ええ・・・」
しばらく二人は雑談をしながら、迎えの到着を待つ事にする。幾ら扉があって自由に行き来出来るからといって、それを彼らが勝手に使って良いのとはまた別だ。なので一足先に『常春の楽園』入りしたフェルとアテネに代わってランスロットが迎えに来てくれるのを待つしかなかった。
そしてそのランスロットにしても先に彩斗達を『影の国』の境目にまで連れて行く任務があった為、もう少し先になるという話だそうだ。具体的には15時に集合なのだが、昼休憩が一番抜けやすいので早めに集合していたわけである。
「何も出来ない時間、というのは意外と疲れるものですね」
「そうですね・・・」
二人はぼんやり、と晴天を眺める。流石に二時間近くも話していると話も尽きたらしい。流石にこれからアーサー王と会うというのに運動は憚られたし、かと言って何時でも行ける様に出歩く事も出来ない。
なので、ここで待機するしかなかった。そうして、二人はしばらくの間ぼんやりとしながら、ランスロットの到着を待つ事にするのだった。
さて、その一方の姉の浬達はというと、寝ぼけ眼の上に朝ごはんも食べずにカイトによって連れ出されていた。
「うにゅー・・・」
「ねむ~」
「流石に私も疲れが・・・くー・・・」
一般家庭の女子三人衆は総じて眠そうに寄り添い合って船を漕ぐ。まぁ、時差ボケがある上に現在時刻は現地時間で朝の7時。特段早いわけではないが、時差ボケがひどいのだろう。その一方。煌士はというと最早絶好調を通り越していた。
「カイト殿! 何時向かえるのですか!?」
「カイト様、申し訳ありません。昨夜からずっとこのご様子でして・・・」
煌士はある種いつも通りで、詩乃は普通に何時も通りだ。彼女は訓練の賜物だろう。ちなみに、彼女と煌士の部屋は特例により男女で一緒にされている。学校側としても詩乃が煌士の従者兼護衛である事は内々に承知しており、万が一が起こると学校の責任が問われるので特例を認めたのであった。
「あっははは。わかっちゃ居たけどな・・・まぁ、もう少ししたら迎えが来て・・・あぁ、来たか」
カイトが笑った丁度その時、ホテルの前に一台の車が横付けする。それに乗っていたのは、少しやんちゃ者そうな金髪のイケメンだ。
肉体は彫刻の様に整っており、ランスロットの優男風、アルトのオレ様系ともまた違った良さが現れていた。まぁ、敢えて言えばワイルド系という所だろう。さらに言えば目が覚める様なイケメン、と言うところか。というわけで、即座に鳴海が目を覚ました。
「よーう。迎えに来たぜ」
「はっ! イケメン!?」
「きゃあ・・・何? 敵襲?」
「うきゃあ!」
いきなり目を覚ました鳴海によって浬がズレて目を覚まし、それによって今度は侑子が目を覚ます。と、丁度良かったのでカイトは全員に、迎えに来てくれた男を紹介する事にした。
「ああ、眠り姫達もお目覚めか・・・じゃあ、一応案内しておこうか。アーサー王の甥にして」
「ガウェイン卿か!」
アーサー王の甥の時点で正体を言い当てた煌士に、カイトは頬を引き攣らせる。ものすごい興奮だった。この様子だと彼にとっては修学旅行よりも『常春の楽園』行きの方がよほど良い旅行になっている様子だった。
「・・・正解だ」
「おぉ・・・彼こそがかのアーサー王の右腕とまで言われる騎士か・・・」
「あ、あははは・・・」
何故か勝手に感動している煌士に対して、流石にガウェインも頬を引き攣らせるしかなかったらしい。そうして、彼は一応紹介された以上は、自分でも自己紹介を行う事にする。ちなみに、その間に詩乃によって煌士はお仕置きされたがこれはいつもの事なので敢えての言及はしないでおく。
「え、えーっと・・・一応紹介に預かったガウェインだ。第一世代・・・ああ、引退してない方の騎士だな。アルトとは甥と叔父の関係になる。母さんは知っているだろうから、言う必要無いよな」
「モルガン・ル・フェイですね?」
「ああ。妖精のハーフ・・・つってもまぁ、妖精の基本として血統としちゃ妖精の血が濃いんだけどな」
ガウェインが笑いながらようやく落ち着きを取り戻した煌士の言葉に頷いた。ちなみに、ガウェインが言った事は異種間での子供に関する事で、人間の様に多国籍のハーフだからとほぼ半分こになるわけではないらしい。
『人』の間での異種交配に関しては因子の要因が大きく、例えばモルガンの様に人間と妖精のハーフでも純粋な妖精に近い子供が生まれる事があるそうだ。逆に勿論、ハーフエルフと呼ばれる者達の様に普通にハーフが生まれる事もあるらしい。
と言ってもこれも一概には言えないらしく、本当に多種多様な可能性がある、とは後に言われた話であった。と、そんな発言をしたガウェインに、浬が目を見開いていた。
「・・・え゛? ほんとにモルガンちゃんって・・・お母さんだったの?」
「あー・・・よく言われるな、それは。あの見た目だろ?」
ガウェインがボリボリと頭を掻く。モルガンの見た目はローティーンとまでは行かないまでも、どう頑張っても大学生までは見えない。ギリギリハイティーン程度だ。
が、それでも母親である以上はそうなのだし、そもそも妖精という種族全体が若々しいのだ。こればかりは、種族としてそういうものと受け入れるしかない。
「まぁ、それは良い。とりあえず先にこいつらを送ろう。あんま長居して変な事になっても問題だからな」
「っと。そうだな。じゃあ、お嬢さん方にお坊ちゃん。お乗りください」
ガウェインは少し意図的に過度にうやうやしく、一同に乗車を勧める。そうして一同が乗り込んだ所で、煌士が目的地について問いかけた。
「そう言えば何処に向かうのですか?」
「あぁ?」
『ああ、ストーン・ヘンジだ。あそこが出入り口の一つだからな』
「嘘!? 行けるの!?」
カイトの言葉に驚いたのは浬だ。てっきりそんな有名所には行けないだろう、と思っていたらしい。
『ああ。そこから、『常春の楽園』に入るからな。一応少し歩くが中にも入れる。ガウェインが運転している限りは、英政府も顔パスで承諾済みだ』
「やった」
どうやら折角イギリスなんだから見てみたい気持ちはあったらしい。ちなみに、幸いにしてホテルの部屋からビッグベンは見えたのでそこは良いらしい。まぁ、不幸中の幸い、という所だろう。
というわけで、早朝の空いている道を進む事しばらく。一同はロンドンから西へ少し行った所にある簡素な住宅街の近くにあるストーン・ヘンジへと何事もなくたどり着いていた。一時間ほど前には、ここをランスロットの案内を受けた彩斗達が通っていた。
「へー・・・わー・・・おっきー」
「ふむ・・・我輩も実物は初めて見るが・・・なるほど。写真とはまた違った印象がある・・・」
どうやら一同共に修学旅行とは少し違った形ではあったが、世界的に有名な建造物を見れてご満悦らしい。とはいえ、本題はそこではない。というかそうでもないと何のためにこんな朝早くにストーン・ヘンジに来たのかわからない。誰にも見られない内にここから『常春の楽園』へと飛ぶ為だ。
「おーい、写真取り終えたらさっさとこっち来てくれ」
『引率にはしっかり従えよー』
ガウェインとカイトが声を掛ける。一応、彼らにも慈悲はある。なので写真を取り終えるぐらいは待ってくれていたのであった。
「あ、はーい」
というわけで、しばらくの間は写真を取っていた浬達は満足したのかカイト達の所、即ちストーン・ヘンジの中心部へと歩いていく。幸い朝一番で行動したからか人はまばらで、そのまばらな人も大半は『常春の楽園』の住人やその隠蔽を行う為の関係者だったらしい。なので何のお咎めもなく、一同は普通にストーン・ヘンジの中心に立った。
「良し・・・じゃあ、転移だ」
ガウェインが腕時計を触ると、一同の周辺の映像がまるで書き換わる様に一変する。そうして、彼らは遂に初の本格的な地球の異空間となる『常春の楽園』へと足を踏み入れたのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日の21時投稿です。




