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第12話 黒白の少女と雷の教師

 海瑠達が壮絶な鬼ごっこを行っている頃。フェルはとあるビルの屋上で一人の大男と対峙していた。いや、対峙というには剣呑さは無く、両者共に世間話でもしているかのようだった。大男は、先ほど海瑠達に声を掛けた隻腕の男だった。


「貴様・・・暇なのか?」

「はっ。暇に決まってんだろ。大親父は既に死んで居ねえ、安倍の狐は相変わらずだし、化け物は留守。他にも大半がどっか行ってやがる・・・」


 隻腕の大男が少しつまらなさそうに、フェルの問い掛けに返す。その言葉に見合う様に、大男の顔には残念さが滲んでいた。そうして、隻腕の大男は結界に囚われて逃げているつもりで同じ所をぐるぐると回り続ける4人を見ながら、溜め息を吐いた。


「食いでがねえ。あの化け物の弟妹だ、つーから期待したってのに、てんでダメだ。折角の一番乗りが、骨折り損だ。まあ、そりゃあり得るかも、って思って追っかけて来ねえかな、って奴らにちょっかいだしておいたんだけどな」

「はぁ・・・貴様らは・・・やはりあの一件は貴様らか・・・向こうから貴様らの手綱を握れ、と苦情が鳴り止まんぞ・・・蘇芳達に傷薬を融通させておくか・・・」


 大男の言葉に、ルイスが呆れ混じりに首を振る。それに、彼で食いでがあるぐらいならば、自分はここには居ない。いや、そもそもで浬達の兄が様々な手筈を残すわけがない。

 考えれば直ぐに分かることであるはずなのに、鬼はそこに思い至らなかった様だ。まあ、それでもあり得る可能性としては、考慮に入れていたのだろう。そんな大鬼達の仕業に、フェルは呆れるしかなかった。


「ったく。人の弟と妹を好き勝手に言ってくれる」


 そこに、一羽の小鳥が舞い降りた。いや、小鳥に見えたのは、一瞬だけだ。小鳥は直ぐに、蒼眼蒼髪の二十代前半の男に姿を変えた。

 蒼い髪の彼はどことなく、今必死で鬼から逃げている幼い姉弟に似た面影がある。だが、姉弟やその両親がどちらかと言えば端正な顔立ちであるのに対し、彼だけは、精悍な顔立ちだった。


「来やがったな、化け物が」


 口調と言葉こそ嫌そうだが、大男はここ数日で一番楽しそうな顔をする。化け物。そう呼ばれた男は、屋上に降り立つと、隻腕の大男の真横に腰掛ける。


「化け物、ねえ。まあ、ぶっ潰した鬼に言われてんだから、どうしようももねえか」

「ちっ・・・」


 少しだけ、隻腕の大男が悔しげだ。今直ぐ残る左腕で殴りつけたい衝動に駆られるが、そんなことをしても無駄であることがわかっているのでやりはしない。たった今、無駄骨をした所なのだ。気も晴れないとなれば、遣る必要は無かった。


「ちっ、マジで化け物だな。それで本体じゃねえのか」

「けけけ、バケモンナメんな」

「この国で最も有名な鬼の一体を相手に化け物を舐めるな、と言った男を初めて見たぞ」


 いつの間にか、楽しげに笑う蒼い髪の男の横にフェルも座っていた。三人は並んでのんびりと黄昏を眺め続ける。


「あー、黄昏てるとこわりぃんだが、あれ、ほっとくつもりか?」

「あ?・・・って、おっさんか」


 そんな三人に後ろから声が掛けられ、三人が振り向いた。そこに居たのは、御門だった。彼は何時ものスーツ姿だし、口調は何時もののんびりとした、けだるい感じの物だ。ただし、そこには何時もは無い威厳や神々しさというものがあった。


「あ? 行かせると思うか? ちょいと暴れたりねえし、貴様との約束は貴様が居る間、のはずだろ?」


 そんな御門に対して立ち上がって、隻腕の大男が蒼眼蒼髪の男に問う。何の脈絡もなく、フェルも蒼い髪の男もここに来たわけでは無かった。

 それは、隻腕の大男にしてもそうだ。大男は彼らを釣り出す為に、ここに来たのだ。そしてこうなるであろう事を理解していたがゆえに、御門達三人はここに集まったのだ。


「だろうな」


 御門とて、隻腕の大男の意図が掴めぬわけでは無かった。そうして、彼の身体を取り囲む様に、稲妻が走る。次に立ち上がったのは、フェルと、蒼い髪の男だ。


「任せるぞ」

「おう。おっさん、わり。頼んだ」


 フェルの言葉に頷いて、蒼い髪の男が隻腕の大男に対峙するように御門の前に出る。それを見て御門は隻腕の大男から、一歩だけ後ずさる。

 隻腕の大男は、鬼が浬達を追うと絶対に誰かお節介な強者が介入すると考えて、目立つビルの上に行ったのだ。つまりは、彼自身が言及した様に、浬達と鬼を餌にして、釣りをしていたのだった。


「まあ、曲りなりにも教え子だ。引き受けてやる」

「帰ったら酒でもおごるぜ」

「ソーマを頼む」

「異世界に売ってたらな」


 そんな御門と蒼い髪の男のふざけ合いが、合図だった。隻腕の大男が、残る腕に力を溜める。対する蒼い髪の男が、腰だめに刀を構えた。


「つぁ!」

「<<一房(ひとふさ)>>」


 そうして、人知れず、天神市のビルの上に閃光が生まれる。


「行くぞ」

「おーう」


 それを目眩ましに、フェルと御門がビルの屋上から飛び降りる。普通ならば重力に引かれて地面へ落ちていくが、二人にはそんな事は無関係だった。

 ばさり、と音がして、フェルの背中には一対の黒白の翼が生まれる。御門の身体には先と同じく雷が漂い、周囲へと稲光を放っている。お互いに人ならざる物が、重力を抑え込んでいた。


「ふむ・・・それなりか」

「まあ、俺でも勝てるんだから、当たり前だろ」


 二人は空中を移動しながら、鬼の検分を行う。あれだけ浬達を怯えさせている鬼でも、二人からすれば単なる雑魚にすぎないらしい。そうして移動している最中。そんな彼らでさえ、思わず動きを止める出来事が起きた。


「・・・む」

「ほう・・・」


 その瞬間。二人の間に驚愕が共有される。海瑠が鬼に追い詰められて鬼の腕を殴ると、動きそうもない丸太の様な鬼の腕が弾かれたのだ。


「土台が出来てんな、ありゃ」

「あの女の仕業か」


 二人は空中で一度停止する。隻腕の大男では無いが、何も持たず、更には弱いと思っていた彼らに少しだけ興味を覚えたのだ。だが、直ぐにその興味は失せる。鬼の鬨の声で海瑠も吹き飛ばされ、彼の身体を覆っていた黄金色の光が消え去ったのだ。


「まだまだ、か。海瑠の武術の腕は零点だな」

「教師の俺から見ても、浬で甘々で40点だ。武術は0点だけどな」


 二人の選評する声が、空中に響く。まだ、運動神経の良い浬はいいかもしれない。だが、海瑠に限って言えば、彼は武術の才能はからっきしだろう。

 だが、代わりに。海瑠には他の誰にもない才覚があった。これだけは、下手をすれば隻腕の大男が化け物と呼んだ蒼い髪の男よりも、高い才能かもしれない。それを、二人は一度立ち止まって、しっかりと観察する。安易に入れない可能性があったのだ。


「見切ったか」

「意図的だと思うか?」

「いや、無意識的に弱くなっている部分を殴りつけた・・・のだろう。確証は持てんがな」


 フェルが海瑠を見ながら、興味深げに呟く。これは、未知の情報だった。おそらく二人がここに来る事になった原因が意図的に伝えなかったのだろう。それも、もっともだろう。


「何の魔眼だと思う?」

「わからん・・・が、あいつが私にも隠したんだ。相当に厄介だろうな」


 御門の問い掛けにフェルが首を横に振るう。おそらくだが、二人の考えでは、この答えを得ているのは彼ら共通の知人の二人だけだろう、と思った。当人さえも、詳細は知らないだろう。


「っと、そろそろまずいな」


 そうして推測を述べ合っていた二人だが、いよいよ危険だと見て取れた。浬が鬼に捕まったのだ。


「仕掛ける。抱きとめろ」

「イイトコ持ってくつもりか」

「ふん・・・義姉にもなろうというのだ。かっこ良く、登場せねばな。それに、浬は類まれなる美少女は美少女。貴様にも役得だろう?」

「後数年、色気がほしいな・・・あとついでに、奴の妹じゃなけりゃな」


 御門の軽口を合図に、黒白の天使が力を溜める。狙いは浬を掴んだ鬼の右腕だ。


「失せよ、下郎」


 黒白の天使と化したフェルから、銀閃が奔る。それは意図も簡単に、鬼の右腕を切断する。


「ぐがぁ!」


 鬼の苦悶の声が響き、切断された右腕から鮮血が迸る。それを筋肉で押さえつけながら、鬼が首を回して力が放出された方向を確認する。だが、そこには既にフェルの姿は無い。

 そうしている間に、御門が落下した浬をキャッチして、海瑠達他の三人の元へと運ぶ。どうやら鬼は雷を纏った御門こそが、自身の右腕を切断した敵だと思ったようだ。

 鬼が二言三言彼の方を向いて告げるが、自分には興味が無い。だが鬼の、生かしてはおかない、との発言には、フェルも少々言いたい事があった。


「それは貴様だ、下郎。我が弟妹に手を出した貴様を生かしてはおかん」


 その言葉と共に、フェルは鬼が自身を見失った瞬間から溜め続けていた力を開放する。開放された力は幾重もの銀閃へと代わり、両足を、残る左腕を、胴体を、頭部を、全て細切れに寸断していく。そうして、自分の姿がついに浬達に晒された。


「・・・貴方は・・・確か・・・」


 浬の言葉が、フェルにまで届いてくる。だが、その顔には疑問と驚きが浮かんでいた。まあ、普通の女子中学生がフェルの背中に生えた黒白の翼を見て驚かないのは、普通では無いだろう。


「フェル・・・さん?」

「ああ。息災無いな?」

「でも・・・その翼・・・それに、御門先生も・・・一体どうしてここに・・・」


 浬は助かった事が理解出来たのか、力なく尻もちを付いている。まあ、それは彼女だけではなく、他の面々にしてもそうだ。全員が呆然と助かった事実を受け入れていた。

 そうして、浬が問い掛けに答えなかった事に少しだけ機嫌を悪くしたフェルが、再度問い掛ける。


「息災無いな、と聞いたのだが?」

「・・・え? あ、うん」

「良し。ならば、もう帰れ」

「・・・おいおい」


 大丈夫と判断するなり即座に帰らせようとしたフェルに、さすがに御門が呆れる。だが、その次の瞬間。浬達四人の頭のなかに、声が響いた。


『許さねえ・・・てめえら全員呪ってやる・・・』


 その声と同時に、崩壊した鬼の身体から、彼の身体の色と同じ光が放出される。


「きゃぁ!」

「うわぁ!」

「何!?」


 御門の驚いた声が響く。光に呑まれたのは、フェルと御門を除く四人だ。本当は御門とフェルにも赤い光は放出されていたのだが、二人が強過ぎた所為で、光が行かなかったのだ。そうして、光が収まった所で、御門が再び口を開いた。


「あー、お前ら。大丈夫か?」

「あ・・・はい・・・あの、御門先生?」

「なんだ?」

「一体先生達は・・・」


 鳴海が何処か陶酔に近い表情で御門を仰ぎ見て、問い掛けた。若干頬を赤らめているので、もしかしたら惚れたのかもしれない。まあ、確かに先の御門の背中は非常にかっこ良く、様になっていたので、仕方なくはあるだろう。


「あん? まあ、それは・・・あー・・・どうするべきか・・・多分さっきのもあるだろうし・・・」

「ちっ・・・取り敢えず移動するぞ。付いて来い」

「あ? どこ・・・って、あああそこか」


 既に鬼が張り巡らせた結界は光が収まると同時に解除され、部活終わりの生徒達がペタリと座り込んだ4人を訝しみ初めていた。ちなみに、既にフェルの黒白の翼と御門の雷は結界の消失と共に消失している。

 そうして、フェルが移動し始めたのに従い、助かった事で呆然となっている4人も唯々諾々と移動を始める。


「あの・・・フェルさん。何処へ行くの?」

「この先だ」


 すたすたと迷いなく、先頭を行くフェルに問い掛けたのは、鳴海だ。だが、フェルはそれに素っ気なく答えただけで、明確な答えを言おうとは思っていないらしい。こちらを振り向く事さえ無かった。

 そうしてすたすたと歩いて行くフェルだが、向かった先は校舎1階の一番端だった。何かが可怪しい。そう思った浬が、フェルに問い掛ける。


「ねえ・・・こっちはもう階段だと思うんだけど・・・2階?」

「違う・・・さて、海瑠。貴様にはこの先、どう見える?」


 廊下の一番端まで歩いて行き、フェルはそこに見える窓に手を当てて、海瑠に問い掛ける。それに、海瑠が一度つばを飲んだ。兄との約束を考えて、答えるべきか、悩んだのだ。そうして、今見た物を合わせて考えて、海瑠は、答えを決めた。


「まだ・・・まだ先に通路が見えます。それと、その先に一つ、教室が。」

「え?」


 浬と、その友人達の困惑の声が誰もいない廊下に響いた。彼女たちには、窓の外しか見えなかった。


「やはり、見えるか・・・」


 何処か苦笑に似た声で、最後尾を行く御門が呟く。それは今まで確証を得られていなかった物に、確証を得た様な感じであった。そうして、更に御門が問い掛ける。


「何時から見えていた?」

「入った時から、ずっとです」

「カイトには?」

「言いました」


 海瑠の答えには淀みが無かった。それ故、問い掛けた御門の方をしっかりと見据え、嘘を言っていないと目でもはっきりと伝えていた。だが、そんな二人に対して、ここで一つの疑問を浬が呈した。


「あの・・・御門先生?」

「おう、なんだ?」

「カイトって・・・お兄ちゃん?」

「ああ、そうだ。私達は二人共、あいつを通じた知り合いだ」


 浬の問い掛けに答えたのは、相変わらず壁に手を当てているフェルだ。だが、彼女はこれ以上は答えようとしない。その代わりに、行動で示した。


「付いて来い。海瑠、二人、手を引いてやれ。御門、そっちの女の手を引いてやれ」

「あいよ。じゃあ、木場君、お手を拝借」

「え、あ、はい。お姉ちゃん、侑子さん」


 海瑠と御門の二人は少女達の手を引いて、フェルと同じく、壁を通り抜けた。浬達見えない者は、いきなり手を引かれ、戸惑う間に壁へと直進する。そうして、ぶつかる、そう思って身構えるが、思った衝撃は無かった。


「・・・え?」


 通り抜けてみれば、確かにそこにはまだ少しだけ廊下が続いており、教室が一つだけ存在していたのであった。ここが、日常との最後の分水嶺、だった。そうして、海瑠達の戦いは、幕を開ける事になるのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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