第137話 アーサー王
ホテルを出発した煌士達だが、そんな彼らが向かったのはイギリスは首都ロンドンが中心部にあるとある大きなビルの一つだった。
だがすでに会社としての業務は終了しているらしくビル内に明かりはほぼ灯っておらず、ただ警備員や急な仕事により残っている社員達の姿があるだけだった。まぁ、そうでもないとわざわざ学生を招いてくれる事はないだろう。と、そんなビルの前で、一人の茶髪の青年が立っていた。
『ああ、来た来た。やっとだよー』
到着した一台の車を見て、彼が笑顔を浮かべる。運転していたのはケイで、横に乗っていたのはランスロットだ。ということはつまり、天神市第八中学校の一同を乗せた車が到着したのであった。
『おーう。出迎え終了したぞー』
『お待ちしてました、サー・ケイ。陛下は上でお待ちです』
サー・ケイ。ケイをそう言うからにはこの青年も裏世界に通じている者なのだろう。身長はおよそ170センチほど。顔立ちは悪くはない。ケイやランスロットとは違いあまり鍛えてはいない様子で、筋肉はなさそうだ。
なお、顔立ちは確かに悪くはないのだが何処か情けない印象が拭えず、メガネを掛けていたが理知的というよりも何処か海外のオタクっぽい印象があった。いや、ぽいではなく真実オタクなのだが。
まぁ、それは置いておいてもどちらかと言うとインドア派で周りに振り回されるのが似合いそうな風貌だった。と、そんな彼に対して、車を降りた煌士がその腕に装着している物に気付いて目を見開いた。
『む?』
『わかりますか?』
『ええ。それはモデル『W07』シリーズの最上位の物ではないですか? あまり評価されないんですが、良い品ですね』
『ええ、そうですよ。いやー、嬉しいなー。ここらだと誰もわかってくれなくてさ』
青年が照れくさそうにようやく理解された趣味に顔に笑みを浮かべる。ちなみに、全文英語なので煌士と詩乃以外には生徒会の面子には誰も内容は理解されていなかった。そしてそんな青年に、煌士も同じ悩みを持つ者の一人として、理解を示した。
『ああ、イギリスでもそうなんですか・・・あそこの会社のマザボはウェアラブルデバイスを自作する者には良いメーカーなのですけどね・・・』
『そうなんだよねー。でも如何せん互換性がねぇ・・・』
『そう、そこですよ! なんであのメーカーの物は何時も互換性があと一歩、足りてないんでしょうかね?』
『ほんとにねぇ? この互換性さえクリアされれば、メモリとか選択肢がもっと広がるのに・・・』
『あー。その様子ではデスクの方もこっちで?』
『あ、その様子だと君は『Ω』シリーズ?』
『ええ。どうしても組み合わせたいパーツがあったので・・・』
『となると・・・ああ、もしかして・・・』
『ええ、そこを研究でどうしても・・・』
二人は笑いながら自作PCについてのディープでオタクな談義を英語で交わし合う。ちなみに、何故煌士がわかったのか、というとそれは一言に集約される。彼も同じ物を使っているから、だ。
どうやら彼らの使っているメーカーのパーツには独特な機構が組み込まれているらしく、外側からでもそれがわかってしまうらしい。勿論、使っている奴らからすれば、というオタクならではの話である。
ちなみに、敢えて言及しておこう。実はそれ以前の問題として、ここのメーカーの物がおすすめされない最大の難点がある。それは値段である。確かに性能はそれに見合った性能らしいのだが、それ故最高級のものとなるとものすごい値が張るらしい。
アーサー王配下の大幹部だろう青年と大企業の御曹司かつ天才として会社からこういった研究に役立つわがままを許される煌士でもなければ、このマザーボードを使った上で満足の出来る性能を発揮させられないのであった。なので周りが無理解なのではなく、この二人のある意味の常識の無さが悪いだけである。
「ねぇ、何言ってるの?」
「申し訳ありません、皆様。どうにも煌士様もあちらの方も変なスイッチが入ってしまったらしく・・・自作PCの談義なぞをされているご様子です」
詩乃が少し興奮気味な煌士を見ながら、鳴海と庶務の二人へと頭を下げる。なお、ランスロットとケイは同好の士を見付けて嬉しそうな青年と煌士に少し呆れつつも楽しげにそれを見ていた。と、そんな二人だが、ここでようやく自己紹介をしていなかった事に気付いたらしい。
『あ、っと。失礼しました。申し遅れました。煌士・天道。この度は貴社よりの御好意により、今回の旅行が叶い嬉しく思います。つきましては、ご挨拶に伺わせて頂きました』
『あっと・・・ありがとうございます。僕はエドワード・マーキュリーです。日本の友人に会えて嬉しいです』
煌士の自己紹介を受けて、エドワードと名乗った青年が少してれ気味に頭を下げる。と、それを受けて、ようやくケイが笑って指摘した。
「おーい、セカンド。英語で自己紹介やった所でこの子達にはわかんないぞー」
「あっ! ご、ごめんなさい! すっかり放置しちゃっていたね! はじめまして。僕はエドワード・マーキュリー。おじいちゃんがこの会社でお世話になっていたんで、多くの人は僕をエドよりもセカンド、って呼ぶんだけどね。君達はエドって呼んでくれると嬉しいな」
慌てて自己紹介をしたエドワードはそう言うと、少し照れくさそうにウィンクをする。草食系ではあったが、情けなさの中にもユーモラスがあった。一言で言えば、イギリス版草食系男子という所なのかもしれない。と、そうして目があったからか、エドワードは鳴海へと問いかけた。
「やあ、お嬢さん。君は?」
「あ、木場 鳴海です・・・」
鳴海は情けなささえ彼の味だったエドワードの言葉にドギマギしながらも小さく挨拶を返した。幾ら先程興奮していようと、実際にイケメンを前にした女の子なぞこんなものである。そうして、彼女をきっかけとして詩乃と庶務の男の子、もう一人の庶務の女の子が自己紹介を行う。
「うん。じゃあ、行こうか。ケイさん。これからはこちらで引き継ぎます」
「あいよ・・・って、俺も行くよ。どうせ暇だしな」
「ははは・・・どうぞ、ご自由に」
ケイの言葉を受けて、エドワードが笑いながら歩き始める。そうして彼が一緒だからか当然だが殆ど全ての場所のセキリュティはパスされて、エレベーターで最上階にあるという社長室へと案内されることになった。と、そんなエレベーターの中で庶務の子が問いかけた。
「あの・・・エドさん?」
「なんですか?」
「日本語お上手ですね」
「ああ、それですか? まぁ、ここらは色々と・・・ね?」
エドワードはそう言ってはぐらかす。が、これははぐらかすしかないからはぐらかしていたのだ。実のところ彼は日本語は使えるが、ここまで流暢ではない。彼は頭の中にカイト達も使う翻訳用の魔術をぶち込んで、それを使って日本語を話している様に見せているだけだ。これはケイも使っているし、以前来日したベディヴィアとアグラヴェインも使っていた。
「っと、そう言えば君達にまずひとつ言っておかないといけないことがあったんだっけ。えっと社長はかなり若いんだけど、驚かないでね?」
「そうなのですか?」
「うん。まぁ、ここらは色々と不幸やらがあって、って思ってくれると有り難いかな。だから、あまり聞かないであげてくれると助かるよ」
「はい、わかりました」
エドワードは自分の話題から逸らすと同時に、言っておかねばならない事を告げておく。なお、応じたのは煌士だ。基本的には彼がランスロットと共に相手方と受け答えする事になっていた。
そして勿論、彼は相手がアーサー王だと知っているので驚きもしないし、聞くつもりもなかった。怖いといえば己が興奮しないか、というぐらいだが彼とてTPOは弁えるので控えるつもりだった。
「うん。それと、後もう一つ。僕はセキリュティの問題なんかで出迎えたけど、基本的には最上階に着いたら秘書の方々が出てくれる・・・から、あまり話を振らないでね。苦手だから」
「あはははは・・・」
エドワードの言葉に煌士が苦笑する。と、そんな話をしているとすぐにエレベーターは最上階へと到着した。わけだが、そうして出迎えたのはむすっ、とした表情のベディヴィアだった。
「・・・」
「・・・」
「・・・ごめんなさい」
「はい・・・はじめまして。私はベディヴィア。社長室付きの秘書の一人です。社長より皆さんの案内を仰せつかりました。では、付いて来てください」
エドワードの謝罪を受けたベディヴィアは一つ頷くと今度は事務的な顔で一同に向けて挨拶して、背を向ける。なお、これは一応仕事としての自分を演じているらしい。
本来はもっと真面目でも笑顔を浮かべる少女騎士なのであるが、それ故秘書としての自分を演じてミスをしないようにしているらしい。と、ランスロットがそんな彼女の後ろ姿に妙な感慨を得ていた。
「ふーむ・・・あんな姿なんですね、エネヴァの仕事姿って・・・」
「ああ、そう言えばお前は初めて見るか」
「ええ。日本では通常でしたので・・・なんというか、娘の仕事姿を見るような・・・」
「っっっっっ!」
ベディヴィアの動きが僅かに固くなる。おそらく顔を前から見れば真っ赤になっている事だろう。言われて、彼女も理解してしまったらしい。ランスロットは第一世代、そして彼女は第二世代だ。まさに、親子ほどの年齢差が本来は存在しているらしい。故に今でもこういった先代の者達に見られると恥ずかしくなるらしい。
「いやー・・・でもスーツ着ても色気ねぇだろ? せめてカイトの所の嫁さんぐらい必要じゃね?」
「口が悪いですよ、ケイ。また怒られますよ?」
「っとと。今のギネヴィアに怒られるのは勘弁だ」
ランスロットの軽口にケイが大慌てで口を紡ぐ。ギネヴィアとはアーサー王の妻にして、物語ではランスロットと不義を交わした女だ。が、同時に口の悪いケイに対して苦言を呈した事もあるのであった。と、そんな和気藹々とした様子の円卓の騎士達に連れられて、煌士達はとりあえず応接室へと連れてこられた。
「ここで、お待ち下さい。社長は先程お電話が入られたらしく、もう少しお時間が必要だ、との事です」
どうやらまだ尾を引いているらしく頬を赤くするベディヴィアに告げられて、とりあえずランスロットと煌士達――ケイは出て行った――は応接室で待たされる事になった。
「ふぅ・・・はー・・・あー・・・エネヴァ怒ってるよ、絶対・・・」
「あはは。セカンドくんは相変わらずですね」
「やっちゃった、とは思ってるんですけど・・・どうしても・・・ここら、わかってくれるのってティナさんとかカイトさんぐらいしかいなかったですし・・・」
「む? カイトさんとはあのカイトさんですか?」
「あ・・・あ、良いのか、君は」
エドワードはうっかりやってしまった、という顔を浮かべるも、煌士が普通に返していた事で安堵する。カイトの正体を隠す為の魔術は使っている。なので安心して、話せた。
「うん。ティナさんが実は僕のもう一つの顔のお師匠様みたいな人でさ。その代わりにこっちのパソコンの話は僕が教えて、って事になってるんだ」
「へー・・・」
煌士は内心でティナとは誰なのだろう、と思いつつもとりあえずはエドワードの話に頷いておく。ティナとは天音家の居候の事で裏社会では『金色の魔女』と言われているのだが、そこらを詳しく語られていない彼は忘れていたらしい。
と、その一方で浬の友人としてティナともそれなりに付き合いのあった鳴海の方は、少しだけ興味深げに突っ込んだ事を問いかけてみることにした。
「まさか・・・お付き合いされてたり?」
「へ? 僕とティナさんが?」
「うん」
「無い無い無い! そんなの恐れ多すぎるよ!? 彼女がどれだけすごいかって、僕のおじいちゃん並なんだよ!? 歴史上数人とか言うクラスだよ!? お付き合いとか何考えてるの!? 怖いこと言わないでよ!? と言うかあの人普通に婚約者居るんだよ!? 相手しかもあの彼だよ!? 僕ぶっ殺されたくないよ!?」
エドワードは大慌てに鳴海の言葉を否定する。その顔は少し真っ青で、ティナの修練の厳しさの一端が滲んでいた。というわけで、あまりに恋愛感情の無さに鳴海は鼻白むだけだった。
ちなみに、横の庶務の女の子も一緒に鼻白んでいた。が、どちらかと言うとこれなら脈ありかも、と考えている様子があったので、そこらは人それぞれなのだろう。
そんな雑談をしているとすぐに時間は経過するわけで、再び部屋の扉がノックされて、一人の金髪の男性が先程のベディヴィア、アグラヴェインを連れて入ってきた。
「ああ、すまないな。待たせてしまった」
入ってきたのは、金髪の美丈夫。とはいえ、騎士王というよりもカイトと同じ性質の覇王と言う方が正しい雰囲気の男性だ。目鼻立ちは整っており、身体は鍛えられていてまるで彫刻のようだ。身長は180センチほど。立ち振舞は堂々としている。己の騎士道を進む騎士王というよりも、騎士達の王と振る舞う王様。そう言う言い方が正しいだろう偉丈夫だった。
「アルトリウス・ペンドラゴン・・・まぁ、父がアーサー王伝説のファンでな。なので変にアーサーと茶化す者も多い。アルトと呼んでくれ・・・それでもそこの男の様にアーサーと呼ぶ者も居るのだがな」
「ええ・・・久しぶりです、アーサー」
「ああ、年末に帰って来ると言う話じゃなかったか?」
「いや、まぁ・・・そこらは色々と」
アーサー王改めアルトはそう言うと、握手を交わしあってハグでお互いの再会を祝い合う。その顔はやはり嬉しそうだったが、何処か変な笑いがあったのは、やはり仕方がなかったのだろう。と、そんな様子に二人の関係を知らない庶務の女の子が驚いて問いかけた。
「先生・・・お知り合いだったんですか?」
「ええ。古い友人です・・・が、流石にそこらを教頭先生に言うと変に取られかねませんでしたからね。あ、これ黙っていてくださいね?」
ランスロットは少しおちゃめにウィンクで問いかけを認める。ここら、何も無い様に振る舞う事も出来たが、お互いにやらない事にしたようだ。と、そんなアルトとランスロットだが笑顔で座ると、アルトが問いかけた。
「それで? あいつの妹はここには?」
「あはは。彼女なら、ここには居ませんよ」
「そうか。それは残念だ」
アルトはほんの少しだけ残念さを滲ませる。それに鳴海達は理解したが、庶務の子達は理解出来なかったらしい。とはいえ、それはそれでどうでも良い事だ。というわけで、煌士が努めて儀礼的な挨拶を行い、アルトも儀礼的に返す。
「ああ、2年前には世話になったからな。あの当時は私の就任直後で、良いイメージアップになってくれた。なので、これは恩返しと思ってくれ」
「ありがとうございます」
その会話を最後に、とりあえずの表向きの会合は終わる。勿論、これは表向きだ。明日には本来のアーサー王としての会合があった。それに、こんな裏向きの雑談も出来ない場ではあまり話す意味がない。なので、本当に交わしたのは社交辞令だけだ。そうして去っていった煌士達を見て、アルトが笑った。
「厄介な事に巻き込まれたものだな、彼らも・・・セカンド。確か米国の教授達も誰か人員を派遣すると言ってたな?」
「あ、はい、陛下。教授は出来ればこちらにも援軍が欲しい、と要請しています。相手はニャルラトホテプの可能性が高いので、と言う理由で出来ればラウンズから、と要請が」
「そうか・・・ふむ・・・見せかけだけでも誰かを送るか・・・」
アルトは教授達の動きを考えながら、とりあえずその前の動きを考える。そうして、その考えが纏まったらしい。再び口を開いた。
「とりあえず、ベディ。トリスタンと共に彼らの滞在中の警護は任せる。その見た目だ。馴染んでくれるだろう」
「わかりました・・・後、陛下。出来れば見た目は言わないで頂ければ」
「ははは。止まったのが何故かその年代で良かったな」
「うぅー」
ベディヴィアが不満げに少しだけむくれる。が、やはり王と騎士という立場故か真面目だからか、反論はし難いらしい。と、その裁可を下した所で、アルトは立ち上がる。
「で、次は父親の方か。フィルマ家の当主と共にだったな」
「はい、陛下・・・では、お車を回します」
「ああ、頼んだ」
アグラヴェインの言葉にアルトは頷いて、用意を開始する。こうして、煌士達に続いてアルトも会社を後にして、今度は彩斗との会合に備える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時からです。断章をお読みの方はわかると思いますが、エドワード・マーキュリー・セカンドは例のセカンド君です。ちなみに、偽名じゃないですよ。




