第135話 修学旅行・開始
様々な準備が行われ始めて、一ヶ月。浬達は明日からの修学旅行に備える為、準備を進めていた。
「パスポートは・・・おっけ。ヒメちゃんから貰った勾玉・・・大丈夫。お財布・・・は最悪はお兄ちゃんから借りる。これも大丈夫」
浬はキャリーバッグを今一度確認する。まず確認すべきは、何よりも大切なこの一式だろう。最悪はパスポートとお金さえあればカイト達とはぐれたとしても日本に帰ってこれる。最後の一つは何か可怪しかったが、これはこれで正解なのだろう。
「良し・・・これで良いかな」
「イギリスかー・・・良いなぁ」
と、その横で浬の用意を手伝う綾音が呟いた。彼女は衣服を纏めて圧縮袋へ突っ込むのを手伝ってくれていた。
「新婚旅行はヨーロッパじゃなかった?」
「イギリス行ってないのよー」
浬の下着を畳みながら、綾音が懐かしげに告げる。彩斗と綾音の新婚旅行は彩斗が二回分のボーナスをはたいてヨーロッパへ旅行に出かけたらしい。その当時は平社員だった上に夏休みの前後を三柴の好意によって有給を貰い、結構長い旅行に出かけられたそうだ。
「あ、おかあさーん。制服どこだったっけー」
「あ、クローゼットの中・・・えっと、これこれ」
綾音は彩斗の横からクローゼットを覗き込んで、制服を仕舞うカバーを外す。私服通学を認められているからといっても一応は学校だ。着る着ないを別にしても制服は一着は持つ様に、と学校から言われていた。
そしてその数少ない出番が今回の修学旅行だった、というわけである。他にも卒業式には着てくる生徒も多いらしいし、浬も入学式と卒業式は制服を着ようか、と考えていた。
「・・・うっわ。なっつかしー」
浬は己の制服を見ながら、本当に懐かしげに笑う。先にも述べたが基本的に天神市第8中学校は私服通学が可能だ。公立としては珍しくはあるが、時代の流れというか試験的な一環だそうだ。
貧困問題から制服が痛い出費になる家庭が居る事を問題視されて、という事なのだそうだが、詳しい事は浬らも知らない。それどころか裏社会に関わり日本政府と関わるカイトも興味がないというより己に関係がないので知らないらしい。
「えっと・・・前に着たのは・・・」
最後に着たのは何時だっただろうか、と思い出す。全国大会の時は大半が運動服でもあるジャージか、ユニフォームだった。なのでこの制服は着ていない。
「あ、今年の地区大会の時には着たっけ」
浬は懐かしもうとして、しかし懐かしむほどではなかった事を思い出す。あの時は日帰りだったので制服で会場に入って、そこで着替えたのだ。一応は学校の代表であるから、という事であった。
「良し。じゃあ、これをここに掛けておいて・・・」
浬はカバーを外したまだ真新しさの残る制服をわかる所に立てかける。これで明日は朝慌てても大丈夫だろう。そうして、そんな浬に綾音が問いかけた。
「明日何時だっけ?」
「明日は朝10時に成田集合だってさ。成田に昼前の便で出て、現地時間の16時ごろに到着って」
浬は旅のしおりから頭に叩き込んだ内容を思い出しながら、それを口にする。一応学校行事という兼ね合いから学校集合も考えられた――元の予定ではそうする予定だった――そうなのだが、国外に出るということで見送りもしたいだろう、と空港での集合になったそうだ。と、そんな所に、彩斗の声が響いてきた。
「あっれー・・・おーい、綾音ー! 俺のパスポートどこやったっけー!?」
「あれー!? 机の上においてなかったっけー!?」
彩斗に対して綾音が浬の部屋から顔だけ出して答える。と、そうして顔を引っ込めた綾音に浬が問いかけた。
「えっと・・・確かお父さんと一緒に送ってくれるんだったよね?」
「偶然同じ便らしいからねー」
綾音が笑いながら頷いた。実は少し前までは綾音の運転する車で空港まで送るつもりだったらしいのだが、そこに偶然――を装って――彩斗も同日からイギリスへの出張が入ったと言ってきたのだ。というわけで、彩斗が空港までを運転して、帰りに綾音が運転するという流れになっていた。
「変な偶然もあるもんだよねー」
「あ、あはははは・・・」
のほほん、とした綾音に対して浬は頬を引き攣らせる。彩斗は自分達が裏で動いていると思っているが、実際には浬達が更に裏で動いている。偶然どころか必然だった。
なお、彩斗達が同じ便なのは勿論、インドラやランスロットとの兼ね合いだ。何処かで密かに打ち合わせを行うらしい。イギリス到着後は一時的にランスロットが彩斗達の案内を行い、スカイ島の『影の国』の出入り口にたどり着いた所で、先行して入ったクー・フーリンにチェンジだそうだ。
一方の浬らは二日目の予定になっているストーン・ヘンジで密かに『常春の楽園』入りだそうである。初日は煌士と詩乃、その他数人の生徒会役員を除いてホテルに入るだけになっている。
「良し。じゃあ、これで一通り大丈夫かな。パスポートだけは、しっかりね」
「うん」
浬は綾音の注意にしっかりと頷く。どうにせよ公的に入っている以上、出る際にもパスポートは必要だ。なのでどういう道のりだろうとも、これだけは忘れるわけにはいかなかった。こうして、浬達はイギリスへの準備を完全に整えるのだった。
一方の彩斗はというと、こちらもおおよその用意は整えて最後に彼らからすればパスポート以上に重要な親書を確認していた。綾音が用意を手伝わなかったのは、ここらの書類を確認する為でもあった。
仕事の重要書類があって家族にも見せられないから、と言って浬の側を手伝ってもらう事にしたのだ。ここらを含めて、同じ日に出発する事にしたらしい。少し申し訳なかったが、敢えて忙しくさせる事でこちらに手を回させない事にしたのである。
「えっと・・・社長の親書はこっち。ブルーってのの親書はこっち、と・・・」
アタッシュケースは特殊な物で、内側にはパスコードでロックされる類の気密性が高い蓋が取り付けられたものだ。彩斗は殆ど知らなかったのだが、どうやら天道財閥にはこういった最重要の仕事においては二重にロックが掛けられる特殊なアタッシュケースが配られるらしい。
今回、御門の関係でカイトからの親書は彩斗が受け取っていた為、親書は一括で彩斗が管理する事になっていた。
「良し・・・とりあえず、この二通があればなんとかって所やな・・・」
彩斗は二通がしっかりと収められている事を確認すると、透明な蓋を被せてロックを掛ける。魔術を使う者達にはほぼ無意味な防備だが、それでも一般の者達には軍用でも使わなければ破られない構造らしい。とりあえずはこれで安全に運べるだろう。
「俺がどっかでなんかならん限りは、やけどな・・・」
彩斗は自嘲気味に笑う。今回は行きの道中が一番危険な道になる、と判断されている。交渉そのものは先方が乗り気になってくれているらしいのでさほどは問題にならないだろう、と判断している。
本社の交渉役が出向く段階なので、それは確かだろう。そして交渉さえ成功すれば彩斗達が帰る頃には護衛が貰える見込みだ。やはり気を付けるべきは行きの道中だろう。そうして、彩斗は周囲を少しだけ確認する。
「誰も・・・おらんな。良し。呪符は・・・大丈夫や。護身用のナイフを向こうでランスロットさんから受け取れって話やから・・・」
確認するのは、身を守る為の道具一式だ。呪符については税関だろうと手荷物検査だろうと引っかからない。それで良いのか、と初めて聞いた時には思ったが、実のところ空港には密かに入国審査官や警備員などにまぎれて陰陽師達が24時間体制で待機しているらしい。なので大した問題は無いそうだ。
勿論、それはイギリス側でも同じだ。なので向こうの政府ともやり取りをする必要があったのだ。そこで、どうしてもイギリス政府の要求を呑まねばならなくなった、というわけである。武器の持ち込みを許可する以上、というわけだ。
「イギリス大使館からの書類は・・・良し。大丈夫やな。確か目印は・・・」
彩斗はこれからの出入国において重要な事を一通り確認する。空港を管理しているのは民間ではなく政府機関だ。なので政府が発行した書類を然るべき筋に通せば、大手を振って持ち込める。
ちなみに、ではおおよそ申請なぞできそうにない浬達はどうなのだ、という疑問が出るだろう。だが、彼女らは問題無い。というのも、彼女らに同行するフェルは魔術の達人と言える。それこそ地球人類と比べると天と地ほどの差がある。検査なぞ有って無いが如く、らしい。
流石にここまで到達されると今の政府機関ではどれだけ頑張っても対処不能だ、というのは魔術が一度は衰退してしまった地球の痛い所だった。魔術とは人に依存した技術だ。もしこれに対処するにも、それと同レベルの技術が必要になってしまうのである。
だが、そもそもこれが出来るのは英雄クラスというほぼほぼカイトの知り合いになるのでカイト達にとってすれば大した問題にはならなかったわけだ。そしてフェルクラスを連れてこれるのは、カイトしか居ないのである。なお、御門とアテネについては流石に神様相手には国側も何も言えないらしいので、全スルーされる事になったそうだ。テロを起こした所で面子の問題もある、という信頼感もある。
「良し・・・書類3つはオッケーやな・・・良し。しっかりと奥に入れてっと・・・」
彩斗が確認していた書類は入国審査官に提出する為の書類だ。イギリス大使館が発行したもので、呪符やそれを作成する為の道具一式の持ち込みを許可した書類だ。
これは空港で取り出さねばならないのでアタッシュケースに入れるわけにはいかないし、忘れるわけにもいかない。なのでアタッシュケースに外付けされているポケットに入れておく事にした。
「良し・・・これで、全部入れた。アタッシュケースは一応持ってくまではカバンに紐で括っとくか・・・」
彩斗は全ての用意が出来ている事を確認すると、最後にアタッシュケースを着替えを入れたカバンに紐で括り付ける。これで、忘れる事はないだろう。
「良し・・・」
「良し・・・」
奇しくも、親子が同時に準備を終える。どちらも目的地は家族に告げているものとは違う。が、どちらも等しくそれを隠していた。ということで、親子は決意と共に、その日は眠りに就くのだった。
その、翌朝。浬らは一緒に空港へとやって来ていた。が、流石に学校で集合している浬達と会社で集合している彩斗達はそこでは別行動だった。
「イギリス、かー・・・どんな人なんだろうね、アーサー王って」
「さぁ・・・お兄ちゃんはダチとか言ってたけど・・・どうなんだろ」
鳴海の問いかけに浬が首を振る。今回、事の性質というか浬らはアーサー王伝説の主人公であるアーサー王と会う事になっていた。向こうが是非とも会いたいと言ってきたそうだ。故に僅かに緊張が見えたのは、仕方がない事だろう。と、そんな話をしていると、クラスメイトが二人に声を掛けた。
「あ、カメラマンの人、見た?」
「え、ううん? 見てないけど・・・」
「超イケメンだったよー。ものすっごいイケメン。聞いたらアロン先生の友人で、今回の修学旅行の事社長さんに話してくれた人なんだってー」
「「へー」」
まぁ、やはりこの辺は彼女らも半分非日常に足を突っ込もうと女の子だった、という所だろう。彼女らはつぃー、と視線を周囲に動かして、目ざとくカメラを持っていそうな男を探す。と、それは存外早く見付かった。
「あれかな?」
「そう、あの人。イギリスの人なんだって」
「「へー」」
二人はクラスメイトの解説に結構イケメンかも、と頷いた。彼女らの視線の先に居たのは、少し遊んでいそうなイギリスの青年だ。筋肉はついているらしく鍛えられた様子があり、それが遊んでいそうな見た目と合わせて屈強そうな印象を打ち消してくれていた。
年の頃はアロンことランスロットと同程度。確かに、友人と言われれば素直に信じる年齢だ。と、そんな彼はこちらの視線に気付いたらしく、カメラから顔をどけてこちらに笑顔を向けてくれた。
「ちゃおー。写真、一枚良いか?」
「あ、はい!」
クラスメイトが上ずった声でカメラマンの男性の言葉に頷く。言葉は普通に日本語だった。確かに、顔はかなりのイケメンだ。それもランスロットの様にイギリス紳士風ではなく、遊び慣れた外人の印象がある。並べば好対照だろう。
それに合わせて服装もスーツのそれの前をはだけて敢えて肌を見せていたり、と自分でもわかってやっているようだ。と、そうして彼が写真を撮影したと同時に、ランスロットが笑顔で声を掛けた。
「ケイさん。お久しぶりです。仕事を隠れ蓑に、女の子を口説いているんですか?」
「ははは。いや、そういうわけじゃねぇさ」
ケイ。その名を煌士が聞いていれば、おそらく大興奮しただろう名だ。彼はかのアーサー王の義兄にして、マビノギオンなどではかなり変わった伝説を持つ騎士だった。口が悪い事でも有名だが、流石に女の子相手にそんな素振りを見せるつもりはないのだろう。
彼はランスロットの問いかけに少しだけやんちゃそうな笑みを見せていた。そんなまた今さっきとは違う笑みに、多くの女子生徒達が見惚れていた。
が、彼はそんな事を無視して、少しだけ興味深そうにそんな女子生徒達を観察する。幸いカメラマンという役職がある。次のシャッター・チャンスを探していると思われていた。
「で、どれがウチの義弟の親友殿の妹君だ?」
「さっきのポニーテールの彼女がそうですよ」
「ああ、あれか・・・発育良いなー、とか思ってたけどあいつの妹なのか・・・」
「なんかこっち見てる?」
ランスロットとケイが横目にこちらを見ているのを受けて、クラスメイトが少しだけ心をときめかせる。が、見ているのは浬である。と、それに対して鳴海が密かにガッツポーズをしていた。
「うん・・・現代もイケメン多い。私勝ち組かもしんない」
「調子良いなぁ・・・」
浬がそんな友人に対して半笑いで首を傾げる。彼女らの場合、この後は彼らの案内で観光が待っている。いや、観光ではないかもしれないが、気分としてはそれだ。
そしてフェル達からも危険はあるが、おおよそはそれで良いと言われている。彼女らとしても流石に修学旅行を楽しませないつもりはないらしい。
「おーい、嫉妬してる男ども。ちゅうもーく。女の子はしゃーない。あっちのイケメンさん見てていいぞー」
「いや、それじゃ駄目でしょ」
と、そんな所に何時も通りに御門が気怠げに集合の合図を掛ける。どうやら、飛行機の時間になったらしい。一応は外人なので今回の総責任者はランスロットと御門になっていたので、彼が取りまとめる事になっていたらしい。
さらに言えば海外渡航歴も豊富だということで、御門が基本的には交渉や対話などで表に立つ事になったそうだ。勿論、これは表向きで裏向きにはインドラとしての格があるから、という理由がある。と、生徒のツッコミを余所に、ケイが紹介された。
「彼は今回お世話になる旅行会社さんのカメラマンでケイさんだ。わかってると思うが、今回は旅行会社さんの御好意で実現した修学旅行だ。写真求められたら素直に応じろよー」
「「「はーい」」」
「おーし。じゃあ、先生方は引率お願いします」
「わかりました」
何も知らない生徒達が元気に返事をする。それに混じって、浬達も返事をする。そうして、一同はイギリスへと旅立つのだった。
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